プロローグ:トラック転生してみた
――短い人生だったな。
本を買いにいった帰りに横断歩道を渡っていたら、突然猛スピードのトラックが走ってきた。
どうやら居眠り運転らしい。
時が止まったように動かなくなり、生まれから今に至るまでを詳細に思い出した。――これが走馬灯か。
しかし本当に時が止まったのではない。
トラックは勢いを落とさず目の前に迫ってきた。なんの奇跡もご都合主義もなく俺は跳ねられ、意識を失った。
◇
……何時間ぐらい寝ていた?
奇跡的に命を取り留めたのか、意識が戻った。身体の痛みはないので、難なく立ち上がることもできる。
床で寝ていたみたいだが、怠くはない。寝ている時間は短かったのかもしれない。
もしかして俺が跳ねられたのは全部夢だったのか?
ぐるりと周りの様子を確認する。
病室のような無機質な場所ではなかった。所狭しと本棚が並べられ、その中には古そうな本がギッシリ詰まっている。
「まるで図書館みたいだな……」
「図書館ですよ」
後ろから声がした。
振り返ると、そこには蒼い髪をした女がこちらを見て突っ立っている。
「私は神界図書館司書のユリア。転生者を導く女神のうちの一人です」
「転生者を導くって……じゃあ、俺はあの時やっぱり死んだのか?」
「飲み込みが早くて助かります。その通りです」
こうして普通に立っていると、死んだという実感がまるでない。でも、この女神の言っていることも嘘ではないとわかる。
地平線が見えそうなくらい広くて、通路以外はぎっしりと本棚が並んでいる。――俺の地元にこれだけ大きな図書館はなかったはずだ。
「早速ですが、転生特典についての説明をしますね」
「転生特典っていうと、伝説の武器とかがもらえたり?」
「前世で行った善行と努力の総量によってはあり得ますが、カズヤさんは若いし努力もあんまり……あっ、大丈夫ですよ! どんな人でも必ず何か特典はありますから! ……あんまり期待しないでもらえると助かりますけど」
総量計算だと、若く死んだ人間はかなり不利な気がする。
善行なんてした覚えはないし、努力に関して言えば、毎日引きこもって自堕落な日々を過ごしていただけだ。特典はあまり期待できなさそうだ。
「えーと……【速読】っていうスキルが特典になってますね。本が速く読めるようになるそうですよ! 凄いですね! 前世では読書家だったんですか?」
「ええと……まあ、嗜む程度でしたけどね」
俺は引きつった笑みを浮かべた。
引きこもりだった俺は、毎日ネットの小説サイトと漫画サイトで無料の作品を読み漁っていた。気に入った作品はネット通販でポチったこともそれなりにある。俺がトラックに跳ねられた日――今日はたまたまネット書店が在庫切れを起こしていたので、本屋に買いに出かけていたのだ。
とまあ、そんな事情で俺はここ数年間の全てを読書に費やしてきたといっても過言ではない。
読んでいたのはラノベと漫画だから読書家と言われると微妙に違うような気がするのだが、間違いでもない。
「カズヤさんがこれから転生するのは、地球とは違う、剣と魔法の世界です。転生者は多くが冒険者になり、魔王討伐を目標に戦うか、辺境で地球の現代知識を生かしてスローライフを送ります。あなたがどのように第二の人生を歩んでも自由です。今すぐ転生できますが、どうしますか?」
「うーん、今すぐじゃないとダメなのか?」
「ダメではないのですが、死亡してから三十日以内に転生しないと、魂が消滅してしまいます。それにここには、何もないですし、早めに転生して異世界に慣れるのが良いかと」
魂が消滅するって怖いな……!
しかし焦ってすぐに転生するべきではないと思う。引きこもりの俺が大した特典もなくいきなり異世界に放り出されて、生きていける気がしない。
何かできることがあればいいんだが……。そうだ。
「例えば、三十日の間にここにある本を読ませてもらうってことはできるのか?」
「構いませんけど、ここの本はかなり難しいので、前世でかなりの読書家でも一日一冊くらいが限界だと思いますよ?」
「全部を読めるとは思ってないさ。女神様が管理してる図書館なら、異世界でも役立つ知識があるんじゃないかって思ってさ」
「なるほど……! そういうことなら頑張ってください。【速読】スキルがあれば普通の人よりは早く読めるでしょうし」
「ありがとう、ユリアさん」
俺は女神に礼を言い、さっそく一冊の本を手に取った。
その本は三百ページくらいある厚めの本だった。装丁がかなり凝られており、高級感がある。パッと一ページ目を開くと、ぎっしり文字が詰まっている。
文字自体は日本語ではないのに、自然に理解できる。
【速読】スキルのおかげで、パッと見開きを見るだけで内容は素早く理解できている。本の内容自体は小説仕立てになっていて、異世界で生活するための実践的な知識を得ることができる。
十秒ほどで一冊を読み終えることができた。
かなり速いと思う。このペースなら、もしかしたらここにある本をすべて読めるかもしれない。それくらい【速読】は凄かった。
だが、もう一つ俺には素早く読める理由があった。
「ラノベじゃん。これ」