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初めての決断

シュウコとシェイラが出ていき、俺は外に出ていた。夜の月は2つある。やはり、ここは異世界なのだ。俺ができることは本当に少ない。俺は本当にこの世界で生き残り、この国に貢献できるのだろうか。

 

その時、ウァルガも同じように中庭に出ており、月を見ていた。


「シェイラでもあの戦いの時には動きが止まっていた。しかし、カツナリの体は動いており、致命傷を回避することができたのだろう。彼の行動が偶然でないのであれば、彼には何か力がある。そういうことになるな。」


 しかし、人間がこの国で生活、戦いに参加することは容易ではないだろう。俺自身もこの国をまとめたときには犠牲が伴った。一族の半数はなくなったのだ。屈強と言われる戦士たちが。人間との戦いではそれよりも多くの物がなくなったが。そのことを忘れてはいけないとはいえ、人間を恨んでいないとは言えない。むしろ、恨んでいる。だからこそ、あの男がカツナリを襲ったことも理解できるのだ。


「本当に大変なのはここからだな。この国が発展するためには彼の力が必要であり、彼の力なしには人間の国と対等に戦うことはできないだろう。我々には人間の基準というものが分からないからな。」


 ただ、彼を認めさせるにはそれなりの戦果もしくは理由がいる。現在の状況では人間をこの国の軍事に登用するのは難しい。もしかしたら、人間がこの国で生活するのも難しいかもしれない。


「それでもあいつは何とかしてしまうような気がするが。とはいえ、あいつを援護してやらなければ何もできないだろうから。さて、この後も忙しくなりそうだ。」


 ヴァルガはもう一度月を見て皇宮に入っていった。




俺は一晩寝た後、小屋の探索をしていた。以前のように魔法だけではなく、種類別に書類を纏めて情報を収集するためだ。しかし、乱雑においている上、紙は品質が悪いため破れやすい。俺は慎重に紙を退けていた。もちろん、左足は怪我をしているままなので、思うように進まない。


「カツナリはもう起きていて大丈夫なの。左足は深い傷だったけど。」


扉の向こうにはシェイラが立っていた。彼女は昨日とは違い、ここにいた研究者と同じ格好をしている。俺から見れば貫頭衣の服なので、清潔感のある服を着た村娘にしか見えないが。


「大丈夫ではないですが、ここで力を示す以上じっとしているわけにはいきませんね。まあ、ここの書類を整理したところで役立つ情報が得られるかわかりませんけど。」

「その考え方はよくない。もう少し肩の力を抜いて探すことが重要。なんとなくやることではなく、ゆっくりと慎重に間違いなくやることで情報は整理される。時間はないかもしれないけど急いでやる必要はない。」


 シェイラの言う通りだった。肩の力を抜くことは置いても、急いでやる必要はない。当分はここで過ごすのだから丁寧に情報を整理すればいい。


「その通りですね。ありがとう、シェイラ。」

「うん。その感じでいい。でも、カツナリは今足を怪我している。カツナリは座っておいた方がいい。今後、足が使えなくなると不便だと思う。私が書類や本を持ってくるから、ここに座っておいて。」


 そういった先にはベッドがあった。俺はベッドに腰を掛けて、書類を見ていく。どうやら数字が書いているらしい。これがなんの数字かわからない。


「明らかに不明なものはここに置いて。あとで移動させる。」

「頼む。」


 俺は別の書類に手を付ける前にシェイラに話を聞く必要があった。


「シェイラさん。話をしても大丈夫かな。」

「シェイラで構いませんが、何でしょう。」

「シェイラ、ここにいるのは任務でいるのですか。」


 シェイラはこちらを少し見て、書類を運び始める。15冊程度はありそうだ。


「任務でいる。私は何でもできるような自由にできる立場ではない。ただ、任務と言っても監視ではなくあなたの経過観察。特に体調が悪くないかどうか見に来るように言われただけ。人間が住んでいたことはあっても研究者だけの上、傷を負ったこともなかったから何か異変があればすぐに知らせるように命令を受けている。」

「そうか。」


 俺は少し安心をしていた。監視であるならば相手は敵意を持っていることが多い。監視は行動を把握するのはもちろんのこと、交友関係なども調べられるため、好意的とはいえないだろう。しかし、任務とはいえ、彼女は素直に教えてくれたな。教えるように言われていたのか。

 どちらにせよ、ヴァルガとシュウコ、シェイラは俺の味方とみていいだろう。彼らがいる限りは俺をすぐに殺すことはできないだろう。

 すぐではなければ今考えることはないな。とりあえず、目の前の書類を片付けるべきだ。


「人間というのは年齢とともに理性が成長する。ただ、この研究では動

物にも理性があることが分かった。知っているかと思うが、動物もし

つけをすることによって命令を聞くことがある。それを踏まえれば、研

究の過程で動物が理性を手に入れる可能性がある。人間とどのように成

長の変化があるのかを調べていきたい。まずは」


 たまたまではあるが見つけたようだ。この研究は動物に理性を手に入れさせるための研究である。それはわかったが、前後がないため目的と目標が不明だな。本当に何のために理性を動物に付随させる必要があったのだろうか。しかし、それがここにいる動物などのように知識を持ちえたとは考えにくい。


「見つかったの。」

「ええ、見つかりました。ただ、前後はなくて研究の一部内容が分かっただけです。他の資料もください。ここで何かわかるかもしれない。」


 シェイラが窓に目を向けていた。俺は何も感じていないが、彼女は何かを感じたのだろうか。


「どうかしました。」

「うん。昔の空気と同じような空気を感じたから外を見ていた。今は何もないようだけど、油断はできないわね。」

「昔の空気とは何ですか。」

「動物の縄張りが変化する時の周辺の空気の変化よ。詳しく聞きたい。」

「いずれは聞きたいですが、今はいいです。それよりも次の資料をとってください。」


 俺にできることはやはりないため、資料を読むことにする。縄張りも覚えなくてはいけないが、それよりも今は資料が先である。


   「私はこの研究を名付けることができなかった。私がこの研究に参加

したのは最近だが、もとよりあり得ない所業の上にこの研究が成り立

っていると知っておかねばならない。人間の行為がすべて善と決めつ

けている上層部には腹が立つが、それもすべて研究のためであること

にしたくはない。よって、私はこの現場に立ち会い観察することによ

って経過を見ているのである。」


「ごめん。やっぱり何かあったように思う。」


 俺はシェイラの言葉を聞いて顔を上げた。


「ここから移動するのか。」

「いや、移動はしないけど、私が少し離れなくてはいけない。どうやら、各部族が動いているみたいだから、カツナリも呼ばれるとは思う。もちろん、会議の場で。」

「そうか。会議の場で俺が殺されないように決議をとるということか。」

「あの王がそこまでは考えてくれないので、自分で何とかしろって感じだと思う。」

「それは非常に不安だな。俺は人前で話すのが苦手だし、説得するのも得意ではない。」


 それはともかくとして、着替えなくてはいけないのかな。さすがに会議の場でこの貫頭衣はよくない。研究者としてはいいだろうが、俺個人としてはあまり好きではない。

 俺がそんなことを考えていると、別の場所から地響きが聞こえていた。馬の音のように聞こえるがどの動物なのだろうか。


「あの部族も参加するのか。一度も会議に参加している部族が。周りの部族がなんていうか。恐ろしいな。」


 シェイラが動揺している。どの部族かわからないが、彼女はその部族を恐れているようだ。


「会議というのはこの国の部族が参加するのか。」

「うん。けど、この会議はかなり荒れそう。正直、いつもの会議とは全く異なると思う。別の部族も参加するけど、すべて参加することは今までなかったから。」


 ヴァルガも一枚岩ではないということだろうか。彼自身は統率してそうな印象を受けていたのだけどな。どうやら、厄介なことになっているようだな。


「動物の世界は割とややこしくて、合わない部族が多い。それを纏めてきたのかヴァルガ王。ここ10年で8割の部族を従えているのはありえないこと。縄張り争いをする以上仕方ないけど、統一するのは力だけでは無理。」


 話し合いでは解決できないのだろうな。仕方ない部分もあるとはいえ、話し合いで解決できないのは俺にとって痛手である。武力では確実に負けるため、別の部族に協力を求めなくてはいけないからだ。相手から見れば俺が従えているではなく、配下になったとみられてしまう。どこかの部族の配下になったほうが安全であるが、動きがとりづらくなる。

 しかし、動物の縄張りというのも難しいものだ。早めに縄張りの位置を覚えなくては無駄な争いが起こってしまう。


「しかし、強さが一番であるのは動物の中では当然でしょう。強ければ統率することも可能でしょう。」

「そうではない。そもそも部族が違う以上、統率の仕方や統制のとり方などは部族によって違う。それを纏めるのは難しい。」


 まあ、人間でも民族の違いなどもあるしな。分かり合えることは少ないのかもしれない。どちらにしてもまとめているヴァルガは王の器を持っているということだろう。ヴァルガにどれほどの忠誠を誓っているか判断する必要はある。


「そうか。僕としては彼に忠誠を誓うつもりはないです。この国を発展させるために尽力しようと考えていますから。あなたのご希望に答えられるかわかりませんが。」

「もちろん、できればヴァルガ王に仕えてほしいとは思っている。忠誠を求めるのはあなた自身も彼を見てからにした方がいい。人によっては合う合わないがあるから。」


 さて、音が大きくなってきているのは気のせいなのか。蹄のような音が聞こえてきているように思うが。


「まさか、この時期にここへ来るのか。」

「いや、分かりやすく説明してください。誰が来るのですか。」

「蜘蛛族だ。彼らはあまり素行が良くない。」


扉が開かれて手のひらサイズの蜘蛛が声を上げている。


「私が蜘蛛族の長をしているオーブリーという。迷い人よ、今後よろしくな。」


俺はあっけにとられて何も言うことができなかった。



 蜘蛛は俺に対して手を振っている、いや、振っていないのか。俺に対して手を伸ばしている。しかし、彩豊かな蜘蛛である。目は黄色。体の胴体が赤、手足は青。触角は紫。日本で見たとすれば確実に毒蜘蛛である。


「えっと、そのオーブリーが僕に何の用です。」

「ちょっと。」


 シェイラは俺の前に立った。


「さすがにシェイラはわかっているね。私は毒蜘蛛だから、彼が触ったら毒に侵されるね。だけど私も含めて一族は好んで毒に侵させようとはしないからね。今回も彼にはそのようにするつもりもないし。」

「それはあくまでも自己申告に過ぎない。私は彼を守る役割を担っているから、この場での握手は駄目。」


やはり毒はあったのか。

昆虫でも外敵に襲われない限り、毒を出さない昆虫も多くいる。臭いにおいがするカメムシなんかが良い例だろう。彼らも何もしなければ臭いにおいはしないのである。


「どちらにしても、話があってここに来たのでしょう。ただ、気になるのは僕のことをどうして迷い人とわかったのですか。」

「それは簡単なこと。どこかの馬鹿が客人を傷つけたと聞いてね。少し調べてみたらわかったさ。人間がここにいるわけがないからね。」


 しかし、なぜ迷い人という種族というか種類を知っているのだろうか。


「話をしたいのは君と手を結びたいからさ。」

「手を結ぶ。」

「そう。彼の遺言に従ってね。」


 なるほど。研究者はすべてを隠して死んだわけではないようだ。



 蜘蛛のことはわからないが、研究者が何かを残そうとしたようだ。ただ、気になるのは蜘蛛に遺言を残すというのはどうしてだったのだろう。


「シェイラ、オーブリーは研究者が遺言を残したと言っているが、君は何か聞いているか。」

「いや、聞いていないけど。シュウコなら何かしているかもしれない。」

「そうですか、一度確認をする必要がありますね。申し訳ないですが、オーブリーの言うことは信じることができません。今日はお引き取りを。」

「それがそういかなくてね。できるだけ早い方がいいのだよね。」


 …。彼らは何を考えているのだろう。蜘蛛は焦っているようにも見えない。現在の俺と手を合わせてできることは少ない。


「今のままではあなたと手を結ぶことはできないです。」

「…ほう。我々と手を組めないというのか。君には利があると思ったが。」

「そこですよ。僕には利が多くある。しかし、あなた方には利があるようには思えない。あなた方にどのような思惑があるのかわかりませんが、利が分かるまでは組みませんよ。」

「案外、慎重だね。もう少し大胆な男かと思ったよ。こんな国に現れるぐらいだからね。」

「現れるところは選べなかったですよ。」


 自分で選ぶような国ではないだろうな。人間がいない国を選ぶほど逆境に身を投じたくはない。


「そうか。時間がないというのは本当だよ。実は君と手を結ぶことで利があるのだ。」

「だから、それは。」

「シェイラを見ればわかるよ。」


 シェイラは難しい顔をしている。そういえば、ヴァルガは。


「ああ、そういうことか。ヴァルガに従っていない部族の1つということか。」

「そうだ。彼には大きな力が集まっていることもあるけど、昔から我々はヴァルガと対立していてね。すぐには従えない。君とヴァルガが対立するかはわからないけど、ヴァルガには従えないから君と手を組むことで孤立感を薄めようとしているのだ。意味があるかと言われれば難しいけど。それに君が出世すれば影響力が大きくなるし。どうかな。」


 影響力はそこまでないような言い方をしているが、影響力は大きいだろう。それにヴァルガは俺を従えようとはしないはず。それを考えれば蜘蛛族は身の保証が約束される。しかし、俺は蜘蛛族に影響力を持たされるが、その分、彼らを優遇し、丁重に扱わなくてはならない。ある意味、重荷になってしまう可能性が高い。彼らは彼らで俺に協力姿勢を常に見せておく必要がある。俺がヴァルガに丁重に扱われているのであれば、その俺を見捨てれば彼らが討伐をする口実を作ることになる。


「すぐに決めることができないです。」

「苦しい決断を迫っているのは確かですが、早く決めていただきたい。会議の場で発言をするのではなく、別の形で圧力をかけたいのです。」


 シェイラはこちらを見た。


「オーブリーが言っていることは本当。でも、決めるのはカツナリ。私の立場ではあなたを止めるのが任務だけど、命がかかっているのであれば無理強いはできない。むしろ、あなたの決断を尊重すべき。」


 ここら辺が人間と少し違うところである。人間であれば自分の利を優先するが、動物はそのものの命を重要視する。


「少し1人にしてほしいです。決断はすぐにします。」

「わかった。会議に召集はされているが、まだ時間がある。少し考えて。」

「できれば君と一緒に会議に行きたいね。」


 シェイラとオーブリーは外に出ていく。俺は窓を見ていた。早速、決断を迫られると思わかなかった。彼らは俺を天秤にかけている。政治の力関係を崩すために。

 こんなことは日常に行われているが、自分がこんなことにまきこまれるとは思わなかった。


 今回の本当の利は蜘蛛族を運用できることにある。戦争や抗争が起きたとしても彼らの存在が大きいだろう。ただ、問題はそこではなく彼らがどんなことができるかによるのだ。一番武功を上げやすいのは奇襲や情報収集ではなく、敵大将を討ち取るほどの武力である。国内外にはわかりやすい武功となる。動物ではなく、昆虫ということを考えれば一番の武力というものは期待できない。彼らが得意とするのは城や防御など、どちらかと言えば守勢の形だ。昆虫の中でも待ちが長い。


「今後活躍ができるが、それはあくまでも領地を拡大した後の話。その前にどのように活躍をするのか。」


俺は何かに袖を引かれるのを感じた。



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