ピンナの魔物討伐
遠くを見ていた。どこまで行っても草原である。俺はあまりよくないからわからないが、シェイラが言うにはかなり先まで草原らしい。シェイラの視力は1.5以上あるだろう。
あれからピンナは俺たちを先導しこの草原まで連れてきた。道中話をしていたのは天気の話である。少し意外ではあったが、冒険者にとって天気を予測できることは重要である。傭兵は主に人間と戦う。冒険者は魔物が多い。人間と魔物の違いは姿、形や体温も関係してくる。体の大きさが違う分、戦い方には気をつけないといけない。人間にとって足場が悪いところで魔物と戦うことは圧倒的に不利になる。基本的に魔物がいるということはその地形になれているということであるがゆえに人間が戦う場所も考えなくてはならないということ。それに加えて天気が重要であるいうことだ。
慣れない土地のでの活動は思っている以上に体力を消耗する。集中力を常に研ぎ澄ますことが必要になっている。しかも、魔物と戦うことも踏まえて周りへの警戒、退路の確保、先制の準備など脳では無意識にやっていることも多くある。
「魔物退治というのはいわば格上の相手との戦いだ。特に魔法を使えない者にとってはな。だからこそ、自分の力量と不足しているところや準備の仕方、戦いを選ぶ場所などを学ぶことができる。私も進んでこのような依頼をやれということではないが、ギルドの規定に義務としている項目がある。」
ギルドの規定の義務とはそこまで多くない。すべてで3つ。盗賊や敵軍を除いた殺人行為をしないこと、1年以内に1回は任務を行うこと。最後は街が危機的な状況であるときの徴兵の招集を断らないことである。最後の項目はギルドが地域密着を主体として活動する組織であることが由来である。
ギルドの任務というのはその地域で困っていることややってもらいたいこと、兵士では活動しにくいもの、魔物の討伐などである。魔物の討伐は大規模なもの除いて軍が動くことはあまりない。維持するだけでも大変な軍隊に下手な任務を与えることができないと金銭的な部分と専門性が異なっているところもある。普段の訓練で相手にするのは軍隊では基本、人間である。そもそも軍隊は敵兵を備えて配置するものであるため、有事の際はともかく日常で魔物の討伐を行うことはあり得ない。
「いざという時の軍隊はあてにはならない。体格さえも違う魔物に下っ端の兵士がかなうわけもない。それは彼らもわかっている。だからこそ、ギルドはその任を担っている。だから、特別な任務として今回のように魔物討伐の任務を1度は必ず受けることの文言が入ることになる。これはギルドの目的としては非常に正しいものだ。」
危険なことではあるが、ギルドの特性上やむを得ない任務ということか。魔物の被害が多い今はこの任務を挙って受ける人はいないだろうな。
「気が付いていると思うが、今の魔物の活動の仕方は常識では当てはまらない。本来、魔物は強くなれば強くなるほど縄張り意識をもち、そこから動くことはない。むしろ自分が強いわけだから無条件に発生する魔物はほぼ補食対象だ。しかし、極稀に動く可能性があるのは餌が尽きたとき。これに限っていたはずだが、今はどの魔物も移動をしているという話を耳にした。」
そういえば張り紙で魔物に注意というものが貼ってあったな。
「魔物の前提が崩れている以上、私たちにも何かが起きる可能性は十分に考えられる。だから、この時期でもいいからお前たち2人には受けさせておきたかった。まあ、薬草取るもの十分に役に立っているけどね。あそこまで正確に持ってきたら次回も少々高くても依頼するよ。」
「わざわざありがとうございます。しかし、ならばどうしてグリンも今回参加をすることになったのですか。あまり冒険者として経験を積んでいるようには見えませんが。」
ここまで来た時の体力や足の速さなど見ていてもそこまでとは思えなかった。むしろ、俺よりも弱く感じている。
「それは当たり前だな。君たちみたいに薬草を摘んだり、私みたいに魔物や人間を退治しているわけでない。彼はギルドが雇っている研究員だ。それも魔物と動物中心の。今回のような実地調査には彼は外せない。今後のためにもなるからね。私が守るから安心しておいていい。」
そういうことか。もしかして、父親のこともその時に知ったのかもしれないな。思った以上にギルドの幅が広い。研究者を雇うとは思っていなかった。意見を参考にしたり、情報提供を呼び掛けたりということは想像していたが、実際に雇っているとは思わなかった。ギルドの指名が入るので自分がしたい研究はできないこともあるかもしれない。
「以前、話したことは父ともつながりはなくてね。僕はこのような活動に特化した動物や魔物を見ているけど、父は進化について研究をしていた。僕も危険だけど父はそれよりももっと危険でね。進化は実際に起こるものだけど、進化と同時に魔物の性格が激変する可能性も秘めている。僕には到底できない研究分野だった。」
そうか。それならば、シェイラの話とも一致する。おそらく彼の父親は急激に進化した動物について調べていたのだろう。進化の条件や子孫への反映の仕方、言語を扱えるかなどいろいろなことを可能性として模索していたはずだ。結論が出ていないところを見れば特殊なケースであるということなのかもしれないが、森全部の動物となると不可解な部分が多い。
「そんなわけで4人の構成となったということ。グリンのことについては多めに見てやってほしい。この時期に魔物の討伐任務を受けるのは希少な上、今まで討伐してきたものは初心者を今は受け入れないだろう。足手まといになる可能性があるからな。私はソロで行ってきたから少し特殊な例になるけど。」
「しかし、話を聞けば聞くほど1人で任務を行うのは困難な気がしますが、何をどうやって行っているのですか。」
「一応、私には魔法があるからね。」
実質何も言っていないのと同じだな。魔法については何も知らない。魔法というものは曖昧であり抽象的なものである。俺が読んできたライトノベルは魔法をどんどん使っている。魔法というものが曖昧である以上、すぐに使用することなどできないと俺は思っている。才能があるものは前に進み、平凡なものはひたすら努力をする。
平凡な俺は努力するのが当たり前だと思っていたし、努力をすることで上へと高みを目指すものと思っていた。魔法は俺の固定概念を壊す存在である。
「あなたたちは魔法が使えないのだね。シェイラのほうは使わないみたいだね。」
俺はシェイラのほうを見てしまった。シェイラは帽子を深くかぶっていて表情を伺うことができない。
「そんなに大した量ではないから、私と同じく強化魔法がいいだろうと思っているけど、訓練がいるね。魔法を使うことができればやれることができる。」
ピンナはジャンプした。かなり高いな。5メートルから6メートルぐらいは飛んでいるのか。
「こういったこともできる。もし、これで相手陣内に侵入できれば奇襲なども簡単にできる。戦略の数も増える。」
「うん。」
「そこははいだろ。」
「えっと、はい。」
「思ったよりも回復が早いね。しかも、目上は立てるのか。珍しい性格の冒険者だね。」
冒険者はそういった人は少ないのか。何度か耳にしたことがあるな。冒険者という職業は野蛮な人が集まるような職業ではないと思っていたのだが。なんでも屋であるのだから、いろんな人がいるような気がしているのだが。
「さてと、そんな馬鹿な話をしている暇はなくなったね。魔物は突然現れる。この言葉を一生忘れないように。どんなところにも出現する可能性がある。」
俺が彼女の後ろを見ると5メートル以上の犬が出現していた。犬は赤い目をしており、体は真っ黒。毛は体を覆っている。魔物は俺たち4人を見ている。俺は盾を構えた。シェイラとグリンは剣を持っていた。ピンナは何も構えていない。自然な立ち振る舞いである。
「ほう、こいつがここを荒らしていた魔物か。随分と大きくなったものだ。」
魔物は普通の動物と変わらない。とは思っていないが、最初の大きさは確かに動物と変わらない。それは常識であるが、魔物はある程度魔物を食べると進化するらしい。魔物は進化するたびに強くなっていく。動物とは違う。
「この魔物は随分と強いな。」
「どうしてわかるのですか。」
「1つ目は体の大きさ、2つ目は筋肉量の多さだ。」
俺がよく見ると魔物が力を入れたときの筋肉の隆起が見える。しかし、これは筋肉が隆起するのは動物と同じではないか。
「お前たちには分からないかもしれないが、最初の魔物を見ていればわかる。3人とも下がっていろ。お前たちでは死ぬことになるからな。」
魔物も途中からピンナしか見ていないことに気が付いていた。時折、シェイラを見ているがそこまで気にしているようには見えない。俺とグリンのほうは全く見ていない。魔物にとっては脅威でないということだ。弱い者から狙うのは戦いの鉄則ではあるが、そこに注意しすぎると隙をつかれてしまう。
人数が多いというのは戦法を取る上では有利になる。反対に相対する敵兵や動物が強すぎると数が多くても太刀打ちができなくなる。
「さてと、私もお仕事の時間だ。簡単にはいかないかもしれないが、倒してみせるよ。」
そう言っている間にも魔物は駆けだしていた。ピンナは魔物に反応することはなく、剣を構えなおしていた。魔物は彼女を両断しようと前足を高く上げ、彼女に振り下ろした。
彼女は腕を上げて魔物の前足をそのままつかんでいた。魔物が足を動かしてもびくともしなかった。
「シェイラ、これが強化だ。ここまで努力して鍛えれば並みの人間は敵ではなくなる。」
彼女は魔物の前足を軽々と剣で飛ばした。魔物は平衡感覚を失い、左足で何とか立っている状態だった。正直、勝負が決まっている。魔物とは言え、トカゲのように足が生えてくるとは考えにくい。4足歩行であるならば、3足で立つことはできるかもしれないが、先頭には参加できないだろう。
魔物は何か口を開けている。
「私が思っている以上に進化している。」
口からは炎が出ていた。ピンナは火炎放射を簡単に避ける。
「魔物は進化の仕方によって種類が異なる場合がある。今回の魔物は炎だったが別の属性を持つ魔物も多くいる。人間とは違い、精神に干渉してくる魔法は特に注意が必要。内面は鍛えるのが難しいからね。」
ピンナは一瞬で間合いを詰めて魔物の首を落とした。彼女が仲間を必要としない理由が少しだけわかったような気がした。俺とシェイラ、グリンはピンナの元へ歩いて行った。




