第4話:色々と怪しいものをもらった
「待たせたな。こいつがお前さんに着せてやりてえもんだ」
奥に引っ込んでいた店主が、純白のローブを抱えて戻ってきた。これがこの店で一番のものということらしい。
「……汚れが目立ちそうだな」
俺は苦笑する。純白の装備は見た目こそ綺麗だが、戦っているうちに汚れで黒ずんでしまう。
「安心しろ。こいつは特殊な加工がしてあるから汚れはサッと拭くだけで落ちるはずだ」
店主のおっさんはニッと笑って、
「ちょっと試着してみろ。たまげるぜ?」
小さな更衣室に通され、その中で純白のローブに着替える。鏡で自分の姿を確認すると、それはもう、物凄くかっこよかった。赤いラインがアクセントになっていて、純白をより引き立てている。
それだけじゃない。このローブを身を包んだ瞬間、不思議な感覚を覚えた。身体中の魔力が活性化して、強くなったような気がする。……さすがはこの店一番の装備というだけのことはある。
俺は更衣室を出た。
「どうだ?すげかっただろ」
「ああ……予想以上だよ。本当に九百万リールで売ってもらっていいんだよな?」
「もちろんだ。強い装備ってのは強い奴に使い込んでもらった方が幸せだからな。倉庫の肥やしにしておくなんてもったいねえ。今後お前さん並みの者と出会える保証なんてどこにもねえしな」
「そうか……本当にありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「多少ハードな使い方しても壊れることはありえねえ。ボロボロにするつもりで使ってやってくれればいいさ。……と、あともう一つお前さんに渡したいもんがある。お代はいらねえからもらってくれ」
そう言って、店主は再度奥に引っ込み、一枚のクロークを持って戻ってきた。
純白のローブとは対照的な、漆黒のクロークだった。
「このクロークはいわゆる魔装備というやつだ。お前さんが着ているローブは聖装備だから、真逆の存在だな。聖装備は無条件で使用者を強化してくれるが、魔装備は使用者を選ぶ。こいつが気に入らねえと思ったら、最悪死ぬこともある。……今着る必要はない。こいつを屈服できる自信ができた時にやってみてくれ」
「……貴重なものじゃないのか?」
「たしかに貴重なものだが、扱いに困るってのが本音だ。足りない分のお代だと思ってもらってくれると助かる。もちろん、無理にとは言わないがな」
「いや、そういうことならありがたく頂くよ」
タダでもらえるものはもらっておいて損はない。それに、このクロークは強い魔力を秘めているのを肌で感じる。使いこなすことが出来れば、きっと役に立つはずだ。
九百万リールを払って、俺は装備屋を後にした。
純白のローブを来て歩いていると、嫌でも目立ってしまう。
「この視線……きついなぁ」
馬鹿にするような悪い視線のようには感じないのだが、人の注目を集めることになれていないと、慣れるまではしんどそうだ。
装備屋のおっさんに教えてもらった格安宿に向かって歩みを進める。
人の多い大通りから狭い路地に入ったところで、俺は足を止めた。
「……誰だ?」
後ろを振り向き、声を張り上げる。
「おやおや……気づかれていましたか」
黒い三角帽子を被った丸メガネのおっさんが姿を現した。村の中でも【索敵】を使っていたから、誰かが後をついてきていることはわかっていた。
「私はしがない古書商人ですよ」
「古書商人?」
「色々な村に古書を届ける仕事ですな。……私のような者がいないと辺境の村には本が届かないのですよ」
いかにも怪しい風貌のおっさんは、クククと笑う。
嘘をついているようには見えないが、とにかく胡散臭い。
「……それで、古書商人が俺に何の用だ?」
丸メガネのおっさんは俺をビシッと指差して、
「そう、それですよっ! あなたにはとある禁書を引き取ってほしいのですよ」
「……禁書だと?」
「いやぁ、その純白のローブ。それほどの装備を身に着けている方が弱いはずがない。私が持つには少々危険な代物でしてね」
バッグから一冊の本を取り出した。装丁はかなり豪華だが、鎖で縛られていて中は開かなくなっている。
「職業柄、買取もせにゃならんのですが、これがなかなか高価なものらしいのですよ……クク」
「いくらで買えと?」
「いやぁ、お代なんて頂きませんよ~。なにせ私から引き取ってほしいと申し出ているのですからな」
「……それで、それがどんな風に危険なものなのか教えてくれ。話はそれからだ」
「それもそうですな。……私も聞いた話なのですがね、中身を開くことさえできれば、この世界に存在するあらゆる知恵をその手にすることができるのですよ。既に失われた知恵をも、この本は教えてくれる……と言われていますな。大きな街に行けば必ず高価な値がつくと言われて私も譲り受けたんですがねぇ。辿り着く前に命を失っては意味がないと思ってね……クク」
こいつのわかりにくい話を要約すると、どうやらこの本は非常に高価なものだが、それを狙う輩もいるので強い者じゃないと命が危なくなる。……だから俺に引き取ってほしい。そういうことか。
「その話を信じるわけじゃないが、タダでくれるってんならありがたく頂戴しよう」
「……クク、いやぁありがたい。あなたも危ないと思ったら早めに手放したほうが良いでしょうなぁ……」
怪しげなおっさんは俺に本を手渡すと、すぐに俺のもとから姿を消した。
受け取った本を隅々まで見ていく。
……鎖で縛られている以外には、何の変哲もない古書にしか見えない。
だが、【索敵】に何か強い魔力が引っ掛かっていることがわかった。……これが狙われる原因なのか?
それはともかく、本を開くことができればこの世界に存在するあらゆる知恵を手に入れることができるという話は少し気になる。
この鎖は魔法によって縛られているため、手で強引に開けようとしても開けられない。
そういえば、ちょうどいい魔法があったな。
【拘束解除】