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ラスト・ボス ~囚われの探索者は今日も脱走する~  作者: 浮谷柳太
第四章 地底の未来は明るく
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第18話 降って湧いてぶっとんだ名案

お待たせしてすみません。



「やばいやばいやばいやばい」


 ノストはアンのいない場所で一人、頭を抱えてうずくまっていた。


 あれほど見栄を切っておいて有効な手段を何ひとつ講じられなかったからだ。失敗の言葉で片づけられれば良かったのだが、事はアンのノストに対する評価を超えて二人の進退にまで及ぶ。


 よくよく考えればなぜあれで行けると思ったのか。ノストの考え付いたことを他の管理者が思いつかなかったわけがない。

 最下層でもないのに次に進む階段がないとか、突然迷宮の構造が変わって難易度が跳ね上がったとか、そんな話を聞いたことがない時点で察しておくべきだったのだ。


「何かやるにしても時間がかかることを見越して早めにやらないといけないんだよな。そうなると何に手を付けるかが問題になる」


 複数の階層を同時に改造することはできない。迷宮を動かすのにもリソースというものが必要なようで、あまり無駄なことに使いすぎると新たな魔物を補充することすら困難になるという。

 魔物が生み出せないということは、食事も生み出せなくなるということだ。これまでのような豪華さは望めず、極貧生活に突入することになるだろう。


 きちんと計画を立てた上での行動が必要であった。

 そのためこうして頭をひねらせているのだが、都合よくアイデアが生まれ落ちることはない。


「これはオーガ師匠に頑張ってもらうのを期待するしかないか?」


 死神集団は階段までの最短ルートをたどることはできるが、障害物は障害物として機能する。

 オーガとのデスマッチが発生する44層や魔物との勝ち抜きバトルを強いられる48層では素の実力を試されることになる。


「でも結局は連携で押し切られそうだよなぁ。どうすりゃいいんだよ」


 天上を仰いで嘆息する。

 最後まで足掻くなどと言っておきながらこの様だ。根性と腕っぷしだけではどうにもならないこともある。


「最近はドランドたちも成長著しいし……お」


 そのとき、ノストの視界の端にずりずりと移動する物体を見つけた。


「なんか最近見てなかったな、お前」


 現れたのはノストの元お目付け役のスライムだった。

 主に似て危機感の欠片も持っていなさそうなのんびり屋は、ここ最近のごたごたですっかり姿を見せなくなっていた。


 もうお役御免とばかりに消えたのかとも思ったが――


「悩みが一切なさそうで羨ましいよ、本当。はいはい分かったからベタベタすんな、馴れ馴れしい」


 ノストを見るなり触手をうねらせて体をすり寄せてくるあたり元気でやっているようだ。

 監視という仕事もなくなり、ノストと不毛なバトルが繰り広げられることもなくなったので退屈だと主張してくる。


「俺は暇じゃねえんだよ。なんとかこの迷宮を踏破されない方法を考えないといけないんだ。アンの安全と、あと主に俺の名誉のために」

「……(フシュゥ」

「あ? なんだと? 俺の頭じゃ無理に決まってる?」

「……(フルフル」

「よーし、いいだろう。そこまで言うなら勝負だ。そのゆるゆるの脳細胞でなんかうまい打開策を考え付いてみろ。まあ無理だろうがな」


 会話が成立しているのかさえも定かではないが、宿敵としての直感がなんとなく馬鹿にされていると断じた。そしてすぐに挑発し返すのがノストの悲しき性である。


 スライム相手に知能勝負を挑んだところでという話だが、これは一種の様式美のようなものだ。

 地底には一緒に馬鹿をできる男友達がいない。ノスト自身、スライムにはそんな相手を求めてやりとりを楽しんでいる節があった。


「おー、これはなんだ? なんかの踊りか? ずりずり動き回ってダイナミックだな」


 必死に触手と体を動かして何かを表現しようとするスライムを適当に評価しながらノストは自分の考えに耽る。


 時間はいくらあっても足りない。スライムと戯れている余裕すら惜しかった。


「ん? なんだよ」


 しかしそんなノストの袖を触手が引っ張ってくる。

 そんなに構ってほしいのかとぞんざいに返すが、どうにも真剣な様子だ。


 そして彼の見る前でまたずるずると体を滑らせ始めた。

 右から左へ。左から右へ。二本の触手を引っかけ合わせて、引っ張るような動きもついている。


「はぁ? 逃げろってことか? どこにだよ。アンは迷宮から出られないだろ」


 管理者と迷宮の関係を表すには深く結びついているという言葉では足りない。もはや同じ存在とさえ言える。ゆえにアンが<地底闇>を置いて逃げることはできない。


 しかし――


「いや……いけるか?」


 ノストの頭には新たな可能性が浮かび上がっていた。






 ♢ ♢ ♢






 その日の夕食の席。

 ノストとアンはいつものように話をしていた。


「今日、あの人たちはずっと階段で休んでいた。また明日から本格的に攻略を再開すると思われる」

「まあ、階層ボス倒したばっかりでそんな元気はないだろ」

「それからノストの知り合いの6人組、じゃなくて5人組は33層の中盤に入った」

「ほう。この場合は素直に喜ぶべきなんだろうけどな……」


 頑張っている知り合いたちを応援したい気持ちはあるが、こればかりは頑張ってもらうわけにはいかない。

 だからといって諦めてほしいわけでも、ましてや死んでほしいわけでもないのでノストの内心は複雑だった。


「それでなんだけどな、アン」


 探索者たちの現状の報告を受けた後、ノストは神妙な面持ちで打ち明ける。


「迷宮ごと逃げるってできるか?」


 その頓珍漢な質問にアンはこてんと首を傾げた。


「ああ、言い方がおかしかったな。ええと、要するにさ、もういっそのこと迷宮自体を作り変えて、動けるようにできねぇのかなって。それで迷宮ごと逃げて、しばらく人のいないところで隠れて……」


 無茶苦茶を言っている自覚はあった。

 しかし説明に苦心しながらノストはアンに伝える。


 要するに、ノストの発案は『家から出られないなら家を動くように改造して、それごと逃げればいい』というようなものなのだ。

 待って迎え撃つしかないという前提が現状の袋小路を生み出していた。このアイデアはその前提を覆して新たに『逃げる』という選択肢を示すものである。


 アイデアの元は3大迷宮の一つである<氷海流>。

 すでに移動する迷宮というのは現実に存在し、そのことが攻略の難易度を引き上げているという実績もあった。


 もちろんここは地底の迷宮なので根幹からして不可能だと告げられる想定もしている。むしろその可能性の方が高いと思っていた。そのときはまた頭を捻るだけだ。


 しかし、神妙な顔で瞑目していたアンは弱々しいながらも肯定を返してくれた。


「……できるかもしれない」

「マジか!? いや、自分で言い出しておいてなんだけどできるのかよ!?」


 まさか本当にそんな無茶がまかり通るとは思っていなかったノストはひどく驚きアンに詰め寄った。

 彼女はそれにもう一度頷いた。


「でも、このままではできない。迷宮すべてを可動式にして動かすほどのエネルギーはない。それをする時間も何十年単位でかかる」

「何十年って……それでもすぐにやれる方法はあるのか?」

「あるには、ある。今から始めれば約50日で完了する」

「おお、十分間に合いそうだな。で、その方法ってのはなんなんだよ」


 突如舞い降りた光明に興奮したノストは早く話せとアンを急かす。

 このとき彼は自分のアイデアで危機的状況を一発逆転で潜り抜け、無事に二人で生き延びる結末しか考えていなかった。そんな都合の良い話にはリスクがつきまとうということを忘れていた。


 困り顔。それも迷いや悲しみ、葛藤を混ぜ込んだ複雑な表情で、アンはノストの頭上から氷水をかぶせるようなその方法を口にした。


「――この迷宮を捨てる。核との接続をすべて切って、核だけを外に持ち出せば、逃げることはできる」

「は……? 捨てる?」

「そのときは私も実体化できない。核の中で眠っている間、誰かに運び出してもらう必要がある」

「いや、ちょっと待て。一旦ストップだ」

「――それができるのは、ノストだけ」


 興奮は冷め切り、凍えそうな肌寒さすら感じた。


 違う、とノストは断ずる。これは彼の考えていたプランではない。多少は縮小されることがあっても、迷宮を捨てさせるつもりは一切なかった。


 見ろ。アンの表情を。彼女の長い生における努力の結晶ともいえる<地底闇>を捨てたくないと顔で語っている。

 それでもノストの言うことだからと、自分がそうせよと言うならそれも呑み込もうと覚悟を決めようと頑張っている。


 相手の言い分を受け入れるとか、譲歩して我慢した経験のないアンは、その頑張りをノストに隠せるほど器用ではなかった。


「やめだ、やめ。それは俺の考えていたのとは違う。俺が言いたかったのは迷宮核だけを逃がすんじゃなく、迷宮もお前も全部ひっくるめて逃げるって話だ。できねぇのなら別の案を考えるだけだ」

「でも、せっかくノストが――」

「頼ってくれるのはうれしいけどよ、全部俺の言う通りにするっていうのは違うぞ。嫌なことは嫌って言え。別に怒ったりしねぇよ」


 いつの間にか立場が逆になっていることをノストは感じた。昔はノストがアンの顔色を窺っていたのに、今はアンがノストの顔色を窺って都合の良いように振る舞おうとしている。

 もしかしたらまだノストを監禁した罪悪感を拭いきれていないのかもしれない。やけに従順そうなのは罪滅ぼしのつもりだろうか。


 他者を慮ろうという意思は好ましい変化だが、アン自身その変化に振り回されているようだった。


「なんだったら最終手段とでも思えばいい。別に一つに絞る必要もねぇしな。俺にかかればもっといい方法だって思いつく」

「……うん。ノストは実はすごい」

「いつもはすごくないみたいな言い方やめろ」


 半ば以上スライムによって生まれたアイデアだというのは言わぬが花だろう。


「ま、今日はこんな感じだな。さっさと寝てまた明日だ」

「あ、ノスト」


 誤魔化すようにこの場から逃れようとするノストをアンが呼び止めた。


 まさかとんでもない大見得を張ったことがばれたか? と内心でびくつきながら彼女の言葉を待つと、矢の如く別の意味で心臓を突き破りそうな言葉が飛んできた。


「……今日も、ノストのベッドで寝ていい?」

「…………うぃ」



ちょっと今忙しい時期なのでまた遅れるかもです。

完結までもうすぐなのでできるだけ早くお届けできるよう頑張ります。

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