王との出会い
「我々の主があなたをお待ちです。」
「そうですか。」
それ以外に言えるはずもなかった。体力的には敵わないだろうし、逃げる意味もない。しかも逃げる先もない。ただ、すぐに領主などが来ることを想定すれば逃げる時間はない様だ。しかし、外部の人間と情報のやり取りをしているように思えないが、自分が来ることをどうやって知ったのだろうか。それとも何かやらかしたのか。
「あなたは顔に出やすいですね。ある程度は説明致しましょう。我々はあなた方とは違い野生の勘がききますので主には私たちがここに来たことは分かりますよ。それにあなたはかなり独特な匂いがしますので、いずれはばれてしまいますけどね。その上、我々にも優秀な仲間がいますので、侵入者や迷い人などがいればすぐに気が付きます。さて、主が帰ってきたようですので、主に会ってもらいましょう。私とは違い、多少気が荒いのでお気をつけてください。」
「いや、それよりもこの扉、鉄格子並みに分厚いような気がするけれど。それにどうやって帰ってきたのですか。別の入り口でもあるのですか。」
そもそもこの鉄格子の扉が必要である時点でおかしい。いかに動物の王と言えど節度を守らなければ命はないだろう。もしくはけた外れに強いかのどちらかになる。しかし、この扉を紹介する熊の気心もわからない。いや、もしかしたら、こちらのことなどお構いなしなのかもしれない。
熊は鷹揚に頷く。それよりも気が荒いということが気になる。熊のくれた情報にはあまり有益な情報があるようにも思えない。しかし、彼らは想像以上に人間の生活に似ているように見える。いや、似せていることができているのか。迷い人の独特の匂いとは何だろうか。臭いにおいではないと祈りたい。
「当たり前のことです。我が主が暴れたときにとりあえず部屋に閉じ込めておかなくてはなりませんから。それにこの扉はあくまで来賓の方を迎えるために作った扉ですから。来賓の方々に危険な思いをさせるわけにはいきませんので、このような扉となりました。ご不満かもしれませんが、ご容赦ください。」
熊の発言に背筋に冷たい汗が伝う。主という動物と会うことは命の危険が少なからずあるということだ。彼は熊なので対抗できるかもしれないが、自分はいたって普通の人間は簡単に死ぬことになるだろう。見ず知らずの人間を熊が助けるとは到底思えない。
「大丈夫ですよ。人間の肉がおいしくないことは我々もよく知っています。死ぬことはありません。また、一定の条件がないと暴走などは致しませんので安心をしていただければと思います。」
少なくとも人間を食したことがある時点でかなり危険なように感じる。そんな自分はほっておいて熊は鉄の塊の扉を開け前へ進む。扉の厚さは約15センチもあるだろうか。いったいどこの貸金庫かなと考えるが、それよりもその分厚い金庫が作ることができる文明が進んでいる可能性に期待感が持てる。扉を開けると下の芝生が石へと変わっている。そしてその先には赤い絨毯が引いてある。前を向くと遠くに椅子が見えた。それにしても謁見室にしては広いように思う。ここの広さは小さな学校の体育館ほど大きさである。
「ここは有事の際の避難所も兼ねております。大きすぎると感じるかもしれませんが、これぐらいはないと避難所としては機能できないでしょう。人族は体が小さいのでかなりの数が収容できるでしょうが、我々となれば話は変わってきます。多くの部族もいますし、この広さではまだ狭いぐらいです。」
「どうして、ここに避難所を設けることにしたのですか。確かに広さはあるかもしれませんが、あくまでも来賓を迎えるための部屋なはずです。」
熊は少し悩みながらこっちを見る。何か機密事項に触れているのだろうか。器用に顎をさすりながらこちらを見る。彼の眼は黄色で肉食動物に睨まれた時の草食動物の気持ちがよく分かった。
「簡単な話です。我々は森に棲んでいますが、草原のような場所で暮らす動物もいます、彼らにとって森は安全な場所とは言えないのです。そのような動物、いえ、部族ですね。部族の避難場所に使う予定です。まあ、ここまで侵入を許した時点で負けでしょうがね。」
熊は少し前を見て俺に話しかける。
「事前な打ち合わせは必要ありません。現状の報告ではなく、迷い人のあなたに説明をするだけですからね。ただ、大まかな話をすることにしましょう。あいにくわが主は帰ってきているようですが、ここに不在のようですので、主がここまで来るまでの間に話をしましょう。」
熊は指で音を鳴らすと岩の隙間から鼠が出てくる。熊と同じく執事の服を着ている。ただ、体の大きさは自分が想像している普通の鼠の大きさである。なぜか親近感がわいてしまう。熊は鼠が姿勢を正すのを見届けてから、伝言を言う。
「主を探しに行っていただけますか。客人がお見えですので。主様には迷い人が来ているとだけお伝えください。それですべて理解してくださるでしょう。」
鼠は器用に腕を動かし敬礼の姿勢をとった。そして、岩の隙間に消えていく。それを見届けてから熊に向けて話をする。
「あの鼠は?」
「彼の話をすると長くなってしまいます。我々もいろいろありましたから。それよりも先ほどの話の続きをいたしましょう。この話はあなたにも関係する重要な話かと思われます。これは私たちの歴史でもありますので事前知っておいたほうが良いと思われます。ただ、私から説明をする必要はなかったようですね。」
その瞬間、自分の前髪が揺れる。
「私の耳はいいぞ。君の声はすべて聞こえている。」
「言うことを忘れておりました。我が王は耳が非常によく聞こえます。それよりも主様、迷い人は客人ですので、そのような入り方は遠慮していただけると助かりますが。」
「今回は早く着くことが大事であろう。そのために走ってきたのだぞ。悪いといわれる筋合いはないな。さて、迷い人よ、我からも質問があるが、その前に小さな王には退席してもらおう。」
「そうでしたか。さすがに私でも気配は掴み切れませんでしたか。」
熊が少し寂しそうに後ろを見る。俺は王を見ていた。彼は確かに見覚えのある動物である。しかし、このような大きな種類のものを見たことがない。




