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陰キャラな僕と陽キャラの彼女  作者: 赤白 青
11/21

バイトへ


放課後、僕は家庭科室に来ていた。

この間の動物園の一件でうまいもん甲子園を目指すことになったわけだが、それについての説明があるらしい。

なのに、教室に居るのは僕だけだ。三人はどうした?悪質なイタズラだったのか?

時刻はもうすぐ夕方になるので、外の太陽は傾き真上からではなく横から僕たちを照らしている。


「おまたせー」


そろそろ帰ろうかなっと思っていた時に、嬉しそうな芹那と芽依が教室に入ってきた。


「彼氏みーっけ」


「待たせてごめんね、思ったより時間かかっちゃった。もう時間ないよね。」


芽依は紙を一枚もっており、その紙を乾かしているのかヒラヒラとさせながらこちらに歩み寄ってくる。


「甲子園についての説明なんだけど、とりあえず譲くんはこれ持ってここのお店行ってくれるかな」


芽依は持っていた紙を僕に見せる。てっきり大会概要とか書かれた紙かと思ったが違った。それは僕の履歴書だった。


「これは?」


「彼氏の履歴書だよ。アタシと芽依で作ったの。」


そりゃそうだろうね。今持ってきたんだから。

満足感に浸っている芹那に心の中でツッコミいれる。電話番号はわかるだろうけど、住所まで・・個人情報が漏洩してる。


「ここでバイトしてきて。」


芽依はポケットから更に折りたたまれた一枚の紙を取り出して僕に見せる。そこにはヤミツキ食堂と書かれたお店のチラシだった。場所は駅前付近みたいだけど、僕は知らないお店だ。なんか怪しい名前だけど大丈夫だろうか?


「譲くんって料理の経験あんまりないでしょ?」


ご明察。やっぱりバレたか。


「家庭科の調理実習ぐらいかな」


正直に自分の実力を答える。


「だからここで修行してきて。」


なるほど。それでこの履歴書なのね。バイトしながら料理を学べってことか。確かに実戦が一番早い気はする。

甲子園に出るには勉強しないといけないと思っていたのでちょうどいい。さすがは芽依、ツンデレだけどちゃんと全体を考えてる。自分のことしか考えてない自由人の芹奈とは違うな。


「アタシがこの時間に面接の予約しといたから。頑張ってね、彼氏。」


可愛く笑う芹奈の後ろに時計が見える。芹奈が面接の予約をした時間まであと十分程しかない。ここから駅まで十分。時間に余裕なさすぎだろ。

悩んでたら遅刻する。行くしかない。

僕は素早く芽依から紙を受け取り、走ってお店へと向かった。

夕方の駅前は帰宅途中の学生やスーツ姿の社会人、買い物に向かう主婦がいて、混んでいる。

地図を頼りになんとかお店に着くと時間は五分程過ぎていた。駅前は慣れているが、少し奥まった所にあり探すのに少し手間取ってしまっ。外から見るお店は古風な料亭みたいな感じの雰囲気がある。隠れ家みたいな所だと思ったのが第一印象である。

面接から遅刻は印象良くないよな。まあけど五分ならまだセーフかな?って悩んでるうちにどんどん遅刻してしまう。ここは行くしかない。

思いっきって引き戸の扉を開く。

ガラガラと音を立てて開いた扉の先には、テーブル席が四席とカウンターに椅子が五脚程並べられていた。

誰かいないかと覗き込む。


「強盗ならおかえりいただけますか?」


開いた扉から一歩店内に入ると、横から男性らしい声がした。そちらを向くと色付きのサングラスに髪型はしっかり整えられ、黒スーツの男が僕を睨みつけている。首筋にひんやりした感触があったので見ると、いつの間にか包丁を突きつけられていた。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい

ここヤバい。なんなんだよ、ここは。死ぬ。僕殺されちゃう。体の全細胞が身の危険を知らせるように鳥肌が立つ。


「おい、兄ちゃん。学生で強盗とか随分やんちゃしてるなぁ。」


強盗じゃないんですけどーーっと心の中で思いながらも、何かを言えば切られそうで口が動かない。身体が怖くて震えている。恐怖で体温がどんどん下がっている気がする。


「黙っとらんで、なんか言うてみぃ。」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

けどなんか言わないと。聞かれてることには答えないと、殺される。話しても話さくても殺されるかも。


「めめめめめめんせ、ばいばいばいバイトのめめめめめめんせつに・・」


男は依然として僕を睨んでいる。

死んじゃうのかな。怖い。男は僕に包丁とは逆の手で何かを差し出すように僕に手を出す。

お金かな。この流れそうだよね。生きるためにはとりあえず渡すしかない。少ないとか言ってキレられて刺されないよね。

僕は震えながらも鞄から財布を取り出して渡す。


「違う。」


男は受け取らず怒鳴る。財布じゃなかったのか。ならなんなんだよ。今絶対切られるか刺されるかと思った。大丈夫、僕はまだ生きてる。


「じれったいのぉ、かせ」


痺れを切らした男は僕の鞄を強引に奪う。そして包丁を机に置いて、鞄をあさり出す。

今なら逃げられる。命より大事なものは鞄には入っていない。いや、待て。いきなり包丁を突きつけるような人がこんないかにも逃げて下さいというチャンスをくれるだろうか?もしかしたら逃げるのを誘っているのか?僕が逃げようと振り返った瞬間、胸ポケットにしまっている拳銃で撃たれるんじゃ・・

そんなことを考えていると、男は着ていたスーツの内ポケットに手を入れる。

まさか拳銃で僕を・・僕は思わず目を閉じた。

ダンっ!

音と同時に僕の身体から力が抜けて、地面に膝をおり座り込む。体を触るが血は出ていない。傷口はない。とりあえず痛みもない。


「採用や。面接の時間になってもこんから心配しとったんや。」


男はしゃがみ込み僕に目線を合わせると、履歴書を見せてくる。採用のハンコが押されていた。

採用?ってことはまさかこの人がここの店主?


「強盗と勘違いして悪かったな。立てるか?」


男は僕に手を差し出してくれる。ビビりながらも腰が抜けて立てる気がしない僕は断ることも出来ず手を握る。

男は軽々しくぐいっと僕を持ち上げて、僕は立ち上がった。


「これからよろしくな、譲。ワシの事は店長と呼べ。」


やっぱりこの人が店主なのか。普通にやばい系の人かと思った。


「よっしゃまずは外周してこい。」


「へっ?」


「遅刻したら外周に決まっとるやろ。はよいけ。」


店長の一睨みで逃げるように外へと飛び出した。バックを置いたままだが、このまま本当に逃げてやろうかとも思ったが、そんな事をする勇気はなかった。


「まだ外周のコース教えてなかったな。ついてこい。」


突然後ろから現れた店長は僕の肩をポンッと叩かれる。その瞬間、口から心臓が飛び出そうなほど驚いた。この時僕は逃げなくて良かったと己の心の弱さを褒めたたえた。逃げていたら恐らく刺されていただろう。店長の走る速度は速い。けどここで遅れたら刺されるかもしれないという恐怖から必死についていった。


「ぜぇぜぇぜぇ・・」


やっぱり訛ってるな。昔はこんなことなかったのにな。運動を辞めたあとの体の衰えヤバいな。

額から流れる汗を制服で拭い、僕は肩で息をしながらかろうじてチーターのように俊敏で、鉄人なのか全然息をきらしていない店長についていけた。


「ほな、これあと五周いこか。」


なんで外周?バイトにきてなんで走るの?


「遅刻分や。しっかり走るんやで。」


一分一周とかマジかよ。遅刻に関しては僕が悪いので何も言えない。そもそも僕の方に非がなくても言い返せる気はしない。

仕方ないので、僕はまた走り出す。


「譲!ちょっと待てや。」


突然大きな声で怒鳴るように呼ばれ、僕の身体は一瞬で膠着して、熱くなった身体は冷め、心臓を握られたように流れていた汗は冷や汗に変わっていく。


「しっかり水分補給しぃや。脱水症状は怖いからな。」


そう言うと僕にスポーツドリンクを差し出してくれた。飲まないと飲まないで怒られそうなので、一口飲む。毒が入ってたら苦しんで死ぬのかな。

スポーツドリンクは僕の喉を通過し、体を癒やしていく。美味しい。

店長ってもしかして優しいのか。


「いつまで休んどんじゃ、飲んだならはよいけ。日が暮れたら車から見えにくくなって事故のリスクが上がるじゃろうが。」


やっぱりちょっと優しい。

僕は逆らうことが出来ないので、外周を再び走り出す。のんびり走ってもいいのだが、途中また突然店長が出てきて、遅いと言われたら怖いので全力で走った。

気がつけば沈みだしていた夕陽は完全に沈み、外は一気に暗くなっていく。

そんな中僕はお店の裏庭で前屈をさせられていた。


「走り終わったら次はストレッチじゃあ。お前体固いのぉ。怪我するぞ。」


料理にストレッチが必要なのだろうか?分からないけど、少なくとも今の僕のレベルなら故障するリスクは料理より外周にある気がする。

後ろから店長に押されながら体をほぐす。

意外にも力加減が絶妙で僕の事を考えながら押してくれてるのがわかる。何も考えず全力で押してくる体力馬鹿な人ではないみたい。やっぱり優しいのかもしれない。





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