人間との戦い
オーブリーは俺に目を向けている。俺たちは馬に乗りながら会議場を目指している。シェイラは俺の背後から、シュウコは俺より前にいる。本来なら監視という対象の俺だが、今では護衛されているような気分になる。実際に襲われるのでは感じ方が異なるようだ。もし、カメレオンに襲われていなければ、今頃、2人に監視されていると感じたに違いない。
さすがにオーブリーは地面を張っている。馬に乗ることがうまくできないのだそうだ。乗るというよりも乗せるに近いかもしれないが。
「オーブリー、どうしたのですか。まだ、会議場にもついていないと思いますが。シュウコ殿、会議場まではまだありますよね。」
「はい。この速度ではいましばらくかかるかと。何もなければですが。」
「何かあることを前提に話をしてほしくないね。シュウコ、あなたは宰相という立場なのだから発言には気を付けていただきたい。」
…気のせいか、オーブリーの声には棘があるように感じられる。シュウコが彼に何かをしたわけではないだろう。シュウコがオーブリーに敵対心を覚えるのは仕方のないことかもしれないが、反対だとさっきの会話との整合性が取れない。
「カツナリ、心配するな。ここらへんだったのだ。シュウコと戦ったのは。」
「あの時は参りましたよ。さすがにいきなり戦うことになったのですからね。」
「お前たちが説明しなかったのが悪い。さすがに縄張りの近くまで来ていたら私たちも警戒する。不用意に入れば戦いになってしまうさ。」
「人間は縄張り意識が広い。生活圏以上であっても怒ることはある。気が付いたら紛争になり、戦争に発展してしまう。そういったところは人間のほうが敏感なのかもしれないです。」
「ふむ、忠告を受けておこう。あまり人間と侮っていてはとんでもないことになりそうだ。人間は戦線を広げたがる習性でもあるのか。」
シュウコは黙っていた。同じくシェイラも黙っていた。
俺の背後から声がする。
「俺が持っている知識は少ない。まずは以前の戦争の話を聞かせてほしい。武器や魔法の有無によってはかなり軍略を絞って議論をしていかなくてはならない。」
「はい。心得ました。」
「時間がないから、ウァルガ王のもとへ向かう間に話を聞こう。」
「まず、戦の発端は私たちの斥候が見つかったことによるものでした。」
「いや、あなたたちのせいだったのですか。」
さすがに自分たちのせいで戦争になりましたでは話にならない。マッチポンプである。
「話を最後まで聞いてください。今の斥候とあの時の斥候は違います。あくまでも縄張りを確認する一環であったと思ってください。」
縄張りを確認するために遠くまで行ったのか。しかし、距離が分からないがそこまで行く必要があるのかな。
「思っていることはわかっています。そこまでの遠くまで行く必要もなかったでしょう。しかし、その時には我々にはそのような知識はなかった。まだ、その時には学者様もいなかったですし。人間というものを知りもしなかったのです。」
「それはそうでしょうが、斥候のやり方が悪かったのですか。人間も動物にそこまでの警戒を持っているようにも思いませんが。」
「ヴァルガ王が行きました。」
まあ、あの様子であれば問題を起こさないほうが難しいだろうな。
「そこまでは大したことがなかったのですが、ヴァルガ王はすぐに帰ろうとしたのですが、衛兵に見つかってしまったので、少し騒ぎになりました。」
「それだけではなかったよね。実際には衛兵を倒したのだっけ。」
「そうです。衛兵を倒したところまではよかったのですが、衛兵をこっぴどくたたきましたので、討伐隊が編成されました。」
「本当に何をしているでしょうね。」
「全くその通りです。しかし、討伐隊も我々に仲間がいるとは思っていなかったのでしょう。100人余りの兵で我々の森に入ってきました。討伐隊は壊滅しました。さすがに我々の縄張りに入って普通の歩兵隊では勝てないのは明白です。」
それはそうだろう。ここにいる動物は普通ではない。体格も通常よりもはるかに大きく、言葉をしゃべることができ、知識も増やすことができる優秀な動物たちだ。正攻法で勝てない場合は対策を練ることもできる。
「そこで一部の族に死者が発生しました。もちろん、覚悟の上であったように思っていましたが、一部の若い者は違ったようです。彼らは空を飛ぶ族であったたため、人間の生首を空から落としました。」
…さすがにそれはよくないな。戦争になるのも無理はない。その衛兵がどれほど嫌われていたとしてもそこまでされると同情するだろう。
「それはさすがに戦争に発展するでしょう。しかも、壊滅に追い込んだ意味がない。」
「本当にその通りです。ヴァルガ王は戦の準備を行いましたが、どうやっても急に兵隊が増えることがありません。」
オーブリーは触角を動かしながら、話をする。
「俺たちがそんなことをしながら戦争の準備をしていると人間どもが大勢やってきたのだよ。」
「オーブリー、それは単純にやってきたのか。」
「そうだ。単純にやってきて、我々を挑発したのだ。」
シュウコはこめかみをもみながら話をする。
「単純に来ただけであれば我々もさすがにひっかかることはなかったでしょう。しかし、敵は徐々に戦いを行い、徐々に撤退を開始しました。我々は勝ったことに浮かれて、死地に向かっていったのです。」
相手はそれなりに頭を使ったのだな。普通であれば、動物にそこまでの罠を張るとは思えないが。何か国が知っているのだろうか。さすがにそれはないか。
「軍勢はどのくらいでしたか。」
「詳しいことはわかりませんが、3万人ぐらいだったと思います。」
「それに比べて我々はどれくらいでしたか。」
「半分以下です。1万2000ぐらいです。小さな兵隊も含めてですが。」
実際には1万人ぐらいか。それよりも少ないぐらいだろうか。それではさすがに勝てないだろうが、今まで勝ってきているから気が付かなったのか。
「そこからは乱戦になりましたが、私は全体像を見ていないのでまた聞きとなります。我々は歩兵隊と戦わされていました。」
「戦わされていた。」
「そうです。彼らの目的は本陣の奇襲でした。騎兵隊を4つに分け、2隊をぶつけて左右に引きました。引いたところに2つの隊を奇襲に使いました。今思えば、2隊は500人でした。精鋭隊を当てて、彼らは奮闘し、本当に退却をしたのです。しかし、苦戦したとは言っても彼らは100人も減っていませんでした。」
「本陣にはどのくらいの人数が。」
「1000以上です。精鋭隊ばかりで族長もすべて健在でした。」
その話を聞けば本当に精鋭隊だったのだろう。族長もいたのに100人以下で死傷者を収めるとは普通ではない。王の直轄部隊か貴族の中でも有数の精鋭隊である。しかし、その精鋭隊をこの動物にぶつけるというのは少し以上な気がするが、それほどまでに警戒をしていたということだろうか。
「それを考えれば本陣も手薄というわけでありません。ヴァルガとヘクターは離れたところにおり、連携をとることができませんでした。」
「すみませんが、そのヘクターというものは誰です。」
オーブリーはこちらに顔を向ける。
「ヘクターはシェイラの婚約者で、ヴァルガの弟君だ。」
「そうか。彼の役職は。」
「副大将であった。」
副大将ならばヴァルガ王の下か。分断されていたのか。それでも、そう簡単に。
「わからないでしょう。敵陣に突撃し指揮を執っていたのはヘクターになります。彼は兵をまとめ上げて戦っていました。敵兵の強さはそこまででもなかったようですが、人数では勝てません。彼は消耗戦にならないように指揮を執っていたが、後ろを見てみると本陣が急襲されていたのが分かった。」
「ちなみに俺もそこで戦っていたよ。彼の指揮は正しくとっていた。しかし、彼は最後の判断を間違った。」
「最後。オーブリー、ヘクターは最後まで指揮を執っていないのか。」
「そうだ。彼は本陣を救おうとした。彼は真面目な男でその上、謙虚な男だった。彼は自分ができることは少なく誰でも自分の代わりができると思っていた。」
それが何の話になるのだろうか。ヘクターが最後まで指揮を…。
「誰の代わりができるのでしょうか。ヘクターはそこを考えていませんでした。誰でも戦場での指揮を執ることができるはずもなく、動物としての理性を持っている物は少なく、すべての兵が言うことを聞くほどの強さを持った動物は今でもヴァルガ王とヘクターぐらいしかいなかった。彼が本陣の救出をしようと精鋭を連れて行ったのがまたいけませんでした。指揮を執るものが居なくなったのです。」
「しかも、兵の力はそこまででもなかったが、そもそも相手は攻勢にも出ていなかったのだ。俺は戦いながらも敵兵の死者が少ないのには気が付いていたが、守勢に徹底していたとは気が付かなかった。」
主攻をどれにするかという話ではないのだろう。相手の指揮官は本陣のみが目的だったのだろう。相手の指揮官はある程度、動物のことを知っていた。それは間違いない。そうでなければ、いきなり大将を狙うことは少ない。どの程度壊滅に向かうか不明なうえ、相手がどの程度潰走するのかもわからない。
「あとは撤退する時にヘクターが殿になったのですね。」
「ああ、ヘクターは生死不明であるが、おそらくは死んでいるだろう。目撃情報もあったというが正直、望みは薄いに決まっている。」
しかし、相手の戦いを聞いてみると確実にうまいものだ。作戦や規律を重んじているのだろう。彼らは訓練し、確実に戦える軍隊だ。ここの軍隊とは違い、専業の兵士だ。
どうしても徴兵を行うと農民などの普段、兵士として生活をしていないものを徴収する。その上に立つのが軍人である。彼らはその兵士ではないものを兵士として使用するのだ。ある程度の戦略や状況把握能力は備わっている。それを補うのが兵役になるが、兵役を実施しているかは元の世界でも一部であったうえ、日本では行われていない。俺がそこまでの知識を持っていないため、最低限の水準があるのか、それとも能力がある人間を取り立てるのか全く分からない。
だが、相手の国が本当に強い国であることはよくわかった。
「どうにかしないといけないんだよな。」
俺は手に力を入れて、太陽を見た。