大量発生
魔物を見てみると首から完全に一太刀で両断されている。彼女が強いのだろう。すべての金級の冒険者ができることはないはず。
「今回の魔物の魔石はこれ。」
そういって取り出した魔石は半径50センチほどの緑色に輝く石。前の世界で見た宝石とは少し違う。鈍い色を放っているのはまだ原石だからだろう。その鈍い色の中に何か意思があるように感じるのだが。
「カツナリは気が付いたようだな。魔石とは少し不思議であり、そこら辺の意思とは違い、何らかの意思・目的を持つ物体とされている。」
「意思を持つ物体か…、少し怖いな。特に使命を帯びているとか言うともはや別の生命体ともいえる。」
「カツナリの言う通り。そういった学者はいた。彼はすでにおらず弟子たちもすべて惨殺された。そうだな、グリン。」
「うちの父親はそういった関係も詳しかったのです。研究者でありながら冒険者であり、経済学もたしなんでいた多彩です。残念ながら私はその域に達してはいませんが。」
彼の年齢は若い。おそらく15歳ぐらいだろう。ギルドであった時は大人びてみたが、実際の話口調を聞くと若い年である。父親を捜してきたか、父親に追いつこうとしたか。彼は大人にならないといけない理由もあったはずだ。
「随分と険しいそうな仕事を選んでいるな。もう少し簡単な道もあったはずだが。」
「街は狭いですからね。父親が排斥に近い左遷を受ければ家族は大変な目に遭いますから。僕はこの道しかすでにありません。」
そうか。彼はひどい仕打ちにあったのだろうな。そこは同情できるところだ。でも、ほとんどの人間は彼のことを知らない。元の世界みたいにSNSに乗ることなどはないだろうから、まだ影響は限定的とはいえそう簡単に消えてくれるものではないし、彼自身の中にはずっと残っていく。
俺はふと魔物に目をやった。魔物の体は消えることがない。話では消えると聞いていたが、短時間で消えることはないということだろうか。しかし、それならば魔物の体は魔物が食べる可能性が強くなる。
「カツナリ、気になるか。消えていかないのが。」
「はい、さすがに。消えると言えばそれなりに早く消えると思います。何時間も体が残っていては魔物が食べてしまう。」
「その通りだが、少し違うところがある。」
魔物が進化する度に強くなるのは知られていることである。姿かたちがすべて変わっているのだから簡単にわかる。しかし、もう一つの体が消える現象。この時間が遅くなるのは知られていない。当然ながら魔物を倒したらすぐに体消える上、倒した魔物を狙った魔物が大量に押し寄せる可能性があるため、逃げるようにギルドに指示をされている。しかし、それは間違いである。
「魔物を消すためにはさらに体の損傷を激しくする必要がある。簡単に言えば、焼けば早く消える。グリンの父親はそれをこの世への未練を断ち切るためだと言っていた。正直意味が分からなかったが、今では少しわかる気がする。」
随分宗教的な言い方をしているように思う。この世の未練を断ち切るというのは宗教で使われているのを聞いたことがある。しかし、魔物にそのような意識があるようには思えないのだが、研究者の言うことは馬鹿にはできないからな。何らかの証拠に近いものがあったのだろう。
「父親の話は少し変わったが多かったです。魔物は使命を帯びた使いであり、その使命を妨害することは簡単にできるがその使命を人間が受け継ぐことになるとも。当時の僕にはさっぱりわかりませんでした。今もわかっていませんが。その石が使命を帯びているとは思っていませんし、それ以上に魔物が何か目的を持っているようにも思えません。やはり、動物の進化版といったところかと思っています。」
俺もグリンが言っていることが正しいように思う。シェイラのように思考がまともにできるならともかく、思考すらできない魔物が何かの目的や使命を持つなどあり得ない。異世界に来てからあり得ないことは多いが魔物に関してはそんな目的を持っていない。
「彼の考え方だからな。正しいかどうかはともかくとしてそういった考え方もあるということだ。グリンが研究者を目指すのならば簡単に自分の考えを貫かないほうがいい。調べてみることが大事だ。」
「心に刻んでおきます。」
「じゃあ、話も終わったことだ。燃やすか。」
彼女は袋から薪を出した。そんな大きな薪が入るほどの袋ではないが。次々と薪が出てくる。最後には大きな袋のおがくずが出てきた。
「驚いているな。カツナリは魔石具を見るのは初めて見るのか。」
「魔石具。それはいったい何ですか。」
「先程の魔石があったろ。あの魔石の特性を把握してこのように道具を作るのさ。専門の能力を持った人間であれば時間がかかれば作れるらしい。私はそのような力がないからわからないけど。昔の仲間がこの能力に目覚めたから今はその工房で作ってもらっている。もちろん格安でな。」
おそらく高いのだろうな。魔石が容易に取れるとは言っても大きさによって容量や力の大きさが異なってくるはず。彼女が持っている袋もそれなりの大きさで作られている。
「大きさが比例しているのは袋に組み込まれている魔石の量の違い。あまり多く入れると袋として機能しなくなるから、大量に入れるためには袋を大きくする必要がある。袋の話はいいとして魔物の退治についてはわかったか。今から魔物を燃やすから気を付けておけ。」
俺は周りを警戒してはいたが、魔物の出現が決まっていないため注意すべきところではないと思っていた。しかし、気になったことが少しあった。魔物はいったいどこに行っているのかということである。この世界の人間は魔物がいきなり出現するものだと教えてもらっているのだろう。俺からすればどこから来るのかという謎が残っている。過去の研究者がこのような考え方に至らないのは不自然なので調べても答えが出なかったのだろう。
出現する前には蜃気楼のようなものがあった。いきなり魔物が登場するわけではなく何かの予備動作があり出現しているのだ。予備動作を考えれば何かが作用しているのが分かるのだが、戦えない俺はその原因を探ることはできない。ただ、個人的に見逃してはいけない何かがある。
魔物を燃やしている間、動物が遠くから見ているのが分かる。
「動物は心配ない。彼らは魔物を食べることないし、魔物を敵として認識もしない。そして魔物は人間しか襲わない。」
「人間しか。」
「そうだ。長年の謎ではあるがな。」
人間しか襲わない魔物…。ある意味、人間が作り出した人工動物のような気がする。しかし、そうではないのだろうな。
「何か来ましたね。」
「ふむ、あの数は結構多いな。」
あらゆるところに蜃気楼が出ている。全部で20以上ある。
「シェイラは剣を構えろ。基本的に魔物の首を狙え。それが難しい場合は足を。」
俺は剣を握った。この魔物退治が後の大量発生という自然現象の始まりだった。
シェイラはすでに体が血まみれになっていた。魔物は動物と違い生命力が強い。首を傷つけた場合、動きを止めることはできるが魔物は動き続ける。よく見ると倒した魔物を食べて回復しているという意味がわからない事態になっていた。
「ピンナ、魔物は回復するのですか。」
「私も知らなかった。早く倒さなくては進化が始まる。」
ピンナも思っている以上に汗が滴っている。剣をふるってはいるが魔物は致命傷を避けている。明らかに先程倒した魔物と強さが違う。シェイラも魔物に対して剣を振るうが足や手を傷つけるに止まっている。
シェイラはカツナリのほうを見た。カツナリも剣を振るっているがあたってもいない。グリンは倒れていた。ピンナが12体目の魔物を剣で沈めるのが見えた。
「シェイラ、早く行け。後ろの敵は私に任せろ。お前はカツナリを助けろ。」
シェイラはピンナの焦りを感じ取った。グリンのことには触れていないというのはかなり状態が良くないのだろう。カツナリはグリンを守るように戦ってはいるが、そもそも強い人間ではない上に魔物を牽制するのがせいぜいできることである。シェイラは動きが重い体を忌々しく感じながら走っていった。
カツナリは魔物が自分たちに来るのを当然に思っていた。グリンはともかく俺は明らかに弱いことが分かっている。まず、魔物を倒そうとは思わないところで冒険者の中でも少し特殊な部類に入る。出自が動物の国であるということも原因にある。異世界の人間がいない以上動物を中心に客観視することになる。骨格や筋肉量で異なる動物と比べているカツナリ、実はそこまで弱くないも自覚をしていた。周りの人間や動物が強すぎるだけで。しかし現実は残酷である。
隣で人が倒れる音がした。グリンがうつ伏せで横たわっている。わき腹からは大量の出血が見えた。弱い者が戦うためには強い者の足を引っ張らないようにすることと自分が怪我を負わないことが絶対条件である。人を守らないといけないということであれば、敵を倒すことよりも守ることを優先しなくてはならないため、後手に回る可能性が高い。
「グリン、大丈夫か。返事しろ。」
グリンからは何も聞こえてこない。気絶しているのか、動けないのか。俺はグリンの横に立ち、剣を振っていた。慣れていないからか腕が痛い。魔物は剣にあたってくれない。今までの動物であれば傷つけることができたので牽制することができたが、魔物では牽制にもならない。
大振りするよりも小さく振る方がいいが、完全にチンピラが刃物をわからずに振り回すようなものだ。当然隙はできる上、後ろからの攻撃は素通りになってしまう。シェイラとピンナが多くの魔物を相手している中、なんとか現状を維持しなくては。
その時、俺の前の魔物の首が落ちた。
「カツナリ、大丈夫。」
シェイラは驚くぐらい汗をかいていた。シェイラは動物の身体能力を持っているため人間に合わせて生活していれば、汗をかくことはない。生理的なものは別にして、任務をしている中でも呼吸が荒くなったりはしない。
「ああ。でも、グリンが。」
「後ろ向いて。」
俺は後ろを向いた。そこにシェイラの背中がくっつく。シェイラの心臓が聞こえる。大きく波打っており、呼吸も荒くなっているように感じられる。
「今、ピンナがこちらに向かっている。私たちは時間を稼ぐ。カツナリは先程と同じように剣を振り回して敵を近づけないで。私はその間に何匹かの魔物を倒す。」
「分かった。」
俺はがむしゃらに剣を振り回した。魔物も傷を恐れて俺に近づくことはできない。
どれくらい振っているのか、分からなくなってきた。腕はすでに悲鳴を上げている。魔物の退治しているのは初めてな上、大量の敵を相手にするものも初めて。戦場では周りに味方の兵がいたからまだ安心できたのだ。
俺はうっかり剣がそっぽ抜けた。前へと転がっていく。いや、うっかりではなかった。手には何も握る力が残っていない。腕もすでに上がっていない。魔物はあえて俺に近づかいだけであったのだ。すぐに力尽きるからと。
魔物がその隙を逃すことなく、魔物の首が突如として落ちた。
「遅くなった。カツナリは休んでいろ。私に任せろ。」
ピンナは次々と魔物を討っていく。やはりそうだよな。俺には魔物を倒す力はないよな。でも、しっかりと背中を守ることはできたかな。
俺はそこにへたり込み、ピンナとシェイラが魔物を討伐していく様子をただ見ることしかできなかった。




