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七恋パラレルワールド  作者: 堀塚 刀夜
『夜空に煌めく星々を見上げて』
31/34

七月七日 そらに願いを

 七月七日の夜。

 ある孤児院の庭で子どもたちが騒いでいる。その側にあるのは立派な笹。竹よりも小さいとされる笹ではあるが、真っ直ぐと伸びた茎やぴん、と伸びた葉から感じる佇まいは何とも雅な風情を醸し出す。

 これはこの孤児院を運営している家から贈られてきた物で、この笹を見た子どもたちは大喜びしていた。


「なあ、知ってるか? 笹って竹の葉っぱの事を言うんだぜ」

「「「へえー」」」


 小さな男の子が、自慢げに同じくらいの三人の女の子たちに説明するのを彼女たちは声を揃えて頷いている。

 男の子も鼻を指でこすりながらその反応に満足している。


「それじゃあ、これって笹じゃなくて竹なのー?」

「竹なの?」

「竹?」

「そうそう、これは実は竹なんだぜ」


 三人の女の子がそれぞれ疑問をぶつけると、男の子は自慢げな顔を崩さずにそう断言する。


「でも、本当にそうなのかな? だって、竹ってこーんな感じだよね?」


 と、そこへ黒髪の女の子がやってきて両手で大きく半円を描くような仕草を見せる。


「何だよ、くー。おれが間違ってるって言うのか?」


 男の子はくーと呼ばれた黒髪の女の子に食ってかかる。しかし、くーはそれに驚く事もなく、


「違うよー竹ってもっと大きいんじゃないのかなーって。小さいから笹じゃないのかなって」


 と持論を展開する。子どもながらに落ち着いた女の子のようだ。そう言われて、自慢げな顔をしていた男の子も少し不安な顔を見せる。


「そこまで言うならせんせーに聞いてみようぜ!」


 しかし、子どもながらに意地っ張りな男の子は、大人に判断してもらうという選択をする。


「うん」

「いこいこー」

「わたしもしりたーい」

「いこー」


 そうして五人の子どもたちは少し離れた所に立っている女性に話を聞きに行く。女性は何かあったのかと不安げな顔で子どもたちを見ている。

 大人から見れば、まだ小さい子どもたちなので、一つ一つの行動に敏感に反応していかなければならないのだ。


「皆、何かあったのかな?」


 内心どきどきしながら女性が子どもたちに目線を合わせながら訊ねる。


「なーせんせー。笹って竹の葉っぱの事を言うんだよな?」


 と、男の子が訊いてきたので、内心ほっとする女性。そして、気を取り直して男の子の質問について答える。


「えっとね……竹と笹は別の植物かな」

「そうなのかー。じゃあ、おれが間違ってたのか。ごめんな、くー」

「ううん。でも、どうやって見分けるのかな?」


 大人から間違いを指摘されたので、素直に自分の非を認める。意地っ張りではあるが、大人の言う事はよく聞くようだ。

 くーもそこまで気にしている様子はなく、新たな疑問が浮かんだようだ。


「そういう事になるね。見分け方は色々あるけど、分かりやすいのは葉っぱかな? 皆、ついてきて」

「「「「「はーい」」」」」


 五人の子どもたちは素直に返事をして、女性の後に続いていく。

 他の子どもたちも興味を示したのか、女性が笹の近くまでやってくる頃には全ての子どもたちが笹の周りに集まっていた。


「皆、笹の葉っぱをよく見てね。そうすると、線が真っ直ぐに伸びてるよね?」


 女性にそう言われて子どもたちは、笹の葉をじっくりと見始めた。力が入って葉を千切ってしまう子どももいたが、それは仕方ない事だろう。

 そうして、実際の笹の葉には平行な線――葉脈がいくつもあった。子どもたちは「ほんとだー」「すごーい」などと口々に言いながら驚いている。くーや男の子もそれを見て驚いていた。


「もし、これが竹だとこんなに綺麗な線じゃなくてね。網みたいになってるんだよ」

「せんせー、それって網戸みたいなの?」

「そうそう」


 子どもたちの誰かがそう言うと、女性が大きく首肯する。すると「おー」と子どもたちから歓声が上がる。おそらく、多くの子どもたちがイメージできたからなのだろう。

 くーも笹の葉の葉脈を見ながら、網目状の葉脈を想像している。


「はいはい、皆分かったかな? それじゃあ、そろそろ願い事を短冊に書こう!」


 頃合いだと思ったのか、ぱんぱん、と手を叩いて笹の葉を見ていた子どもたちに注意を促す。そして、女性の声を聞いて男性が色とりどりの短冊を一枚ずつ子どもたちに配っていく。

 子どもたちは、はしゃぎながらいつの間にか用意されていたローテーブルの上で願い事を書き始める。


 そして、くーも他の子どもたちと同じようにローテーブルで、短冊に願い事を書こうとしていた。


「くーちゃんはどんな願いごとにするの?」


 隣にやってきたのは、先程男の子の話を聞いていた女の子の一人だ。


「うーん、ちょっと考え中」

「そっかー。わたしはねー、お花屋さんになりたいってお願いするんだ―」

「それって練気、関係ないよね?」

「そうかなー? いがいと力仕事だって聞いたよー」

「そうなんだ」


 女の子の願いを聞いて、くーは改めて考えてみる。しかし、彼女に何かになりたいという願望はなかった。元々、何もでもないくーは何かになりたいという意識が薄かった。

 でも、願いが全くない訳ではなかった。特に最近、心の奥底に浮かんでくる事があった。


「わたしね」

「うんうん」

「お兄さんがいた気がするんだ」

「それってここに来るまえー?」

「うんー、どうだろう? わかんない」


 それは兄がいたような記憶だ。それは曖昧であやふやで不確かなもの。でも、なぜか、くーはその事を考えると心が温かくなるような気がしていた。


「それならお兄さんに会えますようにってお願いすればいいんじゃないかな?」


 話の流れから考えれば、この考えはごく自然に生まれるものだ。しかし、それを聞いたくーは「うーん」と頭を悩ませている。


「どうしたの?」

「わたしはね、お兄さんが欲しいんじゃないんだ。わたしは皆みたいな家族が欲しい」

「家族?」

「うん、今みたいに笑って泣いて、ときどきせんせーに優しくされるの」

「たのしそーだね」

「うん。ここはいつの日か出なくちゃいけないから」

「そうだね」

「だったら、家族が欲しい。できれば、お兄さん! って書けばいいんじゃない?」

「それって欲張り過ぎじゃないかな?」

「そうかな? あっち見て」


 女の子が視線を向けた先では、先程、笹を竹だと言っていた男の子がローテーブルに立って「おれは世界一の男になりたい! そして、いっぱいお金も欲しい!」と叫んでいた。


「そうだね。わたしの願いは小さいかもね」

「そうだよー。わたしたちは子どもなんだから、欲張っていいんじゃないかなー。せんせーよく言ってるよね?」

「そうだね。じゃあ、そうしてみる。ありがとう」

「うん。わたし、笹に吊るしてくるねー」


 そう言って、女の子はくーから離れていった。願い事が決まったくーは、ペンを持って短冊に書き込み始めた。


「ふう、これでよし」


 書き終えたくーは笹に短冊を吊るしに行く。

 笹に短冊を吊るし終えた彼女は両手を合わせて、夜空に願いを捧げる。


「はい、皆、願い事は吊るし終えたかなー。もう夜も遅いから中に入ろうねー」


 女性の声で閉じていた目を開いて、孤児院の中へと駆けていくくー(・・)。その途中、後ろを振り返って笹を見つめながら、


「……叶うといいな」


 とつぶやき、孤児院の中へと消えていった。



 ――誰もいなくなった庭に夜風が吹く。流れる風に従うように、笹の葉はさらさらと揺れる。

 それはまるで笹の葉が夜空へと願いを届けようとしているように。

 その時、一際強い風が吹いた。そして、突風に煽られて一つの短冊が空へと舞い上がって、夜空に消えていく。



 次の日の朝、くーが笹の葉を見てがっくりと肩を落とした。


「やっぱり欲張りすぎたのかな……カッコいいなんて入れなければ良かったな」


 その視線の先には何もついていない笹の葉。そこには本来くーが吊るした短冊があるはずだった。


「もう忘れよ。どうせ、叶いっこないよ。家族ができますように(・・・・・・・・・・)、できればカッコいいお兄さん(・・・・・・・・・・・)!(・) なんてさ。わたしは何者でもない孤児なんだから」


 諦めたように言葉を吐き出すくー。そして、とぼとぼと孤児院へと帰っていくのだった。


 ――しかし、彼女はまだ知らない。自分ですら忘れてしまった願いが歩んでいった人生の先で叶う事を。

 そう、願いは夜空(そら)へと届いたのだった。


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