流れ星は夜空のうんち(この世界は水洗トイレ)
夜の海辺に、男の子がひざを抱えて座っていました。
男の子はつい数十分前、お父さんとつまらないことでケンカをして、家を飛び出してきたのでした。
日本海の冬にしては珍しいくらい良く晴れた、穏やかな夜でしたが、それでも、陸から降りてくる風は海を凍らせそうなくらいに冷たく感じられました。
本当はすぐにでも家に帰って、お母さんの作った温かいカレーライスを食べたいけれど、ものの数十分で家に帰るのもきまりが悪くて、男の子はひとり、身を震わせていました。
なんで、こんなことになったんだろう。
男の子はなんだか無性にいらいらして、家からずっと握りしめたままのスプーンを海に投げ捨てようと、腕を振り上げました。すると、その腕を誰かがそっとつかみました。
「海にものを捨ててはいけないよ」
声のほうを振り返ると、そこにはおばあさんが立っていました。
おばあさんは学校の用務員さんがまとうような、いかにも丈夫そうな作業服を着ていました。
「どうして、海にものを捨ててはいけないのですか」
男の子がたずねると、おばあさんは言いました。
「トイレにゴミを流したら怒られるだろう」
男の子はおばあさんの言ったことの意味が全くわからなかったので、素直に「どういうことでしょうか」と再び問いました。おばあさんは空を見上げてこう答えました。
「お空はとても大きい生き物で、宇宙に散らばる星々を食べて大きくなるんだ。そして、食べられた星は流れ星になって、この海に落ちるんだよ」
これを聞いて、男の子も空を見上げました。夜空には無数のお星さまが、きらきらと花が咲くように輝いています。その様をみて、男の子はようやくおばあさんが言ったことがどういうことなのかがわかりました。
そうか、流れ星は夜空がひりだしたうんちで、海と大地は、うんちを受け止めるトイレなんだ!
いま、ひとつの星が光の線を描いて、海へ落ちました。
「お空がうんちをしました! あっ、またひとつ! またひとつ!」
無数のうんちに目を輝かせる男の子を見て、おばあさんはにっこりと笑いました。
でも、おばあさんはどうしてそんなこと知っているのだろう。
やはり、男の子は素直にその疑問をおばあさんに投げかけました。
「それはね、わたしが清掃員だからだ
「清掃員?」
「今日みたいな流星群の夜、夜空がげりをしているような夜は、清掃員が星を取り除いてやらないと、海が詰まってしまうからね」
そう語るおばあさんの表情に、男の子はたしかな誇りと、かすかな哀しさをみました。
「おばあさん、僕は今日のことを忘れません。この世界が、トイレが美しいのは、おばあさんがいるからだということを」
おばあさんは目を見開いて、それから微かに細めて、男の子を抱きしめました。
「ありがとう。それだけで、わたしは自分を信じられる……」
男の子はこの夜のことを誰にも話しませんでしたが、夜空に流星を見つけるたびに「うんち」と口走って、お父さんとお母さんを困らせたということです。