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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖なる夜に

作者: 芦野

ある恋人達の、ある聖夜の物語です。

今日はとても寒い。吐く息が白く染まるほどだ。

「……遅い」

クリスマスイヴの待ち合わせだというのに、相変わらず遅刻とは、流石に呆れてしまう。

今日も私の方から誘わなかったらきっとほっとかれていただろう。

今日ぐらいデートに誘うでしょ普通。一週間ぐらい前から、いつ誘われるだろうとドキドキしながら待っていた私の気持ちを返して欲しい。

「はぁー」

手袋に向けて何度目かのため息を吐く。

辺りはカップルや家族連れで溢れていてものすごく居心地が悪い。

「あっ」

ケータイが鳴る。慌てて出ると待ちわびた声が聞こえてきた。

「もしもし?ごめん、あと5分ぐらいで着くから」

「もう、早く来てよね!」

「うん。待ってて」

ケータイを閉じると、今度は安堵のため息が口から漏れる。

5分なんていつもだったらあっという間に過ぎてしまうのに、今はこの時間がたまらなく長く感じられて、胸の奥がきゅっと締めつけられるように苦しい。

「ねえ、そこの君1人?よかったら俺と遊びにいかない?」

ぼーっと過ぎゆく人波を眺めていたら、いかにもっていう人に声をかけられた。

「あっすみません、人を待ってるんで」

「いいじゃんいいじゃん、こんな寒い中待たせるような奴ほっといてさー」

何度断っても同じような言葉で、しつこく絡んでくる。いい加減どっかにいって欲しい。

「あんた誰?」

冷たいトーンで男に詰め寄る女の子。私が待っていた彼女の声だ。

「あっ君もかわいいじゃ〜ん俺と3人でどこか」

「分かんない?あんたみたいなやつについてくほど気安くないって」

彼女のその声で男は退散していった。

「ごめん、遅くなった」

「もう、本当に遅いよ」

「色々と準備してたの……それはいいからとりあえずいこ?」

「うん」

彼女に手を引かれて車に乗り込む。最近免許を取ったにしては運転が上手で、安心して助手席に座っていられる。

「そういえばどこに行くの?」

駅前で待っていて、としか言われていないのでこの後どうするつもりなのかも分からない。

「それは行ってからのお楽しみ」

ハンドルを握る彼女の横顔は真剣そのもので、いつもより凛々しく見える。こうして車でどこかに行くのはこれで2回目だけど、なんだかこの空間や雰囲気がすごく落ち着くのが不思議だ。

「あとどれぐらいかかるの?」

「10分ぐらいかなー」

「そう」

楽しみな気分でいる時間はあっという間だった。

「着いたよ」

「ここ?」

見知らぬ駐車場で車から降りるように言われる。

「うん。ここから少し歩くけど大丈夫?」

「いいけど……ここどこ?」

「秘密」

にやりと笑ってから彼女は手を差し出してくる。

「ふーん」

何か企んでそうなその顔もなんだか見ていると幸せな気分になってきた。

手を繋いで山道のようなところを歩いて行く。結構急な階段を上ると、小さな展望台のような場所にたどり着く。

「うわあ……」

「ここ、結構いいでしょ」

眼下に広がる景色は色とりどりの光に満ちていた。

「綺麗……」

「本当はここ開放してないらしいんだけど、管理してる人に頼んで開けてもらったの」

だから私達以外に誰もいないのか。こんなに綺麗な夜景が見られるのに少し変だなと思ったら……そういうことだったんだ。

「本当は星空が綺麗に見える場所まで行きたかったけど、帰るの遅くなるから」

「……別に遅くなってもいいけど」

「それってどういう意味か聞いてもいいの?」

「もう、ちょっとは動揺してよ」

真顔で聞き返されて少し複雑な気分になる。

そのまま私達はしばらく肩を並べて街の光を眺めていた。

「寒いしそろそろ帰ろっか」

「最後に写真撮ろうよ、今日ぐらいいいでしょ?」

「いいよ」

普段あんなに写真を嫌がるのに、あっさり応じてくれて正直びっくりしてしまう。

「じゃあ撮るよ、はいチーズ!」

「……やっぱり苦手」

「そう?可愛く撮れてるよ」

「そんなことない。……じゃあ帰ろ」

「うん」

頷いて彼女と手を繋いで来た道を戻る。

「家でいいんだよね?」

「うん、ママが準備してくれてるから」

「分かった」

軽やかなエンジンの音とともに再び車は走り出した。

「イルミネーション凄いね、やっぱりクリスマスって感じがする」

「来年はイルミネーション見に行く?」

予想外の言葉に思わず彼女の方を見る。

「本当?」

「わたしが忘れてなかったらね」

「もう……バカ」

言葉とは裏腹に来年も、という言葉が彼女の口から聞けたことが私にとってはすごく嬉しくて思わずにやけた顔になってしまう。

「あっそうだ」

家のすぐ近くで長い信号待ちをしていたときに、彼女が突然何かを思い出したようにこう言った。

「どうかしたの?」

「そこのダッシュボード開けてみて」

「ここ?」

「そう」

何だろうと思いつつも、言われた通りにダッシュボードを開けてみると──

「えっ!?これって」

「パーティーの前に渡しておこうと思って」

包装されたプレゼントが中に入っていた。

「これわたしに……?」

「他に誰がいるの」

「今、今開けていいの?」

「どうぞ、お母さんには内緒だから」

「わぁ……これ……」

リボンを解いて中を見ると、思わず声が漏れてしまう。

「何買っていこうかって探してたら思ったより時間かかっちゃって」

少し縦長のケースから、シルバーの中にピンク色の石が飾られたリングネックレスが姿を見せた。

「ありがとう、本当に嬉しい」

「うん、喜んでくれてよかった。だけど腕にくっつかれたら運転できないからまた後で……ね」

今この瞬間、世界中の誰よりも幸せなのは私と胸を張って言えるほどの気持ちが溢れて止まらない。結局家に着くまで私は泣きっぱなしだった。

「もうそろそろ泣き止まないと、わたしがお母さんに怒られちゃうから……ほらティッシュ」

「だって……まさか本当にこんなことしてくれるんだなんて思ってなかったんだもん」

「泣き虫なのは変わってないね、やっぱり」

そう言って彼女はいたずらっぽく笑う。その笑顔を見て、わたしはまた涙が止まらなくなってしまったのだった。

来年も、そのまた来年も聖なる夜にこうして過ごせたらいいな、なんて言ったらまた笑われちゃうかな。

「さ、降りよ」

サンタクロースなんて私にはいらない。この日にそんなふうに思えるなんて、きっと去年の私は想像も出来ないよね。

手を引かれて車から降りると、鐘の音が遠くに響いた気がした。


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