奇襲の奇襲
シェイラは継続して兵站部隊を追っていた。その兵站部隊はこちらを見ることもなく、そのまま進んでいた。木々を倒して進軍を進める彼らには少しの恐れを抱いているが、それだけだった。シェイラは迷うことなくそのまま静観をしていたが、なんとなく嫌な予感がしていた。
すぐに周りを見てみたが何もいなかった。部下も何も感じていないようだった。もう一度、兵站部隊を見てみた。人数が減っている…。遠くを見てみるとわずかだが、小鳥が飛んでいるのが見えた。
「早くこの場から立ち去る…。」
「隊長、伏兵です。」
彼らは初めから私たちの監視を知っていて、部隊を半分先回りしていた。その上で本隊より援軍を送っているのだろう。私が小鳥を見たのは本隊の近くであった。だからこそ、間に合うと思ったのだが、遅かった。
弓矢が飛んできてシェイラは現実に戻された。
「5人一組で対応を。クライド隊は兵站部隊の先へ先導、また切り込み隊としてお願いします。後方はすべて我々死守します。相手が先回りしていると言っても数は少ないはず。」
「無茶を言いますね。でも、やるしかありませんか。」
「隊長が過激ですな。」
副官を含めてひどい言い方だ。でも、間違っていない。それぐらいに厳しい状況であることは分かっているし、シェイラは嘘をつきたくなかったのである。シェイラは副官と共に殿を担当した。
思うように前に進めない。いや、進めないようにしている。シェイラの副官は全員の状況を見ていた。まさに多勢無勢。これでは勝つことなど到底できない。我々は彼の口車に乗ったのか。いや、そうではない。副官はすぐに頭を振る。彼の目は嘘をついているようには見えなかった。むしろ、必死に我々を見ていたように思う。だからこそ、我々の隊長も彼を信じたのだ。彼ならば。
「隊長、5人組を解消しましょう。これでは前に進めない。」
「しかし、どうするの。」
「我々が前に出ましょう。」
「それでは後ろが。」
「分かっています。でも、前に出ます。隊長、あなたが死ねばこの奇襲は失敗します。前を向いてください。」
「…わかった。」
「総員、死力を尽くせ。兵站を焼き尽くす。」
部下の雄叫びを聞いたが、以前よりも声が小さかった。シェイラにはそれが頭を過ったが、すぐに前を向いた。
部下は頑張っている。だが、戦況が進むにつれて我々の劣勢は明らかになる。彼らは用意周到に兵を配置している。森の中に進むにつれてその包囲は狭まっていく。前に進んでも敵、後ろからも敵がいる。四面楚歌である。
「これはまずい。」
シェイラは額に汗を浮かべていた。前の戦いでもここまでの劣勢はなかった。だから、死んでいないともいえる。周りを見渡してみるとすでに部下は30人を切っている。また、1人首に剣を刺された。動物の身体能力を持っているとはいえ急所は動物の時と変わりはない。
シェイラは拳をふるう。敵軍の兵士は顔をゆがめて、そして頭蓋骨から骨が折れた音が聞こえて後ろに倒れていく。シェイラはその姿を見つめていた。この感じはいつまでも経っても慣れることがない。よどむことなく相手の首に爪を立てる。鮮血が飛び散り、シェイラの頬を濡らす。彼は死んだはずだ。
「隊長!我々の中心に!早く!」
副官の声が聞こえた。敵兵に注意を払わなければならないので、彼の状況すら確認ができない。それでも、敵兵はシェイラの前に現れてくる。本当にきりがない。どんなに敵を倒しても前に進んだようには思えない。
「分かった。」
シェイラがその瞬間に敵兵の殺気を感じた。副官が体を呈してシェイラの体を飛ばす。シェイラが彼の姿を見たときには剣が背中に突き抜けていた。一瞬の間をおいて、彼はその兵士の首を飛ばした。
「隊長、ここを突破すれば勝機があります。私に続いてください。」
「でも、そんなからだ」
「そんな体だからこそ、」
彼はこちらを見て話す。以前と同じような穏やかな顔で。
「切り抜けられるのです。」
周りの者は彼の姿を見て、息を吹き返した。もう一度5人一組になり、敵の刃を躱していく。他の部隊とは違い、鍛錬を続けてきた斥候部隊だからこそできることだ。シェイラはもう一度声を上げた。
「分かった。皆、私についてきて。活路を開く。彼の生きざまを相手に焼き付けさせて。暇があれば盾を拾いなさい。それを持っていれば、避け切れなくても相手の攻撃を防ぐことができる。」
シェイラは初めて人間が使っている剣を持ち、先頭に立った。副官は人間を20人ほど相手にしたところで立ち尽くしていた。シェイラはその様子を見て、以前の男の姿を思い出していた。シェイラはまた、人間の首を飛ばす。
「交…代…ですね。」
「うん。よく頑張った。あなたの命は無駄にしない。」
彼はその場に崩れ落ちた。私は彼を見ないようにしながら言った。本当は彼にありがとうと声をかけてあげたかった。その彼はすでに死んでいるだろう。シェイラは前を向いて敵兵に言い放った。
「私はシェイラ。斥候部隊の隊長だ。」
相手の目の色が明らかに変わった。これが隊長の持つ責任と覚悟なのだろうか。シェイラはまた一人、人を切った。剣は切れ味が悪くなったので、何か馬に乗っている偉そうな男に向かった投擲する。馬の上の男はいとも簡単に剣を防いだ。あの男はそこら辺の兵士とは違う。
「ふむ。なかなか粘るな。あと20匹といったところか。さすがに以前とは違うな。よく鍛えている。しかし、ここまでだ。シェイラと言ったな。貴様を討ち取って終わりにしよう。」
男は馬から降りずにシェイラに向かってきた。咄嗟に身をかがめた。何かが頭の上を通り過ぎ、木を一刀両断にする。木の倒れた被害はこちらにはなかったが、この男が見た目以上に強いことは分かった。そして、獲物は斧である。剣でも間合いが随分と違う。さすがに馬の上にいる彼とは互角には打ち合えない。
「ほう、あれを避けるのか。貴様、なかなかやるではないか。しかし、無手では俺にはかなわないだろう。」
彼はその優位な間合いを活かして、二の腕に力を込めて斧をふるっていた。通常のシェイラではあたることのない速度であったが、疲労が蓄積している今は体が思うように動かない。それでも、彼の動きをよく見て攻撃をかわしていた。おそらく、その間にも味方は死んでいるだろう。
5分以上よけ続けたシェイラは足に力が入らず、地面に座り込んでしまう。この状況では形勢は覆らない。しかし、兵站がもう少し先にあることもわかっている。本当にもう少しのはずだ。
「よく持ったな。貴様の味方もあと10匹か。随分と頑張るものだ。見上げた根性だな。まあ、ここで死。」
「隊長、上から投石があります。」
「何を言っている。あれは本隊を狙っているのではないのか。」
彼にとっては運悪く体の一部に石が当たり、落馬してしまう。うまく受け身をとっていたが、シェイラはその隙を逃さなかった。彼のみぞおちには剣が刺さっている。相手の兵士の剣を再び投げたのだ。
「ぐふっ…。運が悪かったな。貴様でなければ…躱せていたがな。だが、お前も…終わりだ…。」
「隊長!」
「馬鹿な。隊長が!」
隊長の死によって相手の敵兵がこちらに向かってくるが、さすがに今の攻撃で体力を使い切った。普通ならば避け切れるが、もうさすがに精根尽きていた。
「よくも隊長を!死ね!」
「それはこちらのセリフだ。」
クライドが彼の剣もろとも殴り割ってしまった。
「遅くなったな。すまない。」
彼の部下が敵を蹂躙しているのが見えた。
「シェイラ、きついだろうが、生きているのはお前を含めて5名だけだ。奇襲の場所まで付き合ってもらうぞ。馬があるから食い物には困らないだろう。食べるか。」
その変わらないクライドの反応にシェイラは少し笑みを浮かべた。




