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ラスト・ボス ~囚われの探索者は今日も脱走する~  作者: 浮谷柳太
第一章 地上はまだまだ遠く
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プロローグ 脱走――失敗

 駆けろ!

 駆けろ!

 駆け上れ!



 浅い息継ぎを繰り返しながら暗い通路を走るのは、細身の少年だった。


 額には汗。

 しかし遠くまで見通すような藍の目にはまだ余裕があった。


 ブロンドの髪を揺らし、通路を右に曲がる。

 その先に上階へ続く階段があることを知っていた少年は一足飛ばしで駆け上った。


「46層……!」


 噛みしめるように漏れた声。

 見れば下の階とは打って変わり、通路は爛々と緑色の光沢を放っていた。


 目を奪われるような一面宝石の壁面は、しかし、少年の気を緩ませることなくより一層引き締めさせた。ここは美しいだけでなく、命の危険が隣り合う魔の道であることを知っていたからだ。


 最大限の注意を払いながら少年は駆け出す。

 その姿はあちこちの壁で反射して万華鏡のように映し出された。


 油断すれば自分がきちんと進めているか分からなくなる。

 迫る自分。遠ざかる自分。並走する自分。

 たくさんの自分があちこちを駆けまわり、混乱する頭は時間感覚さえ曖昧にさせた。


 ――惑わされるな。

 ――これはこの階層のトラップだ。


 そう分かっていても、目を通して入り込んでくる映像は脳を狂わせる。


 頭がぼうっとし始めて、足の動きがおぼつかない。

 上下感覚さえ曖昧になって何度も躓きかけた。


 目は虚ろに。

 夢現で彷徨う病人のように。


 少年はふらふらと歩き出す。

 目の前は行き止りで、反射した壁には明らかに異常をきたした自分が近づいてくる。


 実体と虚像。その両者が合わさるようにぶつかりかけた直前、虚像の方の少年の口許が異様に釣りあがった。

 次の瞬間。


「――どっしゃらァ!!!」


 接触の寸前に感じた違和感のおかげか、少年は目に光を取り戻すと虚像相手に気合一発の頭突きを見舞っていた。


 虚像と言ってもそこにあるのは宝石の壁だ。ダメージを受けるのはどう考えても少年の方だったはずが――


「ギャア!?」


 甲高い声をあげて虚像は壁の向こう側に倒れ込んだ。

 驚愕を浮かべたその顔は「なんで!」と叫んでいるようだった。


「同じ手に3回もかかってたまるか。この地底の底で鍛えられた精神力、なめんじゃねえ」


 偽物を見下ろして冷徹な声で語る少年。

 すでに意識は取り戻していた。


 宝石の壁の向こう側の虚像は悔しそうに表情をゆがめた後、自分から奥へと消えていった。

 そして気づけば少年の前には道が開けていた。その向こう側には上階へと至る階段が見える。


「よし、よし、よし! 46層突破――!」


 思わず握りしめた手。抑えた歓喜の声は通路に反響して何度も空気を震わせた。


「おめで、とう?」


 しかし、そこにあるはずのない応答があったことで、少年は一気に凍り付く。

 恐る恐る後ろを見てみれば、こてんと首を傾げた色白の少女がいる。


「は、はは……まじか」


 頬を引きつらせながらがくんと膝をつく。

 地底の底で鍛えられたらしい精神力は、根元からぽっきりと折られていた。


 少女はそんな少年に近寄ると、悪びれもせずに言う。


「ノスト、帰ろう?」


 まるで、迷子になった子供に呼び掛けるように。

 脱走した犬を連れ戻すかのように。


 光に包まれた2人の姿は46層から消えた。



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