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オーブリーと情報

 朝起きるとカーテンみたいな布を開けてみる。そこには太陽が2つある。やはり、異世界だったと思い至る。さて、周りを見てみると芋虫が俺の足にへばりついていた。俺の視線を感じた芋虫は糸を使って俺に挨拶をする。足を動かすと痛みがなくなっていることに気が付いた。予想以上というよりもかなりの特効薬に近いのだろうか。俺が足で立とうとすると違う芋虫が俺の顔に向けて糸を吐く。足に違和感がある。布団をはぐってみるとそこには変色した足があった。夜通し治療をしてくれたのだろうか。


「すまないな。だいぶ楽になったよ。」


俺が芋虫に感謝しているとドアを開けてシュウコが入ってくる。


「おはようございます。傷はつながったとはいえ無理をしてはいけません。彼らの糸は縫合するには高い効果を発揮しますが、血や筋肉などがすべて治ったわけではありません。今日は安静にしておいたほうがいいでしょう。と私が言っても説得力はありませんか。これからあなたを会議に連れて行かなくてはいけませんからね。」


 心なしか、彼の声は昨日よりも暗く聞こえた。彼は水と紙を持っているらしい。そして、この小屋にある1本の棒を持ってきた。その棒を俺に手渡し、水をテーブルの上に置く。


「とりあえず、その棒を杖代わりにしてください。起きて早々、申し訳ありませんが、ウァルガ王から勅令が下りました。わかっていると思いますが、あなたはまだヴァルガ王に臣下の礼をしているわけではありませんので拒否をすることができます。拒否をした時点で殺されると思いますので実質の拒否権はありませんが。」


 彼が言っているのは勅命であるからだろう。ウァルガからの勅命を拒否することはできるが、拒否してしまうとこの国から出ることになる。近くに国があるかわからないがその国ではこの国が動物であることを国が隠ぺいしている。それを考えればここで拒否したら俺は殺されることになるのは当然だ。しかし、シュウコははっきりと明言したな。隠しても意味がないと思ったのかな。シュウコは俺を見ながら話を続ける。


「ただ、私の気持ちを申し上げます。私はこのようなやり方は反対です。カツナリもよい印象を持ちませんし、こちらにも罪悪感が残ってしまう。普通は勅令なんか出さないのですよ。精々、勧誘ぐらいです。ただ、ウァルガ王並びに各種族長が言っているのです。戦争の息吹が近づいていると。」

「それはただの勘ではなかったのか。オーブリーが言っていたように証拠はあるのか。いかに動物の君たちが戦争の息吹を感じたとしても人間の俺は信じることができない。」

「そうでしょう。私はあくまで文官です。そういった超能力的なものは信じませんし、客観的な事実に証明されているものを吟味して動かせしていくのが、上に立つ物の責務であると思っております。…、しかしながら、同時に我々は動物でありました。それも事実です。私にも一定程度勘が備わっています。今回の勘は私が感じただけではありません。」

「戦争が近いことを知らせている。」

「はい。今では部族長だけではなくこの森の動物すべてが戦争の息吹を感じています。」

「それは私も保証しよう。」


 オーブリーの声が聞こえる。この部屋には居ないようだが。


「屋根の上からだ。君のことを監視させておいたのさ。いかにヴァルガ王と言えど、すべての部族を見て回ることはできないからな。ある程度は自分で身を守らなくては駄目だぞ。君は人間なのだからな。」

「わかった。しかし、オーブリーは今回の戦争について何か知っているのか。」

「もちろんだ。情報収集は俺の部族と鷲族、猫族の合同の作戦だったからな。部族が持ってきた情報はそれぞれ違ったが、すべて相手の国が攻めてくることを示唆しているものだった。確実にここを滅ぼすつもりだろう。人数の選定を今やっているところかな。どうしても早いと言っても2~3日は情報が来るまでには時間がかかってしまう。」


 思っている以上に情報収集はしているようだな。時間がかかってしまうことは仕方がない。むしろ、今までいた世界が早すぎたのかもしれない。これで何とか相手に先手を取られることを防ぐことができそうだ。できれば、せん滅ではなく撃退としたいところだが、そこまでうまくいくだろうか。この世界の戦いを見たことがないので作戦も何もないが。


「ウァルガ王はあなたを戦争特別軍師に任命するという内容が書かれています。残念ながら我々には大局的な見方ができる物はおりません。ウァルガ王は政治の場面で冷静にいられますが、戦争になれば冷静にいられません。ほかの物も同じです。動物として生きてきた我々にとって、思っている以上に理性で動くことは難しい。」

「わかっているつもりだ。人間も理性でいつも動いているわけではない。俺もそこまで冷静に入れるかわからないさ。でも、君たちよりはましな部類なのだろう。とりあえず、引き受ける。」

「…本当に大丈夫なのですか。カツナリ、あなたは平和な国で育ったように思えます。この間の戦いも聞きましたが、思っている以上に戦い慣れていない。いかに軍師とはいえ、そのような方がなることに少し不安を覚えます。もちろん、頼んでいて失礼だとは思いますが。ヴァルガ王も基本的には寛大な動物ですが、冷静さを失えば手に負えない野獣です。ゆめゆめ忘れないように。」


 そこまでシュウコが注意をするということは思っている以上にヴァルガ王は強いということか。それとも冷酷ということが言いたかったのか。どちらせよ、ヴァルガを怒らせることはよくないことは覚えておこう。


「シュウコ、心配は当然だが何事も初めてがあるはずだ。今回はこの国で初めて軍師になるということだ。責任感がないと思われるかもしれないが、しっかり頑張るとしか言いようがない。」


 俺はしっかりとシュウコの眼を見て言った。彼の眼からは不安とおびえ、驚きが入り混じっている。宰相である彼は俺の役職を一番理解しているだろう。下手すれば万の敵を討ち、万の味方を失うこともある。


「そうですね。しかし、今のあなたに全軍を預けていいという方はほとんどいないでしょう。むしろ反抗する動物たちが多いのはわかっていることですね。私の方でも圧力をかけておきますが、一番効果があるのはあなたが力を示すことです。力を示せば彼らも従わなければならなくなります。一旦、従えれば動物は割と単純です。」


 やることはあるが、まずは整理することが先決である。

 どのくらいの動物がいるのか。頭数と部族の種別、その中の特徴。これがわからなければ軍隊を組織することができない。しかし、今はそれをやっている暇はない。族長を覚えるだけでも大変な上、その先の派生している複数の部族まで把握することはできない。それよりも攻めてくる国の情報を集めるのが先である。


「まずは戦争を起こしそうな国に斥候を派遣すべきだ。」


 シュウコはその言葉に眉を動かした。オーブリーが言っていることが正しければ、この情報には比較簡単に手に入るはずだ。それと以前の戦いの全容を聞けばこの国の戦い方が分かるだろう。


「それは私から話をすることができません。以前にもお伝えしましたが、この国には人間を嫌っている部族がほとんどです。しかし、それは精神と反対の恐れがあります。」

「反対とは。」

「人間を恐れているということです。」


 人間を恐れる…。もしかして、あのカメレオンが襲ってきたのは潜在的な精神の影響があるのだろうか。あの様子を見るにはそこまでの恐れを見て取れなかったが。


「もちろん、恐れているのは武力を持たない物です。実際に人間を討ち取っている物は人間がそこまで強くないことを知っています。ただ、集団で襲ってくると勝てる可能性は減ってきますけど。私も人間を討ち取ったことがあるので、カツナリとも眼を見て話すことができます。人間を知らない物はカツナリにとっては危険です。」


 問答無用で襲ってくるとでもいうのだろうか。彼らには悪いがそれは乗り越えてもらわなくてはいけない。もうすぐ、人間が侵攻してくるこの時に人間が怖いだの、恐ろしいだの言っていられないのだ。


「人間がここで生活するのには細心の注意を払わなくてはならないことは十分によくわかった。シュウコ、それを踏まえて話をするが、ヴァルガのほかに命令を出せる動物はいるのか。もし、ヴァルガに何かあった場合、以前と同じように敗走する恐れが出てくる。」

「残念ながらいません。ヴァルガ王はそこも踏まえて考えて話をしておられたように感じます。指示系統がややこしくなるので、カツナリがヴァルガ王に進言をして、ヴァルガ王が指示を出すという形でしょうか。カツナリが認められるまではそのようにするしかないでしょう。」


 そのような指示の出し方ではいろいろな部族から恨みを買いそうな気がする。


「そうか。その形ならなんとかはなるか。しかし、現状で情報がないのは問題だな。族長を説得しようにも情報が何もないのでは何もできないだろう。」


 俺は上を見上げた。蜘蛛はいろいろなところをのさばっている。いや、言い方が悪いか。昆虫はどこでもいるものだ。害虫としてみる昆虫と益虫としてみることができる昆虫。今後は益虫が多くなるだろう。

 昔は嫌いだった芋虫も足を治してもらってからは感謝するが、嫌うことなどは絶対にしない。自分の世界観が徐々に変わっていく不思議な感覚がする。そういえばこの感触があったのはどんな時だっけ。

 芋虫が俺に向けて何かを噴射した。俺が芋虫を見てみると首をかしげている。心配してくれているのだろうか。それとも感謝の言葉が足りなかったかな。何だろうか。


「すまないな。足の怪我はだいぶ良くなったよ。ありがとう。でも、会議では出ないといけないからね。気を付けていくよ。」


 芋虫は糸を噴射した。まるで、わかったとでもいうように。いつかは会話ができればいいのだが。そうか。何も話すことを前提で組み立てをしなくてもよかったのだ。俺は芋虫を指さした。


「俺が必要なのは情報。そして、情報を伝えることができればいい。それだけのこと。」

「しかし、あ…。」

「この芋虫のように言葉はいらない。あくまでも今は戦争を起こす気があるのか。どのくらいの人数が組織されるのか。それはどこの国が派兵する予定なのか。一旦はある程度の情報があればいい。芋虫に頼めばこのくらいの情報は手に入る。まずはこれを念頭に組織すればよい。それに彼らの同族であれば言葉くらいはわかるはずだろう。全く問題ない。今すぐにその物たちの候補を作ってくれ。」

「その必要はないよ。僕の方から情報を提供しよう。すべて集めようとしても今からでは間に合わないはずだよ。」

「オーブリー、そこまで戦争が近いのか。」

「近いよ。間違いなく近い。君が迷い込まなければ今は軍隊を組織しているはず。」


 軍を組織するまで近いのか。本当にもう少しで人間の国から軍隊が派遣されるところまで来ているということになる。オーブリーやヴァルガが言っていたのは俺を怖がらせるために言っていると思っていた。しかし、本当か。


「人間は現在、10000の兵を組織している。これは太陽が10回沈んだぐらいの話だから、今はこれ以上に増えている可能性もある。最新の斥候は5回前だから、もう少ししたら最新の情報が届くだろう。多くは馬に乗っていたらしい。今までのように歩きの兵隊はいないようだ。遠くの敵を倒す武器も持っていない。」


 軍を組織する時に機動力の問題と兵站の問題は出てくる。機動力が早ければ戦場に早く到着し準備ができる。その上、兵站が少なくて済むため負担が少なくなる。しかし、そのような都合のよい軍隊はなく、歩兵は必須となる。

 彼らが騎兵だけを用いる理由は何だろうか。さすがに10000の騎兵をそろえるなんてなかなかできる物ではない。歩兵がいないことから、国力の1割以上にはなっているはず。俺が思っているよりも大きな国だったらこの前提が崩れてくるが。


「オーブリー、もう少し詳しい話を聞かせてほしい。会議場までここから徒歩だろう。その間でできるだけ多くのことが聞きたい。」

「もちろん、大丈夫だ。シュウコも問題ないね。」

「蜘蛛族長のオーブリーが言うのであれば私は何も言えません。」


 シュウコはなぜか渋い顔をしていた。それがなぜかわからないが。何かまずいことでもあるのだろうか。


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