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七恋パラレルワールド  作者: 堀塚 刀夜
『ハッピーバレンタインデーストーリー!』
3/34

衝撃! チョコ争奪戦! 【後編】

 校内に轟く声を合図に、私は飛び出した。同時に近くにいた、生徒たちが波のように押し寄せてくる。


 さて、どうするか。剣武練成館高校は、扇のような形をしている。それを形成するのは、校舎と校舎を渡り廊下で繋いで、網を張り巡らせたような特殊な造り。


 そして、問題の四天王の間はその扇の円弧の中央に位置する部分にある。調理室は剣武練成館高校の入口付近――いわゆる中心部分の近くにある。つまり、そこそこ距離はあるという事だ。


 さらに戦闘エリア――何もない道場のような校舎の事――を五つ通って行かなければならない。となると、端を駆け抜けるという方法は除外だ。


「――神藤凛、チョコはもらった!」

「うるさい!」

「んぎゃ!」


 木刀を構えて、突っ込んでくる男子生徒。その突きを左に動いて避け駆け抜ける。その際に、腹に一撃を叩きこむ事を忘れずに。


「容赦ないっすねー。あの人、悶絶してるっすよ」

「仕方あるまい。潰せる者は潰していかなければ、物量で来られては流石に厳しい。片手にこれを持っていてはな」


 いつ手からすっぽ抜けるか分からないからな。できる限り気を付けるつもりではあるが。


「望海、私について来なくても良いのだぞ?」

「こんなに面白い事を逃す、うちじゃないっすよ。それにちょっと申し訳なくもあるっすから」


 頬をかきながら言う望海。やる気のない印象を受ける彼女ではあるが、本当は明るい性格で自分の興味があるものには、きらきらと輝く笑顔を見せてくれる。私から見ても可愛い後輩だ。


 さて、一つ目の戦闘エリアに入った。そこには、校舎内を埋め尽くすのではないかという生徒たち――男子生徒のみだが――がいた。


「お前ら、憧れの神藤のチョコだ! 龍なんかに渡させるな!」

「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」


 一斉に私へ向かってくる。しかし、ここで時間を食っていては周りから人が集まってくるだろう。


「神藤流“十字波”!」


 素早く十字に木刀を振るって練気を籠めた斬撃を放つ。考えなしに向かってきていたほとんどの生徒が、薙ぎ倒される。


「ぎゃああああ、俺のチョコぉぉぉぉ!」

「ありがとうございます! ご褒美です!」


 しかし、中にはそれを避けてくるものたちもいる。その生徒たちには一人ずつ、肉薄して肩へ木刀を叩きこんでいく。


 とは言うものの、数が数だ。さらに補充もされる。


「ここに神藤凛がいるぞ!」

「チョコは俺のものだああああ」


 少しギアを上げる必要がある。もちろん、死なない程度ではあるが。軽く深呼吸、一度動きの止まった私に向かって、四方から同時に飛び掛かってくる。同時と言っても、正確無比ではない。だから、その間隙を突く。


 一番早く私に到達するものから順次叩き伏せる。


「このようになりたくなければ、去れ!」


 四方の生徒を瞬殺したと同時に私は叫ぶ。一瞬、周りの生徒たちが怯むのが分かった。それだけで十分。私は一気に戦闘エリアを駆け抜けた。


「やっぱりすごいっすね、凛先輩!」

「そうでもない。あの程度はな」


 龍と斬り結ぶ事に比べれば、児戯に等しい。龍とのやり取りは本当に心踊るからな。それは、龍の事を愛しているというのも理由の一つではあるのだが、お互いの事を理解し合い全力でぶつかり合えるからに他ならない。


 だからこそ、日頃の感謝も籠めてこのチョコを彼に渡したい。


「――私からチョコを奪おうとする者は何人も許さん!」


 渡り廊下を走ってくる二人の生徒。声を上げ左右に木刀を振って瞬殺する。望海も後ろから追いすがる生徒を振り払ってくれている。


 そして、二つ目の戦闘エリア。そこには、校舎内を埋め尽くすのではないかという女子生徒たちがいた。……女子生徒だと!


「あちゃー、やっぱりっすか」

「やっぱりとは、どういう意味だ」

「言ったじゃないっすか。凛先輩は人気が凄まじいって。それは男に限らないって事っすよ。さらに轟木先輩はこの反応も見越していたんすね。だから、男女に関係なくと」


 なんと迷惑な。同性にまで邪魔されるのは、流石の私も悲しくなってしまうのだがな。


「凛先輩のチョコを奪うのよ! 男よりも女の方が凛先輩にふさわしいと証明するの!」

「「「「「おおおおっー」」」」」

「凛先輩! 貴方の愛を私に!」

「凛様のチョコ――あはっ!」


 聞こえてくる声に、言い知れぬ恐怖を感じて、びくっと体が震える。男子よりも女子の方が大変な気がしてきた。


 男子と同じく一斉に攻勢をかけてくる女子生徒たち。あまり手荒な真似はしたくないのだが、今回は私も譲る訳にはいかん。チョコに注意を向けつつ、縦横無尽に人の群れを暴れまわる。


 体格的な問題もあるだろう。囲まれても左程、圧迫感を受けない。であれば、薙ぎ払うより目の前で打ち倒していく方が恐怖を煽る事ができるのではないか。


「あん! 凛さまああ」

「最高です!」


 女子生徒の悲鳴? が響く戦闘エリア。徐々に人は減っていき、ようやく全てを掃討し終える。男子の場合は何度でも襲ってきそうな気がするが、女子はそうでもないだろうと判断して徹底的に倒す。


「そろそろ、次行くっすか?」

「そうだな。頼むから私を追いかけるのはやめてくれ」


 そう言い残すが、方々から黄色い声が聞こえたのは気のせいだろうか……いや、気のせいだと思おう。


 廊下を駆け抜けていく。途中、不意打ちのように襲ってくる生徒にあやうくチョコを取られそうになるが、何とか死守。そのまま三つ目の戦闘エリアへと突撃する。


 今までの二つのエリアと違い、人は少ないように感じる。しかし、立ちはだかるのは剣武練成館高校でも上位に入る生徒たち。チョコを狙っているという感じではない気がする。


 そうは思っても、ここで立ち止まる訳にはいかない。敗北は龍にチョコを渡せない事を意味する。であれば、負ける訳にはいかなかった。


 私は体に流れる命力(マナ)をさらに消費して練気を練り上げる。木刀を天高く掲げ、練り上げた練気を注ぐ。私のやっている事に気が付いて、慌てて私の方にやってくるが、


「もう遅い! 神藤流“蒼炎斬”!」


 練気が渦を描くように木刀に絡みつき、蒼炎のように燃え上る。そして、放つ神速の一撃。そして、迫りくる生徒たちに振り下ろす。大きな音が響き、土煙が舞った。その場にいた生徒たち全ては、その場で倒れていた。


 さらに役目を終えたように、木刀も折れてしまった。


 ここで余韻に浸っている場合ではない。すぐに動かなければ生徒たちが追い付いてしまう。戦闘エリアに常備されている木刀をすぐに取って、四天王の間へ急ぐ。


「あんな場所で使う技じゃ、ないっすねー」

「わ、分かっているが、時間を掛けたくなかったのだ」


 走っている途中に、望海が面白そうに指摘するが仕方ないではないか。手練れの生徒たちを複数相手取るのはきっと危なかった。ただ、やり過ぎたとは思うが……威力は弱めたので問題ないだろう。


 そして、四つ目の戦闘エリアも同じような感じだったので、早々に突破。後一つ、戦闘エリアを抜ければ四天王の間は、目と鼻の先だ。


 ここに至って、余力はまだあるものの疲労が溜まっている事は否定できない。迫ってきた生徒たちには、想像以上の執念を感じていた。中には、リア充に死を! などと叫んで襲ってくる者たちもいた。もう放っておいて欲しい気分だ。


 五つ目の戦闘エリアにたどり着く。そこにいたのは、たった二人であったが、最悪と言わざるを得ない。


「なぜ? と言っても無駄なのだろうな」

「なぜ? という答えに答える事はできるよ」


 私の声に反応したのは、蒼穹を思わせる空色の長髪を持つ少女――吾妻(あがづま)真弓。私の髪も青色だが、彼女のそれは本当に美しい。


「ま、簡単に言えば面白そうだからだ。神藤と本気で戦えるのはな」


 と答えるのは、特に特徴的な所がない少年――篠崎純平。と言っても、カッコいい部類に入るとは思っている。この二人は幼馴染なのだ。そして、二人ともここではトップクラス。篠崎は私と同じく四天王だからな。真弓も四天王と同格と言っても過言ではない。


「さて、無駄話も終わりにして始めるよ、凛」


 真弓が弓を構える。すぐさま、練気を矢として放つ。そして、その狙いは私ではなくチョコ。下手に避ければ、チョコに当たってしまうかもしれない。真弓の矢は曲がるからな。


「じゃ、始めるか!」


 篠崎が私に向かって突っ込んでくる。彼が扱うのは槍術。しかし、持っているのは練習用の棒。と言っても、棒術も堪能(かんのう)だから強敵である事に変わりはない。


 彼を支援するように後ろから無数の練気の矢が飛んでくる。流石に篠崎を相手にしながら、真弓の攻撃を避ける自信はない。しかし、その矢は私には向かわなかった。


「望海?」

「ここは手助けした方がいいと思ったっす!」


 望海が水を放って矢を防いでくれた。


「すまん! 真弓は任せる」


 望海が積極的に協力してくれたおかげで、私は篠崎に集中する事ができる。そして、篠崎の棒と打ち合った。


 私の急所を的確に狙って突きを放ってくる篠崎。楽しそうに私と戦う彼を見ていると、龍の事を思い出す。


「他の事を考えていると、チョコ取られるぜ」


 篠崎がそう言った瞬間に、鋭い突きがチョコ目がけて放たれる。これは木刀で受けていては間に合わない。だから、片足を動かして篠崎に対して背を向けた。


「ぐっ!」


 肩甲骨辺りに痛みが広がる。他の事を考えて勝てる相手ではない。私はハンデも背負っているのだから。振り向きざまに木刀を一閃させる。篠崎はバックステップで私と距離を取った。


 距離を取らせるのは厄介(やっかい)だ。棒の方がリーチがある、ここは一気に間合いを詰める。肉薄し、肩口に木刀を振り落とす。篠崎は棒を水平にする事で防ぐ。すぐに手首を捻って、股下に向かって斬撃を放つ。


 これもまた棒を回転させる事で防がれる。どころか、上手く力を吸収されて弾かれる。体勢が崩れた所へ、篠崎の電光石火の突きが飛び出してくる。これをまともに受ける訳にはいかない。


 足元がしっかりしていない状態だが、腕を振って木刀の柄を棒に向かって振り落とす。突きが腹に当たる直前、棒が地面を叩いた。


 ほっとしてもいられない。すぐに私は距離を取って、剣先を篠崎に向ける。向こうが突きで来るならば、こちらも受けて立つ。


 剣先に練気を集中し、全身から練気が立ち昇るのが分かる。手加減できる相手でもないし、片手で突きを放つのだ、全力を出さなければ届かない。篠崎も私がやろうとしている事を悟って、棒を構え練気を開放している。


 そして、どちらからともなく飛び出した。篠崎に向けて放った神速の一撃は、蒼き龍となる。放たれた木刀と棒はぶつかり合う事なく、お互いの胸へと向かっていく。


 ――衝撃。


 しかし、それは私が受けたものではなく相手に届いた証。篠崎は後ろへと吹っ飛んでいった。それを理解した瞬間、倒れそうになる所を木刀で支える。確かに篠崎の棒は届いていなかったが、その余波を受けたせいだろう。


「純ちゃん!」


 真弓が望海との戦いを放棄して、篠崎の方に向かっていく。片手で放った“蒼龍閃”だ。威力は大分減少していると言っていい。本気で打ちはしたがおそらく問題ないだろう。


「大丈夫っすか?」

「ああ、早く行かなければな」


 震える足を叱咤し、私は四天王の間へと急ぐ。おそらくいるであろう人物に会いに。


 その途中の襲撃はなく、四天王の間の扉の前にたどり着く。


「お疲れ様っす。凛先輩、やっとたどり着いた感じっすね」

「本当にそうだな。これで私の勝ちだ。全く、こういう遊びはこれから遠慮してもらいたいものだ」


 本当にそう思う。文句を言ってやらねばらないな。


「うちは後始末でもしてくるっすかねー。皆に知らせないといけないっすから。それでは、お疲れ様っすー」

「ありがとう、お疲れ様」


 望海は去っていった。結局、望海は最初から知っていたのか分からなかったな。でも、彼女がいなければこのチョコは完成しなかった。本当に助かったよ。


 少し深呼吸をして、四天王の間の扉を開く。明かりはついていて、一人の男子生徒がそこに立っていた。


「これで私の勝ちだ」

「流石、凛だなー。って、その様子だと気付いていたか?」


 目の前に現れたのは、私の恋人である立花龍。今回の騒動の真の黒幕は彼だったという訳だ。


「戦闘エリアの三つ目に来た辺りだ。いくら何でも都合が良すぎると思ってな」

「そっか。まあ、ちょっとしたお遊びもあるが、轟木先輩からも何か生徒たちを刺激する事をしたいと言われててさ。丁度、いいかなと思ったんだよ。凛が俺のために頑張ってくれるって信じていたからな」


 さらっとドキドキするような事を言う。しかし、文句は言わなければならない。


「だとしてもだ! 私のチョコを君以外に取られるなんて耐えられないのだぞ!」

「あはは、ごめん。でも、俺が愛している女の子は絶対来てくれるって信じてたからさ」


 そう言われては何も言い返せないではないか。顔からも信頼してくれている事が分かる。ああ、好きだな……。本当にそう思ってしまう。


「さて龍。私のチョコを受け取ってくれ」


 私は後生大事に持っていたチョコを詰めた箱を龍に差し出した。龍の顔が少し赤い。それが無性に嬉しく思う。


「ありがとう、可愛くラッピングしてあるな。開けていいか?」


 私が頷くと龍が箱を開ける。その間、私は目線を逸らす。やはり、メッセージを読まれるのは恥ずかしいものがあるからな。


「なあ、凛……」

「ど、どうだ? 私の気持ちは伝わったと思うのだが……」

「い、いや……」


 龍の反応がおかしい。私は逸らしていた目線をそちらに向けると、龍が箱の中身を私に見せてくれる。


 私はその凄惨な光景に唖然となる。激しく動いたせいだろう。ココアパウダーでチョコペンの文字は見えず、さらにチョコペンの文字は箱とぶつかり合ったのだろう。ぐちゃぐちゃになっていた。


「うう、龍ぅ……ごめん」

「元々、俺のせいだからな。それに――」


 龍はチョコを一つ摘まみ、口に運んだ。


「うわっ! すっげ美味しいじゃん。凛の愛がたっぷり詰まってるからだろうな」

「龍!」

「うおお、凛!」


 龍の感想に我慢できなかった私は彼に抱き付いた。彼もチョコを持ったまま私を受け止めてくれる。言葉一つで簡単にドキドキしてしまう私は、安い女なのかもしれない。それでも、私にとって龍は最高の恋人だ。


 ――龍、愛してる!


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