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裾野修平
反射的に言ってしまおう。このゲーム神だ。
昨日買ってから部活が始まる今まで、眠らずやっているがほんとに神。是非とも今から来る筈の新入部員にも紹介したいぐらいだよ。俺の彼女を。はぁ。
「はぁほんと俺の人生ゴミ……彼女ほしいンゴ」
白塗りのコンクリートに向け天を仰ぐ。ほんとこんな世界になればいいのに。
「ま-たそれかよ。ってかその2ちゃん語やめないとできないぞ~」
イラスト部部長で唯一の先輩。佐々岡先輩が冷やかす。爽やかなイケメンなのがムカつく。
俺は分かってるよっと、ンゴをつけながらペンをもってパソコンの電源を付けた。
「そういえば修平、雷撃のイラスト部門今年も出すのか?去年は3次選考かなんかまで行ったんだろ?」
話を横耳で聞きつつ、ソフトのアイコンをクリックし液タブ(絵をパソコンで描く板)を手元にやる。
「まぁそうですね。高校在学中にデビューしたいですから。勿論今年も出しますよ!」
「別に高校在学中にこだわることないだろう。修平、大学行くんだろうしその間にその実力だしデビューできるんじゃ……」
「なんかかっこいいじゃないですか。高校生イラストレーターって!」
「そうか。修平、楽しそうだな」
含みのある佐々岡先輩の笑み。やっぱムカつく。
「そうですかね……?」
「そうだよ。楽しそうだ」
奥のない笑みに思わず頬が熱くなる。俺は顔を背けてしまった。
「はは。まぁいいや。俺も受験生だからな~勉強しないといけないしさっさと始めるぞ」
「おーー」
気のこもっていない返事をし、改めて気合を入れる。頬の熱はさっと引いていた。
「カッカ。サーー」
腹が膨らんだペンを握り瞳に光を入れこむ。ここで平面が立面に、つまり人間になる瞬間だ。一番楽しい。
「カッカカ。サーサー」
光のある場所には影が映る。そこまで鮮明に映しての人間なのだと思う。なので必然的に緊張感が走る。
「失礼します」
応呼するようにガシャンと扉が閉じる。ぷつり。その音で緊張の糸が切れた。
音源の方向を向くと制服姿の少女が一人――――。
「先輩初めまして。西尾凪です」
ショートヘヤーな髪を揺らしながら遅く、一礼する。
思ず合ってしまった目を背けながらも確かにそうであった。頬が熱くなる。
「やっと来たか~。さあさあ西尾さん座って座って」
「あっわかりました」
「そういえばペンタブもってたんだよね?」
彼女は右側―――つまり俺の対面側に西尾は座る。
「はい。サーフェスpro(絵も描けるWindowsタブレット)ですが」
見示すように、弁当の蓋を開けるように顔の横にタブレットを運んだ。
西尾の少し小さめな身長と風合いもあい合わさってか、うさぎというか、猫というか、そんな小動物な感じがしてかわいい。
「ならいいよ。まぁなんなら最悪修平に液タブ借りればいいしな。寮にあるだろ?」
「そうですね……」
後輩とはどんな距離で接していいかわからない。美少女ゲームをさっきまでやっていたのでなおさらだ。
「なんだテンション低いなー。さっきまで彼女ほしいとか言ってた奴の顔が見たいぜ」
「ちょっま」
否、先輩との距離の方を優先的に考えないといけないようだ。
少女は恥ずかしむことなくこくりと首を傾ける。それはそう。恥ずかしむ方は俺の方。
「そうなのですか?」
あくまでパソコンを開くついでの事務的なトーンで西尾は話す。
「まぁそうだけど……」
俺はというと心臓にカフェイン500㎖ぐらい突っ込んだようにドギマギしている。(モンスターのカフェイン量は142㎖)
「………」
「まっそんなことはいいんだよ。俺は今年一様受験生で忙しいからさっ、修平にイロハを聞いてくれ。よろしく~」
佐々岡先輩はニヤニヤを隠していない。
「わかりました。……っといっても私から聞くことはないのですけど……」
「ならいい」
俺はよくない!
心の声を出さないことだけで精いっぱい。
そして俺の頬の熱はまだ引いていなかった。
× × ×
「俺帰るわ。って言っても寮だけどな。勉強しなきゃ~!」
『お疲れ様です』
両方、声が合わさる。
「どうだったか西尾?」
「どうって……まだ途中ですけれどおかげさまで集中する出来ました。ありがとうござます」
ぺこりと一礼。
「ならいい。それじゃ二人仲良くな」
別に兄弟じゃないんだから……。
5時30分きっかり。佐々岡先輩は煌びやかな夕日に照らされながら去っていった。
がちゃり。
ふう。
またもや何か危なげなことを言われてしまうかと思ったが―――佐々岡先輩はいつも嘘を作り上げない。それはそういう人間だってことを今、改めて身に染みた。思い出した。
「先輩、何のイラストを描いているのですか?」
ペンを回し半周したところだったのでぽとりとペンが落ちてしまった。慌てて拾う。
「雷撃用のイラスト。別に大したものじゃないよけど……」
思ったよりもこもった音になってしまい声が部屋に広がっていかない。
そんな俺に驚いたのか、西尾はパチコリと目を見開いた。
「そうですか―――私も雷撃に向けてイラスト描いている途中なんですよ。少し見てください」
「イラストレーター目指してるんだ」
「はい、私の夢というか――今は目標ですね。夢って現実に起こせないイメージがあるのです。あと―――いつの日か、そう教えてもらったから」
確かに俺もイラストレーターは夢ではなくて目標だ。西尾ほど鮮明ではなく漠然なのだが。
「そう……なんだ」
西尾はひゅっと立ち上がると、サーフェスを手に抱えて向かい側の俺の席に近づいてくる。
「西尾……?いや西尾さんか……」
「凪でいいですよ」
隣の椅子に座ったと思ったらサラっとボブな髪が舞い上がり、シャンプーの爽やかな香りが鼻を撫でる。
「えッ。なぎさん?」
「凪でいいです」
………カフェイン追加。200㎖。ついでに不整脈。
ふぅ……ぅぅぅぅぅ。ウサギだと思おう。そう思おう。俺はケモナーではない。
「それでイラストは」
「まだラフ(下書き)ですが」
サーフェスを受け取るとそこには女の子、1、2、3人。
「あれ?本当に雷撃に出すんだよね?」
「はい。そうです」
雷撃イラストコンテスト―――別名単品少女イラストコンテスト。これは界隈で皮肉られていることなのだが、どれだけ一人の少女を可憐に、オリジナリティーを出せるかで賞は決まってしまう。っというコンテスト。それが電撃イラストコンテスト。
なので必然的に大賞、金賞、銀賞と一人の少女イラストが総なめしているのだが……。
「ほんとだよね……でもなんで雷撃?」
「一番有名なイラストコンテストっというのもなんですが、あとは話題の新人賞作とデビューさせて頂けるというところですかね。私雷撃文庫好きなので」
理由は分かったのだが―――いまだ一つ蟠っていた。
「でもそこまでなら雷撃が複数人を好まないって知ってるよね?」
「はい。でも……」
「でも?」
――――私友達も好きですから。好きで好きを取るのって何かいいじゃないですか。
人は好きなものを語る時、必然的に口角が緩んでしまう。オタクだから重々分かる。俺もそのように―――これはその顔だ。
その笑顔のおかげか否か、小窓から広がり拡散する陽光が眩しい。
イラスト部の新しい部員。そして俺の後輩、西尾凪はウサギみたいで友達思いな実はかわいい子。
そう俺は心に刻んだ。
×
西尾 凪
本当に―――懐かしい。いや、私の中では……。