3話 また、会う日まで
今日も学校がある。俺はいつも普通の生徒より早めの登校時間に家を出る。しばらく歩くと見える神社の階段の下の鳥居の下で優花が待っていた。
「おはよ! 今日もいい天気だね」
「おはよ。確かにいい天気だね」
今日も先に来て待っていてくれていた。付き合い始めて二年目だが、俺が先に来れたことはない。
「じゃあ、行こっか」
眩しすぎる笑顔で俺の手を握る優花。その暖かく小さな手を俺から握ったことはない。でも、こんな時間がずっと続けばいいのにって思う。
「ねぇ、今日の予習やってる?」
「ん? まぁ、やってるけど……どうかしたか?」
「いや、ちょっとわかんないところが……」
「後でな」
「うん!」
その後も他愛のない会話をしながら雲ひとつない晴天の下歩いて学校に向かう。
しばらくしたら校門が見えた。そこを通り、下駄箱に行く。下駄箱で上履きをとり、教室に上がる。俺達、三年生は三階だ。
「それでね、ここなんだけど……」
「そこはな……」
優花が目の前の席を借りて座り、肩にかかるくらいの髪を後ろでまとめる。そんな仕草を俺は直視することが出来なかった。
いや、だって胸を強調されてるみたいだし、直視したらいろいろアウトでしょ。
「ん? ん〜?」
「どうしたんだ?」
「どうしてこっち見ないの?」
両手を頭の後ろにまわしたままの状態で話しかけてくる。
は、や、く、む、す、べ!
少しして結び終えた優花はなにかに気がついたように、そして、少し顔を赤らめながらニヤッとした。
「あ〜……そんなに胸が気になるの? そっか〜……ムッツリだったんだねぇ……言ってくれたら触らして……あげる……よ……?」
喋るにつれて赤さが強くなり、反対に言葉は弱くなっていく。
か、可愛い……
「恥ずかしいなら最初から言うなよ……あと俺はムッツリではない。後、そんなこと言ってたらお前の方が変態だと思われるぞ?」
俺は優花の頭を撫でながら言った。
「ち、違うもん! 変態じゃないもん!」
「そうかそうか。大丈夫だぞぉ」
「もぉ! そういえば、検査どうだったん?」
「あぁ……別に変化はないらしい。よくも悪くもそのままだってさ」
「そっか……早く治るといいね、心臓」
「そうだな」
俺は生まれつき心臓が弱い。カクチョーガダシンキンショウってやつが最近発症したらしい。幸い、早期に気づけたので薬だけですんでいる。激しい運動さえしなければ普通の生活ができる。今のところは。
「お、ま〜たイチャイチャしてやんの〜」
クラスメイトが来た。しんみりした空気はここで終わりだ。優花に目線で合図、コクッと頷いた。こういうところまで可愛い。
そこからはいつも通りののんびりとした無駄な時間を過ごした。
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あれから時が経ち、年越しが近くなってきた今日、俺は余命宣告をされた。卒業出来ない可能性の方が高いと。ついこの前までは順調に治っていると言われたのに……
「なんでだよ!!」
ゴンッ!!
電柱を殴った音が虚しく辺りに響く。あかい液体が殴ったところから流れ出ている。全く気にならないが。
「なんでなんだよぉ……」
よろよろと歩いていたら学校に行く時の優花との待ち合わせ場所に来ていた。そのまま何気なく階段を登っていく。
今は使う人なんて誰もいないような古くボロい神社。そこにはこの二年の始まりがあった。
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その時はまだ優花を春川さんと呼んでおり、友達の友達、くらいの認識だった時だった。いや、ちょっといいなって思ってた。
その日はなんでもないはずの日だった。図書室でぼーっとしてそろそろ帰ろうかと思って下駄箱に行った時、
「神様、どうか届きますように……」
俺の下駄箱にお祈りをしている変態がいた。俺の下駄箱が開いているからお祈りの先は俺の下駄箱で間違いないだろう。
そしてその変態はお祈りを終えると手紙を入れ、周りを確認した。そして、目が合った。
「何してるんだ?」
「……へ?……ぃぃぃぃやああああ!!」
「まて!」
「嫌っ! 離して! 見られたからには死ぬしかない!!」
首根っこを掴んで捕まえたが、じたばたとしていた。
死ぬとは物騒な……
そのまま、下駄箱を開けて手紙を取り出した。
「ちょっ! 待って! 私の前で読まないで! 離して!」
「あ、暴れるな! あ"!」
逃げられた。とりあえず読んでみる。
『神社まで来てください』
「みじか!」
とりあえず行くとする。ここら辺で一番近い神社だろうか? とりあえずそこでいいだろう。
外に出ると夕日が空を真っ赤に染め上げていた。真っ先に思い浮かんだのが、赤潮だった。今日やったからだろう。まだ季節は秋に入ったばかり。涼しくは決してない。
着く頃には東の空から綺麗な満月が夜の闇を連れて来ていた。そして、当の本人はいなかった。
「は? なんでおらんのん?」
「い、いるよ! 思ったより暗くなって怖かったから、縮こまってたとかじゃないよ!」
いや、いた。社の階段のすぐそばに丸まっていた。怖いのなら昼の学校でも良かったのに……そこら辺は本人が決めたことだから気にしたらだめだ。
「んで? なんで呼んだんだ?」
「えっとね……その……」
あえて聞き、ゆっくりと返答を待つ。待つのはいいのだが、
「………………………………………………」
今にも泣きそうな雰囲気(見えないからな雰囲気しか分からない)で黙られてると罪悪感がすごい。だからこちらから動こう。
と、決めて、俺は優花に近付いて行き、
「きゃ!」
押し倒した。正しく言うと、石畳の道から横の芝生に引っ張って押し倒した。
「え、え、え?! そ、そういうのはちょっ……!?」
「少しは落ち着け」
俺は優花の上からどき、隣に転がった。
「え?……どういう状況で?」
「空を見てみろ。綺麗だろ? 時々来るんだ」
「ん? わぁぁ……」
しばらく黙って星空を眺めていた。どれだけ時間がたったか分からくなってきた時、優花が喋り始めた。
「実はね、私、君に一目惚れしたんだよ?」
そうなんだ……全く知りませんでした。
「それでね、会話とか重ねる度にどんどん好きになっていった。でも、今の関係を壊したくないから思いを伝えられなかったんだ」
そして、一泊置いてこちらに寝返りをうつ。
「でも、我慢するのはもう無理。私はあなたを私のモノにしたい。独り占めにしたい。誰にも渡したくない。私と付き合ってください」
「ごめん」
「え……」
俺は即答した。
「なんで?」
「俺は、心臓が弱くていつ病気が発症するか分からないし、高校を卒業することすら難しいかもしれない。春川さんのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。でも、俺は俺のために好きな人が悲しむのが嫌だ。だから、ごめん」
ここまでいえば引いてくれる。そう思っていた。のに、
「ごめん、他に好きな人がいるならまだしも、その理由なら引くことは出来ないな。最後の一瞬まで好きな人をいたいって思いは間違っているかな?」
予想外の反論をもらった。ここまで言って引かないのなら無理だろ。
「いや、間違ってないと思う」
「そう? なら、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
それからしばらくお互い黙って星空を眺めた。
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そこからお互いに遊びに行ったり、勉強したりと楽しい時間がすぎ、大学も早い段階で決まった。人生はこれからだって時にこれだ。
「全部、懐かしいなぁ……」
優花と別れなければならない。卒業直前で過度なショックを受けて欲しくない。あいつは元気で、大学、そしてその先を生きて欲しい。そのためにはやはり俺は枷にしかならない。でも、
「別れたくない……」
決断は早い方がいい。けど、決心がつかない。
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あれから二ヶ月、入院しなければならなくなった俺は優花に別れを告げなければならない。ついにこの日が来たか……
「話って何?」
優花はいつもより硬い声で聞いてきた。俺は付き合い始めたきっかけの場所の神社を選んだ。
「別れてくれ」
俺は端的に伝えた。それ以上喋ったら泣きそうだった。
「なんで? 私なんかした?」
「いや、違う……」
「何かあったの? ねぇ!」
「ごめん」
ボロボロと優花が涙をこぼし始めた。俺にはどうすることも出来ない。
ズパン!!
頬を思いっきりぶたれた。ジンジンと痛む。
「最後の一瞬まで一緒にいたいって思うことは間違ってないんでしょ!? そう言ってたじゃん! それなのに!! それなのに……」
「ごめん」
「もういいっ!! ごめん以外の言葉を喋れないの!?」
「許してくれないのは分かってる。でも、許してくれ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
そう言って走り去ろうとした優花。しかし、階段の一段目を踏み外した。優花がゆっくりと倒れ始める。俺は手を伸ばし……
「間に合わなかった」
目の前には頭から大量の血を流している優花がいた。呼吸が浅い。救急車は既に呼んでいる。
「大丈夫か?」
大丈夫じゃないのわかってるだろ。
「すまん」
すまんですまねぇんだよ。
「どいてください!!」
救急隊員が来た。俺は何も出来なかった。
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だんだん衰弱していく。優花はまだ良くなってないらしい。心配ではあるけど、見舞いとかに行くことは出来ない。もう、歩くことすらしんどいレベルまで来ている。
「……さんのド……が見……ましたがど……ますか?」
「お……いし……す」
カーテンの向こうで親と医師が何か話している。もう、死ぬのかな、俺。いや、もうどうでもいいか……
白い天井も薄い病院食も飽きた。外から見える景色も変わらない。もう、優花とも関わりをきった。死んでも悔いはないかな……やっぱり、死にたくない。もう一度、優花に会いたい。
それから二日くらいたった。昨日から飯を食っていない。まぁ、別にどうでもいいか。もう一眠りしよう……
目が覚めたら先程の真っ白で味気ない天井じゃなくなっていた。
「なん……だ? ここは、どこだ……?」
なんか眠くなってきた……もう、いいかな? 疲れたよ……
俺はゆっくりと眠りについた。
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『また会えたね』
誰だよ。
『あれ? もう忘れたの?』
あぁ、わかった。優花だろ?
『そうそう。正解だよ』
なんでこんなところに……?
『ん? 聞いてなかったの?』
何をだよ。
『じゃあ、いいや。目が覚めてからのお楽しみ』
何を言ってるんだよ?
『じゃあ、またね』
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「待って!!……夢?」
見慣れた味気ない真っ白な天井。覗き込む両親。心電図は前よりも元気そうだ。
「起きた! 大丈夫か? 違和感のあるところとかないか?」
「大丈夫だよ」
親父がうるさい。母に至ってはずっと泣いてる。ウザイ。
状況を整理しよう。目が覚めた。身体に違和感はない。いや、違和感がないことが違和感か。
「心臓移植、成功ですね」
「先生、ありがとうございますっ!」
心臓移植? ついこの間までドナーはいないって言ってたじゃないか。一体誰……が……
今はそんなことはどうでもいい。優花が心配だ。せっかく俺は元気になったんだからまた、やり直したい。
そう思っていた。
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「優花が……死んだ……?」
待ち合わせ場所で待っていても来なかったので仕方なく学校に行った。そこで知らされた事実。俺は理解が出来なかった。
「知らなかったのか? あぁ、そういえばお前も入院してたな。なんか、神社の階段から落ちて」
それは知ってる。
「救急車に運ばれて」
それも知ってる。
「一命はとりとめたけど、脳死状態だったらしいんだ」
「は? はははっ、冗談はよせよ……」
「いや、冗談じゃない。んでもって死んだらしい」
嘘だろ……俺があの時、拒絶したせいで……なんで、なんで拒絶なんかしたんだよ……
「今日、告別式らしいぞ? 来るのか?」
「当たり前だ! ……すまん」
「気にすんな。彼女がいなくなって悲しいのは分かるから」
「すまん」
その日が自習で良かった。何もする気になれなかった。俺はただ窓の外を眺め続けた。
夜
告別式には様々な人が来ていた。あんまり覚えてないけど、ざっと百人はいた気がする。笑顔で立てかけられている遺影をただひたすら眺めてた。
帰る間際、
「彼氏くんよね?」
「……はい? 一応僕ですけど……」
優花のお母さんに呼び止められた。なんだろう? 殴られるのかな? 分からないや。
「これ、もし私が死んだら渡してって言ってたの。受け取ってくれるかしら?」
……そう言って渡されたのは何の変哲もない封筒。
「ありがとうございます」
とりあえず、外に出て人気のないところに行く。中を確認すると、コピー用紙が一枚、四つ折りにされて入っていた。
『神社の階段の裏』
ただそれだけが丸っこい可愛い字で書いてあった。俺は、走った。大丈夫、走れる。息切れしない。
五キロぐらい走ったら神社の下まで着いた。階段の『裏』があるのは社のところだけだ。ここから五十段登らないといけない。もう足が棒のようだ。
一段目に足をかけて一気に駆け上がる。そして、真っ暗な神社に着いた。社の階段に近付いて裏を確認する。何かが貼り付けてあった。取ってみるとまた同じような封筒だった。しかし、今回のは厚い。中には大量の写真と一枚の便箋だった。
丁度、ロウソクとライターが置いてあったので借りて読むことにする。火をつけると周りの闇がパッと払われ、暖かい光に包まれた。
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『やほ! この手紙を君が読んでいるってことは私、君より早く死んだんだね。寂しいって? 寂しがり屋さんだねぇ。遺書書くのって初めてだから下手くそかもしれないけど最後まで読んでね』
当たり前だ。俺にはこれを読む責任がある。
『この手紙を仕込んだのは2月19日、君の体調が崩れやすくなった頃だよ。君は年が明けてからずっとしんどそうだったね。もっと君と過ごしたかったよ……残念……』
いつも通り振舞ってたつもりだったんだけどな……全く、かなわんわ。
『2年前……君はここで押し倒したよね。忘れたとは言わせないよ。あの時ほんとにびっくりしたんだから!』
ほんっとにすいません。悪気はなかったんです。
『謝らなくてもいいよ。悪気なかったの知ってるから。あと、イケメンを近くで見れたから』
俺はイケメンでは無いと思いますけど?
『まぁ、キスくらいしてくれても良かったんだよ? それ以上の行為にはしったら蹴ろうかと思ったけど、何もしないし、なんか一緒にいてこんなに落ち着く人おるんやなぁ……って隣で転がってて思ってた。でも、一緒にいてとっても楽しかった。君がくれた日々は毎日が宝物だった』
パタタッ
涙が零れていく。
『まぁ、拒絶されることを察した時はかなり寂しかったけどね〜』
「ごめん……」
『謝らなくてもいいよ。私でもそうするから。でも、多分嫌がったでしょ? ごめんね。』
どこまでも、優しいんだな……
涙が止まらない
『もし、今、君の病気が治ってるなら、多分、喪失感はあまりないと思うよ?』
言われてから気付いた。確かに俺は悲しみはしたけど心にポッカリと穴が空いた感覚はない。なんでだ?
『それはきっと、今の君の心臓には私がいるからだよ。私の心臓、大切にしてよ?』
どういうことだよ……?
『あれ? まだ理解出来てない? 私の心臓を君に移植したの。これからは一人の身体じゃないから大切にしてね……じゃあ、また、会う日まで』
「なんなんだよ……それ……」
『追記、そこの神社、実は死者と話せるいわく付き神社なんだよ〜 お賽銭箱の前にあるロウソクの火に写真を焚べるとそれが燃え尽きるまで話せるらしいゾ♡』
それ、最初に書けよ……もう、ロウソク無くなったわ……
俺は静かに芝生に転がり夜空を見ていた。星が滲んで光の洪水となって俺に押し寄せてきた。その中に優花がいたような気がするが、どうでもよかった。
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あれから二年がたった……
『寝るたんびに夢に出てくるのやめろ!』
『なんで? いいじゃん。最初に出てきた時は凄く泣いて喜んでたじゃん』
なんだかんだ言って今、寂しくない。逆に楽しいまでもある。ただ……
『うるさい! 黙れ!! 鬱陶しい!! 今日、授業あんの! 遅刻するの!』
『いいじゃーん。あと5分だけいよ?』
『それ、さっきも聞いたぞ! ……今日は早く帰ってくるから我慢しろや』
『……わかった』
毎日、遅刻しそうだ。
読んでいただきありがとうございます
これからもよろしくお願いします!