探索と出会い
体感的に1時間ほど歩いたが木以外に何もなかった。川すらないのも気になる。地面が柔らかくとも足が疲れたので少し休むことにして木に寄り掛かった。木に手を当ててみるとやはり心臓の音が聞こえる。今回は一時間前に聞いた時よりも鼓動が大きく聞こえる。どこかの中心に向かっているということなのだろうか。少し休むと今度は地面が気になってきた。とりあえず地面を掘ろうとするが砂のため、掘ったら次の砂が入り込んでくる。このままいけば天然の蟻地獄の完成だ。ただ、この砂漠のような砂で大きな木ができているのか全く不明だ。少なくとも水はけのよい土ではなく、水を吸収してくれる土のほうが木は成長するはずである。少し長い間、木に触れていると森全体が揺れた振動が伝わってくる。地震だろうか。少し時間が経つと揺れも収まったので、また歩き始めることにした。
自分が起きてから時間が経ったこともあり、以前よりも気味悪さが感じられるため自然と速足で前に進むことになってしまった。ただ、景色は全く変わっていないのだが。しかし、少し歩くと何かが見えてきた。目を凝らしてよく見ると王宮だけが立っているように見える。廃墟か何かだろうか。しかし、廃墟にしては白くてきれいだ。ただ、王宮の上にはなぜか金色亀の模型が乗っている。
気になったので走って近くまで行く。周りを見渡したが誰もいないようだ。この王宮には3メートルもある大きな扉がある。王宮の周りには森があるため庭はない。しかし、門もないのは珍しいように思う。西洋の王宮のように庭が広いと仮定すれば門がどこかにあるはず。しかし、周りには門はないため、建物を見直す。壁の色は灰色で少し年季が入っているようだが比較的新しい。壁の周りには蔦が張っているため古臭く見え、人が住んでいないように見えるが、扉には蔦が張っていないため人の往来はあるようだ。
「私ども主に御用ですかな。迷い人殿。」
後ろを振り返ると2メートルも大きな熊が執事の服を着て立っていた。普通は死んだふりもしくは体を大きく見せるなど基本的な知識はあったが、そもそも熊が人語をしゃべることを想定していなかったため、空いた口は全くふさがらなかった。顎は外れていないはず。
ただ、間抜けな顔はしていたはずだ。そして、逃げなかった自分をほめたいと思う。
話かけてきたのは皇宮の主ではないらしい。執事の服を着ているからそれはなんとなくわかる気がする。それにしてもツキノワグマかヒグマだろうか。2つの違いがわからないので比べようがない。ただ、野生の熊と比べて毛が少ないように見える。熊が話しかけてくる時点で異常すぎて混乱している。ただ、これだけは言いたい。服がぴちぴちではちきれそうである。服がかわいそうだ。
「驚いているあなたの顔を見ているのも面白いですが、立ち話も何なので王宮へ案内いたしましょう。少し狭いですが、ご容赦ください。それにしてもここがよくわかりましたね。普通は道に迷うはずですが。まあ、迷い人ですからね。そこらへんは置いておきましょう。」
扉は3メートル以上あるため、身長が170センチの自分には全く狭くなかった。熊はいとも簡単に扉を開ける。扉の色が銀色であるから鉄製のはずだ。どのような力を持っているのだろうか。驚かず逃げなかった自分を本当にほめてやりたい。扉を開けるときに見た彼の手はやはり熊のものであった。熊のくせにうまく使うなと思ったが口が裂けても言えない。ただ、この熊は毛が短く、どこか刈っているように見える。自分が疑問を抱いている間にも熊は扉を開けて中に入る。慌てて熊に続いて入るとそこは周りと同じ森のような部屋であった。ただ、森とは違い果実に見える木も植えてあるのが違う。森には同じ木しかなかったが、ここには別の種類の木や果実の木などがある。また、床は絨毯などではなく芝生が敷いてある。見方によっては簡易的な森の空間にも見えるだろう。
「その表情をみるとあなたはやはり驚かれましたかな。」
「ええ。なんていうか、さっきの森とは別の森林のような印象を受けます。」
「私の姿を見ればわかると思いますが、もともとは野生で生活した身でありますから、普通の生活では肩身が狭く感じてしまいますし、木がないと落ち着かないのでございます。あなたがた、人族にはわからない感情かもしれません。」
どうやらここでは人間は人族と定義されているようだ。そして俺は熊と話をしている。常識では考えられないことである。その上、この熊が昔は野生で生活をしていたということは言葉をしゃべることができなかったということか。それであればどうしていきなり人間と同じような生活ができるのだろうか。熊のしゃべりは続く。服のぴちぴちも続く。
「迷い人殿の元の世界がどのような環境だったのかわかりませんが、あの事件がなければ野生の私共はそのまま変わることのなかったのでしょうね。しかし、この世界は違います。あなた方、人と同じように我々動物も進化することができます。その進化の要因はわかっておりませんがね。人族は進化するのでしょうか。」
「いや、あなたの話の半分も理解できていないのだが。」
彼はそう話しながら廊下を進む。進化とはいったい何なのだろうか。そんなことを考えながらも廊下には壷やシャンデリアも飾ってあるのがわかる。残念ながら蔦が大量にかかっているために美しくは見えない。ただ、全体の木目調の壁とはよくあっているように思う。芸術的な感情も持ち合わせているようだ。だが、この装飾品には火がともっていない。この王宮はおそらく現在の主とは違うのだろう。しかし、この王宮を作った国が動物の国であるということだろうか。事件とは何だろうか。