バレンタインデーミッション! 【中編】
さて、私が今立っているのは剣武エリアにある老舗和菓子店の前。目当ては当然、白輝砂糖。でも、これは通常売っているものではないそうだ。
軽く緑のマフラーを握る。今日中に集めないといけないから、頑張らないと。
とりあえず、入ってみて交渉してみよう。多少なら分けてくれるかもしれない。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い店員の声に、ぺこりと会釈を返す。内装は老舗の店らしく、歴史を感じさせつつも気品のようなものも感じる。念のために白輝砂糖が売ってないか、店内の商品を見て回る。
しかし、やっぱり売っていないみたい。名前がそうではないだけで、この中にあるかな? ちょっと高い砂糖もあるから。
「お客様、何かお探しですか?」
先程、元気よく声をかけてきてくれた女性の店員の人だ。にこにこした笑顔で、こちらまで爽やかな気分になる――私の表情は変わらないけど。
「白輝砂糖はありませんか?」
私がそう言った瞬間、女性の表情が変わった。すぐに収めたようだけど。
「申し訳ありません。初めて聞く名前の砂糖です。こちらでは扱っておりません」
だろうね。そう簡単に教えてくれないか。盗む事は簡単だけど、そんな事してもりっくんは喜ばないし……
「あの……私、七恋チョコが作りたくて……ここにあると聞いたのですけど、ないですか? その砂糖がないと、私……私」
「……可愛い」
小さく頼りない声に、女性店員の声が漏れる。うん、悪くない反応。泣き落とし作戦、りっくんも私が泣き真似をすれば効果抜群だって言ってたから。
「あの、好きな人がいて……本当に少しでいいのでお願いします……」
「うう、少々お待ちください」
そう言って、店の奥に入っていく。おそらく、店主を呼んでくれるのかな。そして、出てきたのはこの道何十年という貫禄のありそうな男性だった。私をじっと見つめる。ここはしっかりと見つめ返す。――気持ちで負けたら負け。
「嬢ちゃんが白輝砂糖を欲しいっていう子かい」
「はい」
正直に力強く答える。後ろで控えている、女性店員が驚きの表情をしている。騙して、ごめんなさい。
「悪いが譲る訳にはいかねえな。今年は出来が悪くてな、あまり用意できてねえんだ」
「そこを何とか」
「せっかくうちを訪ねてくれたんだ。渡したいのは山々なんだけどな。こればっかりは無理だ。すまねえな」
と、言われてしまう。いきなり、頓挫してしまうのかな。そう思うと、悪いイメージしか頭に浮かばない。なんだか気持ちが沈んでいく。ぎゅっとマフラーを手で握る。――りっくん。
「そこにいるのは、ふうか?」
「りんちゃん?」
入口に現れたのは、私の親友である神藤凛――通称、りんちゃん。でも、どうしてここに来たんだろう。
「凛のお嬢、何かご用ですかい?」
「いや、たまたま彼女が中にいたので、気になってな。しかし、ふうも珍しいな」
「実は……」
私はざっくりと、りんちゃんに事情を説明した。
「なるほど、龍にか。店主、すまぬが少しでもいいので、彼女に分けてやってくれないか?」
「お嬢のお友達でしたら、融通させていただきましょう。少々お待ちくだせい」
さっきまでの厳格な態度が一変。店主の男性が店の奥に戻った。りんちゃんのおかげで何とか手に入りそう。
「ありがとう、りんちゃん」
「いや、気にするな。先程の店主は父上が懇意にしている人でな、私の事も可愛がってくれるのだ。こっちに来てからは、たまに顔を出して甘味をご馳走してもらっている」
「そうなんだ」
りんちゃんと話しているうちに店主が戻ってきて、白輝砂糖をくれた。私は店主と女性店員、そしてりんちゃんに感謝を述べて私は剣武エリアを後にする。
***
白輝砂糖を手に入れた私は、隣のエリアである桜花エリアに足を踏み入れた。それから、白桜神社へ向かいあっさりと白桜の花びらを手に入れた。ちゃんと断ってもらってきたので問題ないはず。――大丈夫だよね?
次に向かったのはエレメンタルエリア。カカオ豆なんてあるのか、と思っていたけど、本当にあってびっくり。必要量を手に入れる事ができた。――ハート型の豆が違和感なく売っている衝撃。
そういう経緯を経て、私は今ここ――水鏡エリアにある牧場の前に立っている。牧場と言っても面積は狭いと思う。しかし、一匹の牛だけを飼うには十分な広さだと言える。さて、どうすれば聖水バターを手に入れられるのかな。
「儂の牧場に何か用か?」
牧場から一人の老人が出てくる。でも、元気そうな人だ。私はぺこりと向かってくる老人に挨拶をした。
「こんにちは。聖水バターをいただけないでしょうか?」
「ほうー、聖水バターをな……」
老人が私の体を舐め回すような視線で見てくる。特に胸の部分をじっくりと凝視して、その視線に気持ち悪さを覚えて胸を両手で隠す。私の胸をじっくり見ていいのは、りっくんだけ。
それでも、老人の舐め回す視線が止まる事はなく、流石に我慢できなくなった私は老人をにらみつける。私と目が合った老人はびくりと体を震わせる。
「せ、聖水バターが欲しいのじゃったな。ほれ、ついてこい」
そう言われて、老人と共に牧場の中へ。一面の緑の絨毯が風を受けてなびく様は、心が穏やかになる。そして、そこでのんびりと過ごす一匹の乳牛。白と黒の斑模様が可愛くて、撫でたくなってしまう。
「撫でてみるかの?」
「いいの?」
――敬意を払う価値なし。
「構わん、ついでにブラッシングをしてくれると助かるの」
老人がすぐにブラシを持ってくる。毛の部分を触ってみると思っていたよりごわごわして堅い。それで牛の体を磨き始めたけど、特に抵抗されるような事はなかった。こういうのは初めてだけど、りっくんに体を擦りつけるイメージでやればいいかな。
「もお、もおぉぉぉぉ♪」
しばらくすると、牛が気持ちよさそうな声をあげる。私も嬉しくなってテンポよくブラッシングしていく。ブラッシングが終わった後、牛は私に感謝を表すように頭を撫でさせてくれた。気持ちよさそうに目を細める牛を見て、こっちまで嬉しくなってしまう。
いつもは撫でられる側だけど、りっくんもこんな気持ちなのかな。
「さて、聖水バターじゃったな。やってもよいが、一つだけ条件がある!」
牛のブラッシングを終えた私は、老人を見る。老人は、胸を反らせいやらしい笑みを浮かべる。老人のその言葉聞いた瞬間、ぞくりと背筋に得体の知れないものが走る。
「条件って?」
「乳を揉ませてくれ! 乳じゃ乳!」
「いやっ!」
想像通りだった。胸を揉ませろなんて、ありえない。私の胸を揉んでいいのはりっくんだけ。こんな老人に揉ませる訳ない。
「ふざけてなどおらぬ! 儂は生まれて今までずっと牛の乳を搾ってきたが、女子の乳は揉んだ事がないのじゃ。見るからにおぬしの乳は揉み心地が良さそうじゃし、搾れそうじゃ」
手をわきわきと動かしながら卑猥な言葉を放つ。どうしてこうも嫌に聞こえるのだろう。りっくんにも同じような事を言われた事がある。でも、その時は胸がきゅーっとなったのに、今は気持ち悪さしかない。
「いや……」
「揉ませてくれなければ、聖水バターはやらんぞ? 欲しいのじゃろ? 何に使うかは知らんが必要なのじゃろう?」
指を気持ち悪く動かしながら、私に迫ってくる老人。七恋チョコのためにも聖水バターは何としても欲しい。りっくんを喜ばせたいから……。――一度、揉ませれば終わるよね?
私は嫌な気持ちを抑え込み、老人に胸を差し出すように両腕で持ち上げる。――いやあ。
「ほうー、観念したか! では、触らせてもらうとするかの!」
「――りっくん、ごめん!」
私はぎゅっと目を瞑る。見たくない。りっくんだけのものなのに、他の人に汚される姿なんて。
…………………………………………あれ?
何もされていない。ゆっくりと目を開けてみると目の前にいたのは老人ではなく、白と黒の斑模様にふりふりと揺れる尻尾。
「おい! 邪魔するな、儂はこの子の乳を揉むんじゃああああ!」
「もおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
老人の叫びに牛は怒ったように声を上げて、老人に突っ込んでいった。飛ばされ芝生を転がる老人。――大丈夫かな、あの老人。
「くそ! 毎回、儂の邪魔をしおってからに! 勝手にしろ!」
と元気よく立ち上がり、悪態をついてどこかへ行ってしまった。――あれ、聖水バター……
「もお!」
「え、こっち?」
牛はついてこいと言わんばかりに、尻尾を振って動き始めた。――可愛い。
そして、たどり着いたのは、小さな小屋だった。また牛が一鳴きする。この中に何かあるのかな。そう思って、扉を開けるとそこにはバターらしきものが積んであった。
「もらっていいの?」
「もお♪」
私に頭を擦りつけながら、鳴いてくれた。だから、ありがたく聖水バターをもらう事にした。そして、私は牛に感謝を述べて――老人? 知らない――水鏡エリアを後にした。――この胸はりっくんだけのもの(三回目)!




