鳩時計に転生しました(絶望)
注意:)前作「石ころに転生しました(絶望)」の続編ですが、主人公が前世での記憶を失っているので、初見の方でも違和感なく見れると思いますm( _ _ )m
ちなみに石ころ時代は、彼が考えるのを止めてから地殻変動などに飲み込まれて地中奥深くまで沈んでしまったため、何かの拍子で壊れることもなく、数億年後に地球が崩壊して、そこでようやく解放されます。本作はその後のお話となります。
自身が何者なのか――考えたことってある?
――私は、ある。
私……? いや、僕? んー……ちょっと違和感があるな。俺? あぁ、そうだ……俺だ! うん、しっくりくるね。俺は自分のことを「俺」と言っていた。これは間違いなさそうだ。
――そう、俺は今、まさに! 俺って誰? って状態なわけだ。
自分の一人称を手探りで選ばなきゃいけないぐらい、俺の中には何も残っていない。まるで「がらんどう」だよ。
記憶がない。
こうして思考しているのは誰か――その名前すら思い出せない。
でも言葉はスラスラと思い浮かぶし、例えば――ハサミと言われれば、それが何なのかは理解できる。
つまり……俺の知識の中から、俺と言う存在だけがすっぽり抜け落ちているわけだ。
だから厳密にいえば、記憶がない――ではなく、エピソード記憶だけがどっかに飛んでいった、という結論に至るわけだな。
俺の意識が浮上したのが37時間14分前。精神が落ち着き始めたのが16時間30分前。自分の身体がどうなったのかを理解したのが8時間41分前。理解したので色々試し始め、その理解を深め終わったのが1時間12分前。そして、今――俺はようやく自分自身という人格のことについて考え始めた感じだ。
やけに時間部分が細かいなって?
あぁ、そうだな……それについては、きちんと理由がある。時間に関しちゃ、誰よりも正確測り取れる――理由がな。
まあなんだ。つまり、俺は……鳩時計らしい。だから時間を正確に測れるんだ。
………………。
え、何言ってんのって? 分かる、分かるぞぉ! 俺も同じ気持ちだ! いくらエピソード記憶が無いからって、自分が「人間」だったってことは理解してんだ! でも……でもな、これは紛れも無い事実なんだよ。
俺は間違いなく……鳩時計らしいんだよ。
理屈ではなく、直感で分かってしまうんだ――――ん、なんかこの言葉に既視感を覚えたけど、何だったかな。……ってエピソード記憶が無いんじゃ、思い出すことも無理か。スパッと諦めよう。
人で言う心臓の鼓動はない。けれども電動式のようで、体内に埋め込まれた電池の熱量を感じ取ることができる。
そして血管のごとく張り巡らされた回路と、俺の今の筋骨格ともいえる歯車たち。そして皮膚代わりの外装部分。時計の針は……んー、人で言うと何になるんだろうな。漠然と時間を測っている感覚はあるんだが、感じたことの無い新鮮な感覚がするから、人の機能とはまた別モンってことになるんだろうな。
そして俺の頭部――脳や目だとかそういった感覚は全て……鳩に内蔵されているようだ。
あれな? 30分区切りに時計の上から飛び出てくる、鳩さんな。
なんつーの?
なんだよ、その滑稽な状況はって思ってしまうわけだよ。
人だった頃の感覚が鳩時計の各部位に振り分けられているようなんだが、手足の感覚が一切ないから、基本的に達磨状態なんだ。だから自由に動かせる部分は無い。ただひたすら暗闇の中に鳩は居る。
あ、すまん。一個だけ動かせる部分があったな。
首だ。
こう……鳩が餌を突っつくときに首を伸ばす仕草、あるじゃん? そんな感じで首を前に押し出すイメージをするわけだ。
すると――、
「パッポー、パッポー、パッポー、パッポー」
と、鳩が外界に、アラこんにちはって感じで飛び出すわけだな。
これ、今の俺の唯一の楽しみね。
正直、外に出ても変わり映えしない風景なんだけどな。でも真っ暗闇よりは断然いい。この人工鳩の目は光に目が眩むということもないようで、いつ暗闇から飛び出してもしっかりと外の風景を見ることができるってのは便利だよなぁ。
自分で移動できない俺は、短い時間だけこうして姿を現しては、何か変化が起きていないか確認するのが娯楽となっていた。
何故短い時間かって言うと、こぅ……疲れるんだよ。ほら、首を前に伸ばして顔を突き出してみ? 数秒経っただけで首がプルプルしてくるだろ? あんな感じ。だから疲れてきたら中に戻って休むわけだ。
「パッポー、パッポー、パッポー、パッポー」
外……というか、鳩時計が置かれているのは、どうやら……内装から言って、時計屋っぽい。
はっはっは、今日も客の一人もいねぇ寂れた時計屋だぜ!
なんて悪口を頭の中で漏らしていると、ふと視界の端から人影がにゅっと出てきた。
おぉ、何度か見たこの店の店主っぽい人間だ。白髪が目立ち、ちょび髭がトレードマークのオッチャンだ。店のマークがプリントされた水色のエプロンを装着している。店内で目に入る店員っぽい人間はこの人だけなんで、俺はオッチャンを勝手に店主だと思っている。
店の雰囲気も個人店っぽいしな。きっとオッチャン一人で生計を立ててるんだろう。
「あっちゃー、まぁた勝手に出ちゃってるよ、この鳩時計」
困ったなぁ、という表情を浮かべる店主。
「パッポー(まあ、気にすんなよ)」
「いやいや、なに会話するかのようにタイミング良く鳴いてんのさ。う~ん……修理は完璧なはずなんだけどなぁ」
なに、修理だぁ?
店主、いつの間に俺の身体を弄んだんだ!?
いや……たとえ外装といえど、触れれば俺にダイレクトに感覚が返ってくるはずだ。一応、俺の皮膚みたいなもんだからな。その記憶がねぇってことは、俺が鳩時計になる前のことか? ……っていうか、もしかしてその「修理」が原因で、俺は鳩時計になって――いや、転生しちまったってことか?
「とりあえず引っ込もうよ。今はまだ23分だよ。7分早いよ、7分」
グイグイッと俺の額を人差し指で押し込む店長。
そんなことされると、何となく意地でも戻りたくなくなるのが人の性ってもんよぉ! ホレホレェ、俺を中に戻してみなァ! やれるもんならなァ!
「むむ……なんかつっかえてるのかなぁ。中に戻らないぞ……?」
「パポ、パッポー、パ、パッポ(ぐぬ……ぐぬぬぬぅ、負けん、負けんぞぉ!)」
「……なんか鳴き声も可笑しいし、こりゃもう寿命かなぁ。もしかしたら基盤が焼き切れて、破損してるのかもしれないなぁ」
「パッポー、パッポー、パポッ、パッポポポー(故障じゃねぇー、転生したんだ! 俺はここにいるぞ!)」
店主は唸りながら髭の端を指で遊び、数秒間だけ悩むように口を閉ざした。同時に俺の額から指が退けられ、押し戻そうとする力から解放される。
「パッポゥ(よし、勝った!)」
「うん、こりゃ処分決定だな。分解して再利用できる部品だけ回収したら、棄ててしまおう」
「パゥ(は?)」
中身のない謎の勝負に勝った気分でいたら、店主が突然、妙なことを口走った。
…………処分?
…………分解?
「お客さんも修理が難しかったら処分してくれ、って言ってたしね。外装も綺麗だし、特に部品も破損が大きいところは無かったから、歯車一つ新しいのに変えればまた動くと踏んでたんだけど……はは、私も耄碌したんかねぇ」
「パッパ、パッパパッポーゥ、パッポゥーポゥ(耄碌してんのは、その処理云々って話の方だよぉー!? 何言っちゃってんのぉ!?)」
「うぉッ!? どうなってるんだ、この鳩時計……どんなバグが出たらこんな鳴き声になるんだ? なんだか……不気味だなぁ。うん、もうすぐに壊してしまおう」
「パ、パッポ、パポポッ、パッポーッポー、パッポーゥ(え、待って!? は、話し合おう! そ、そうだ! ほら、見て見て! ちゃんと戻ったり出たり出来るんだぜ!? 俺はやれる子なんだぜ!?)」
俺は首を前後に揺らすイメージで、ガッチャンガッチャンと鳩を出したり入れたりを繰り返してみた。
どや!? と、何度か出し入れした後に店主を見れば、彼は目をひん剥いてこちらを見下ろしていた。
「う、うォォォォォォォッ!? な、なんだァこの時計はァーーーッ!? あ、悪霊か! 何か憑りついているのか!? く、くそォッ……なんだ、その目はァ! 私を嘲笑っているのかァァァァァッ!?」
「パッポー、パッポーパポッ、パパパッポー、ポゥポゥ(笑ってねぇよ! てか、いきなりハイテンションキャラにジョブチェンジしてんじゃねぇーーッ!)」
店主はドタドタと足音を鳴らしながら、踵を返して俺の視界外へと消えていった。
……おそらく、俺を壊すための――いや、殺すための道具をこさえて戻ってくる気なのだろう。
ど、どうする!?
今の俺に抗う手段は……無い。出来ることと言えば、鳩として鳴くぐらいだ。それでは、この状況を覆すには、あまりにも力不足……! くそッ、マジでヤバいぞ!
な、なんとか声帯が変化して言葉を喋られないか……!? いや、仮に出来たとしても、もう店主の頭ん中は悪霊騒ぎで聞く耳持たないだろう。てか、聞く耳どころか、さらに恐怖心に拍車をかける結果になりそうだ。
で、でも……じゃあ、どうしたらいいって言うんだよ!
――ハッ!?
足音を察知し、俺はゆっくりと視線を店のカウンター奥へと向けた。
カウンター奥には部屋があるようで、そこの扉がギギギ……と開き、中から凶器――解体道具を手にした店主が姿を見せた。
彼の表情は青白く、額には鉢巻をつけており、意味の分からんお札を何枚か挟めていた。いつものゆったりとした様子は消え、悪魔祓いに臨むエクソシストを彷彿させるような――覚悟を彼に感じた。
――や、野郎……本気だなッ?
俺も鳩のつぶらな瞳に力を込め、一歩一歩ゆっくりと近づく店主を睨み返す。
そろそろ首に力が入らなくなってきたが、ここで身を隠してしまえば、俺は暗闇の中で外装から徐々に破壊されてしまう恐怖に震えなくてはならない。だから目一杯、力を入れて俺は飛び出た形のままを維持した。
「フゥーッ、フゥーッ……!」
店主は息を荒くさせながら、スッと道具袋から一本のドライバーを取り出し、クルリと指先で回転させた後に掌でしっかりと握りしめた。そして、その刃先をこちらに向け、大きく口から息を吐きだした。
「覚悟しろ……私の店で、それも愛する時計に憑りつくなど、許されんことだ――悪霊めッ!」
「パッポ(ま、待て!)」
「なにぃ!? かかってこい、だとォ!? いいだろう……私の解体技術、しかとその身で受けるがいいッ!」
「パッポポゥ(んなこと言ってねぇよ!?)」
くそ、分かっていたことだが話が通じん!
な、何か手は……手は無いのかっ!? この数時間で試したのは、俺の人としての感覚がどこに通じているかの検証と、鳩として自由に表に出たり戻ったりできることぐらいだ。これから何かを探すには時間が足りなすぎる……!
時間……そう、時間が足りない…………時間?
そういえば……鳩の機能は存分に試したが、時計盤の方はまだだ。というのも、ここだけ人間の感覚とは別物――未知の感覚があったので、検証を後回しにしていたのだ。
待てよ。
人間の感覚とは別に感じるってことは――つまり元人間だった俺には「理解できない」何かがある可能性だって……あるんじゃないか?
店主はすぐ近くだ。
丸椅子を引っ張ってきて、俺が居座っているであろう机の前に座り込んだ。近くの机の上に解体道具をゴトゴトと置く音がし、まるで処刑道具を並べた音のように聞こえた。
――ッざけるんじゃ、ねぇーーーッ! このまま好きにさせて、堪るかってんだよぉーーッ!
なんでもいい!
時間だ! 俺に時間を寄越せぇーーーッ!
――――カチ。
……………………………………え?
な、なんだ?
今、俺の中で何か、そう何かスイッチみたいなモンが押された気がして……それで、どうなった?
ん、ま、待て……店主が固まって……い、いや違う! 俺には分かる! 俺が正確に感じていた時計が、そ、その"時間"がッ!
――と、止まってやがる!
時間が止まっているんだ! 店主も、世界も、何もかもが! この俺を除いて!
「パッポー(ま、マジか……?)」
試しにガッチャンガッチャンと、三度ほど出入りしてみるが、動いているのは俺だけで、店主は何の反応も示さなかった。他の壁時計にも目を配らせるが、どれも秒針は固まったままだった。
お、おいおい……おいおいおいおい、こ、これッ……ちょいとスゲェ力なんじゃねぇか?
「パゥ(!?)」
と、思った矢先に世界は色を取り戻し、全ての秒針は1秒目を刻み始めた。
店主も動き始め、何事も無かったかのように、ドライバーをこちらに向けてくる。
くっ、ずっと止められているわけじゃないのかッ! 時が止まっている間は、正確に時間を測れない。俺の時計も止まっているわけだからな。だから体感的でしか分からないが……おおよそ5、6秒程度しか止められないらしい。
「終わりだぁ……!」
俺の外装の留め具のネジを外し始める店主に、俺は戦慄を感じた。このままでは何も変わらないッ! 時を止めたところで、この状況を何とかしなくては……何も意味が無いんだッ!
そうだ……俺の頭よ、フル回転しろ!
あるはずだ……エピソード記憶に無かろうと、生前の俺が蓄えた知識と経験の中に、何かあるはずだ! この状況を打開する何かが!
時間を制する能力は間違いなく、この世の誰よりも強力で最強の力のはず。それがこんな寂れた時計屋の店主の手によって葬られていいわけがない! さあ考えろ……時間を操って何が出来る? この危機を回避するには何が必要だ!?
そ、そうか……時間を、遡ればいいんだ。
止められるならば、巻き戻しも……できるんじゃ、ないか?
よ、よしッ! 時間よ! 巻き戻れ! 店主が取り乱す直前まで、時間を巻き戻せぇぇぇーッ!
――――カチ、カチカチカチ…………カチ。
うおッ!? ほ、本当に巻き戻ったぞ!? だ、だがッ……駄目だ! 5秒しか時間が巻き戻らない! これじゃ店主が俺を破壊しようと決心したあの時間を取り消すには至らないじゃないか!
いや、でも待て。5秒と言えど……連続して巻き戻せば、それは着実に一歩ずつ、亀の歩みのごとく過去に戻れるんじゃないのか……? よし、さっそく試してみよう。
――――カチ、カチカチカチ…………カチ。
――――カ――。
ぐ、だ、駄目だ……連続して巻き戻そうとすると、良く分からん気怠さが襲ってきて、上手く巻き戻せねえ……!
だ、だったら……時を止めている間に巻き戻す! それならどうだ!?
――――カチ。
――――カ――。
だ、駄目だぁ~~ッ!
時に関する能力を違う種類同時に使うことができないッ! くそぅ、なんて不便なんだ! 便利なのに不便って、どんな矛盾を孕んでるんだ、俺の能力はッ!
止めては、巻き戻すの繰り返しをしてみたが、結局は店主がドライバーでネジを回すタイミングに時間が収束してしまう。
「パッポーッポー、パッポゥ、パッポパッポパポ、パッポー(うおぉぉぉぉぉッ、このままだとマズイ! 早く何とかしなくてはッ!)」
「ふははは、なんだその鳴き声はァ! さては焦っているな。私のドライバー捌きに焦っているなァ!?」
焦ってはいるが、そっちじゃねぇーよ!
――――カチ。
――――カチ、カチカチカチ…………カチ。
だぁぁぁ、止めては巻き戻しても、インターバルが邪魔して結局元の時間に戻っちまう!
あとは何だ!? 時間を駆使して出来ることって何だ!? 停止・巻き戻し……あとは加速、とか?
――――カチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
加速しちゃラメェェェェェェェッ! 俺の死期だけが加速していくゥゥゥゥゥッ!
気付いたらネジ全部外されてるじゃん! 俺の外装が剥がされる一歩手前の瞬間まで飛んじゃってるじゃん!
おいコラ、なに勝ち誇った顔してんだ、オッチャン! ふざけんじゃねぇーぞ! おま、俺が今、どんだけ必死な状況か分かってんのか、おぉい! イテテテテテテ、外装剥がされると痛ぇぇ!? 俺の皮膚みてぇなもんだからか!? 日焼けした後に熱湯風呂の中に入った時みてぇな、地味に嫌な痛みが全身に走ってくるぞ!? こ、この調子だと……さ、最期に至っちまったら、お、俺は……そ、そんなこと認められるかっ!
時止め!
巻き戻し!
時止め!
巻き戻し!
駄目だ、お、俺には……時を僅かに操ることはできても、この状況を打破するための――因果を変えるための"手段"が……無いッ!
やがて外装は取り外され……裸になった俺の内部へとオッチャンは手を伸ばし始める。
うおおおおおおぉぉぉぉッ、それ以上、俺に触れるんじゃねぇぇぇぇぇーーッ!
渾身の力を込めて叫んだ、俺の断末魔は……、
「ポ……ポゥ」
という情けない鳩の声一つだけを残し、消えていった。
分かる人は分かるかもしれませんが、作者はジョジョが大好きです( *´艸`)