本陣戦(中編)
相手軍は後退したまま隊列を組んでいるのが見えた。彼らはもうすぐこちらに来るだろうが、相手は前回と同じような行動には出ないだろう。しかし、それよりも懸念事項があった。それはシェイラのほうである。
本来なら奇襲の時期と相手の突撃を合わせる予定であったが、現在の状況を見ただけではそれが難しいことがよくわかる。そもそも兵站を燃やせるかどうかもわからないのに期待を持つのは酷だろう。
「相手はどのように来ますかね。」
「もちろん、来るだろう。対策を練ってくるから、先程みたいにはうまくいかないだろう。しかし、機動力は落ちるはずだ。そこを突いていけばいい。」
「人間達はどうしますか。」
「そのままにしておけ。人間の士気を下げるために効果的だ。もう処理する時間もないからな。」
「食えばいいのでは。」
「それは絶対にやめろ。」
俺はその危険性を以前から感じていた。もし、人の肉を食べるようになった場合、平気で人間を襲う動物が出現するようになってしまう。そうなれば、我々はその動物たちを退治することになる。それは負担になる上に、動物たちに違った畏怖を与えることになる。俺が思っているよりも違う統治の形となるだろう。それは避けないといけないのだ。
「食った動物は処刑するように。」
「…、それはかなり罰が強いのでは。」
「いや、人を食う動物が出てきたら、この国は人間に滅ぼされる。それは確実だ。人間が一つにまとまってしまったら我々に勝ち目はない。」
俺はそう言い切った。そして、前の方の軍隊がこちらに向かってくる気配がする。彼らは横陣で来るようだ。確かに相手の兵士が多いから難しい戦略は必要ないのだが、わざわざ、一番簡単な横陣で来るのには訳があるのだろうか。先程は魚鱗の形をしていたので、他にも戦略があるはずなのだが。
彼らはゆっくりとこちらに迫って来ていた。こちらも陣形は変えていないが、小動物にすべて毒部隊を乗せている。犬馬族と熊族は迎撃に専念する。そうしなければ兵力差がありすぎ、こちらが全滅することになる。
しかし、相手の指揮官はこちらをしっかりと見ていた。その目はどの兵士とも違うものである。こちらを観察するというよりは気配を見ているというか、人物として把握しようとしているのか。少なくとも普通の兵士ではない。個人的にも腕があるのは分かるがどこか異質なものが混じっている。単なる兵士ない。
「あの指揮官を絶対に討ち取るように。」
「あの指揮官ですか、あまり他の人間よりも弱そうに見えますが。」
「お前にはそう映るのか。あの人間だけが我々を計ろうとしている。あの人物がこの戦いに参戦していると粘られる可能性がある。その可能性を摘む必要がある。相手に可能性を与える限り、人間は何度でも向かってくる。だが、折ってしまえば烏合の衆になり下がる。」
熊族にはそういっておく。実際にはこの男は危なくなったら逃げる気がする。あくまでも参戦しているだけで別の任務を受けている可能性がある。彼を逃がしたくはない。だが、簡単にいかないことは分かっている。
「歩兵が多く、槍を持っている兵士が多くなっています。」
「おそらくは速度と間合いの差を埋めるためだろう。しかし、力だけは埋められないからな。熊族にはそこを突いてもらえればいい。」
しかし、相手は本当に突撃するだけなのか。あまりにも芸がない。あの将軍の副官はそのようなことをするのだろうか。俺は前の兵士を見ていたが、彼らはこちらを見ていないような気がする。左右に向いているか。こちらには突撃をせずに左右に分かれるのか。だとしたら、どうするべきか。後ろからつくのもいいが、何か策が待っていそうだ。できれば、一つの部隊を全滅させた方がいいかもしれない。
それには今の兵士の数では全滅までは攻めきれないだろう。だが、片一方を残そうとすると今後の戦いに影響が出るし、森の守備が難しくなってしまう。両方を叩くにはやはり兵力は足りず、こちらが全滅する可能性がある。もう少し叩いておけばよかったかと思うが、今はそれどころではない。
「カツナリ殿、前の兵士が2つに別れそうです。」
「分かっているが、どうするべきか。んっ!」
左前方の森から大量の煙が見えた。それに合わせて前方の進軍が止まる。となれば煙の原因はただ一つ。
「奇襲部隊は成功したか。」
奇襲部隊の安否が気になるが、それよりも今の状況に合わせて相手を叩くのが重要だ。
「部隊を分け相手を叩く。2つに分け突撃しろ。熊族は前面に出さずに毒部隊を守る役割に変えろ。前面には犬馬族を出し速度で相手の兵士を惑わせる。」
相手の兵士から動揺した声が聞こえる。それは相手の右翼左翼も同様に揺らぎを感じた。この戦況から劣勢を覆す。おそらくはヴァルガの軍は息を吹き返すはずだ。それに合わせて俺たちの前方の本陣を後退させ、相手の両翼を挟撃する。そして相手を引かせる。
熊族は少し形態を変え、80名の2つに別れ、横陣で布陣を変える。犬馬族は陣を組まないようにした。熊族の布陣が完了した段階で出撃していく。それを見ていた熊族は毒部隊を少し持ちながら前に出ていく。俺も同じように出ていく。
相手の軍はこちらが出撃するとは思っていなかったのか、驚くほどに軍が浮足立っていた。それに簡単に敵軍は蹂躙されていた。一部を除いて。
「無理に応戦するな。敵を引き連れながら、本陣へ帰還する。」
副官とあのこちらを見ている兵士は十分に余裕がありそうである。兵士は熊族を一人で討ち取っていた。熊族はその男を3人で抑え込んでいる。…、人間とは思えない強さである。単純な武力では熊族なのだろうが、兵士のほうが器用なのだろう。やはり、簡単にはいかないようだ。
「相手の右翼に少し変化があります。」
よく見ると4000の兵を2000に割っているようだ。オーブリーの軍は数が少ないため、応援部隊を作るのは難しくない。しかし、半分に割るとは思っていなかった。それではオーブリーの軍に押されるはずだ。それでは意味がないように思うが。
その軍は本陣、左翼どちらにもいかず、森の方を向いている。
「これはまずい。まさか、ここで援軍か。」
俺はすぐに小鳥を投げた。小鳥は自国の森の方へ向かっていく。
「くそ、間に合ってくれ。」
その間にも本陣は快進撃を続け、前線を押し上げていた。それに合わせて、相手の左翼も下がっていく。挟撃されるのを防ぐためだろう。相手の軍の引き際が潔い。相手は何か伏兵を隠しているのか。それでも、ここは行くしかない。奇襲部隊の功績が無に喫してしまう。
俺は森を見ながらも前進を進めた。それと同時にオーブリーにも伝令を出し、可能な限り足止めをするように伝えたが、でもどこまで可能かは不透明だ。それ以上に彼らの消耗具合も気になる。
俺は同時にヴァルガのほうも見ていた。ヴァルガがいる分、善戦しているがそれ以上に敵軍も随分と消耗しているように見える。彼らも相応の戦いをしているのだろうか。
「前の敵軍がさらに後退しています。どうしますか。」
俺は前の敵軍を見ていた。彼らは徐々に後退をしているのが見える。俺はヴァルガの軍とオーブリーの軍を見る。オーブリーの軍は敵軍と戦っているがその敵兵は反対にオーブリーをそこから逃げないように拘束しているようにも見える。あそこから何かをするつもりなのか。
俺は前進を中止した。このまま無策で本陣に行くのは危険すぎる。
「様子を見る。もう一度、方陣に戻せ。そして、ゆっくりと前進する。それと同時にあれをやるできるだけ同士討ちをしないように伝達を出せ。」
俺は相手の将軍を…。いない。
「どうして、彼がいない。」
「彼とは。」
「相手の将軍だ。彼がいないということは別に作戦があるということだ。一体、どこを狙っている。奇襲部隊か。」
カツナリはこの時あることを見逃していた。この好機と最悪な事態を想像しすぎていた。




