仲間との戦い
クライドはカテーナの首を持っていた。
「今回の戦いは、いや紛争は思っていた以上に堪えました。」
「…。」
沈黙でクライドは答えた。当たり前だ、仲間だったものを討ち取ったのだから。人間を食べた同僚がここまで変化するとは思ってもみなかった。
「帰還するぞ。兵士を集めろ。」
「はっ。」
クライドは少し前のことを考えていた。
カツナリ達が出て行った後、森の中がざわついている。人間を見てざわついているのだ。人間を捕食した動物たちは何かうなされたように人間のことを話している。実際に目にしたものは気がふれたと思っている。ヴァルガもその話には納得できる。カテーナの態度が豹変したのが良い例だ。
今までは人間を殺すことばかりを考えていたのに今では殺すのではなく食べることを中心に考えているようだ。他にも多くの者がこのような症状を発症している。カツナリが言っていた中毒というのはこういったものなのだろうか。
「ヴァルガ様、これはさすがに…。」
「言うな、シェイラ。俺もここまでは予想していなかった。カツナリはこのようになるとは言っていなかったよな。」
「はい。しかし、カツナリよりが言っていたよりも程度が重いと思います。」
カツナリの言っていた中毒というのは中毒性があるものを食べないと痙攣が起きたり、幻覚を見たり、変な衝動に駆られるというもの。今回の場合では全員が意識をはっきりと持っているが、それ以上に人間に固執するのが異常だ。しかも、全員がこの症状というのはもっとおかしい。個体によって症状は程度があると言っていたが、全く異なっている。
「これは不味いな。このままでは…。」
「ヴァルガ様、緊急の連絡が。」
「なんだ。」
「蛇族のカーリンが襲撃を受けています。」
「案内しろ。場合よっては同族を殺すぞ。」
ヴァルガの発言は周りの動物に戦慄が走る。ヴァルガは基本的に攻撃的ではない。部族的にというのもあるが彼自身が対話を中心にまとめようとしているのを意識しているからだ。だから、今回の発言では彼らには対話をする必要もないということになる。
クライドは少し離れたところでカテーナを見ていたが、徐々に表情が変化していくのが分かる。禁断症状ではない。何か病気にでもかかったように見える。彼らは味方だろうが敵だろうが関係なく襲っているのだろう。
「しかし、あのカーリンが簡単に負けるとは思えないが、数は多いからな。もしかしたらがあるかもしれない。」
「クライド様、どうしますか。」
「ヴァルガ王が行った以上簡単には負けないだろう。しかし、カーリンには以前の借りがある。ここで帰しておくぞ。動ける者をすべて動員しろ。カテーナはカメレオン族だが、別の種族も人間を食べている。毒に強いものを選定するように。5分後に出立するぞ。」
伝令は走っていく。何とか間に合えばいいが。
ヴァルガは思っていた以上に苦戦していた。同族を殺すことではなく、数が思っていた以上に多いのだ。カーリンは体が大きいた小さな虫などは退けることが難しい。数が多いとなおさら難しくなる。しかも虫は非常にしぶとい。
カーリンもかなり後退し、今は森の麓まで追いやられている。すでに蛇族の2割は食べられていると見ていいが、少し何らかの変化が見受けられる。何やら虫とカテーナがしゃべっている。なんとなく嫌な予感がするが、今はカーリンを助けるのが先決だ。そうしているとカテーナと他の虫たちや動物はすべてカーリンを捨てて森の外へ出ていく。カーリンがその様子を見て倒れそうになるのをクライドが支えた。
「無事か。カーリン。」
「何とか。しかし、同族は結構討たれたわね。いい子、ばかりだったのに。」
「カーリン、今は考えるな。体を休めろ。クライド、彼らの後は追うことができるか。もし、このまま人間のほうに行くのであればカツナリ達の作戦に支障が出る。」
「分かっているが追跡だけでは意味がない。追撃部隊を準備しておいてくれよ。」
クライドとその仲間全速力で彼らを追っていった。森の動物たちに危険が去った以上、そこまで一所懸命追う必要はなかった。追った理由は1つ。動物の勘。本当にそれだけだ。クライドは彼らを野放しにしておけば何か恐ろしいことが起こると感じていた。その恐ろしいことというのは具体的に何かと言われるとわからない。しかし、何かあるのだという勘はしていた。
「クライド様、さすがに飛ばしすぎです。種族によってはこの速度についていけません。」
「それは承知の上だ。行軍が間延びするよりも彼らを見失うほうがはるかに危ない。」
「それはなぜですか。」
「分からない。分からないが、俺が思っているのは彼らを見逃しては大変なことになるという勘が聞こえてきている。」
「そうですか。クライド様の勘は当たりますからね。では、このまま進んでください。私は一番下まで下がって指揮を執りましょう。」
「すまないな。」
「いえ、護衛は必ず連れてください。彼らは異常です。何が起こるかわかりません。」
クライドは黙って首肯した。部下は前線から下がっていく。代わりに親衛隊が追い付いてくる。少し速度を下げた。そうしなければ親衛隊はクライドに追いつくことができない。重量が多い彼らは足も速いが限界がある。クライドは彼らを睨めつけていた。
クライドは動物の森を囲っている森の端に着いた。彼らはここに入っていった。森に入られたのであれば何かしらの攻撃に備える必要がある。
「クライド様、どうします。」
「匂いに敏感な者を先頭に進む。人数は10人で行く。」
「10人ですか。多くありませんか。」
「相手の攻撃力が異常に高い可能性もある。不測の事態に備えるためには必要だ。しかし、100人の中には匂いに敏感な者はいないな。」
クライドは辺りを見渡して部下を見ていたが、全員が肉体派で特殊な能力を持っている者はいなかった。
「そのまま入れば。」
「危険度が増す。多少時間がかかっても後続を待つ。それからでも遅くはないだろう。体を少し休めておけ。」
クライドは少し目を閉じた。思い出したのは彼らの異常な行動だ。カーリンを怖がらず突撃し彼女を食べようとしていた異常な執着。彼らの目は血走っており、世界が見えていない。いや、彼ら自身も何をしているかわかっていないのだろう。これが中毒者の症状なのか。クライドが思ったのは獣に戻っているのではないかという疑問だった。
森に行った彼らの行動はわからないが、人間を襲うというのは動物の森ではそれなりにあったことだ。もちろん、餌が十分にあれば人間には独特の…。いや、何を考えているのだろうか。食べたことがないものを想像するのはおかしい。
「クライド様、到着しました。」
「…、ああ。分かった。」
「…、何かありましたか。」
「…、いや、今話すことではない。俺の中で何かが引っかかっている。それが何かわからないが…、カツナリに相談した方が良い気がする。」
「そうですか…。」
「今回は10人で1組だ。危険察知が高い匂いに敏感な者を先頭に進んでいく。人間を食べているから、独特の匂いと気配がするはずだ。」
「了解しました。すぐに手配をします。」
5分後、クライド達は森へと侵入した。
「気配は感じるか。」
「感じません。あの量の動物たちが入れば森がざわつくはずです。しかし、何も感じません。何か妙です。」
クライドも同様のことを思っていた。少なくとも数百の動物が入ったはず。そのはずだが、実際にはそこまでの混乱はなく森は平穏そのもの。
「全員、緊張感を高めろ。俺たちが思っている以上に危険である。」
「何かが起こるのですか。」
「違う。彼らが何かを起こすのだ。だから、緊張感を高める必要がある。」
クライドはふと、目の前の光景に見入っていた。蜃気楼のように空気が歪んでいる。
「なんです。あれは。」
その瞬間に大きなカメレオンが現れた。カテーナである。クライドは混乱していた。まず、カテーナの体が紫色に変化していたこと。眼球が黒くなっていること。そして、体が一回り大きくなっていること。その変化がどれほど奇妙に見えたか。クライドはその姿を見てカテーナの強さが大きく異なっていることを感じた。
「様子を見るな。全力で行け。」
部下の顔つきが変わる。もともと、武力では種族では長らく最強であったカテーナは間違いなく強い。しかし、それよりも遥かに強くなっている。
カテーナはクライドの姿を見て、咆哮を上げた。カテーナの周りに先程と同じような蜃気楼が見える。仲間を呼んだのか。
「すぐに討て。」
クライドが走った時には周りには大きな狼がいた。その時、カテーナの言葉を聞いた。
「イケ。」
カテーナは言葉を失っているわけではなかった。やはり、何かに支配されている。それが人間の肉を食いたいという欲求であっても。狼は周りの部下を攻撃する。数は全部で9匹。カテーナが呼べる数にも限りがあるのかもしれないが、それよりもクライドと戦いと願うカテーナの本能ではないかとクライドは思っていた。
「ジャマモノはイナクナッタ。オマエとはタタカッテみたかった。」
「カテーナ、しゃべれるのか。」
「アア。」
しかし、カテーナの姿はあまりにも異形だ。
「では、こんなことはやめて戻ってこい。人間の肉は禁断症状があるだけだ。」
「チガウな。ワレワレはキサマたちとはマッタク別のものにナッタ。」
別のもの…。彼はいったい何のことを言っているのか。姿が変わったことか。それとも体の色が変わったこと。いや、他にもあるのか。
「コンランしているようだな。ムリモナイ。ワタシもオドロイタからな。マア、それもモウスコシダ。ニンゲンをタベレバ、もっと強くなれる。」
最後の言葉はやけに自信がこもっており、はっきり聞こえた。発音がおかしな部分があるが、すべてを忘れているわけではないようだ。しかし、話し合いに応じるようには思えない。結局は殺すしかないのか。
「クライド、キサマは強い。ダカラ、もうハナスコハナイ。」
言っていることはよくわからないが、カテーナは人間を食べると強くなる体に変貌したらしい。それが本当ならば、彼らは人間の方へ出現するはずだ。さすがのカツナリも仲間が出てくれば躊躇するに違いない。いや、今の姿を見たらわからないかもしれない。
カテーナは上体を反らし、木に舌をひっかけ木へ登った。クライドも同様に木を登ったが、長さの違いからカテーナが登りきるのが早い。カテーナはクライドが登り切ったと同時に何かをぶつけてきた。クライドはそれが炎であることに気づき、屈んで炎を躱す。少し炎が毛にあたり毛が燃えた匂いがする。
クライドはカテーナが全く異なる生物であることを認識した。彼らは炎などを出すことはできなかった。実際にカテーナはやってのける。しかも、大した体力を使うことがなく。
カテーナの周りには多くの火の玉が浮かんでいた。
「くそ、何とかならないのか。」
思わずクライドは弱気な発言をした。なぜならば、カテーナはすべて遠距離の摩訶不思議な力を使っているためクライドは近づくことができない。動物たちの最大の長所は接近戦になる。あくまでも強い肉体を効率よく使うことができるのが強みだ。人間は頭を使い体の弱さを補填する。
カテーナは接近戦では勝てないとわかっているのかすべて遠距離での攻撃をしている。クライドが近づけばその分距離を取っており、遠距離の攻撃も近づくのが困難なほどの高密度の攻撃を展開している。
「大丈夫ですか。クライド様。」
「ああ。だが、あそこまでの遠距離攻撃をされては近づくことも困難だ。」
「ええ、しかしどうにかしなくては。ここにはカテーナがいますが、他のところも強いものが複数います。援護を考えなくてはいけません。」
「それは分かっている。通常の動物などよりもよっぽど強い。これが人間の街に解き放たれた場合には大虐殺が起こるだろう。我々にも手間取っている人間達にカテーナほどの強さは厳しい。」
クライドは考えていたが、現状打つ手がないのは事実。遠距離攻撃を相手がやめない限り、勝つことはできないだろう。だが、敗けることもない。それにしてもあの攻撃が無尽蔵に続くというのは…。ふと、カテーナを見る。そして少しの変化に気が付いた。
「俺が囮になる。お前はカテーナの体の色を見ておけ。」
「クライド様。」
クライドは遠距離の攻撃を避けた。カテーナも遠距離攻撃を辞めれば勝機がなくなるため、続けるしかない。しかし、カテーナの体の色は以前のカメレオンの緑に戻っていく。あの体の色は何かの力を表している。何かが体に付与されている。もしくは力が貯められているというのが正解か。
カテーナは完全に体の色が戻るとその場に座り込んだ。
「ふむ、そうか。カテーナ貴様は何かを得ていたのだな。」
カテーナはその言葉に応えることはないようだ。応えられないのだろう。あの力は簡単に回復することはないことだけはわかった。
「貴様にはある程度、世話になった。ただ、人間を襲う気持ちがある限り、我々の目指す先には邪魔になる。」
クライドはカテーナの首に手を突き刺した。すぐに動かなくなった、仲間を見ながらクライドは少し涙を浮かべていた。
その後、1か月をかけ、森すべてを探索し、仲間を討ち取った。しかし、その20匹ぐらいは行方知れずになっていた。しかも探索の中で強い動物はおらず、動物の国では激しい議論が続いていた。そんな中、カツナリとシェイラの帰国が知らされた。




