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ラスト・ボス ~囚われの探索者は今日も脱走する~  作者: 浮谷柳太
第一章 地上はまだまだ遠く
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閑話 その頃、地上では

 その日、地上世界ではあるニュースに激震が走った。


 3大迷宮のひとつ、<地底闇>の最終到達階層が更新されたこと、ではない。

 そちらも十分にすごいニュースではあるのだが、同時期に報じられたもうひとつに比べるとはるかに劣る。


 未踏破迷宮<黄金墳墓>の完全攻略。


 それは新たに一つ、人間社会に下った迷宮が増えたことを意味していた。



「あー、俺たちも運がねーよなー、あー」


 酒場を貸し切って行われている祝勝会の最中、その功労者の一人である赤い短髪の少年は不貞腐れていた。



 彼こそが6人組探索者パーティ『潜行者』の切り込み隊長、ドランド。

 まだ17歳と若いながらも、希少属性『強化』をもつ稀代の前衛だった。



 そんな彼がなぜ不機嫌そうにしているかと言うと、自分たちの成した功績に対して周りの反応があまりに無関心だったからである。


 長らく足踏みをしていた迷宮攻略に新たな一歩が刻まれた。


 誰しもが皆驚き(おのの)き、惜しみない称賛を浴びせてくれるだろうとウキウキしながら久しぶりに帰還したのだ。

 それなのに世間はどこもかしこも<黄金墳墓>のことばかり。憤懣やるかたないとはこのことだった。


「ドランド君。あまり褒められた態度ではないよ。気持ちはわかるけど、それでも僕たちを祝いにやってきてくれている人たちはいるのだから」


 そんなドランドを窘めるのは眼鏡をかけた黒髪の青年である。


 探索者パーティ『潜行者』をまとめ上げる頭脳にしてリーダー。

 名をツヴァイと言った。


『光』という、暗闇に包まれた迷宮では欠かせない属性を持つため、周囲からも一目置かれている。


 いつか慢心に緩み切っていた新人探索者を思って厳しく叱りつけたのも彼であった。

 結果としてそれは裏目に出て、優秀な若手がいなくなってしまったことを今も悔やんでいる。


「でも先生よぉ。こんなだとやる気なくしちまうよ」


 素直な分だけこのドランドはマシだが、気分屋な彼も十分に扱いにくい部類だった。

 かつては同い年の新人前衛職2人をまとめて「二大問題児」などと呼んでいたものだが、片割れがいなくなった今も完治はしていない。


「こういうこともある。悔しいなら我々も完全攻略を目指して努力し続けるのみだ」

「うがー! せめて全部で何層なのかはっきりしてくれよ! 終わりが見えないと頑張れるものも頑張れないんだよ!」


 癇癪を起し始めた後輩をツヴァイはなだめる。

 この状態になったドランドを再起させ、迷宮に気を向けさせるのも彼のリーダーとしての仕事だ。悲しいことに。


 迷宮で管理者少女と暮らすノストにとっては当たり前の事実だが、地上の人々は<地底闇>が50層の迷宮であることすら知らない。

 探索者たちはいつ辿りつけるとも知れない果てを目指して進むのだが、終わりが分からないことに心が折れて去る者も多くいる。


「はー、せめて張り合える相手がいたらなー。あのクソ意地っ張りめ、勝手に死にやがって」


 ドランドの愚痴にツヴァイは何も言わない。

 彼がこうしていない人間に文句をぶつけるのも初めてではないからだ。


 同時刻、どこかでスライムと戯れている囚われの誰かが聞けば「マジすまん」と平謝りしたことだろう。









「え、憧れの探索者ですか? そうですね、まだ探索者ですらなかった頃のことなんですけど、今に至るきっかけになった人がいて、その人ですね」

「あ、僕も同じで」


 同じ酒場内の別の場所では、二人の探索者が新聞記者からインタビューを受けていた。


 別のニュースに話題をとられたとはいえ、喜ばしい出来事には違いない。

 地元の新聞には大々的に取り上げられ、明後日頃にはコラム記事も書かれることだろう。


 二人はよく似た容姿をした若い男女だった。

 記者にとって二人が姉弟であるというのは前提知識として頭に入っている。


「いえいえ、ツヴァイ先輩ではありませんよ。あの人も尊敬してますが、やっぱりそれとは別って言いますか。え、その人の名前ですか? うーん、いえ、言えないってことはないんですよ? でも別に有名人なわけでもないので知っているかどうか」

「悪い意味では有名かも」


 姉が饒舌に語れば、弟がぼそりと補足を入れる。


 当然記者はその名前を聞き出そうと頼み込む。


「そうですね。じゃあ言いますけど、ノストって人、知ってます? ああ、やっぱり分かりませんよね。いえいえ、貴方が悪いというわけではないんです。あの人がその程度の知名度しかないのが悪いので。ほんと、馬鹿ですよね。何が『俺はいつかこの迷宮を攻略する(キリッ)』ですか。あっさりやられちゃってるじゃないですか。ええ、ええ、ころっといなくなっちゃったんです。もう3年も前でしたっけ。当時は開いた口がふさがらなかったものですよ。『え、1週間前にあんな大それたこと言っておいてもう死んだの?』って。今考えればちょっともてはやされて自分が強いと勘違いしただけのおバカさんでしたね。あれ、やっぱりこんな人を憧れだなんて言うと印象悪くなっちゃいますか? それなら今からでもツヴァイさんということに――」

「姉ちゃん、長い」


 とめどなく溢れる憧れの人の人物評、というよりも悪口に記者が入り込めずにいる中、弟がそれをばっさりと断ち切った。


「あ、ごめんなさい。私ったら話し始めると止まらなくなっちゃうんです。はい、そんな感じですので。よければそのノストって人のこと、調べてみてください。記事に書くかはお任せします」

「一応補足しておくけど、毒舌なだけで姉ちゃんがノストさんに憧れているのは本当だから」


 それじゃ、と言い残して姉弟は宴会会場の輪に戻っていった。


『氷結』属性の後衛である姉、ライラ。

 属性『なし』のポーターである弟、オルオ。


 ライラは15歳、オルオは14歳とまだ若い姉弟が去ってようやく、記者はマシンガントークの衝撃から帰ってきた。

 そして忘れぬうちにと記憶を掘り起こしてメモを取り直す。


 新進気鋭の新人に影響を与えたノストという人物は、果たしてどんな探索者なのか。

 記者はごくりと喉を鳴らした。


 なお、後日ノストについて調べた記者はその微妙過ぎる評価に頭を抱えることになる。



 ――無駄に自信に満ち溢れたかつてのノストが、今の姿とはかけ離れて人見知りだった姉と怖がりだった弟に、勇気と将来への希望を抱かせたというのは、当の本人すら知らぬことだった。









「浮かれてるな」

「ええ、そうね」


 どんちゃん騒ぎから離れたカウンターで男と女がグラスを傾けている。


 男の名はクリストファー、女の名はフラウ。

 ともに20代後半の探索者で、ともに『潜行者』のメンバーであった。


「迷宮<黄金墳墓>の攻略は、ただ"すごい"で片づけていいものではない。俺たちのこれからにもかかわることだ」

「ツヴァイは分かっているでしょうね。お子様組は頭にもないでしょうけど」


 二人はあることを危惧していた。


 今回の件で世界に散らばる未踏破迷宮は10個から9個に減った。

 一度踏破された迷宮は、正しく迷宮ではなくなる。管理者に迷宮を操作させて、比較的安全に探索できる資源の供給場に作り変えられてしまうからだ。


 そうなると一攫千金を目指して集まっていた探索者たちは、目標を変えて活動の場を移すことになる。

 単純に、優秀なライバルが増えることになるのだ。


「問題は、<黄金墳墓>を攻略したパーティ『墓荒らし』がどこを選ぶかだ」

「自信をつけたことで一つステップが上の<地底闇>を選ぶ可能性は高い……そうなると抜かされないとも言い切れないわ」

「今後の動向には注目せざるを得ないな」

「ええ。ツヴァイは攻略のことに集中している。私たちが支えてあげるべきね」


 クリストファーとフラウは情報の大切さを経験から知っている。


 波に乗っている今だからこそ、まだ未熟な後輩たちに変わって自分たちが気を引き締めなければと思っていた。


 二人はノストと一応の面識はあったものの、あれは早死にすると早々に見切りをつけていた。

 探索者は生ぬるい感情でやっていける職業ではない。時には冷静冷徹に振る舞うことも大切なのだ。


「それはそれとして……今は28層の攻略を祝おう。乾杯」

「ええ、乾杯」


 祝杯は、この一杯だけで十分。

 グラスをぶつけ合った二人はワインをくっと飲み干した。








「絶対今おっさん、『お前の瞳に乾杯』って言った!」

「あれが大人の関係というものですね。互いに互いを信頼し、言葉は少なくても言わんとすることが伝わる。これがまさしく以心伝心。あるいは一心同体。そんな関係は憧れてしまいますね。あ、憧れと言ってもあの人とは別というか、絶対あの人って私生活がだらしないから、もしそんな関係になれば苦労すると言いますか、そもそもクリストファー先輩のようにダンディーな大人にはなれないんじゃないかと……」

「姉ちゃん、誰も聞いてないから」


 二人の後ろでそんな話をする後輩の姿があったとかなかったとか。



 次はノストとアンの本編に戻ります。

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