斥候に向けて
会議はまだ続くらしいが、俺は外に出された。
「ヴァルガ王は殲滅で方針を固めたが、本当にできるのかい。」
「できないことはない。でも、難易度が高い上に死者も多く出るだろう。死に物狂いの動物や人間は怖いからね。怖いで済めばいいんだけど。」
オーブリーは会議室を出ていたらしい。
「どうして会議室を出てきた。」
「ああ、俺は今後の会議には興味がなかったからな。さすがにそこまで暇ではないさ。さて、ここからどうするかだな。」
「実は当てはある。ハビエル殿だ。」
「ハビエル。彼に何かあるのか。」
「何かあるではなくて、2つほど役割を頼みたいのだ。それがないとこの戦いで殲滅させるまでの作戦を展開できないだろう。相手が手ごわい相手であることも想定すると手は打っておいた方がいい。」
ハビエル殿の可能な範囲と数の動員をどこまでできるのか。それによってだいぶ作戦が変わる。
「カツナリ殿だったか。我はここにおるぞ。私も暇なのは退屈でな。先程の話はなかなか面白かったぞ。」
「まあ、俺はそれなりだったがな。」
クライドも出てきたらしい。まあ、彼はある程度予想ができたけど。ハビエル殿もそのような性格には見えなかったが。それにしてもでかい鷲だな。体長が3メートルはありそうだ。その上、翼は倍以上ある。これでは偵察には向かないかもしれないな。しかし、違う方法はとることができそうだ。
クライドは背が6メートルはありそうだ。こんな豹が居れば、人間は卒倒するだろうな。よく相手の人間は逃げることがなかったな。俺だったら絶対に逃げるか混乱をきたす。
「ふむ、さすがに私の体の大きさに驚いたのか。」
「大きいですからね。」
「人間どもはこの姿に驚いていたな。」
「いや、あきれてものが言えなかったのでないのかな。」
ハビエルがそう言った。こんなところで張り合わなくてもいいだろうに。しかし、まあ、この2人がいれば大きなことができるかもしれない。
「まあまあ、2人とも意味のない張り合いはやめてカツナリの話を聞こう。」
「さて、僕から言いたいのは2つです。情報の収集と襲撃。この2つを同時に行う。それを可能にするのがハビエル殿ということになる。もちろん、僕もついていけそうであればついていきます。」
ハビエルとクライドは驚いた表情を見せる。軍師とは後ろで何かを命令する役割とでも思っていたのだろうか。
「しかし、カツナリ殿は戦場にも出ていたこともないはず。いきなり、偵察任務や襲撃に参加しても大丈夫なものなのか。」
「いや、ヴァルガ王からは何も言われていないから大丈夫だろう。だが、いきなり軍師殿が外に出るのは少し厄介だのう。」
「貧弱な人間でもあるしな。あまり高度をとると死んでしまうぞ。気を付けろよ。ハビエル。」
どちらにしても、俺は思っている以上に弱いと思われているようだ。まあ、強くはないだろうけどね。でも、ここまで人間を貧弱だと思っては困るな。少なくとも人間側にもある程度武力で対抗できるだけの能力があったはずだから、油断はできないのだ。しかも、軍略は人間のほうが多く、戦術の幅も多いはず。今回の策はあくまでも武力に頼った形になってしまう。
それを踏まえれば、なかなか気を抜くことはできない。しかも、彼らは我々を服従ではなく、滅ぼそうとしているとなんとなく思う。根拠はないけど。
「それでいつ出発するのだ。こちらも準備があるだろうからな。」
「今回は偵察の任務と襲撃だから50人で大丈夫です。そして、できるだけ大きい方がいいですね。」
「わかった。明日には出発しよう。集合場所はあの小屋でいいのかな。」
「その方がいい。一応はヴァルガ王の直轄地になっているからね。何かあってもカツナリは守られるだろうし。」
「今回は俺も同行しよう。すぐに何かを仕掛けてくるわけではないかもしれんが、油断はできないからな。本当はシェイラも一緒に来てくれれば、奇襲を受けても十分に対処できる戦力になったが、なかなか思うようにはならんな。」
「クライドも来れば、大概のことは何とかなるさ。族長も会議にいるしね。大丈夫。」
「迷惑をかけますね。」
「大したことはないさ。これで戦争に勝てるのなら楽なものさ。これからもカツナリには働いてもらわないといけないからね。」
いつまで働かせるのだろうか。まあ、死ぬまでだろうけど。彼らは俺に指示されることを本当に容認しているのだろうか。
「さて、動くかの。時間は有限だからの。」
ハビエルは空へ飛び立とうとする。木の葉が舞うほどの風力を俺たちにあてながら飛び立っていく。
「明日の朝に迎えに行くからの。しっかりと起きておけよ。」
「わかった。」
「風が強いから、さっさと行け。」
ハビエルは森の上に消えていった。一体、どこに行くのだろうか。
「ハビエル殿たちの鳥族の住処は我々も知りません。」
「どうして。」
「夜は行動できない彼らにとっては格好の狩場となるからね。いかに心を許してもさすがに教えることはできない。情報を持っている人は少ない方がいいですからね。」
「先にオーブリーとカツナリを送っていく。今宵、さすがにカツナリは1人にしないほうがいい。オーブリー、兵は派遣できるか。」
「大丈夫。ちゃんと考えているよ。でも、肉食動物が来るとかなりしんどいね。」
「そこはシェイラに頼んでおく。」
俺が何も言わない間に進んでいるけど。まあ、いっか。わからないことを考えるのは無駄だ。だが、俺に夜襲をかけるほど、人間を憎んでいるのか。それとも、俺が軍師になることを反対しているのか。
それよりも先に作戦を考えなければ。今考えている鳥族との連携をどこまで考えて行動ができるか。あくまでもここは初めの作戦である。そのあとはまだ考えてはいない。
「どうした、カツナリ。少しぼうっとして。」
「いえ、すこし考え事をしておりました。」
「大丈夫か。会議で疲れたか。」
「そうかもしれません。」
ただ、そこまで疲れてはいない。この世界に来て身体の調子がすごくいいのだ。近視だった眼もよくなっている気がする。いい意味であればいいのだが。他の小説などには寿命を削ることも多く描かれている。
「すぐになれることはないだろうが、戦争が近づいてきている。誰も待ってはくれないぞ。ある程度は覚悟しておくんだな。」
「はい。」
「あまり準備しても崩れ落ちることもあるからね。」
俺はどちらの性格だったかな。別にどうでもいいような気がする。しかし、重要な資質のように思うのだが。何だろうな、この感触は。
「できるだけ、知識は頭に入れておきます。ただ、ハビエル殿と共に相手軍を見に行かなくては作戦を立てることができないですからね。」
「そうか。ならば、明日に備えて寝ることだ。」
「すみません。オーブリー、明日ですが、何匹か蜘蛛を貸してくれませんか。しゃべれる必要もないですし、小さくていいです。ただ、敵軍に近づいていくので恐れない蜘蛛がいいですが。」
「そういった蜘蛛はあまりいないと説明したと思うけど、でも何とかしよう。今後に必要なのだろう。」
「はい、今回は特に重要です。早めの準備が勝利につながりますから。」
「わかった。では、クライド、カツナリを頼む。僕も適任者を探しに行かないと時間に間に合わないかもしれないからね。夜までには小屋に行くから、そこまでは警護をお願いできるかな。」
「ああ、分かった。いざとなれば俺がおぶればいいからな。」
「じゃあ、行ってくる。」
オーブリーも木を伝って、どこかに消えていった。
「では、行くかな。俺は偵察に行かなくてもいいのだろう。」
「体の大きさから言って隠れることができないでしょうから、かえって足手まといですね。」
体の大きさは問題あるが、それよりも正確に難がある。彼は待つことが苦手に見える。偵察は時には待つことも必要になる。彼は遊撃にはなっても偵察任務に向いていない。
「そうか。よかった。行けと言われたらどうしようと思っていた。」
「そう思うなら、言わないでください。こちらも対処に困るでしょう。」
初めに苦手分野を教えてもらえると助かるのだが。いや、動物は弱点を隠そうとするから本能的にそうなのか。
「すまん、忘れていた。」
…クライドには高難度な任務は向かないな。
俺は心にそれを刻み、小屋に向かっていった。
さて、この世界には何があるのか。これを考える前には偵察で相手の装備を確認しなければならないが、それよりもこの森の先の地図を把握しておかなくてはならない。それもあるがこの動物の国には装備がないらしい。それは当然だ。扱える動物がいないのだ。教える物もいない。それでは人間の武器を盗むという発想さえも浮かばないだろう。
戦争の後には武器の使い方を覚えてもらえなくてはいけないが、俺が武器を使用したことはなく、何か武術を習ったわけでもない。できれば、教師を呼びたいがここの世界にどのような武術があるかわからないままでは危険か。
「カツナリ。この森は円を描くように半径30エンチで構成されている。北にわずか1本の道が通っている。これが人間の国に行くまでのルートになる。もちろん、他の獣道もあるけど、強い動物がいる。私たちでもかなうかどうか。」
ということは動物というくくりも危険だな。動物の強さでは測れないほどの強敵がいるということか。できれば、その動物も仲間にしたいところだ。その道以外で獣道を使うことができれば、敵国の裏をかくことも可能になる。しかし、相手を屈服させるところを見せてはいけないという、すべてを秘密裏にやらなくてはならない。それを考えればかなり難しいだろう。ここでの戦いでさえ激しい場合は遠くまで聞こえていた。
「カツナリはこの国を変えてくれると信じているけれど、なぜか少し早い気がする。」
「早いとはどういうことだい。」
「時期が早いということ。」
それはいったいどういうことだろうか。俺は別のこの世界でのし上がろうとは思っていないのだけど。それとも何か別の要因があるのか。
「私にもよくわからない。ただ、そう思っただけ。」
「そうか。ただ、この戦いは策を使わないと勝てないかもしれないぞ。」
「さっきのはこの戦いが終わった後の話。」
では、俺はこの戦いの後に何があるというのだろうか。この世界に来たのも望んできたわけではないのに、これからまた何かあるというのであれば願い下げだ。
「まあ、いいさ。まだ先のことは考えられない。この戦いが終わるまでは何もできないだろう。本当に動くのはこの後だ。」
「うん。それは分かっている。」
扉を誰かが開ける。
「さて、こちらの準備は整ったよ。明日に備えて早く寝るんだ。人間は夜目が聞かないのだろう。」
「わかった。」
「俺はいったん族に戻る。彼らにも説明をしなくてはいけないからな。」
「うん、父にもよろしく。」
クライドは闇に消えた。彼も今から説明するのだろう。無用な混乱が起こらなくてはよいが。いや、すべて俺のせいなのか。では俺は何のためにこの世界に呼ばれてきたのだろうか。
「では俺も寝る。シェイラもオーブリーの援軍が届いたら休んでくれ。」
「うん、分かった。何かあったら呼んで。近くにいる。」
俺は目を閉じて明日に備えることにした。
俺は暗闇に立っていた。まるで宙に浮いているようだ。手は動く。足も動く。でも、抓っても痛くない。この世界は俺の夢だな。いいことでもあればいいのだが。見えてきたのは手を握っている映像であった。俺は思わず胃液を宙に吐いた。まだ、あの時の思いは残っているのか。
「世界は回っている。ただ、一緒にお前も回っている。だからこそ、この思いも君から抜けきることはない。気が付かないだろうが、この思い以上に君の経験は生きてくる。君が死に触れれば触れるほどついて回る。」
「あなたは。」
「俺は君だ。それに世界でもある。」
「俺自身ということか。」
俺は暗闇の中を見つけた。暗闇の中からの声は頭の髄にまで響いてくる。彼か彼女かわからないがこの声が本当に世界の声だとしたら陳腐なものだ。この映像の世界は別の人間でも十分に経験があることだろう。俺だけが特別なわけでない。特に戦争のある国ではそこらへんにある話であると思う。
「まあ、そんなことはどうでもいいけど。さて、先程の話だけど。」
「いや、それよりもこの夢の世界は明日には忘れているかもしれない。だから、ゆっくり休みたいのだけど。」
俺には別の映像が浮かんできた。俺はあの人の死体を見ていた。その死体には首から上がなく、左腕もなくなっている。腕も捥がれている。首もそのような跡が見えた。俺は再度、胃液を吐き出していた。俺の目の前は真っ暗なはずなのに、ますます真っ暗に見えた。まるで暗闇に体が落ちているように。
「休むよりも先にこの映像を超えることができないようであれば、明日の斥候にもいけないぞ。」
「黙れ、俺がやらなくては誰がやる。」
「誰かがやるさ。君である必要はない。所詮は動物たちの世界だ。君が出る幕ではない。あくまでも迷い人の君がね。」
…、俺が俺自身のことを迷い人というだろうか。
「あなたは誰ですか。」
「先程、答えたと思うけど。」
「俺は自分のことを迷い人ということないように思う。」
暗闇の中で笑ったように聞こえた。
「そうか。それは盲点だったな。せめて、君のことを知ってからここに来たかったのだが、時期がなくなってしまった。どうも世界が荒れそうな気がする、そんな状況では君に会うこともままならないからね。君と私は会うことができない。むしろ、会えないのが運命ということになる。それが世界の掟であり、宿命を背負う俺たちの役割だからだ。」
何を言っているのか。俺がこの世界に何をもたらすことになるのか。
「どんなときにも光はある。当たり前だけどね。でも、世界は待っている。」
「何を。」
「それは君が感じることだ。」
俺は胃液を吐き続けていた。それでも、会話が成り立っているのは夢だからだろう。それでも俺の役割が何かわからない。この動物の国に何が起こるというのだろうか。彼らが動物に戻るということであれば、俺は喜ぶのだが。
「さて、ここであれは退場だな。長いようで短い人生だったな。」
「待ってくれ、あなたはどこの国の人間だ。」
「それは言えん。だが、これだけは言える。」
「なんだ。」
「戦う相手を間違えるな。」
なんだというのだ。俺が目標とするところが違うのか。
「では、あの世で待っているぞ。」
暗闇から声が聞こえることはなくなった。しかし、以前として映像は流れ続けている。俺はまだ吐き続けていた。あの時の思いがないとこの世界で戦争に参加しようと思わなかったかもしれない。でも、俺はあの時に誓った思いを忘れていたわけではない。俺がどうなるともわからない世の中で生きる喜びを感じている。あの頃の記憶に左右にされているのかもしれないが。
映像は死体に寝そべっている隣の死体を映している。俺はまだ胃の痙攣が止まっていなかった。それほどにこの映像は俺の五感すべてを黒く染める。俺は頭を振りながら黒く染まっていく思考を振り払う。たとえ、俺がその立場になったとしても彼らのようにはならない。
「どう思う。」
「知らないわ。」
「俺は危ういと思う。夢であそこまで悪夢を見るとは過去に辛い経験をしているのだろうが、並みの苦しみ方ではないからね。本当に何もなければいいが。」
「何とかなるでしょう。」
「君は楽観的過ぎる。負けたら終わりだ。この戦いは。」
「だから。彼にそれを求めるのはおかしなことでしかない。彼はそもそも人間で私たちの国とは敵対しているのよ。確かに敵国の迷い人の扱いがひどいとしても死ぬことはない。だけど、この国で戦いを行えば、人間の世界への道は彼には遠ざかる。彼がひとりで生活をすることを考えれば、この国にいるのは意外にも不安要素は多い。」
「それはそうだが、動物たちがそんな風に考えることはないだろう。」
「それは変わっている。今までとは私たちは違う感情が芽生えている。」
「…。まあ、君とは平行線だろうからね。でも、彼を野放しにすることはできないぞ。ヴァルガ王が何と言おうとも我々は最後の砦になることを望んだのだから。」
「それこそ、私にとってはどうでもいいわ。」
斥候前夜の夜はこのようにして過ぎて行った。




