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私を殺して頂きたいのです

 予告の当日になると街に集まった兵や冒険者たちも緊迫の表情を見せていた。一部はやはりネフタールの逸話を軽く見ているのか、あるいは兵の数に安心しているのか、余裕を見せている者もいた。


 残っていた文官や使用人たちも王都を離れた。彼らは途中で何度も宮殿の方向を振り返りながら歩き去った。


 ヤネック王は甲冑を着込んでいた。彼は兵たちとともに残ることを選んだ。若いころは怪物退治の陣頭指揮を執っていたという彼の戦装束姿はなおさらに兵たちを鼓舞した。


 昼になった。食堂で精鋭たちと王、そして姫が顔を合わせて食事をとる。交わす言葉は少ない。もうやれることはやり尽くしたとでも言うように。あるいは緊張のせいかもしれない。エリサ姫はシャーリエルにせめてあなただけでも逃げてくれませんか、と提案したが、やはり拒否された。絶対にあなたを守るから、とシャーリエルは大きな胸を張った。


 そして、日が暮れて夜になった。魔術師たちは精神を集中させていた。探知魔法でネフタールの位置を掴むために。対隠蔽、対空、地中にまでも彼らは感覚を拡張させる。平時でもその手の早期警戒は行われていたが、いまは王都から半径五十キロ圏内の人間大程度の目標なら確実に探知可能だ。


 精鋭たちがエリサ姫に、もしかしたら最後になるかもしれない挨拶を告げていった。


 カーンは岩を削りだしたような武骨な顔に、しかし愛嬌を込めた微笑を浮かべてこう言った。姫の御身に幸あらんことを、と。


 仮面をつけたままのオルソンはただ一度、深く頭を下げただけだった。


 老魔術師、サルカルは静かに「では、行ってまいります」とだけ言った。


 シャーリエルはエリサ姫に軽く抱き着いて大きな胸を押し付けた。「心配しないでね」


 その様子を見ていたアクトはわずかに眉をひくつかせていた。そして告げた。「必ず勝って、帰ってまいります」


 彼らの言葉も、エリサ姫の心配を拭いきることはできなかった。


「どうか、ご無事で」


 彼らを襲う凄惨な死を思ったのか、エリサ姫は声が震えないように苦労しながらそう言った。


 街のそこかしこで松明が灯され、魔法の明かりが闇を押しやっていた。


 魔力をため込める素材でできた城壁には何年、何十年もかけて防御魔法が重ねられていた。錬金砲も火竜の吐息でさえも、破るには手こずるはずだ。


 新月の夜だった。空には月もなく、糠星だけが静かに瞬いている。


 日付が変わってしばらくした頃に動きがあった。魔術師が東の街道を進む人影を探知したのだ。こんな時間に一人で歩いているのだからまともな人間でないのは明らかだ。


 最初に接触したのは発見の報を受けて転移した若い文官とその護衛の兵士だった。


『やはりネフタールだ』


 ヤネック王は執務室で魔術師が伝える念話を受け取っていた。反応次第で戦うか否かが決まるのだ。数万の命と姫の運命がかかっている。


 交渉に入った、と魔術師が伝えた。固唾を呑んで次の報告を待つ。ほんの数秒が何時間ものように感じられた。


『……決裂した。兵がやられた。文官も死んだ』


「やれ」


 念話に対してヤネック王は肉声で応じた。


 宮殿が激しく揺れた。ネフタールに向けて無数の破壊魔法が放たれた。夜の闇が真昼のように明るくなる。


 エリサ姫は自室のベッドからゆっくりと起き上がった。ドレスを着たままの彼女の手には金の鎖に繋がった紅玉があった。それを一瞥し、細い溜息を漏らす。


 戦のことを知らない彼女でも、すでに始まってしまったことはわかっていた。


 これからどうなってしまうのだろう。何人死ぬのだろう。エリサ姫は目を伏せて兵たちを思った。父であるヤネック王と、アクトや精鋭たちも。せめてシャーリエルだけは。


 そして小さく首を振る。栗色の髪が揺れた。わかっている。私に彼らを思う権利などないということは。


 ネフタールを呼んだのは、私自身なのだから。


 彼は言った、依頼を果たすために全力を尽くす、と。





 センダ国の旧都であるラピテントスはなかなかに栄えた都市だった。


 ただし、旧市街地は例外的に寂れていた。いや、荒れていると言った方が正しいかもしれない。通りに並ぶ建物は古く、窓が割れていたり屋根が崩れかけていたりした。


 そんな掃きだめのような街を彼女は歩いていた。服は質素なものだが、歩く所作はまるで貴婦人のように洗練されている。目深に被ったフードのせいで顔は見えない。しかしそこから覗く栗色の髪と頬から顎にかけての曲線はかなりの美人と推測するのに十分だろう。白い肌は滑らかだがどこか病弱な印象を与える。


「ここ、でしょうか」


 やがて彼女は片手に持った紙片と目の前の一軒家を交互に見た。古さは否めないが他の家と比べて手入れはされているようだ。二階建てでそこそこ広い。裏庭もあるようだがここからではその様子を伺い知ることはできない。小さな庭を杭柵が囲み、その入り口に立った看板には張り紙がしてあった。


『従業員募集中 給与 三十万ルル/月 賞与年三回(業績による)。

 勤務時間 八時~十七時(昼休憩一時間) 残業原則なし 発生した場合別途手当支給。

 業務内容…………』


 そんなことが書いてあった。長いこと貼りっぱなしになっているのか、色あせて文字は少しかすれている。


 戸惑いながら玄関の扉に近づくと、細い三角形の穴が開いているのに気が付いた。まるで、剣が貫き通したかのような。反対側から板を打ち付けて塞いでいるらしく内部は見えない。扉の下端に血痕のような赤い染みがついていた。


 彼女は穴の前に立たないように手を伸ばしてノックした。ややあって、扉の向こうから声がした。若い男の声だった。


「はいはい、ちょっとお待ちください」


 何かを片付けているような音がした。黙って待っていると一分もしないうちに再び声が届いた。


「どうぞ、お入りください」


「失礼します……」


 彼女は静かに扉を開けた。


 足を踏み入れた部屋の正面には木製の机が置かれていた。その手前には質素なローテーブルとソファが据えてある。


 机の向こう側に座った男が言った。


「お客さんですね。どうぞ、お座りください」


 彼女は部屋を見回した。最低限の調度品しかない、殺風景、というよりは無機質な部屋だった。男の背後の壁には裏口だろうか、木製の扉があった。傍には土がついたままの鍬が立てかけられている。裏庭は畑なのだろうか。部屋の左右にはそれぞれ隣室への扉があったが閉じられている。


 机の向こうから彼女を見つめている男は、茶色のベストの下に白いシャツを着ていた。洗濯はしているみたいだが軽く汚れているのはやはり土いじりをしていたせいだろう。


 座ったままの彼の身長は判断がつかないが、平均の域を出ていないように見えた。どちらかといえば痩せている方だが、軟弱さは感じない。


 顔立ちは整っているが、特徴らしい特徴はなかった。鼻筋は通っているし、輪郭にも歪んだところはなく、さりとてとびきりの美形というわけでもない。定期的に切っているのだろう、ほどほどの長さに整えられた黒い髪は清潔感を滲ませていた。瞳も黒だった。年齢は二十代の前半から半ば程度であろう。唇の端をわずかに持ち上げて、あるかなしかの優しげな微笑を湛えている。


「こちらにネフタール、さんがいらっしゃると聞いたのですが、どちらに……」


 丁寧な口調で彼女は聞いた。


「僕がネフタールです」


「えっ」


 苦笑交じりに応えた彼を彼女は見返していた。彼はどこかの村で農作業や羊の世話をしていそうな、どこにでもいる青年だった。あるいはそれなりに裕福な商人の息子、と言っても通用するだろう。


 その彼が、女子供老人でも容赦なく手にかけるという殺戮者、ネフタールとどうしても結びつかないのだ。


「その、すいません。とてもそうには見えなかったもので」


「気にしないでください。初めてお会いする方はみんなそう仰いますから。よろしければ証明して差し上げましょうか」


 証明する、とはどうやって。嫌な予感がした。椅子から立ち上がったネフタールが歩み寄ってくる。


「ちょっと待ってて下さいね」


 予想に反して彼は彼女の横を通り過ぎて外へ出ていた。


 扉が閉じて、一秒程度でまた開いた。


 再び姿を見せた彼は、手に二つの生首を下げていた。人相の悪い男の顔は醜い欲望をへばりつかせたまま固まっていた。力づくで引き千切ったと思しき首の断面からはまだ血が垂れている。彼女は慌てて顔を背けた。


「あなたをつけてたんでしょうね。たまにこうなるんですよ。出る前に仕掛けてくる可能性もありましたから、先に始末しておきました。あ、これはサービスですからお代はいりませんよ」


 澄ました顔で言いながら彼は生首を無造作に外へ投げ捨てた。


 彼女は絶句していた。こんなに簡単に人を殺すのか。殺してもいいのか。彼は人の命を何とも思っていないのか。


 しかし、ほんのわずかな間に二人の人間を抹殺したその手腕は、まさしく殺戮者(ネフタール)と呼ぶに相応しい。


「信じていただけましたか」


 ドアを閉めなおし、彼は再び机の向こう側に回った。


「はい、信じました」


 彼女は声が震えないように気を付けて、それだけを言った。あんなものを見せられては信じるしかない。


「では、改めまして、こんにちは。どうぞおかけになって下さい。それで、本日はどういったご依頼でしょうか」


 依頼人は勧められたソファに座り、そして内容を告げた。


「私を、殺していただきたいのです」


「ほう」


 ネフタールが驚いたように片眉を上げてから続けた。


「申し訳ありませんが、僕は殺しの依頼は受け付けていないんです」


「えっ」


 彼女は思わず唖然としてしまった。


「さ、殺戮者なのに殺しの依頼は受けていないんですか」


「人を殺してお金を頂いたら暗殺者ではありませんか。同様に、殺した方から金品を奪うことも致しません。それでは山賊や追剥です」


 ネフタールは大真面目な顔つきで言った。


 開いた口が塞がらない。その理屈は、どうなのだろう。でもネフタールが自分のルールに従って生きているのは理解できた。ルールが妥当なものかどうかは別として。


「ともかく、仮に僕があなたを殺すとして、いまここで、というのはちょっと難しいですね。しかしわざわざお越しになったのですから、よければ詳しい事情をお話ししてくれませんか」


 にこやかにネフタールが告げた。


「ここで殺すのが難しい、というのは」


「あなたはここにいるようで、いませんよね。魔法の道具の力を借りているといった程度のことしかわかりませんが」


 彼女は少し考えてからフードをはぐった。現れたのは透明感のある栗色の髪、澄んだ蒼い瞳と整った目鼻顔立ち。


「私は、アフトーサ国王ヤネックが娘、エリサマリル・ラフタ・ウル・アフトーサと申します」


 彼女は一礼して名乗った。宮殿にいる時とは違い、町娘の恰好で薄いレンズの嵌った眼鏡をかけていたが、大陸一の美姫としての美しさはそのまま、いや、眼鏡が彼女に理知的な雰囲気を与えてさえいた。


「予想はしていましたが、ずいぶんとお美しい人が来てしまいましたね」


 ネフタールが苦笑した。


「しかし、礼儀正しいと思っていたらお姫様だったんですね。そのお姫様がなぜ自分を殺してほしいのでしょうか」


「民を……救うためです」


 エリサ姫は言った。


「順を追ってご説明します。私は生まれつき病弱で、いまは心臓と肺に不治の病を抱えています。早くに母を亡くしたこともあってか、父は私を溺愛し、昔からいろんなお医者さまや治癒師の方のお力を借りて生きて参りました。ですが……」


 ネフタールは黙って話を聞いている。エリサ姫を見つめる瞳には他の男たちのような好色な雰囲気はない。


「一月ほど前に、父が連れてきた新しい治癒師という方とお会いしました。他に腕の良い治癒師にかかっておりましたが、複数の方に同時にかかるのは私にとって珍しいことではありませんでしたから、不思議にも思いませんでした……実際に会うまでは」


 一度目を閉じて、エリサ姫は自称治癒師の姿を思い浮かべた。光彩のない、不気味な黒い瞳。いま思い出しても震えが出る。


「不気味な人でした。紹介する父の顔も、どこかいつもと違っていたように思います。何かを決心したような……そう思っていた私に、その……シンドッホと名乗った方が私の頭の中に直接話しかけてきたのです。『お父上はあなたのために年に千人の生贄を捧げることに同意しました』、と」


 思念でそれを伝えてきたシンドッホは、ひどく楽しそうだったのを覚えている。宮殿で生きてきたエリサ姫が初めて目にした、本物の邪悪だった。


「生贄、ということはその方は邪神の司祭か何かでしょうね。ダル・マルディンかネビュネインあたりでしょうか」


 ネフタールが口にしたのは滅亡を司る邪神と支配を司る邪神の名だった。エリサ姫は静かに頷いた。


「彼は自らをダル・マルディンに仕える司祭だと言いました。彼は私がこのままではニ十歳まで生きることはまずないこと、いま生きているのは宮殿を中心にかけられた強力な永続型魔法によること、邪神の信徒に伝わる秘法を使えば残り少ない寿命を大幅に伸ばせること、そのために一年につき千人の生贄が必要なこと、父はその提案に同意し、報酬としてさらに一年につき百人の生贄をダル・マルディンに捧げることも認めた、と」


「噂には聞いたことがありますね、この世界で三百年ほど前の話でしょうか、とある皇帝がその秘法で二百歳まで生きた、と」


 彼はちょっと不思議なことを言ったが、エリサ姫はとりあえず話を続けた。


「彼はそのことにも触れました。それは紛れもなく自分たちの先祖の仕業だと言っていました……ネフタールさんは、その皇帝の末路については知っていますか」


 ネフタールは小さく首を振った。


「いえ、知り合いからちょっと聞いただけですからそこまでは」


「表向き知られている伝説では、邪神に魂を売った彼は勇者たちに討たれたことになっていますが、シンドッホが語ったのは少し違っていました」


「と、言いますと」


 促されてエリサ姫は続けた。


「皇帝は怪物に姿を変え、何百、何千もの臣民を食い殺し、その果てに討たれたのです」


「それはそれは、ずいぶん元気な二百歳……失礼。しかし、なぜシンドッホはあなたにそんなことを伝えたのでしょう」


「それもシンドッホが教えてくださいました。人間の、絶望や恐怖といった感情も、邪神への上等な供物なのだそうです。生贄と合わせて邪神が現界する糧になると」


 ふむ、とネフタールは椅子の背もたれに身体を深く預けた。


「大体の話は理解しました。あなたの寿命を延ばすために多くの生贄が必要で、おそらくは罪もない自国の民が犠牲になるのでしょうね。そして、あなたはそこまでして生きていたくない、と」


 ネフタールはエリサ姫の気持ちを正確に理解していた。そう、エリサ姫は何もしなくてもそう遠くないうちに死ぬし、生きようとしても多数の生贄が必要で、その果てにあるのは恐ろしい怪物になってしまうかもしれないという、最悪の結末なのだ。


 おそらくは意識してのことだろう、ネフタールは声音にいかなる感情も込めていなかった。それが有難かった。彼は、思っていたほど邪悪な存在ではないのかもしれない。いや悪漢であろうと、彼は二人の人間を何の躊躇もなく殺したのだ。善人では決してない。


 善でもなければ悪でもない、彼はいったい何なのだろう。


「その、通りです。ですから、今のうちに、私が私であるうちに殺していただきたいのです」


「こういう表現が正しいかはわかりませんが、あなたの本体は、やはり宮殿にいらっしゃるのでしょうか」


 答える代わりにネフタールが質問した。


「はい。いま見えているのは私の影のようなものです。宮殿の宝物庫で偶然見つけた、『夢現の紅玉』という魔法の道具は、身に着けたまま眠った者の意識を遠くに飛ばすことができるのです」


 胸元に金の鎖で下げられた赤い宝玉を見せながらエリサ姫は言った。この道具に込められた魔法は大陸のほぼ全域に届く。実体は宮殿のベッドで眠ったままだ。


 現れる姿は本人の実際のそれに準ずるが、衣服などの細かいところは自分の意志で調整することができた。眼鏡は宮殿での退屈な暮らしを紛らわせる読書の時にかけているものを、偽装になると思って使っていた。


「となると、あなたを直接殺害するには王都の宮殿まで出向かねばならないわけですね。話を聞く限り、お父様は過保護な方のようですから警備も厳重なんでしょうね」


 彼は顎を撫でてから続けた。


「依頼人の方にこのようなことをお聞きするのは心苦しいのですが、自殺することはお考えになりましたか」


「何度も何度も、考えました。しかし、できませんでした。ほとんどの時間は回復魔法の使い手である侍女が傍におりますし、そうでなくても私自身にかけられた持続式の回復魔法が、即死でない傷ならば命を繋いでしまうでしょう」


「即死というのは意外と難しいですからね。しかしそれだけの魔法をかけ続けるのは大変なコストがかかりますから、お父様は本当に、あなたのことを大事にしてらっしゃるみたいですね」


 皮肉と受け取れなくもない言葉だったが、それはネフタールの本心のようだ。


「このことは他の誰かにご相談になりましたか」


 エリサ姫は首を振った。


「いいえ、証拠もなしに信じて頂くには突拍子もない話ですし、万が一にも父の耳に入ったら私は幽閉されかねません。というのも、一度父に遠回しにですが言ったのです。死の運命が変えられないのなら、その覚悟はできているからどうか安らかに逝かせてほしい、と。父はこれまで見たことがないくらい動揺し、尋常ではない剣幕でそんなことは二度と言うな、と怒鳴ったのです。明らかに、異常、でした。父は変わってしまったのかもしれません」


「お父様は本気のようですね。おそらくシンドッホを始末しても似たような術を使える方を探し出して、同じことを繰り返すでしょう。生贄の方も、戦争でもなんでもやってかき集めるかもしれませんね」


 ネフタールの指摘は的確で、それ故に耳に痛いものだった。


「王都内に仕込まれた魔法の力であなたは生きている、ということでしたが、外に出たらどうなるかわかりますか」


「長くは生きていけない、とシンドッホは言っていました」


 呆れるほど細かく聞いてくるのがエリサ姫には不思議だった。だがきっと、必要なことなのだろう。


「では提案なのですが、依頼内容を王都からの脱出、ということにするのはどうですか。僕は殺しの依頼を受けずに済みますし、結果としてあなたはお亡くなりになるわけですから。それと、これはお節介なのですが、あなたはいままでその道具の力を使わずに王都の外に出たことがないのではありませんか」


 子供の頃は街に出たこともあるが、それだけだ。


「……はい」


 いま、こうしてここにいるのは外に出た、と数えていいかはわからない。なにしろ感覚が曖昧なのだ。エリサ姫の視界は壁に開いた覗き窓のように不自然に切り取られたもので、触覚も不確かだ。


 まるで、世界から直接触れることを拒まれているようで、エリサ姫は悲しかった。


「引き受けてくださるのですか」

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