味見と教育
「微妙やな」
それが店長の感想だった。
「不味くはないが、芯は捉えてないな。まだコンセプトがこっちには伝わらん。見た目も味もな。」
いつもはもっと感情的というか本能的なことしか言わないのに今日はまともなことを言ってる気がして関心する。もしかしてみんな居るからだろうか?
試食を持って行くということで、英都は部活で無理だったのだが、芹奈と芽依は付いて来るというので、断る理由もなかったので連れてきた。事前に言ってはいたのだが、店長の黒のワイシャツに色付きサングラスの容姿には二人ともビビっている。
店長の試食の感想は僕らも概ね予想していた。自分たちで食べていてもまだイマイチだとは思っていたのだが、店長からの指示を守るために今日の到達点である料理を持ってきたのだ。
「この料理どうすればいいですか?」
「ああん?」
下から突き上げるような睨みで僕を見る。僕は慣れているが、二人は一瞬ビクッとしていた。これがこの人のデフォルトですなんて言ったってなかなか信じてもらえないだろう。恐らく怒ってはいない。
「それは仲間と考えろ。俺がお前に助言すればそれは最早お前の皿じゃない。俺の皿だ。
お前たち自身で考えてこそだろ。そしてお前の、お前たちのスペシャリテを完成させてみろ。」
それ以上店長は何も言わず、微妙と言いながらも完食して奥へと消えて言った。
「行っちゃったね・・」
「凄い店長だね。」
「見た目はあれだけど、慣れれば普通にいい人だよ。多分。」
呆気に取られている二人を置いて僕は皿を片付け出した。
皿を洗いながら考える。どうしたらもっとこの料理は良くなるのだろうか。
店長は良い悪いは言ってくれるけど、どうすればいいかまでは答えてくれる気はないようだし。
「これ毎日だよね・・」
「そう。」
「明日までに何か案を考えないと。」
いつも元気な芹奈の不安そうな顔を見ると、僕自身も不安になるが、不思議とどこかで僕が頑張らないととも思う。こんな思いはじめてだ。
「待ってくれたりしないかな?」
「無理だと思うよ。僕も聞いて見たけど、大会の期日も同じように言って待ってくれると思うのか?だって。」
「待ってくれないよね。」
店長は待ってくれない。破れば恐らく外周を走らされるだろう。それだけならまだいいが、期日を守れないというのは、なんだが自分の中で納得出来なくなる気がする。どんな良い料理も時間通りに提供出来なければ食べてはもらえない。大会において勝負すらさせてもらえないのだ。
「けど店長さんは良いものを持ってこいとは言ってないんだよね?その日の最高を持って来いって言ったんだよね?」
「そうだけど。」
芽依は何か僕が気付いていないことに気がついているようだった。
「譲くんの言うように、やっぱり店長さんは優しいのかも」
「どういうこと?」
芽依が何を言いたいのかよく分からなかった。芹奈もまだ分からないようで、不思議そうな顔をしている。
「毎日試行錯誤しろ。そして、それを形にしてこい。って伝えたかったんだよ。レポートと一緒で、要は美味しいものじゃなくて、その日の成果をまとめて来いってこと。」
なるほど。確か店長の言葉からはそういう捉え方も出来る。いやその捉え方が正しいのかもしれない。その日の成果が最も分かるものか・・
「アタシたちに時間が足りないのが分かってるからこんなこと言ってくれたんだね・・」
芹奈の言葉に芽依も頷く。
僕だけ意図が汲み取れていない。不思議そうにしてると、芹奈はそれを察してくれたようだ。
「毎日の成果を報告する必要があるってことは、今日のことは今日のうちに纏める必要があるってこと。そして、明日どうすればいいかも明日までに考えてくるでしょ?授業もあって、料理を作れる時間限られてるから、要は店長さんは常に考えて、それを実行するまでにできる限りの準備をしとけってことだと思うの。」
「確かに今も明日までにこの料理をどうするか考えてたもんな。上手く店長の掌で転がされてたわけなんだね。店長もそう言えばいいのに。」
「さっきの味見といい、遠回しな助言に対して自分たちで気付き、考えるべきだと思ってるんだよ。」
「店長さんが言ってたじゃん。俺が助言すればそれは俺の皿だって。そういうことでしょ。料理を作る過程も料理の一部。全ては自分たちの最高の皿を作る為に考えて動くしかないんだよ。」
あくまでこれは僕たちの大会だから、美味い、不味い以外、店長は言うきはないってことか。
けど、なんか僕たちの成長を促してるようで、先生みたいな教え方だよね。あんな見た目だから、もっとアバウトで何も考えてないのかと思ったけど、意外にいろいろと考えてるんだな。
さて、明日までにどうするかな。
その後は明日までに案を持ち寄るということで、解散した。
僕は夜のバイトでさっきまでの店長とは違い、バンバン指摘されながら作業をしてしごかれた。