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七恋パラレルワールド  作者: 堀塚 刀夜
『ハッピーバレンタインデーストーリー!』
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バレンタインデーミッション! 【後編】

 次に向かったのは黒天エリアだ。高く昇っていた太陽も少し傾き始めていた。そこで待っていたのは七恋鳥。白桜最強の軍鶏だ。私が卵を得るには、その軍鶏を認めさせなければならなかった。


 想像以上の死闘の末、私は七恋鳥の卵を手に入れる事に成功したのだった。――伊達に最強を名乗っている訳ではなかった……疲れた。


 私は今、聖匠学園の前に立っている。とりあえず、玉水先輩の所に行こうと思う。彼女に聞くのが一番早いと思うからだ。


 聖匠学園の敷地内に足を踏み入れて、奥まで歩いていく。時折、聖匠の生徒が私を見てくるけど、それ以上は気にならないようだ。あの時もわざわざ気配を消して行く必要はなかったのかもしれない、と思う。


 たどり着いたのは、黒い立派な工房。扉は開け放たれているから中にいるのだと思う。


「風華?」

「玉水先輩、こんにちは」


 中に入ろうとした所で、本人が中から出てきてくれた。玉水雫先輩――聖匠学園の三年生だ。体は黒い煤だらけな所を見ると、今まで作業に集中していたのかな。


「珍しいね、あたしに会いに来るなんて。何かあったの?」

「玉水先輩、愛の体現者セットを知りませんか?」

「愛の体現者セット……あ、思い出した。その荷物……もしかして七恋チョコを作ろうとしてる?」


 私はこくり、と玉水先輩に頷いた。りんちゃんにしたように、ざっくりと経緯を説明した。うんうん、と興味深そうに頷く玉水先輩。


「場所を教えてください」

「うん、いいよー。ふふふ、龍のためにそこまでするなんて、風華も可愛いね」

「愛していますから」

「そっかー……私も探さないとなー」


 そこは譲れない。たとえ、何があろうとりっくんへの想いは誰にも負けない。にこにこと笑っている玉水先輩は、私に付いてくるように言って歩き始めた。


 歩く事、五分。ハートの形をした見るからに危なそうな建物の前に私は連れてこられた。


「ここに愛の体現者セットを作っている女の子がいるよ。ちょっと変わっているから気を付けてね」

「ありがとうございます」


 それだけ言うと、玉水先輩は自分の工房へ戻っていった。私は去っていく玉水先輩の方に頭を下げた。さて、見るからに危ない匂いを感じる桃色一色の建物。でも、ここで立ち止まっていては先には進めない。


 私は桃色ハート型の建物の扉を開けた。


「貴方にとって愛とは!」


 ――扉を閉めた。出会い頭にあれはきつい。でも、りっくんのため! もう一度扉を開ける。


「愛とは至高!」


 ――やはり扉を閉める。話が通じそうな女の子には見えない。明らかに狂人。でも、りっくんのためだ。三度目の正直と思って、扉を開ける。


「ご、ごめんなさい。だから、無言で扉を閉めるのはやめてください!」


 目の前には今にも泣きそうな女の子。一年生かな。でも、一刻も早くこの場から出たいと思う。中も外に負けず劣らず、頭の中がお花畑な人が考えた内装に見える。ちょっと私には耐えがたい。


「愛の体現者セットが欲しい」


 単刀直入に言った。


「愛の体現者セットですか? お渡しするのは構いません。しかし、質問に答えてください。貴方にとって愛とは!」


 仁王立ちして、決めポーズをする女の子。そうさっきもこれを見せられたので、扉を閉めた。このポーズに意味はあるのだろうか。手で顔を隠す辺りとか、もう一方の手はビシッと私に向けている所とか。――明らかに変質者。


「答える義理はない」

「答えてくれないと、渡す事はできません。そういうルールなので」


 その奇妙なポーズのまま私に告げる女の子。さらに、効果音が聞こえてくるのは気のせいだろうか。答えないと渡してくれないなら、答えるしかない。


 私にとって愛とは……


「寄り添う事。愛する人に寄り添い、支え、共に生きる。それが私の愛の形」


 りっくんへのありったけの想いを籠めた言葉。それを聞いた女の子は大きく目を見開き、大きく首を縦に振った。


「貴方の想い確かに受け取りました。こちらが愛の体現者セットです」


 そして、渡された愛の体現者セット。どれも一級品だと分かる。ただ、至る所にハートが装飾されていた。――これ使うの?


「ありがとう」

「いえ! また来てください!」


 また奇妙なポーズをしている女の子。――もう絶対来ない。



***



 まだ明るい時刻。このままいけば、問題なく材料が揃いそう。残りは私の所属している流箭の里がある流箭エリア。残る材料――流れ星ブランデーについては最初から目途が立っていたので、最後にした。


 そして、私はそれが置いてある店を訪ねた。路地の奥、穴場と言える酒場。落ち着いた雰囲気のそこに、私が足を踏み入れると、一斉にその場にいた全員が私を見る。


「ここは君みたいな女の子が来る店ではないよ。見た所、流箭の里の生徒のようだが」


 酒場の店主が私に話しかけてくる。これ幸いに私は用件を切り出した。


「流れ星ブランデーが欲しい」

「悪いが子どもに売る酒はない」

「料理に使いたい」

「だとしても、ダメだ。他を当たってくれ」


 その後も何度も食い下がったけど、折れてくれる事はなかった。これ以上やっては、店の雰囲気を壊してしまうと思った私はそこから退散した。


 流れ星ブランデーは名酒だけど、この流箭エリアならまだ扱っている店はある。そのどこかなら、譲ってもらえるだろう。





 ――と思っていた私はバカだった。どこへ行っても未成年に酒を売る気はないの一点張り。料理に使うだけで、少し譲って欲しいと言っても譲ってくれず、相手にされない。まさか最後の一つがこんなにも厳しいとは思わなかった。


 どうすればいいだろう。ここまで来て、諦めるのはありえない。りっくんのために集めた。首に巻いたマフラーをぎゅっと握る。まだ諦める訳にはいかない。


 それからも流れ星ブランデーを手に入れるために奔走する。しかし、やはり誰も譲ってくれない。さらに、空が茜色に染まってきた事で門前払いされる酒場が出てきた。――酒屋は入った瞬間、追い出される。


 途方に暮れる。後一つなのに……。後、一つなのに……。


「風華ではないか?」

「理事長?」


 ふと見ると、炎城理事長が煙草をくわえながら立っていた。そこでびびっときた。理事長に買ってもらえばいい。


「どうかしたのか?」

「あの流れ星ブランデーを買ってくれませんか?」

「悪いがそんな金は持っておらん。そもそも、あれがどれくらいするか知っているか?」


 私は首を横に振った。調べても正確な値段は出せなかった。元々、少量を譲ってもらうつもりだったから、値段は気にしなかった。


「では、教えてやろう」


 と言って、理事長に教えられた金額はとてもじゃないが、買える値段ではなかった。私はどん底に落とされた気分になる。


「話してみろ。どうして、そんな高価な酒を求める理由を」


 私はぽつりぽつりと話し始めた。今日の全ての行動を。まるで、吐き出して楽になろうとするかのように。


「もうどうしようもないです。りっくんに喜んで欲しかったのに、すごいって褒めて欲しかった」

「いや、諦めるのはまだ早いぞ、風華」

「――え?」


 聞き返す私を無視して、理事長は私を連れて、流箭の里に戻ってくる。やってきたのは、理事長の部屋。地下校舎の理事長室とは別に、理事長の部屋は私たちと同じ寮にある。


 部屋の中へ私を招き入れる理事長。部屋に入ると、煙草の匂いを軽く感じる。でも、不快な感じではなかった。


 そして、理事長が私にあるボトルを差し出した。中にはきらきらと光る琥珀色の液体が入っていた。


「これは?」

「これが流れ星ブランデーだ」

「え、どうして……」


 ――買えないと言っていたのに。


「確かに買えないとは言ったが、持っていないとは言っていない。これは私の友人がくれたものだ。使うのは少量なのだろう。貸してやるから、立花君のためにチョコを作ってあげるといいよ」

「ありがとうございます!」


 私は全ての材料が揃った嬉しさで、理事長への感謝もそこそこに部屋へ戻った。


 部屋には簡単なキッチンがあり、道具さえ揃っていれば料理は作れる。愛の体現者セットを並べ、材料を並べる。その光景を見て私は満足気に頷く。今日頑張った甲斐があったと。


 そこで気が付く……


「……どうやって作るの?」


 材料と器具の情報を集めていたせいで、肝心の作り方を調べていない。いや、そもそも私はこういう料理をした事がない。焼いた事はあるけど。


 どっと力が抜けて、床に膝を付く。


 頬を伝う冷たいもの。たかがチョコ……されどチョコだ。


「ふう?」

「ふえ、りっくん?」

「ああ、ただい――」


 立ち上がった私をりっくんが私をぎゅっと抱きしめてくれる。胸が押し潰されるぐらいに強くだ。じわりと、心が温かくなる。


「りっくん?」

「何があったんだ? ふうが涙を流すなんて」

「実は……」


 静かに問いかける声。もう隠しても仕方がない、何度したか分からない説明をする。


「ありがとう、ふう。その気持ちすっごい嬉しいよ。一緒にチョコ作ろうぜ?」

「え……」


 思わぬ申し出に暗くなっていた心に光明が差し込んだ。りっくんの顔を見上げると、にこっと笑ってくれていた。


 いつもりっくんは私の光になってくれる。それはいつまでも同じみたい。本当に素敵でカッコいい私の恋人。


 ――りっくん、だーいすき!


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