それでもカエルの王子はキスがしたい
「……なんだカエル。エロくなりたいのか?」
「違うケロ!私は「エラく」なりたいのだケロ!」
「人間の男の姿でエロだの何だと言われると身の危険を感じるな。これ以上私に近づくなよ」
「話を聞けケロ!というか、早く元の姿に戻すケロ!」
「……」
「無視ケロ!?」
ロロと名乗る少女と出会って早々、突然怪しげな魔法によって人間の姿に変えられた私。
カエルが嫌い。それだけの理由で。
私はフロッグ族が治めるバトラコス王国の第三王子のリグラナ。王国の繁栄を支える人材となるべく、ここ大魔導図書館「スキエンティア」へとやってきた。
この、人間で言えばせいぜい十代半ばの少女の姿をしたロロという娘は、「知の根源」とも称されるこのスキエンティアの守護精霊だという。
スキエンティアは世界の最果てとも言われるエランスト連峰の奥地に存在し、巷では幻の図書館とも言われている。
この魔導図書館には世界のあらゆる知が集積され、ここで学んだ者たちは歴史に名を残す偉人となっている者も多いと聞く。
しかし、ここにたどり着くには、地理的な困難の他、結界魔法によって生み出された数多くの試練に打ち勝たなければならない。
私は、王国の将来を一心に想い、数々の困難を乗り越えてこの図書館までやってきたのだが……思わぬ事態となってしまった。
まさか誇りあるフロッグ族の私が、忌々しい人間の姿に変えられるとは。
「早く姿を戻すケロ!」
私は書架の上で足をブラブラさせながら本を読んでいる黒のドレスに身を包んだ銀髪の小娘にがなり立てるが、当の本人はどこ吹く風。
「……」
「なんとか言うケロ!」
「……その語尾のケロっていうはなんとかならんのか。なんだそれは?耳障りでしょうがない」
「なんだとケロ!私はバトラコス王国の王族だケロ!王族たるもの、目下の者にはケロと語尾を付けて話すのが古くからのしきたりなのだケロ!」
「そうケロか」
「お前、私をバカにしてるケロ?」
ロロはスキエンティアの守護精霊というが、見たところ日がな一日、本を読んだり書き物をしたり昼寝をしたりと、暇を持て余した子供のようにしか見えなかった。
元の姿に戻すように何度言っても埒が明かないので、とにかく勉強を始めようと図書館の中を方々巡ってみたのだが、ここはとにかく広い。
円形の塔の構造をしたスキエンティアの内部は、中央部分はおろか外壁に至るまで無限とも思える無数の書架が螺旋状に連なって天まで伸びている。
ランプや明り取りの窓が多く設置されているので暗いという印象はないが、そのあまりの蔵書の多さに眩暈すら覚えた。
そして、この広い図書館の中には、私とロロの他は誰もいないことが分かった。
「ここにはお前の他には私しかいないケロか?」
「……そうだ。ここ100年ほどは誰もここを訪れていない。まあそう簡単にたどり着ける場所でもないからな。だから、カエル。お前はカエルの分際でそこそこスゴイ奴だということになる」
「カエルカエルとバカにするのはやめるケロ!私はリグラナ・バトラコスという崇高な名を持っているのだケロ。敬意を持つケロ」
「わかったケロ」
「お前、絶対バカにしてるケロ?!」
この図書館の蔵書の質は素晴らしいものがある。
自然科学や人文科学、はては魔導研究に至るまで、各分野の専門的な学術書が体系的に網羅されていて、質はもちろんその蔵書の膨大な数からして、およそこの世の全ての知がここに結集していると感じさせるに十分なものだった。
この秘境の地からどのように取り寄せているのか不明だが、最新の魔導研究に関する論文なども散見された。
つまり、その気になって調べればここでは分からぬことなどない。そういうわけで、忌まわしい「人化の魔法」についての詳細もほどなく知れたのだが。
『解呪方法は術者との接吻の他になし』
「……」
魔導書を持って固まる私に、ロロは周りをふよふよと宙に浮かびながら欠伸をする。
「まあ、そういうわけだ。私はカエルと口づけなんてまっぴらだし、まあ諦めて勉学に励むがいい」
「……今すぐ接吻するケロ」
「は?」
「今すぐ接吻するケローーーーー!!」
私は宙に浮かぶロロに襲い掛かる。しかしロロはヒョイと私を躱して高く飛び上がると、突然人差し指を天に向かって突き出す。するとロロの頭上にたちまち黒雲が巻き起こり、ピカリと光ったかと思うと私の体はとんでもない衝撃と熱に包まれた。
「ケロぉおおおおおおおおおお??!!!」
私はそのままパタリと床に倒れてしまう。私の体からはプスプスと煙が立ち昇り、痺れで立ち上がる事すらできない。
「ケ、ケロォ……」
「とんでもないエロガエルだ。そのまましばらくそこで床と口づけしているがいい」
くそう!私は絶対あきらめないぞ!
それから私は勉学の合間を縫って、隙あらばロロに襲い掛かって接吻しようとするが、ありとあらゆる魔法によって返り討ちに遭ってしまう。
……なんだか私がとんでもない変質者のようだが、それもこれも私を元の姿に戻さないロロが悪いのだ。
今朝も重力魔法で無理やり床と口づけさせられた私は、屈辱で歯噛みをしつつ朝食の干し肉をかじる。
……そう言えば、持参していた携行食も底を突きつつある。食料を調達せねば。
このスキエンティアの周辺は結界魔法によって外界とは隔絶されているのだが、標高が高く寒冷なエランスト連峰の奥地とは思えないほど暖かく豊かな森が広がっていた。
森には甘い香りを放つ果実がなる木があり、薬草や香料となるあらゆる植物や、様々な種類の動物も住まっている。
この森があるかぎり、およそ餓死するようなことはあるまいと思えた。
私は故郷の森でも毎日のように狩りを行っていたので、獲物を捕らえることは造作もないことだ。
私は早速外へと出かけていき、弓で何羽かの兎を仕留め、いくつかの果物や香草を見繕って戻って来る。ロロに調理場などはないかと尋ねたが、外で適当にやれと言われてしまった。
過去にここに訪れた者たちも、外でかまどなどを設えて調理などをしていたようである。とにかく図書館は火気厳禁だとのことだ。……この前、火の魔法で尻を焦がされたような気がするが。
私は昼時になると、とりあえずたき火を起こし、旅に持参していたフライパンを使って簡単な兎肉の香草焼きをこしらえると、それを持って図書館に戻る。
肉が入ったフライパンを机の脇に置き、リンゴを齧りながら本を読み始める。行儀はよくないが、私は寸暇を惜しんで勉学に励まなければならない立場なのだ。
「……妙な匂いがすると思ったら、こんなところに食事を持ち込んだのか」
匂いに気が付いたのか、突然ロロがやって来て、しかめっ面をしながら私の机の前をふよふよと漂う。
「まったく。ここは食堂ではないぞ」
「本は汚さないように気を付けるから勘弁するケロ」
私はそう言って再び本に目を落とすが、ロロは私の周りをウロウロふわふわと動きまわってなぜか離れようとしない。
「……なんだケロ」
「何だとはなんだ」
「そうウロウロされると気になってしょうがないケロ」
「ここは私の図書館だ。どこで何をしようと勝手だろう」
「じゃあ今ここで私と接吻するケロ」
「死ぬがいい」
「……」
……うっとうしい奴だ。
私は無視することにしてナイフで肉を切り取り口に運ぶ。
うん。それほど手を加えた料理ではないがなかなかにうまい。
「……」
……ロロの恐ろしいほどの視線を感じる。
どれ、もう一切れ。
「……」
私が肉を食べる様を、口を半開きにしながら凝視してくるロロ。
私はため息をつくと、大きく肉を切り分け、それをロロに差し出す。
「私はもう腹が大きいケロ。捨てるのももったいないからこれはお前が食べるケロ」
それを聞いたロロは一瞬パアッと顔を輝かせるが、すぐにふくれっ面になってそっぽを向く。
「ふ、ふん。私は上級精霊だ!そんなものを口にはしない!」
「じゃあ捨てるケロか」
「……」
この世の終わりのような顔をするロロ。めんどくさい奴だ……
「……すまないがこれをどこかで処分しておいてくれないかケロ。私はこの通り忙しいケロ。上級精霊様を使って申し訳ないケロが」
「っ……!し、しょうがない奴だ!この私を使い走りにするとは!今回だけ特別だぞ!今回だけだからなっ!」
そう言って料理を持ってクルリクルリと踊るように飛び去っていく。
……まったく。今度からは2人前作らねばならないな……
ロロのために食事を用意することがすっかり当たり前になったことに釈然としないものを感じながらも、私は日々の研鑽を惜しまず一層勉学に励んでいた。
この頃では、私が本を広げていると必ずと言っていいほどロロが側にいる。曰く、
「学問というものを独りで成そうとするのが度し難い。私のような先達に素直に教えを請わないというのも情けないが、学び、思索したものを他人と共有して論じ合わぬような輩をおよそ愚人と呼ぶのだ」
と、いうことだそうだ。
なるほど、と思わざるを得ないが、そんな偉そうなことを肉汁で口元をベタベタに汚しながら言われたくない。
とにかく食い物目当てか気まぐれかは知らぬが、ロロは私の勉強に付き合うようになっていた。
たしかにその知見は驚嘆すべきものがあり、あらゆる分野における見識の広さには私も舌を巻くばかりだ。
ロロに教えを請い、彼女と議論を交わすことで私の学問はどんどん深化していった。
本人には口が裂けても言いたくはないが学問の師として優秀なのは認めざるを得ない。
そしてその時間は自分でも驚くほど楽しいものだった。
しかし、と私は思う。こいつは私が来るまでどれだけ独りでいたのだろうかと。
「……私に独り勉強をすることの愚かさを説いたわりには、お前こそここでずっと独りでいたんじゃないケロか」
偉そうに変成魔導論の講釈をたれていたロロはふん、と鼻を鳴らす。
「……私はここの守護精霊だ。はるか昔より独りでここを管理しているが、数百年のうちでお前のような者が何人か来たからな。ずっと独りというわけではない」
数百年に数人……それはもはやほとんど孤独で過ごして来たと同じ事ではないか。
「ここから出ていくことは考えなかったケロか」
「何度も言うが私はこの図書館の守護精霊だ。私がいなくなれば、ここはあっという間に崩壊してしまう。そんなことができるものか」
なるほど。それが何百年もの長きに渡ってここで独りでいた理由か。それにしても。
「お前、ババアのくせして若作りし過ぎケロ」
次の瞬間、空気を切り裂く恐ろしい雷鳴が頭上に轟いた。
知の刺激に満ちた日々は、瞬く間に過ぎ去っていった。
私がここにやって来てからすでに二年が経とうとしている。
私がいるのは、未だ学問という山の頂きへの道半ば。いや、実際はその門前でウロウロしているばかりの半端者なのかもしれない。
しかし、そろそろ帰国を考えねばならない時期へと差し掛かっていた。
いつまでも学徒としての悠々閑々な境遇に甘えているわけにはいかぬ。
兄弟を助け、王族として祖国を盛り立てていかねばならないのだ。
そのことを伝えようとロロの元へと向かう。
その足取りは自分でも戸惑うほど、重く、切ない。
帰国についてはしばらく前から考えていたが、決断するには時間が必要だった。
全てはあの小生意気な娘の存在のせい。
別れというものは、常に様々な感慨を伴うものだが、彼女との別離にこれほどの寂寥を覚えるとは思わなかった。
私はロロの姿を探す。
ロロは私の側にいない時などは、何やら独りで書き物をしていることが多い。
はたして、今日もいつも通り巨大な書架の上で、大きな赤い装丁の本に鼻歌を歌いながら何やら熱心にペンを走らせていた。
「……いつも何を書いているケロ」
「……お前のような愚かなカエルには及びもつかないような高尚な思索と研究だ。それより飯はまだか。習慣とは恐ろしいものだな。お前の作る不出来な代物でも決まった時間に出てこないと物足りない気分になるのだから」
まったく、いつもながら口の減らない奴だ。しかし、今日に限っては腹を立てるような気分にもならない。
「……どうした?」
ロロは、私のいつもと違う様子を見て訝しげに首をひねる。
「……話があるケロ」
そうして、私は近々ここを去る旨を伝える。
それを聞いたロロはその顔から表情を消し、本を閉じる。
「……ここを去ることを決断した以上、お前に改めてお願いするケロ。どうか私を元の姿に戻してほしいケロ」
「……」
「人の姿では祖国の地を踏むことすらかなわないケロ。どうかこの通りケロ」
私は頭を下げた。こうしてロロに頭を下げることなど今まではしたことがなかった。王族としての誇りやプライドが邪魔をしていたせいもあるが……しかしそのような矮小な思いはもはやどうでもいい。
スキエンティアの守護精霊ロロは頭を下げるだけの価値がある存在なのだから。
しかし、それを見たロロは突然激高する。
「高慢ちきなカエルが頭なんか下げるな!そんなお前など見たくもない!」
ロロは大きな本を抱えたまま、ふわりと浮かぶ。
「カエルと口づけなんてまっぴらだと言っているだろう!お前はここで……ここで野垂れ死にでもすればいいのだ!」
そう吐き捨てるように言ったきり、ふわりといずこかへと飛び去ってしまう。
「待つケロ!」
私はロロを追いかけるが、その姿はすぐ書架の影に消え、見えなくなる。
それ以来、ロロは私の前に姿を現すことはなくなってしまった。
簡単に帰国とは言っても、その道程は長く険しい。
したがって、旅の準備は慎重かつ綿密に行わなくてはならず、ロロに辞去の意思を伝えてから数日は装備の点検や保存食の準備などに追われていた。
その間もロロの姿を探すが、その行方は杳として知れないままだった。このスキエンティアのどこかにいるのだろうが、私はこの図書館の全貌を知っているわけでもない。
二年もの間ここで過ごしているが、知らぬことも多い。塔の頂上に向かうにつれて内部構造が魔法によって複雑に捻じ曲げられているため、ロロの案内もなくうっかり迷い込めば遭難しかねなかったぐらいだ。
私は重苦しい気分を抱えたまま、ノロノロと出発の準備をしていったが、やがてその準備を終えてしまう。
あとはロロにこの魔法を解いてもらうだけ。
私は図書館の昏く陰る頂上への吹き抜けを見上げ、呟いた。
「――聞いているかケロ。聞いていなくてもいいケロが……私は明日、お前が魔法を解いてくれてもくれなくても、ここを出ていくケロ。この二年……本当に世話になったケロ。お前と共に学ぶことがことができたこと……生涯の誇りとするケロよ」
私のつぶやきが虚空へと消えていく。何の返事もない。
本心を言えば……私が言いたかった言葉は、実はもう一つある。
『私と一緒に来ないか』
しかし、それがかなわないことは知っているし、何より未練がましすぎる。偉大なるバトラコス王国の王族に連なる者としてあるまじき不甲斐なさである。
私はそっとため息をつくと、今晩の食事を調達するために森へと出る。最後の晩餐だ。
準備する料理は、いつも通り二人分。
いつもより豪勢にすればロロの奴も出てきてくれるだろうか。
そんな女々しい事を考えながら、森で狩りなどをして料理の素材を調達する。そうした森での作業を終えて図書館へと戻ってきた時だった。
ドオオン!
図書館の入り口で凄まじい爆発音がして、もうもうと黒煙が立ち昇り始めたのが見えた。
「なんだ!?」
私が慌てて駆けつけると、そこには武装した四人の人間とロロが互いににらみ合い、対峙していた。人間たちは戦士のような男が二人、そして杖を持った魔導士然とした女が二人いる。
なんだあの人間たちは!?なぜロロと争いになっている?
「……愚かな人間どもよ!己が卑小な思惑のために魔導の禁忌に触れようなど言語道断!立ち去るがいい!」
久しぶりに見たロロの姿。
しかし、ロロは今まで見たことのないぐらいの怒りを湛えた表情で目の前の人間たちを見下ろしていた。
「……卑小な思惑なんかじゃない!強大な魔族たちに対抗するにはより大きな力が必要なんだ!僕の大切な人たちを守るために!」
年若い青年がロロにそう訴えかける。しかしロロはそれを鼻で笑い、一蹴した。
「それを矮小だと言っている!要は縄張り争いに勝つ為に強力な魔法が欲しいと言っているにすぎないではないか!強大な力はより強大な力を引き寄せ、破壊が破壊を呼ぶのだ。そんなことも分からぬ愚か者に与える知識など、ここには一かけらもないわ!」
ロロ達のやり取りを聞いて、なんとなく事情が呑み込めた。
あの人間どもは、ここスキエンティアに存在するとされる禁忌の破壊魔法を求めてやって来たのだろう。その破壊魔法は遥か古に、一つの都市を一瞬で壊滅させたとの伝承がある。
人間とはどこまでも愚かな奴らだ。奴らの言う魔族とは、主に我々のような亜人のことを指す。自分たちとは違う異形の者を魔族として十把ひとからげに差別して受け入れず、ならば干渉しなければよいのにその貪欲な支配欲で時に亜人を滅ぼし世界を蹂躙しようとする。
人も亜人も、善き者もいれば悪しき者もいる。この世界に住まう者として、そこにまったく違いはないのだ。目の前のこいつらは、人間にとっては同胞を守ろうとする善き者なのかもしれないが、善き亜人にとっては悪魔のような存在に他ならない。
そんな事にも気が付かず、ましてや手段として禁忌の破壊魔法にまで手を出そうというのだから呆れて物も言えない。ロロが激高するのも無理はあるまい。
「……俺たちだって後には引けねえんだよ!――おい!やれ!」
壮年の男が二人の若い女に指示を出すと、女たちは水晶の結晶のような物を取り出し、詠唱を始める。魔法の術式のようだが、見たことがない。
「――かはっ!」
突然、ロロが膝をつき、苦しみ始めた。
「……やはり、精霊か。伝承の通りだな。聞き分けのない精霊が相手なら、そいつを支配して使役してやればいい」
どうやら、相手は精霊に対しての対抗手段を持っているらしい。このままではまずい!
「――あの水晶が術式の触媒のようだな!」
私は弓を取り出すと、矢じりの先に強化魔法を施し、女の持つ水晶を狙ってその矢を放った。
矢は真っ直ぐ水晶まで飛んでいき、見事それを射抜く。水晶は細かな結晶となって砕け散った。
「な、なんだ!?」
人間たちは何が起こったのか分からず色めき立つ。
そんな中、私はもう一つの水晶を破壊しようと弓を構えるが、青年の男が私の存在に気が付き、いち早く対応を始める。
「あいつだ!エイナは術式を進めて!あいつは僕が相手取る!」
青年が長剣を抜き、私に襲い掛かってきた。その速さは驚くべきものだった。あっという間に距離を詰められ、私は咄嗟に自前の剣を抜いて青年の放つ刃を受け止める。
「君は何者だ!なぜ邪魔をしようとする!」
「いきなりやって来て、寄ってたかってか弱い精霊をいじめるような輩を邪魔して何が悪いケロ!」
私は青年の剣を跳ね上げると、袈裟懸けに剣を振るうが軽く打ち払われる。数合の打ち合いの後、私たちは互いに距離を取った。
ここにやってくるだけあって、かなりの手練れだ。しかし。
私は幻影魔法を展開して自分の姿形をした分身体を複数生み出した。実体はないが、相手を幻惑するには十分だ。
数合の打ち合いで分かったが、相手の素直な剣筋から見てどうやらあまり奇をてらった攻撃を得手とはしないようだ。ならば、こういう搦め手が効果的だろう。
私と幻影たちが一斉に青年に襲い掛かる。
「くっ!」
幻影に惑わされ、いちいちその攻撃に対処しようとするために隙だらけとなる。
青年が一つの幻影に剣を振り下ろしたタイミングを見計らって、私は自らの剣でその青年の剣の刀身を上から強く叩きつけた。青年の体勢が崩れたところを私は背後から相手のうなじに剣の柄で当身をする。
「がっ……!」
青年が崩れ落ちたのを見るや否や、私はすぐさまもう一つの水晶を持つ女の元に駆けだす。あのもう一つの触媒を破壊せねば。
しかし、そこにたどり着く前に巨大な火球が私を襲ってきた。
「むっ!」
私はそれを横飛びに避け、すぐさま体勢を整えると魔法を放ったであろう術者を見据える。そこには。
「……ロロ……!」
ロロがこちらに手を向けながら、涙を流していた。
「カ、カエル……!逃げろ!私は……もはや……!」
あの人間ども……!ロロを使役しているのか!
壮年の男が喜色をあらわにして、水晶を持つ女に声を上げる。
「……いいぞ!エイナ!完全に支配できたか?!」
「触媒が一つじゃ精神支配まではできない!でもある程度の使役は可能のようよ!」
ロロが続けざまに私に複数の火球を放ってくる。一つ一つが必殺の威力があるように見える。防御魔法も物の役に立つまい。避ける他手はない!
「カエルーーー!逃げろぉ!」
ロロが悲痛な叫び声を上げる。
まったく!……お前がいなければとっくの昔に逃げている!
私は火球を避け続けるが、魔法は正確に私の居た地点に着弾する。その周囲から火が回り、辺りが紅蓮の炎に包まれ始めた。このままではあっという間に焼きガエルだ。
私は苦肉の策として魔法で周囲に霧を発生させて目くらましを試みる。あのロロに対してどれだけ効果があるか分からないが。
「くそ!霧か!」
壮年の男が戸惑いの声を上げる。どうやら魔力感知能力の低い人間どもにはいい目くらましのようだ。
私は申し訳程度の防御魔法を身にまとわして霧の中を突進する。とにかく、あの水晶を破壊することを最優先にせねばならない!
しかしその後も、ロロの魔法はある程度の正確さで私に向かって放たれ続けた。それをなんとか躱しながら、じりじりと水晶を持つ女の元に近づいていく。術者に十分に接敵すれば、ロロも魔法は使えまい。
そして、もう少しで女に肉薄できるといったところで、背後から青年の叫び声が聞こえてきた。
「攻撃魔法じゃダメだ!何か足止めをする魔法を!」
あの人間、よけいな事を!
そう思った次の瞬間、私の体が突然急激に重くなり、まるで地面に縫い付けられたかのように身動きが取れなくなってしまった。
「重力魔法か……!」
私は歯噛みをするが、もはや遅い。ロロの重力魔法は折り紙付き。逃れることはできまい。
私が行使していた霧の魔法も効果を失い、周囲が晴れ渡る。
「カエル……!」
ロロが悲痛な表情をしたまま滂沱の涙を流し、私を見つめていた。
その姿を隠すように壮年の男が立ちふさがり、私を見下ろす。
「ふう……やばかったな……何者だ?お前。まあ何でもいいが、これで――」
男が剣を上段に振り上げる。
「待てエランド!殺すことはない!」
背後の青年がそう叫ぶが、壮年の男が首を横に振る。
「ダメだ、ティトス!こいつは危険だ!今のうちに排除する!」
エランドと呼ばれた男が、剣を振りかぶり、今にも振り下ろそうとしたその時。
「リグラナーーーーーーーーー!!!!」
ロロの叫び声が聞こえた瞬間、突如私にかかっていた重力魔法の効果が切れた。体が動く!
しかし同時に剣が振り下ろされ、今から避けようとしても間に合いそうにない。もはや逃れることができないと覚悟したその刹那。私とエランドという男の間に、突如として何者かが立ちふさがるように姿を現した。
「なに!?」
男の剣がその者の体を切り裂く。
「……!」
刃を受けた者の体がふらりと傾き、私の元に倒れこんできた。私はとっさにその者の体を抱え込む。
「――ロロ!!!!!」
私を庇って凶刃を受けた者――魔導図書館スキエンティアの守護精霊ロロは――震える手を私の顔に差し伸べる。
「……バカガエルが……逃げろと言っただろうが……」
「ロロ!!!」
ロロは苦し気に私に向かって笑みを浮かべた。そしてその表情はどこか照れくさそうにも見えて。
「意地を張って……すまなかった……さあ……今からお前に掛けられたその魔法を解――」
震えるロロの手が私の頬に触れようとした時、その指先、そしてロロの体全体が光の粒子となって散り、掻き消えてしまった。
「ロロ……?」
私は重みの消えた腕を呆然と見つめる。
どういうことだ?
ロロ……お前、どこに行った?
また隠れん坊でもする気か……?
「……っ!畜生!エイナ!どうなってんだ!」
「わ、分からない!ちゃんと使役ができるところまで支配できてたのに……」
人間どもが、何かをさえずっている。しかしもはやそんなことどうでもいい。
私はふらり立ち上がると、目の前の男を見上げた。
「!」
私から漏れ出た魔力が奔流となって渦を巻き、男の体を吹き飛ばす。
「な、なに?!」
周囲が私から迸る魔力の奔流によって嵐の如く荒れ狂った。尻餅をついた人間が私の姿をまるで化け物を見るような目で見る。
……そうだ。お前たちの本質はそれだ。自分が理解できないもの対する恐怖。その恐怖から逃れるために、いつもお前たちは理解できない何かを破壊しようとする。
私は魔力を高めていく。
――では存分に恐怖するがいい。炎熱魔法か?凍結魔法か?それとも即死魔法がいいか?
知ってさえいれば、禁忌の破壊魔法さえも打ち込んでやったものを――
その時。
『――バカガエル――』
「……!」
ふいに私を呼ぶ声が聞こえたような気がして、私は我に返る。
そして次の瞬間には怒りで真っ赤に染まっていた視界が突然晴れたような心持ちがした。
「ロロ……」
私は空を見上げ、虚空に大切な者の名を呟く。いくらか気分が落ち着き周囲を見回すと、私の魔力に当てられた人間たちが恐怖に身をすくませ、身動きが取れないでいるのが見えた。
「……そうケロな、ロロ……私も人間のことをバカにはできないケロ」
私はふう、と大きく息を吐き、自らの剣に強化魔法を施すと、呆然とする人間たちの剣や杖などの得物を一つ一つ破壊して回る。
そして、私は自らの剣を地面に突き刺し、人間たちに言った。
「……ここから去るケロ。今ここにお前たちへの憎しみを断った、この愚かなカエルに免じて」
あれからどれだけの時が経っただろうか。
人間たちが去ってからというもの、私は毎日のように図書館の蔵書を片っ端から調べて回った。
失われた命は決して戻らぬ。
それでも。
それでも、この偉大なる大魔導図書館スキエンティアに結集した英知をもってすれば、あるいは――
そんな愚かな妄執に取りつかれ、私は今日も書物を読み漁る。全てを知るために。
このスキエンティアの事。精霊の事。そしてロロの事を。
――スキエンティアの成り立ちはおよそ1000年前にさかのぼる。
当時の大賢者スキエンティアが打ち建てたこの大魔導図書館は、当初は引退した彼の個人的な蔵書を保管する倉庫のようなものだったらしい。
それが今のような大図書館に発展していくわけだが、それには彼が助手として生み出した人工精霊が大きく貢献したようだ。
つまり、ロロの事だ。
私は賢者スキエンティアの膨大な著作の中に個人的な手記を見つけ出し、それを紐解く。
『人工精霊であるロロライナを生み出せたことは、私の長い魔導研究の中で成し遂げられた壮挙であると胸を張って言える。ロロライナは、その聡明さ、魔導の素養において只人である私などよりよほど優れていると言えるだろう』
賢者スキエンティアは、その手記の中で度々ロロのことをまるで我が娘を誇るかのように記述している。
よほどロロの事が可愛かったと見える。私は老賢者と助手である精霊との微笑ましい日々の描写を胸の内が暖かくなる思いで読み進めるが、私が求める答えはそこにはない。
しかし、その手記の最後。その記述に私は目を見張った。
『――精霊であるロロライナは世界に正常なマナが満ちている限り、ほぼ永遠ともいえる時間を生き永らえることができるであろう。精霊にとっての命とはこの世界そのものであり、世界のマナとの繋がりを断たぬ限り滅びることはない。それがあの子にとって幸せなのかどうかは分からぬ。私を始め、彼女の知己はことごとくあの子を置いてこの世を去ることになるのだから。故に、私はロロライナに選択肢を与えることにした。つまり、定命の存在としての運命「生と死」の可能性を』
ロロの「生と死」。
私は手記のページを震える手でめくる。
『私は大切な者たちとの思い出の日々を手記にしてまとめることをロロライナに勧めた。そしてこの人々との繋がりの象徴というべき手記自体を、世界のマナとロロライナとの繋がりの媒体とすることにしたのだ。つまり、その手記を焼却などの手段で消滅させれば、ロロライナも消滅する。しかし――』
私はゴクリと喉を鳴らす。心臓が早鐘のように打ち始めるのが感じられた。
『――しかし、その手記が失われない限り。つまり、大切な人々との繋がりが失われない限り、精霊ロロライナは決して滅びることはない――』
それを読んだ私は決然と立ち上がり、塔の昏く陰る天頂を見上げた。
そうだ。なぜ気が付かなかった。あいつが本当にいなくなったのであれば、ここは崩壊しているはず。
「……まだここにいるのか?ロロ……?」
私は、魔導図書館スキエンティアの最上階にやってきていた。
スキエンティアは高い丸い塔の構造をしているが、今までその頂上近くには私も近づいたことはなかった。
大賢者の仕業かロロの仕業かは分からぬが、正しい道順で進まなければ延々と同じルートをループしてしまう回廊があるなど、頂上に向かうにつれて容易には先に進めないような構造になっている。そのため、ロロの案内もなしに不用意に踏み込むことは躊躇われていたのだ。
実際、安易な気持ちで立ち入ると、永久に出てこれなくなる可能性すらあっただろう。
最上階には一つだけ大きな扉があった。
私は緊張に喉を鳴らし、その扉を開く。
「ロロ!」
私は部屋の中に飛び込むと、ロロの姿を求めて周囲を見回す。しかし、そこにはロロの姿はなかった。
「……」
私は落胆を禁じ得ないまま、部屋の中をうかがう。そこはごく普通の部屋だった。
特徴があるとすれば、とても汚い、ということだろうか。
おびただしい数の本が乱雑に積まれ、脱ぎ散らかされた服があちらこちらに転がっている。
予想はしていたが、恐らくここはロロの私室であろう。そのありさまに、私は思わず苦笑してしまう。
私は、積まれている本を物色し始める。
ロロはいつも赤い装丁の本を抱え、書き物をしていた。
あれが大賢者の言う「手記」なのだとしたら。
ロロが持ち歩いていた時以外、私はあの本を目にしたことはない。ロロにとっては命そのものといっていい代物だ。他人の目につくような場所に保管しておくとは思えない。
となれば、私が一度も立ち入ったことのない場所。つまりこの部屋に件の手記がある可能性が高い。
こうなればロロの生死を握る唯一の手掛かりだ。必ず見つけ出さねばならぬ。憶測ばかりで心もとないが、他に頼る手段もない。
「……!これか……!」
やがて、私は机の引き出しに納められていた赤い装丁の本を見つけ出した。
私は恐る恐るその本を開いてみる。
そこには、ロロの出会った人々との交流が日記として綴られていた。
1000年という年月からするとささやかな数ではあるが、それでも、ここを訪れた人々との交流を記した確かな繋がりの記録だった。
あいつらしい、いささか乱暴な筆致で訪問者たちとの交流が記されていたが、私以外の人物たちとのやり取りを垣間見ることはいささか不思議な心持ちがした。
そして。
「……!」
日記に、私のことが登場する。
『今日、本当に久しぶりに我が図書館に訪問者がやってきた。フロッグ族のリグラナというらしい。その姿は恐ろしく可愛らしかった。思わず抱き着きたくなってしまったほどだ。あのような愛らしい姿をさらされると、こちらの威厳が保てぬかもしれない。というわけで、人化の魔法を使って人間の姿にしてやったのだが、これまた私好みの美少年となってしまった。これはよくよく気を付けて接せねばなるまい。私は偉大なる魔導図書館スキエンティアの守護精霊なのだから!』
『リグラナが人化の魔法の解き方を知り、私に接吻を迫ってくるようになった。なんという破廉恥な奴だ!そもそもやり方が強引すぎるのだ。か弱いレディーに対して力で組み伏せようとしてくるとは。あいつは何もわかっていない!同じ迫るなら、もっと、こう、ロマンティックな雰囲気の中で甘い言葉でもって誘いをかけるべきだろう。これだから、勉学しか能がない学問バカは始末に負えない』
『リグラナが料理を作った。兎の香草焼きとのことだったが、私に献上したいと泣いて頼むのでしょうがなく受け取ってやったが、これが信じられないほどの美味だった。あいつは、学問よりも料理人としての方が大成するのではないだろうか。本来、精霊である私は食事など必要ではないのだが、リグラナが是非に、と請うてくるので毎度の食事につきあってやることにする。まったくしょうがないやつだ!』
『師になってくれと土下座までされて懇願され、根負けした私はリグラナに学問の手ほどきをしてやることにした。リグラナは未熟ではあるが、物覚えは悪くない。それどころか、こちらの問いに対しても打てば響くといった調子ですぐさま適切な回答が返ってくる。中々見どころがあるやつだ。しかし、その言動は相変わらず生意気で、議論をしていても事あるごとに細かい矛盾をついて、いちいち私に突っかかってくる。あいつは優秀ではあるが、師に対しての尊敬や女性に対しての配慮がまるで足りない!学問の他にも色々と教育してやる必要がありそうだ』
……細かいところで私の記憶と齟齬があるが、いかにもあいつらしい。
万事こういった調子で、私と過ごした二年あまりの記録が事細かに記されていた。腹立たしくも楽しかったロロとの日々の記憶が脳裏によみがえり、思わず笑みがこぼれる。
そしてロロの最後の日記。私が別れを告げた、あの日の記録だ。
そこには乱れがちの文字でこう書かれていた。
『――リグラナが去る。そう告げられた。胸の内が虚ろとなり、何もかもが色あせて見える。こうした別れは何度も何度も経験したはずなのに、どうしてこうも心がかき乱される?リグラナ。リグラナ。なぜお前は私を置いて出ていこうとする。まだお前に掛けられた魔法も解いてはいないというのに。それでもお前は去るというのか?お願いだ。お願いだからずっと私と一緒に――』
記述はそこまでで、その文字の上には、まるで書いたことを恥じ入るかのように、でたらめに線が引かれていた。
「ロロ……」
私は本を握りしめ、己の愚かさに歯噛みしながら、ただ項垂れるほかなかった。
私はロロの部屋を辞し、塔の下層へと戻る。
ぼんやりとしていたせいで、何度も道に迷いかけた。危うく、本当に遭難しかけるところだった。
私はいつもの閲覧室までやって来ると、そこの椅子に体を投げ出し、仰向けにだらしなく座り込んだ。
頂上へと続く、塔の昏い吹き抜けを一度仰ぎ見ると、目を閉じて私は自問する。
……私が一番求めているものは何だった?
学問を修め、祖国に貢献すること?
それはもちろんそうだろう。私がここにやってきたのはそれが目的なのだから。
しかし、リグラナ。もう自分に嘘をつくな。
今、お前が一番に願うことと言えば一つしかないだろう。
そう。
ロロと共にいたい。それだけだ。
私は間違っていた。
あの時、王族の矜持なぞは無視して、素直な気持ちをそのまま言えばよかったのだ。
『私と一緒に行こう』と。
あいつがそれを受け入れるかどうかは分からない。しかし、少なくともちゃんと口に出すべきだったのだ。
すまないロロ。
「ああ」
私が間違っていた。
「そうだな」
素直に言うべきだったのだ。お前と一緒にいたい、と。
「そ、そうか」
お前を愛していると。
「……!?……?!」
ん?
私がガバリと身を起こすと、目の前に、顔を真っ赤にして口をパクパクさせているロロがいた。
私は眼前に、以前と何も変わらぬ姿のロロがいる。そのことが信じられず、何度も目をこする。
「……ロロ?」
「……あ?……あう」
「本当にロロか?」
「あ、当たり前だろうっ……!」
ぷいっと赤い顔をそむけるロロ。
「ロロ!!!」
私は思わず目の前のロロを抱きしめた。
「きゃうん!!!」
その体は柔らかく温かい。ちゃんと実体がある。幻なんかじゃない!
「ロロ!」
私はロロを強く抱きしめ続ける。もうどこにも逃がすまいという思いを込めて。
「……お、おいっ……!」
「ロロ!ロロっ!」
「い、いい加減に……!」
「ロローーー!ロローーーー!」
「いい加減にせんかーーーーっ!この不埒もんがーーーー!」
次の瞬間、私の全身に凄まじい衝撃と熱が走った。
「ケロぉおおおおおおおおおお??!!!」
私はバタリと床に倒れた。私の体からプスプスと煙が上がる。
「ケ、ケロォ……」
「こ、このエロガエルが!しばらくそこで床と口づけしているといいっ!」
この痛み、随分と懐かしい気がするな。だが、ようやく頭が冷えた。
私は顔を動かしてロロを見上げる。そこには赤い顔をしてそっぽを向くロロが確かにいた。
「ロロ……お前、生き返ったのか……?」
「……はなから私は死んでなぞいない。肉体の損傷が激しすぎたために、肉体と世界のマナとの繋がりが維持できなくなっただけのことだ。私は元々、本の精霊として生み出されたからな。マナとの媒体である私の本に読み手が触れて少しでも魔力が加われば、この通りすぐに私の体は再構成される」
「……つまり、私がお前の日記に触れたことでお前が復活できたということか……?」
「まあ、そういうことだ。肉体はなくとも、私はお前の側にずっといたのだぞ?まったく、大の男がメソメソと……いや、そうだな……」
ロロは私を仰向けに転がし、その上にのしかかってくる。そして、私の顔をじっと見つめてきた。ロロの瞳に、私の人間の顔が映っているのが見えた。お互いの視線が交差し、絡み合う。
「……肉体を再び得た今、真っ先にやっておかなければならないことがあったな」
そう言って、ロロは顔を近づけてくる。そして。
「ぶっ?!」
私は近づいてきたロロの顔面を手で押さえつけた。
「な、何をしゅるっ!?」
「――もっとロマンティックな雰囲気の中で、甘い言葉でもって誘いをかけるべき、だろう?愛する者との口づけは」
それを聞いたロロは、ボンッと顔を真っ赤に紅潮させた。
「~~~~~~~っ!ち、違う!私はお前の魔法を解いてやろうとっ!」
「それならば、なおのこと、今ではない。私にはまだやるべきことがある」
「な、なに?」
――大賢者スキエンティアの手記。その最後はこう締めくくられていた。
『この手記を紐解く者よ。汝がロロライナと交友を結び、共に在りたいと真に願う者ならば。どうか、あの子を外の世界に連れ出してやってくれ。この世で最も価値のあるもの。それは多くの人々との絆に他ならぬ。このようなかび臭い穴倉ではそれは望むべくもない。どうか、あの子に、真に価値ある学びの機会を与えてやってほしい――』
私は、いつかロロをここから連れ出す。
その時こそ、この魔法を解いてもらおう。
だが、そのためにはまだまだ学ばなければならないことが多いのだ。
「――ロロ」
「な、なんだ?」
「……私はお前と共にある。これからもずっとだ」
ロロは一瞬驚いた顔を見せた。しかしすぐに。
「……うん」
ロロは、私の手を握り、はにかむように微笑んだ。
その笑顔は、私がこれまで見たどの笑顔よりも美しかった。
「……ところでカエル」
「ん?」
「お前、語尾はどうした?さっきからケロケロ言ってないじゃないか」
「ああ……すっかり忘れていたな。あれは我ら王族の目下の者に対する習慣にすぎない。だからもういいのだ。私はもうお前を目下の者だとは思ってはいないからな」
「なるほど。そうケロか。分かったケロ」
「お前、やっぱり私をバカにしているな?」
――大賢者スキエンティアよ。あなたの愛娘は私一人では手に負えそうにない。
だから改めて誓おう。
この愛すべき精霊を、広い世界に連れ出して見せると。