蜘蛛との同盟
オーブリーはシェイラを見ていた。彼女はあの戦い以降変わってしまった。感情が抜け落ちているような印象を受けていた。しかし、今の彼女を見ると戦いの前とはいかないが、身内が死ぬ前までに戻っているように見える。
「オーブリー、あなたが何を考えているのか私にはわからない。そして、カツナリがどのような結論を出すかもわからない。でも、分かっているわね。あの時のことを忘れたわけではない。」
「もちろん。あの時はどうなったのかわかりませんが、ひどくやられてしまいました。緒戦での勝利はすべて誰かが仕組んだものだと確信させるようなものでした。あなた方はそれ以上にやられていましたね。私の妻もあの戦いで死ぬようなことはなかったはずでした。本当に残念です。」
「ええ。悲惨な戦いだった。でも、今考えれば、私たちも同じようなことをしていたのが分かった。ただ、敗けていなかっただけ。」
そうですね。私たちもあの時は混乱していた。今ではあり得ない失敗をしている。すべての失敗を私は覚えている。彼らの犠牲を無駄にしないためにも。そして亡き妻の死を無駄にしないためにも。だからこそ、我々が手を取り合うのは当たり前ですが、ないものが明確にわかっているだけに私たちは蜘蛛族だけで話し合いを続けていた。
「その苦しみを彼にも味合わせるつもり。」
「彼がその器かどうかわからないね。しかし、彼は人間。人間の世界に紛れ込むことができる。それだけでも十分に戦力になる。我々の特殊な見張りをつけることができますからね。どちらにしても、こちらにも利益があります。」
彼の能力を見極める必要もありますけど。彼には悪いのですが、それぐらいのことはしないと本当にこの国は負けてしまいます。それも早いうちに。人間界もよくわかりませんが、こちらに目を向けつつありますからね。対策を話し合う時間があるかどうか。
「オーブリーさん、シェイラ、結論が出ました。中に入ってください。」
彼の表情を見ると本当に決心がついたみたいだね。彼がどのような世界から来たのかわかりませんが、彼は重荷を背負うことになる。ヴァルガ王もああ見えて食えない王様であり、器の大きな統治者です。彼が迷い人を使わないことはあり得ない。まあ、その国でもそうですかね。さて、彼の話を聞きましょうかね。
シェイラさんの表情が気になりますが、ここからではわかりませんね。いい方に感情が動けばいいのですが。
「オーブリーさんと手を結ぶことにしました。」
「そうですか。それは幸先がいい。私も歓迎します。私たちもこれで一息つけるでしょう。」
「はい。どう一息つけるか知りませんが。」
オーブリーは俺の方を見ていた。
「あなたの名前は。」
「釘嶋勝成。」
「では、カツナリと呼びましょう。あなたはどうして…。いや、やめておきましょう。」
さて、ここからが異世界での俺の人生の始まりだ。
「そろそろですかね。」
「それよりも私との話が先。」
「ん。」
シェイラが俺に話しかけるのは珍しいようだ。オーブリーがこちらを見ている。
「オーブリーと手を組むのはわかった。それはカツナリの判断だからそこはあなたの判断を否定しない。でも、確認をしないといけないことがある。」
「シェイラ、心配をしないでほしい。ヴァルガ王と敵対することはないさ。彼にはこれからも助けられるし、助けることもあるかもしれない。」
「そう。なら、大丈夫。」
オーブリーが少し顔を傾けている。何か今のやり取りで不可解な点があったのだろうか。
シェイラは単純に確認をしたかっただけだろう。
「これからどこに向かうのですか。」
「もちろん。王宮。でも、ゆっくりでいい。あなたの足では速く歩くことはできないだろうから。馬に乗ることにするけど、そこまで早くはいかない。夕方に着けばいいなと思っている。」
「そうか、君は足を怪我していたのか。それで動きが悪かったのか。その上、小屋からは血の匂いがした。少し同族のものが警戒をしていたからね。じゃあ、ゆっくり進むとしよう。しかし。」
「わかっている。今回は前のように戦いにはならない。ヴァルガ王も通達を出している。」
以前は通達を出す暇がなかったのか。それとも反発したのか。前者だろうな。あのカメレオンはそのようなことを言っていた。ヴァルガ王の統制というよりも人間に対する憎悪のほうが強いと思われる。
軽快な音がして馬が走ってくる。
「随分と小さいですね。」
大きさはポニーぐらいの小さな馬である。
「大きくしても乗るのが難しいだけ。ただ、この馬は体力には優れている。性格もおとなしいから戦いには向いていない。でも、農耕などの作業には向いている。残念ながら彼らの種類にはしゃべることのできるものはいない。少し残念だけど。」
「かわいい馬だな。仲良くできそうだ。」
「悪いけど先にいっているよ。一緒にいると無駄な争いが起きそうだからね。」
オーブリーは木の上に上がっていく。俺に手を振っている。その周りには無数の蜘蛛がいる。大小も含めて。
「人間とは違って動物は様々な個体がいる。種族間だけではなく時には新種が生まれることも少なくない。人間はよく希少価値の高い動物を守りたがるらしいけど本当はおかしい。普通の種族がいるから、希少な動物が生きていられる。もちろん、差別されることもあるけど、この国はそのようなことはない。個体の数が少ないから、そんなことは言っていられない。ただ、そのことも頭に入れておく必要がある。個体によっては新たな能力や習慣をもつことがあるから。」
動物の世界も情報を常に手に入れていないと生活が難しいだろう。しかし、蜘蛛族とかは把握が困難だな。どうにかして種別ごとにまとめないと管理しきれないな。オーブリーには頼もう。
「覚えておくよ。それよりも馬を固定してくれないか。まだ、足が痛む。」
「わかった。」
馬に乗ってみたが思っている以上に安定がいい。背が低いからか、それとも骨格がしっかりしているのか。これであれば簡単に乗ることはできる。
「いいみたいね。じゃあ、行く。カツナリはそのまま乗っているだけでいい。でも、足場が悪いこともあるから、手綱は離さないようにして。」
「わかっている。それよりもこの手綱は。」
「人間からとった。これで乗ると体が安定して乗馬が楽になる。今では自分たちで作っているけど、昔はすべて人間の物だった。」
思っている以上に人間界のものは浸透しているのかもしれない。
俺は今後を考えると新しいものを取り入れようとする動物たちの意気込みに並々ならぬ決意が見えた。