校内放送私的利用
「おつかれ。今バイト終わったの?」
バイトの帰り道に偶然芽依を見かけたので、声をかけるか悩んでいるとむこうから声をかけて来てくれた。
「料理上達してる?」
「全然かな。店長が変わり者でまだあんまり教えてもらってないから。」
料理は上達してないと思う。まだ野菜の皮むきしかしてないから。けど料理の代わりに身体は鍛えられているのは確かだ。戦闘能力は向上してると思う。
「焦らず、ゆっくり頑張ってって言ってあげたいけど、あんまり時間もないからね。」
時間は確かにない。実際まだ大会までは三ヶ月程あるけど、僕はほぼ一から料理の勉強が必要な為時間はどれだけあっても足りない。
「期待してるよ、料理長。」
芽依は可愛くニコリと笑う。プレッシャーをあんまりかけないで頂きたいものだ。
いくら芽依が調整して予算を抑えても、芹奈がどんだけ綺麗に盛り付けデザインしても、肝心の料理の味がイマイチだったら間違いなく落選してしまうだろう。
はぁ、胃が痛くなりそうだ。話題を変えようと気になっていることを聞いて見ることにした。
「今日は芹奈と一緒じゃないの?」
「うん、今日は行きたいとこあるからって分かれたの。芹奈に会えなくてガッカリした?」
そう言われると特にガッカリはしていない。
口に出すと怒られそうだから言わないけどね。むしろ二人で一緒にいない時あるんだと驚いているぐらいだ。
「他の男に会いに行ったわけじゃないから安心して。」
返事をしない僕を落ち込んだのと勘違いして芽依はわざと明るく話す。
他の男の所に言ったら問題なのか?用があるなら相手が男だろうと女だろうと会いに行くだろう。だって必要なのだから。それを止める権利は僕にはないと思う。
「あの子めっちゃデザインの勉強頑張ってるみたい。だから早く仲直りしな。まだ今朝のことでケンカしたままなんでしょ?」
一方的に怒られただけで、ケンカしてる自覚は特になかったのだが、どうやら僕と芹奈はケンカ中らしい。謝ったほうがいいのかな。
「僕のことより、芽依さんのとこに英都来なかった?」
今朝のことで思い出したが、休み時間に英都は芽依さんの元に会いに行ったのだろうか。授業も関係なしで行きそうな勢いだったからな。
「来てないわよ。」
「えっ?」
行ってない?なんでだ?僕は意味がわからなかった。
あれだけ、朝本能的に好きだと言っていた英都がまさか告白していないだなんて。
「朝からあんな冗談よして欲しいわ。」
芽依の言葉に怒りなのか寂しさのようなものが感じ取れるが僕にはよく分からない。けど、ここで僕が英都の気持ちを話すのは違う気がする。明日にでも理由を聞いてみるか。
「私も譲くんみたいな良い彼氏がほしいな。」
僕が良い彼氏?あまりにも意外な言葉に驚く。
どこが彼女から見て、良い彼氏なのだろうか?むしろフワフワと流されてるやつにしか見えないと思うんだけど。
「僕が良い彼氏?冗談は止めてよ。」
「良い彼氏だよ。普通断るし、なかなか居ないと思うよ。彼女の為にバイトで一から料理を勉強してあげるなんて人。」
それに関しては履歴書と面接予約までされてて拒否権がなかっただけだとは思わないんだろうか。
けど本当に居ないのかな。あんだけ熱烈なファンが大勢いるのだから居そうな気がする。そう思うと僕のやってることはそんなに珍しい事ではないだろう。
「なにより芹奈が譲くんを本当に信用してるのが羨ましいの。」
「信用されてるのかな?」
振り回されてるの勘違いじゃないのか。それか遊ばれてる。
「そりゃそうでしょ。信用してないとあんなにワガママなんか言わないよ。芹奈凄い毎日が楽しそうだよ。それに今回のうまいもん甲子園の話なんて、ずっと前から言ってたのになかなか一歩が踏み出せなくて悩んでたんだよ。それなのに、譲くんと付き合い出したら一瞬で今まで躊躇ってた一歩を踏みだせたんだよ。譲くんを信用してる証拠だよ。もしかして自覚ないの?」
全然ない。っと心の中で思うも口に出すと怒られそうなので、愛想笑いでごまかした。
それを見た芽依は呆れた顔をするもその後に優しく微笑む。
その夜、僕は芹奈とまだケンカ中らしいので仲直りする為に連絡してみることにした。
内容はとりあえずごめんなさいと打つべきか、それとも別の何かを打つべきか悩んだ結果、別の事を打つことにした。下手に謝って、何に対して謝ってるのっと追撃されたら答えられず、さらなる炎上が目に見えている。
『明日お昼ごはん一緒に食べませんか?』
芹奈もデザインの勉強頑張ってるみたいなので、僕も習うのを待つのではなく料理してみようかと思う。明日お弁当作っていって芹奈に食べてもらおうと誘ってみる。
『嫌』
僕の作戦は儚く散っていった。この文章の短さが芹奈の機嫌の悪さが伺える。いつもは絵文字とかいっぱいついてるし。やっぱり芹奈、怒ってるのかな。
この返事の後に僕は送る言葉が思いつかなかった。嫌という人に無理して食べさせる程、僕の料理の腕は良くない。渾身の料理が出来上がったなら食べて欲しいが今回はそうではない。ここは聞きたいこともあるから味見担当の英都に頼むか。
昼休み
英都を誘いに行くと、たまたま隣の席の子が休みだったので、そのまま英都の教室でご飯を食べることになった。
「英都、これ食ってみてくれよ。」
作ってきた弁当を英都に差し出す。芹奈に食べさせるつもりだったけど、なんか男に弁当を渡すのって恥ずかしいな。
ピーンポーンパーンポーン
校内放送が流れる音楽がクラス中に響き渡る。なんだか嫌な予感がする。
『彼氏!どこにいるの?アタシを呼び出していい度胸じゃないの』
嫌な予感は的中して、芹奈だった。校内放送を私的利用しすぎだろ。
クラスに居た生徒全員が僕を見る。知らない人たちに一斉に見られるのはなんだか悪いことしてないのに悪いことをしたような気がする。
いや、芹奈を待たせてしまったから悪いことをしてるのか。いや、待て待て、もともと芹奈が断ったから僕はここにいるんだぞ。
「このクラスに七原さんの彼氏がいるぞーーー」
クラスの誰かが廊下に向かって叫び出す。
それに呼応するように至る所で、僕の居場所を叫ぶ声が木霊する。
『英都くんのクラスに居るのは分かってるのよ。さっさとアタシを迎えに来なさい。』
これだけ叫べば僕の居場所わかるよね。何かを察してくれたのか英都が弁当を返してくれた。
「行った方がいいんじゃないのか?」
「ごめんな。」
しゃーない、芹奈の元に行くか。英都に謝り席を立つ。ん?待てよ。芹奈をどこに迎えに行けばいいんだ?
「芹奈どこに居るんだ?」
「それを捜すのが彼氏の仕事なんじゃないのか?」
「ノーヒントなんて大変な仕事じゃないかな」
学校のどこに居るのかせめてヒントぐらい欲しいものだ。けど、芹奈は捜せって言うんだろうな。とりあえず芹奈のクラスに行ってみるか。
「残念でした、芹奈は居ないよ。」
クラスに着くと見知らぬ生徒が僕に手をバツにして笑いながら話しかけてくる。
なんとなく居ない気はしていたがやはり外れだった。なんとなくではあるが、芹奈が素直にクラスに居るとは思えなかった。じっとしては居られないだろうし、その理由から恐らく既に放送実にも居ないだろう。
さて芹奈が居そうな場所か・・もしかしてあそこかな。
家庭科室
扉に手をかけると鍵はかかっていない。先生の締め忘れの可能性もあるが、恐らく芹奈はここにいるだろう。
一歩教室へと踏み込むと、扉の横から芹奈が現れると僕に抱きつく。
「おそーーーい。もっと早く来なよ」
頰を膨らまし、不機嫌な様子を芹奈は見せる。全く無茶苦茶を言ってくれるものだ。学校中をノーヒントで探したのだからこれでも早い方だろ。ってかそもそも芹奈が嫌とか言ったのが原因なんだけど。
「まあ来てくれたからいいじゃない。」
「彼氏の仕事達成だな。」
奥から英都と芽依が出てきた。
英都はバナナを美味しそうに食べながら歩いてくる。コイツあんなこと言っといて絶対芹奈の場所知ってて黙ってたな。
「さぁ、みんなで譲の弁当食おうぜ。」
「お前の分はないよ。」
「な、な、な、なんだと・・」
「バナナあるからいいじゃん。二人分しか作ってないんだよ。」
僕はバナナ片手に膝から崩れ落ちた英都を無視して、芹奈と芽依にお弁当を渡す。もともと一つは自分で食べようかと思っていたのだが、せっかくだから芽依にも食べてもらって意見を聞こう。
「いただきまーす。」
芹那はパクパクとおかずを食べていく。
本日のおかずはウインナー、卵焼きと昨日の夜に仕込んだ唐揚げ、後は冷凍食品で隙間を埋めた。
あまり上手く出来た気はしないのだが、上手く出来るのを待っていると一生出来なさそうなので、今日食べてもらうことにしたのだ。
「彩りX、味△、見た目△って所ね。」
酷評されてる。やっぱり芹奈ってハッキリ言うね。いいんだよ、いいんだけどね。意見が欲しいんだけど、もうちょっとフォローしながら言ってほしいな。
「つまり、伸び代ですね。」
ドヤ顔でモノマネする芹奈にどう突っ込んでいいか僕はわからなかった。
それは他の二人も一緒みたいで、微妙なクオリティの芹奈のモノマネで場は静寂とかした