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選択肢は一つ

「では、改めまして、こんにちは。どうぞおかけになって下さい。それで、本日はどういったご依頼でしょうか」


 依頼人は勧められたソファに座り、そして内容を告げた。





 それがどこから飛んできたのかは誰にもわからなかった。


 王家が住まう宮殿に向かって遥か彼方から飛んでくるものがあった。それは鈍い音を立てて地面で弾み、赤い液体を散らしながら門の前に立つ衛兵の足元へ転がっていった。


「……うっ」


 潰れてはいたが、苦悶の表情を浮かべる、それは生首であった。


 彼は震えながらも義務を果たすべく生首を拾い上げた。目は裏返り、苦悶の表情を浮かべている。口の中から一枚の紙片が零れて落ちていった。


 血で汚れた紙片を拾い上げると、そこにはこうあった。


『次の新月の晩に大陸一の美少女と呼ばれるエリサマリル姫を頂きに上がります。 ネフタール』


 衛兵の震えが一層激しくなった。身に着けた鎧がかちかちと鳴る。


「おいっ、どうしたんだ、それは」


 同僚の兵士が近寄ってきて声をかけた。


「ネフタールが、来る。姫を、エリサ姫を狙って」


 生首を抱えたままの衛兵はやっとの思いでそれだけを告げた。同僚の兵士の顔が見る間に青ざめていった。


「王に、知らせねば……」


 震える足を引きずって衛兵は宮殿へと歩いていった。





 ヤネック王は組んだ手に額をつけて深い溜息を吐いた。温厚かつ慈悲深い王と知られる彼の瞳に宿るのは暗い絶望だった。ゆっくりと立ち上がり、会議室の窓から平和な街並みを眺める。


「なぜ、ネフタールが……しかもよりにもよって、姫を」


 居並ぶ家臣たちは沈痛な面持ちで王の言葉を聞いていた。皆、同じことを考えていたのかもしれない。戦乱とも無縁な王都に、ネフタールが姫を狙ってやってくるなど誰が考えるだろうか。


「選択肢はただ一つ、戦うしかありません」


 会議室の武官側の席に座った男が静かに告げた。


 男の名はアクトルン・オーリィン・トールランス。ここアフトーサ王国が誇る若き騎士団長だった。剣技は王国随一と噂され、部下からの信望も厚い。辺境地域で魔物との戦いで無数の首を挙げた忠勇無双の剣士。


 怜悧な顔には幾分かの緊張がへばりついていたが、しかし瞳には意志の光が燃えていた。


 アクトは続けた。


「奴のことは皆さまも知っておいででしょう。理由も、意味もなく死をまき散らす最悪の殺戮者。姫が奴の手に落ちたら、どんな目にあうことか」


 ネフタール。この世界で殺戮者を意味する語。それはまた、現在では固有名詞でもあった。殺戮の果てに名前を忘れ、自らもネフタールを名乗っているという。転生者か転移者と思われるが詳細は誰にもわからない。


 その名が示す通り、彼は殺戮を好むと言われている。ただ通りすがっただけの旅人を殺し、村や町を壊滅させ、洞窟に潜むゴブリンやオークどもを切り刻み、交戦中の軍隊を両軍とも皆殺しにしたこともあるという。


 オークやゴブリンはともかく、街や村を滅ぼされてはたまらない。これまで何人もの英傑が彼に戦いを挑んだがすべて悲惨な末路を辿っている。


 会議室の面々はネフタールに切り刻まれる姫を想像したのだろう。一様に顔を曇らせる。


 疲れた声音でヤネック王が言う。


「しかし、この文面は……どうも、エリサ姫を殺そうとしているとは読めぬが」


『殺す』とは書かれていない。『頂く』と書いてあるだけだ。もしかしたら、姫を差し出せば彼女の命も、王国も救われるのではないか。彼はそう言おうとしていた。


「陛下、畏れながら、殺戮者の言うことなど信用できかねます」


 臣下の礼を守りつつアクトが意見する。


「そう、だな……。仮に殺されぬとして、姫が残虐な殺戮者の手に落ちたら、どんな目に合うのか。むしろ死んだ方がましかもしれぬ」


「まさに、その通りでございます。それに、姫を差し出しなどしたらどうなりましょう。王国の威信は地に落ちます。相手はネフタールとはいえ、ただ一人です。個人に国家が敗北を宣言するなど、あってはならないのです。かつて邪悪な転生者、アンデルセンの恫喝に屈したダーフヴ王国がどうなったか、忘れたわけではありますまい」


 アクトは今はもうない王国の名前を出した。王妃を人質に取られ、要求を呑んだ果てに滅んでしまった国。


 王は臣下たちを振り返った。王は姫を愛していたし、家臣たちもそうだろう。しかしそのために国を滅ぼしてもよいのだろうか。国も、姫も、失いたくはない。それ故に葛藤していた。


「幸いながら、民も、兵もみな、姫様を心からお慕いしております。戦いになっても不満を零す者はいないでしょう。私が鍛えてきた騎士団も、精鋭ぞろいです。それに、何人か伝手を頼って腕に覚えのあるものを呼び寄せるつもりです。彼らなら、あるいはネフタールに打ち勝つことができるかもしれません」


 ある種の熱を込めた弁舌がヤネック王の胸に沁みた。次第に迷いは消え、ヤネック王は決意を固めていた。


「うむ、余はこの国も、姫も愛しておる。ならば戦わずして負けることはありえない。兵を集めよ。国中の兵を王都に集めるのだ」


「必ずや、ネフタールの首を陛下に捧げましょう」


 氷のような表情に感情を隠して、アクトは告げた。

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