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眠り姫の隣に。

作者: 瓶覗

書いてる途中で迷走し始めた気がしていたけど、始めから迷走していたかもしれない。

 数百年間対立、戦争を続ける二つの国があった。

 片方は、シュヴェーアト。武術を重んじる国である。片方は、ベシュベールング。魔法を重んじる国である。

 歴史、文化、重んじる物の違う二国は長く戦争を続けていたが、近年は魔物の数が急増、戦争の継続は困難と判断し、停戦協定を結んだ。

 戦争が再開されぬよう、平和の象徴として二国の国境線に一つの街が築かれ、その街の統治者としてシュヴェーアト国第三王子リオートと、ベシュベールング国第四王女フィオーレが婚姻することとなった。

 数か月前まで敵だった者との政略結婚であり、実質人質であった。


 シュヴェーアト国は武術を重んじ、王族が前線にあって戦う国である。王子であるリオートも幼少期から剣の稽古に明け暮れ、戦争時は大きな功績を残していた。

 その容赦のない戦い方と、何人の人を殺めようとけして揺らぐことのない氷のように冷たい瞳から、冷徹な氷の王子として知られていた。

 一方、ベシュベールング国は魔法を重んじ、王族は神の使いであるとして、人前に姿を見せることは多くない。

 故に、フィオーレの名も記録としては存在するが、その姿を見たことのある者はほとんどいなかった。


 二人が城に入り、二日が経った。

 この日は、夫婦となった二人が顔を合わせる日であり、供は一人のみとしていた。

 リオートは、母国シュヴェーアトから連れてきた近衛兵を連れ、フィオーレが居るであろう部屋に向かっていた。

 そしてその部屋に入り、リオートが見たのは一人のメイドが深く頭を下げている姿だった。


「申し訳ございません、リオート様に、お伝えしなければならないことがございます」


 開口一番、メイドは言った。

 王族の許可なく声を発することは、ベシュベールングでは禁止されていたはずであり、それを犯してでも伝えなければならない事だった。


「なんだ」

「我が姫、フィオーレ様は、呪いに掛かっております。その呪いにより、日に数時間しか目を覚まされないのです」


 この場に、姫はいなかった。メイドは、首をはねられるのは自分だけでいい、とこの場で告げることを選んだ。

 元々、街の運営は二国の優秀な人材と、リオートが行うことになっていた。

 目を覚まさないなら、邪魔にならないだろう、と。普通の政略結婚では「使えない」姫であろうと、問題はないだろう、と。

 ベシュベールング国は、この婚姻を厄介払いに使ったのだ。

 メイドは頭を下げたまま動かない。静かに、終わりの時を待っていた。

 リオートは、しばらくして口を開いた。


「……姫の目覚める時間は?」

「夕刻、五の鐘から八の鐘までにございます」


 リオートは、少し考えてから振り返った。そして自分の近衛に聞く。


「夕餉の時刻は?」

「夕刻、八の鐘からの予定です」

「七の鐘からにしろ。……無理にとは言わない。だが、出来るなら夕餉の席で姫に会えることを願う」


 メイドに向き直り、そう告げてリオートは部屋を出た。

 残されたメイドは、冷徹な王子の去って行った方を見て、その評価に首を傾げた。

 ベシュベールングの王族貴族より、暖かいではないか。と。



 夕餉の席は夕刻七の鐘に設けられた。

 その席に現れたフィオーレ姫は、呪いなど信じられないほどに美しかった。

 だが、リオートの姿を見止めると、その美しい顔を悲しげに歪めた。


「申し訳ございません」

「何がだ?」

「私のような者が、形だけでも妻になってしまって。……厄介払いに、使ってしまって」


 本当に申し訳なさそうに言うフィオーレに、リオートは向き直った。


「私は、あなたが妻だと聞いて安心した」

「なぜ……ですか?」

「私の上には、兄が二人いる。二人とも優秀で、誇れる兄だ。

だが、兄にとって私は自分の地位を脅かすかもしれない存在であり、邪魔ものだ。

貴女が厄介払いだというなら、私もだ。それならば、共に居たい」

「私の存在を、許して下さるのですか?」

「貴女は私の妻だ。それを、どうして許さないと?」


 そこから、会話は続かなかった。

 人前で涙を流すことが許されていなかったフィオーレが、退席したからだ。

 昼に部屋にいたメイドが、深く頭を下げて去って行き、リオートは食事を始めた。




 その日から夕餉は夕刻七の鐘からになり、リオートの職務が終わらなかった場合を除いて二人は食事を共にした。

 ベシュベールングでは食事中に話すことが禁じられており、それを知ったリオートは窮屈だな、と言葉を漏らした。

 母国のしきたりの一部から解放されたフィオーレは、その日に起こったことをリオートから聞くことが楽しみとなっており、時折食事の手を止めてはメイドに窘められていた。

 彼女の起きている時間は少なく、食事の手を止めることはあまり良い事とは言えなかったからだ。

 だが、メイドは窘めることも最小限にした。姫の楽しげな姿は久々だった。


 街の状態が安定し、急ぎ行わなくてはいけない事が軒並み片付いたある日、リオートは姫の寝室に向かっていた。

 部屋の前に佇むメイドに声をかけると、メイドは驚いたようにリオートを見た。


「姫はまだお目覚めではありませんよ」

「……やはり駄目か」


 妻とはいえ、眠っている女性の寝室である。

 入室は出来ないか、とリオートが踵を返すと、後ろからメイドの声がした。


「姫がお目覚めになったら、一度退室していただくことになりますが」

「構わない」


 メイドは扉を開けてリオートを部屋の中に入れた。

 柔らかな色合いで統一された寝室は、優しい花の香りがした。

 姫の眠るベッドの横にイスが置かれ、メイドは何かありましたら、と小さな鐘を置いて退室した。

 リオートは持参した本を読みつつ、柔らかな布に沈むフィオーレを眺めていた。

 その日、フィオーレは目覚めて初めに見た人物が自身のメイドではないことに驚き、寝顔を見られたことを恥ずかしがって怒っていた。

 夕餉の時もその怒りは収まっていなかったらしく、リオートはデザートを献上して許しを請うた。



 その日から、リオートは暇を見つけてフィオーレの元に現れるようになり、フィオーレのベッドの横には小さなテーブルとイスが常設された。

 そして、そんな日々が日常になった頃、メイドはあることに違和感を覚えた。

 それを相談する相手を考え、一人しか思い至らずその者の元を訪れた。


「おや、珍しい」

「お時間よろしいですか?」

「鐘一つほどなら」


 その者はリオートの近衛であり、彼が唯一自身で選んで連れてきた者だった。

 同じ境遇のメイドと近衛は時々情報を共有する仲になっていた。


「フィオーレ様の目覚める時刻が、早まっているようなのです」

「それは……良い事、ですよね?」

「ええ。これまで、遅くなることはあっても早まることはなかったのです。だから、確実に早まったと言えるまで、伝えずにいようかと思いまして」

「ぬか喜びはさせまいと」

「はい。……リオート様にお伝えするかは任せます」

「了解しました、では」

「では」


 人の来ない曲がり角で会話をして、終わったら別の方向へ。

 何か都合が悪い話をするわけではないが、そう決めていた。

 二人はそれぞれの主に最も近付ける存在であり、その二人が何か密談をしているのは、悪い方向に考えられかねないからである。


 メイドがフィオーレの部屋へ戻ると、中に気配を感じた。

 メイドとはいえ、魔法の国、ベシュベールングの出身である。多少の魔法は使え、メイドは気配の探知と悪意の検出に長けていた。

 中にいる気配からは悪意が全く感じられず、姫に向けられているのは愛おしそうな目線であった。

 ここしばらく忙しかったようだが、落ち着いたらしい。

 メイドは微笑み、茶を淹れに向かった。



 フィオーレの睡眠時間は、徐々にではあるが確実に短くなっていった。

 婚姻から四か月で、鐘一つ分目覚めが早くなり、そこから二か月でさらに一つ分早まった。

 日暮れが早くなっても日光を浴びられるようになり、よく笑うようになった。

 今までは時間がなく、城の中でも行ける場所は限られていたが、時間に余裕も生まれ、メイドを連れて城内を探検したりもしていた。


「少し、時間をくれないか?」


 身支度を終わらせたフィオーレに、リオートが言った。

 フィオーレが承諾すると、手を引いて城内を進む。

 ついた場所は、姫がまだ訪れていなかった中庭だった。

 そこには可憐な花々が咲き誇っており、中央にはテーブルとイスが置かれ、そこまでの道には花のアーチがかかっていた。


「姫は、花が好きかと思ってな」

「好きですが……なぜそれを?」

「身に着けるものに、花があしらわれているだろう?」

「よく見ていらっしゃいますね」


 フィオーレは微笑んで、髪飾りに手をやった。そこにも花があしらわれている。

 リオートのエスコートで庭園を進み、一周して中央に戻ってくる。


「ここの管理は?」

「庭師が三人ほどいる。季節ごとに別の花が咲くそうだ」


 何か見たい花はあるかと聞かれ、フィオーレは首を振る。

 ここに咲く花はすべて綺麗だろうから、と。

 その代わりに、フィオーレはリオートに向き直った。


「一つ、我がままを言ってもよろしいですか?」

「なんだ?」

「名前を、呼んでいただけませんか?私はまだ、リオート様の口から私の名が出てくるのを聞いたことがありません」


 予想外の言葉に、リオートは固まった。

 そして、困ったように手で口元を覆う。


「駄目、でしょうか」

「いや、そういうわけではないのだが……なぜか、躊躇ってしまうのだ」


 フィオーレから期待の眼差しを向けられ、リオートは微かに目を背けた。

 表情の変わらないリオートにしては珍しく、頬が少し赤くなっていた。

 珍しい変化にフィオーレは顔を覗き込み、スッと背を向けられてしまう。


「なぜですか!」

「頼む少し待ってくれ……」


 前に回り込もうとするフィオーレと、それを阻止しようとするリオートの攻防はしばらく続き、どちらともなく笑い始めた。


「おお」

「なんだ?」

「リオート様の笑っているお姿も、始めて見た気がします」

「そうか?……確かに、前に笑った時の記憶はないが」

「あら、私は偉業を成し遂げましたね」

「そこまでか」


 フッと笑うリオートには、冷徹な氷の王子などという呼称は似合わなかった。

 何か別の呼び名が付くべきだ、とフィオーレは思ったが、無理に付けるべきではないという結論に至った。


「ところで名前は」

「……覚えていたか」

「流石にそこまで馬鹿ではありませんよ」


 ふふん、と得意げに胸を張ったフィオーレの頭を撫でて、リオートは微笑んだ。


「フィオーレ」

「……思った以上に破壊力が……」


 今度はフィオーレが顔を覆い、リオートはさっきの仕返しだと覗き込んだ。

 攻防戦でクルクルと周り、そのうち二人だけの舞踏会のようになる。

 曲はなかったが、二人の息はあっていた。



 リオートが笑うようになり、フィオーレの睡眠時間はどんどん短くなっていった。

 眠りにつく時間も遅くはなったが、夕餉の時間は七の鐘で定まっており、その後に時間を持て余すようになっていた。

 その影響か、リオートの読んでいる本を少しずつ読むようになり、フィオーレに書斎の鍵が渡された。

 そんな日の事だ。リオートは夕餉のあと、フィオーレを呼んだ。


「どうなさいましたか?」

「家臣たちから、そろそろ寝室を共にしないのか、と言われてな」


 二人の寝室は別である。

 共に寝られる部屋も用意されてはいるが、フィオーレの呪いの影響で今まで使われていなかった。

 だが、リオートはフィオーレが眠るまでフィオーレの寝室に居ることも多く、それなら同じ寝室を使えばいいのでは、と言われていたのだ。

 元々、ここまで仲睦まじく生活するとは思われていなかった二人だ。

 寝室は別で用意され、そちらのみが使われるだろうと皆が思っていた。


「まあ、それは、中央の部屋ですね?」

「ああ」


 この城の中は、左右でシュヴェーアトとベシュベールングの風潮が強くなっている。

 二人それぞれの寝室はその左右に分かれており、二人そろっての寝室は中央に存在している。

 フィオーレは城内の探索中にその部屋を見つけ、こっそり中に入っていたのだ。

 いつか、使える日が来るのだろうか、と考えていたフィオーレは、リオートの言葉に目を輝かせた。


「リオート様がいいのでしたら、是非にでも」

「分かった、用意させよう」


 その夜、眠りにつく直前までメイドと話していた姫はひどく嬉しそうで、寝顔もいつもより口角が上がっていたらしい。

 翌日様々なものが移動され、室内で繋がっている衣装部屋に移されたドレスの山を見てリオートはしばらくその場に立ち続けた。

 笑いを堪えた近衛に声を掛けられ正気に戻ったリオートは職務に戻っていき、近衛は姫に「驚いていたのだ」とそっと告げた。後にそれが知られて軽い拳を食らった。



 寝室を共にしてからひと月が経ち、姫の睡眠時間は鐘一つ分短くなった。

 それでも夜、九の鐘が鳴るころには眠りについているため、リオートが眠る姿をフィオーレが見ることはなかった。フィオーレはそれを不満げにしていたが、それを知っているのはメイド一人である。

 ある夜、リオートが寝室に戻ると、とうに寝ていると思っていたフィオーレがベッドの上で座り、船を漕いでいた。


「……フィオーレ、寝ていて良かったのだぞ?」

「りおーとさま……おしごと、おつかれさまです……」


 言いながら眠りそうな姫の頬にそっと触れると、心地よさげに寄ってくる。

 しばらくそうした後、リオートはベッドから立ち上がった。


「着替えてくる」

「はい……」


 リオートが寝間着に着替えて戻ると、姫はもう八割ほど眠っているのではないかという様子だった。

 それでも、リオートがベッドに入ったのを認識して体の向きを変える。

 リオートが横になって手を広げるとそこに納まり、嬉しそうに笑った。


「熱くないのか?」

「りおーとさまは、たいおんがひくいので……」

「……そうだな、おやすみ、フィオーレ」

「おやすみなさい、りおーとさま」


 二人はそのまま眠りにつき、翌朝リオートが起きるまでその体勢だった。

 リオートは珍しく起きるのをためらった。

 色々と考え、近衛が不審に思うギリギリまでベッドの中にいることにした。


「おはようございます。いつもより幾分か遅いお目覚めで」

「斬るぞ」

「おお、こわい」


 近衛の軽口に適当に返すのはいつもの事であったが、今日はいつもより返事が緩い。

 近衛からそう聞いたメイドは首を傾げる。

 幾分かの殺気を感じたのは気のせいではないと思うのだが。

 近衛は返す。殺気があるのはいつもだ。あれは緩い方だ、と。


 しばらくして、街も城内も大きな問題がなくなった頃、リオートの近衛がフィオーレの護衛に付いた。

 この日、フィオーレのメイドはリオートの補佐に回っており、側付を交換した形になった。


「リオート様が氷の王子と呼ばれているのが、納得いかないのです」

「フィオーレ様と共に居るとき、王子は安らいでいらっしゃいますからねぇ」

「シュヴェーアトに居た時は、もっと冷徹だったのですか?」

「うーむ……シュヴェーアト、というより、戦場であの性格になられましたかね」


 中庭の中央に置かれたテーブルでティータイムを過ごしながら、姫と近衛は話をしていた。

 近衛はリオートが戦場に出る前、幼いころから側に居り、フィオーレが聞きたがるとリオートの幼少のころの話などもいくつか話した。ただし、リオートに知られたら鞘が飛んでくるから言わないでくれ、と前置きをして。


「リオート様の兄上のお話は聞きましたか?」

「二人、お兄様がいるとだけ」

「次男の方は、そうでもないんですがね。長兄の、王位を継承なさるであろう方がリオート様を疎ましく思っていらっしゃるようで」


 フィオーレのティーカップに二杯目を注ぎながら近衛は目を伏せる。


「シュヴェーアトの王は強くあらねばならない。なので、兄の王位継承に不満があれば、決闘を申し込み、勝てば王位を継承できるのです。兄上は、リオート様が決闘を申し出ると思っていたようですね」

「それは……ありません、よね?」

「ええ。リオート様にその気はなかった。次男の方は気付いていたみたいですね。ですが、長兄の方は脳まで筋肉でできておられるようで」


 近衛に、国への忠誠心はない。

 リオートの初陣が決まった時に国への忠誠は捨て、リオートのみに忠誠を誓った。

 故に、シュヴェーアトの次期国王には良い感情がなかった。正直言って、後ろから次男に刺されればいいと思っている。


「リオート様の初陣は、吹雪の日でした。敵も味方も見えぬ、何に出会わずとも死にかねないような悪天候でした。王族が戦場に出る国とはいえ、そう簡単に死ぬような所には行かせないのですよ、普通」


 リオートの初陣は本来、勝ちが濃厚な戦であるはずだった。

 それを長兄が歪め、リオートは何もなさずに死にかけた。

 近衛が事前に逃げ込める場所を見つけており、吹雪が収まってから生き残った兵をまとめ帰還したのだ。

 その時の長兄の表情を思い出すだけで近衛は笑いそうになる。


「その後も、酷い死地にばかり送られまして。何人殺めても目の色が変わらない、など、その程度で変わるならリオート様は生き残っておりませんよ」

「……貴方に、感謝しなければいけませんね」


 当時を思い出し鼻で笑った近衛に、フィオーレは茶請けのクッキーを差し出した。


「私が出会うまで、リオート様を守ってくださりありがとうございました」

「……ありがたく頂戴します」


 近衛は恭しく頭を下げてクッキーと受け取り、口に放り込んだ。

 質の高い、柔らかな甘みが口の中に広がった。


 その夜、やけにリオートの側を離れたがらないフィオーレを不思議に思い、翌朝リオートは近衛を問い詰め、その顔面に鞘を投げつけた。

 一方メイドもリオートに聞かれて色々と話したらしく、それを知ったフィオーレは一人書庫に籠りしばらく出てこなかった。




 フィオーレの眠りはどんどん短くなり、今は半日活動できるようになった。

 敵国との婚姻でピリピリしていた城内も、二人の仲睦まじい様子で今は明るくなっており、危険分子の排除も終わって穏やかな日々を送っていた。


 その日は良く晴れていた。

 リオートは前二日間に仕事を詰め込んで終わらせ、今日一日仕事はなく、フィオーレに声をかけた。


「遠駆けに出ないか?」


 事前にメイドには許可を取っており、天気がいいであろうこの日に誘うために仕事を詰め込んでいた。

 それを知っているメイドは微笑ましそうに目を細め、笑いを堪える近衛の足を思い切り踏んだ。

 フィオーレはその誘いに目を輝かせ、軽装に着替えるために部屋へ戻った。


「……良かったですね?」

「笑いを収めてから話せ」


 近衛は脛に蹴りをくらった。

 しばらくして戻ってきたフィオーレは髪を一つにまとめており、リオートはそれを見て一瞬固まった。

 近衛は堪らず吹き出し、メイドとリオートから攻撃された。


「夕刻には戻る」

「はい、お気をつけて」


 リオートの愛馬に二人で乗り、城外に駆けて行った背中を見送って、メイドは振り返る。


「まだ笑っているんですか」

「いや、もう、だめだ」


 殴られた程度では笑いは収まらないらしい。

 腹を抱えてヒイヒイ言っている背中を叩いて、メイドは城内に戻った。


「何がそんなにおかしいのですか」

「いや、戦場で少しの事で笑うようにしていたら、何事でも笑うようになってしまって……ふっふふ」

「はあ、早く治してください。もう戦場には出ないんですから」

「そうですねぇ……平和だなぁ」


 しみじみとそう言った近衛はメイドの後に続き、連れ立って仕事に戻る。

 最初は悪い噂になりかねない、と距離を置いていたが、主人同士があれだけ仲がいいのに側付の仲が悪いのもどうか、という思考に切り替わり、今では人目は気にせず会話をするようになった。


 遠駆けから戻ったフィオーレはとても興奮しており、夕餉の直前までメイドにあれこれと話していた。

 フィオーレが馬に跨るのはこれが初めてであり、それもあってかとても楽しそうだったので、リオートは近々また時間を作ろうと決意した。



 婚姻から一年が経過した。

 一年間平和であったことを祝い、これから一年も平和であるように祈る祭りが開かれ、リオートとフィオーレの仲睦まじい様子はしばらく話題の中心になった。


 だが、平和なのはこの街のみであり、シュヴェーアトとベシュベールングは未だいがみ合っていた。

 その結果、厄介払いに使った王族を使い、国境線にある街を自国の有利になる様にしようと動くものが少なからず現れ始めた。

 平和の象徴に作られた街には平和が訪れていたのに、平和を願ったはずの二国は再び戦場に赴こうとしていた。


 母国から受けた密告の内容をリオートとフィオーレの揃った席で読み上げたメイドは、顔色も変えずどうするか尋ねた。

 リオートは少し固まり、近衛は噴出した。

 フィオーレに何も見なかった、と告げられたメイドはその場で密告書を燃やし、何事もなかったかのようにお茶を注いだ。

 その数日後にリオートが密告書をフィオーレとメイドに見せ、同じように燃やされた。


 後日、それぞれの国から使者が来て返事を求めたが、声を揃えて何も来てはいない、と返し、使者の要求は何も通りはしなかった。

 王から「自国のために動けぬのか」と言われようが、


「ここは平和のための街でしょう?なら、戦争の協力などできません」


と返事をし、二国が戦争を再開しても街の防衛以外の戦いはせず、中立であり続けた。

 そのうちに戦争に疲れた民が街に訪れ始め、街は一回り大きくなった。

 人が増え、守りが強固になり、より一層街は平和になった。


 翌年の祭りで姿を見せた仲睦まじい二人の統治者は言った。


   この街に、永遠の平和を。

   愛し合う者たちが、戦で引き裂かれないように。

   涙で街が沈まぬように、血で街が汚れぬように。


 この言葉は行事のたびに叫ばれるようになり、街は平和を守り続けた。

迷走ついでに書きたいことだけ雑多に詰め込んだ。

それに関しては反省している。

などと供述しており……

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