第3話 ノストの日常
この世界の人類は”属性”という力を持つ。
ある魔物が火を吹くように。
ある魔物が闇に紛れて獲物を狩るように。
魔物のもつ特性を分析し、それを人間にも使えるよう応用した技術である。
人々は子供の頃、自分の適性がどんなものであるかを調べる。
そして自分に合った適性に沿って一つだけ、属性を身につけるのだ。
方法は薬物の接種。
魔物から抽出した力の源を薬として、長い時間をかけて服用するのである。
もちろんこれには金がかかる。
だから人々はまず自分の子供の適性を調べて、それが有用なものであれば属性の獲得に移るのだ。
将来性のない属性や、代用の利くもの、あるいはどの属性にも適性がない場合は無属性として一生を過ごすことになる。
そうした属性の有無によって地上では差別やら上下関係が発生しているのだが、それはまた別の話。
また、属性を得るための薬物の生成は迷宮の管理者の協力がなければできない。力の源を抽出するなどということが簡単にできるはずがないのだ。
このことも人類が迷宮を”生かす”と決められた動機のひとつとなっていた。
そしてノスト・リークの話である。
幼少期より将来を期待されていた彼の属性は『斬撃』。
そこそこに希少であり、探索者としては花形ともいえる前衛職にうってつけの属性だった。
ノストはまわりの期待通りに探索者を志すようになり、また期待されすぎて持ち上げられたがゆえに調子に乗った。
自信過剰で、根拠もない積極策ばかりを好み、まわりから遠ざけられた。
その結果は先に述べた通りである。
挫折を重ね、経験を経て多少丸くなったノストは、今日も今日とて迷宮脱出に精を出すのだった。
「よっと」
軽い動作で右手を振るうと、その先で赤い鱗の蛇が断ち切れた。
まだ同種の蛇はそこら中に蠢いていたが、それ以上襲い掛かってくるものはなかった。
<地底闇>第49層。
迷宮の核を守る最後の砦たるこの層は、製作者いわく『蛇の道は蛇 ~鼻先に立つべからず~』。
ノストの両側の煌く赤い壁は、実は大蛇の鱗である。
何匹もの巨大な蛇がその体で迷路をつくっているのだ。
どんなルートを通るかはその時々によって違うし、さらに蛇たちの気分次第では50層にたどり着く道がないという鬼畜仕様。
そして運悪く蛇の頭に出くわしてしまえば”ばくり”となるわけだ。
胴の太さが人の背丈を優に超える時点でこの大蛇を倒せるわけもなく、探索者は頭に出会わないように祈りながら歩くというわけである。
散発的に小型の蛇が襲ってくるのも忘れてはいけない。
副題つきという製作者のネーミングセンスが問われる作品だが、内容に関しては文句のつけようもなく殺人級であった。
ちなみに迷宮核を守る大蛇も49層から連れてきたとかなんとか。
そんな内容的にも生理的にもおぞましい階層を、ノストは悠々と進んでいた。
あまりに何度も足を運んだせいで、もはや新鮮味の欠片もなくなってしまったのである。
「尻尾は……あっちか」
壁となっている鱗の形状から、大蛇の頭がどちらかを推測する。
尻尾の方を追っていればとりあえず安全であるのと、胴が細くなる尻尾付近は跳び越えようと思えば跳び越えられるためだ。
とにかく尻尾を追って、後は運任せ。
これが製作者の語った攻略法であった。
「つっても、一応の方向はあるわけだし」
迷路のコースは変わっても、階段の場所までは変わらない。
ゆえに、自分のいる場所さえ分かっていれば48層へ続く階段の近くまで行くこともできる。
階段の手前まで行けば、あとは気まぐれな蛇が道をあけてくれるまで待つだけである。
もちろんどうしようもないときもある。
一番ひどかったのは、ノストが50層から49層へ階段を上がるとそこに大蛇の顔があったというパターンである。
このときばかりは彼もふざけんなと、製作者にクレームをつけた。
そして脱走計画の最初の1層が運任せとはどういうことだと、頭を抱える要因でもある。
「来るな、来るなよ……だから来るなって!」
道を阻む蛇と睨みあっていたノストは白い剣を構えて後退する。
小型と言ってもノストと同じ目線だ。接近を許し、巻き付かれでもすれば抜け出すことはできない。
赤い蛇の牙は空を切る。もちろん毒持ちだ。
口が閉じた瞬間を見計らい、ノストは低く一歩だけ踏み込み、剣を斬り上げ、そして斬り降ろす。
一連の動作は滑らかでよどみない。
それも『斬撃』属性を乗せた一撃。
切れ味が向上するだけでなく、剣先の向こう側まで斬撃を届かせる。防御も回避も不可能だった。
頭を二度切られた蛇は地に倒れ、しばらく動いていたが、やがては沈黙した。
驕っている間も鍛錬を欠かしたことはない。型はしっかりと身に付いていた。
そして彼のもつ無骨な白い剣。
持ち手から切っ先まで一つの素材から削り出して作られた一点ものだ。
素材はオーガの角。
彼が尊敬してやまないあの『オーガ師匠』の角である。
激しい死闘の末、ようやく彼に血を流させた後、なんと彼の方から切り落として渡してきたのである。
言葉は通じない。
しかし、そのときの不敵な表情はまるで『とりあえず合格ってことにしてやる。これはその褒美だ。次会う時までにもっと強くなっておくんだな』と言っているようだった。ノストは泣いた。
そんな師匠の体の一部を真っ白の少女に頼んで剣にしてもらい、こうして愛用しているわけだった。
オーガ師匠は現在、第44層の階層ボスだ。
彼と再会し、そして成長した自分を見せつけるためにもノストは諦めるわけにはいかない。
「じゃなくて、脱出のためだっての」
いつの間にか目的がすり替わっていたので、頭を振ってその考えを放逐する。
おのれ管理者め、人の心を惑わすとは。
迷宮内でなぜそんなことを考えていたかと言うと、ぶっちゃけ暇だったからである。
ノストの目の前には赤い鱗の壁があり、その向こう側に上階へとつながる階段がある。
彼は今、ここで道が開かれるのをずっと待ち続けていた。
「うーん、今日も無理か」
ずる、ずると後ろの壁が移動している。このまま待っていれば大蛇の頭と遭遇することになるだろう。
今日の攻略は無理だと判断した。
49層の攻略率は10分の1。
もはや慣れたことで身の危険はほぼなくなったが、運ばかりはどうしようもない。
ノストはまた頭を避けるように移動し始めた。
この階層の恐ろしいところは、48層へとつながる階段も50層へつながる階段も、どちらも閉ざされる可能性があるということである。
そうなると探索者はこの危険な階層で延々とさまよい続けることになり、やがては詰む。
そういった危険性はノストも同じだった。
休めないとなると彼もいつかは限界がくる。
しかし彼はそんな心配を全くしていなかった。
「ノスト。またこんなところにいる」
なぜならこの迷宮の主は、ノストの帰りが遅いとこうして転移で迎えに来てくれるのだから。
「文句は道を塞ぐこいつらに言え。つーかちゃんと躾しとけ」
「みんないい子。私の言うことをちゃんと聞いてくれる」
お前の言うことだけ聞いてても意味ないんだよなぁ、と心の中で文句を垂れながら、いつものようにため息をつく。
少女はそんなノストをいつものように転移で50層まで連れ戻すのであった。




