第1話:読破するための秘策を思いついた
この一冊を読んだ限りでは、ライトノベルだとしか思えなかった。不慮の事故で異世界に転生した主人公が魅力的なヒロインと出会い、現代知識を駆使して商人として成り上がるという話だった。商人でありながらも魔物と戦うために力を身に着けるというのがなかなか面白い。
読み終わった瞬間、なんだかお腹の辺りが温かくなるような感覚があった。
「も、もしかしてもう読み終わってしまったのですか!?」
ユリアは信じられないとでも言いたげに身を乗り出して驚いている。
「ああ、面白かったからすぐに読み終えちゃったよ。ここにある本って全部こんな感じなのか?」
「いえ、半分くらいはこんな感じの字ばかりの本なんですが、あと半分は絵もついていますよ!」
「そうか、良ければそれも見せてもらえないか?」
「わかりました! すぐ持ってきますね!」
そう言ってユリアは少し離れた本棚から一冊を取り出して俺に手渡す。本の見た目はさっきのものとほとんど同じだ。ページ数はさっきより少し少ない。
一ページ目を開いて、俺はフッと笑みを浮かべた。
絵が付いていると言われて少し期待したが、まさしく俺の期待した通りだった。
「――漫画だな」
「漫画……ですか?」
「ああ、絵がある分三倍くらい早く読めるぞ」
「ええええええええ!? 凄いです……! 一か月もあればめちゃくちゃたくさん読めるじゃないですか!」
「ちなみにここにある本は全部で何冊ある?」
「確か……一億冊くらいのはずです。少しずつ増えているので私も全部は把握できていないのですが」
「三十日あればここにある本を全部読んでも余裕だな」
ユリアは後ずさり、肩を震わせる。
「そ、そんな……さすがにそこまでは……!」
「いや、今ので大体の感覚がわかった。十分可能だ」
ユリアがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
一冊につき十秒かけていれば、絶対に読破することはできない。――だが、俺にはできるという確信があった。
「そのために、頼む! 俺に協力してくれ」
「協力!?」
「ああ、本棚から本を取り出す時間が惜しい。ユリアには読むための本を持ってきてほしいんだ。……正直、迷惑だとは思う。……でも、ここにある本を全部読んでみたいんだ」
ユリアの瞳をジッと見る。彼女は一歩前に進み、胸に手を当てた。
「わかったわ。蔵書の全てを読みたいなんて言った転生者はあなたが初めて。普通なら無謀としか思えないけれど、【速読】スキルのあるあなたならできるのかもしれない。私はそんな奇跡を見せてみたい。――ぜひ、協力させてちょうだい」
ユリアは俺に握手を求めた。俺は彼女の手を握り返し、
「本当にありがとう。……そして、よろしくお願いします」
◇
さて、普通に読んでいるのでは絶対に読破することはできない。
本の移動はユリアに任せてあるから、俺は三十日という時間を目一杯読書に使うことができる。……しかし、それでも一冊十秒では話にならない。いや、一秒でも足りないだろう。
本を開く時間すら勿体ない。
そこで、俺は【速読】スキルを使った時の感覚を思い出す。
目にも止まらないスピードでページをめくり、一瞬のうちに読破していた。
なら、本を開かなくても読めるんじゃないか?
普通ならありえないことだ。だが、このスキルがあればできる。前世で俺はほぼ毎日を読書をして過ごした。そうして貯めた努力値は、スキルの効果に跳ね返ってくる。
俺が引きこもっていた数年間は無駄じゃなかった。
「やっぱり触れただけで読める。――だが、まだ足りない」
本に触れただけで内容を完璧に理解することができた。
ユリアが特殊な魔法で運んでくる本の数を秒速五百冊とする。一日に十六時間の読書を続ければ、一億冊の全てを読破することが可能になる。
そのためには、触れただけで読める程度では足りない。
いや、待てよ? 本の厚みに関わらず一瞬で理解できた……ということは!
俺は積み上げられた本に手を触れる。触れた本の内容がスラスラと頭の中に入ってくる。ここまではさっきと同じ。……でも、一つ気づいたことがあった。
「そうか、本の塊を一冊の本だと捉えればいいんだ!」
逆転の発想だ。触れただけで本の内容を理解できるのなら、一冊を長くしてしまえばいい。
それに気づいてからは早かった。
流れてくる本を工場作業のように素早く理解し、自分のものにする。
ときどき休憩を挟みながら、一日十六時間を読書に費やす日々が続いた。
神界図書館で得た知識は脳ではなく、魂に刻み込まれる。知識を忘れる心配がない反面、かなりの負荷をかけるので最低でも六時間のまとまった休憩が必要なのだ。
限界に挑戦すること三十日――ついに神界図書館を読破することができた。
ユリア曰く、この図書館の蔵書を読破した者は過去誰一人としていない。女神のユリアでさえも半分も読めていない。
それを俺は達成した。
もう十分だ。これだけ努力したのだから異世界でも問題なくやれるだろうという自信も芽生えてきた。
しかし……なんだろう?
三十日の間は忙しすぎて気にならなかったけど、なんだか身体が軽くなったような……そんな気がした。