Love Holiday 【後編】
店内に入ると本当に様々な種類のアクセサリーが飾られている。女子にとっては興味をそそられる光景だろう。
先に入った三人は当然ながら、後から入った二人も例外ではない。
しかし、きょろきょろと辺りを見回しているだけで、一向に動き出す気配はない。明らかに龍を気遣っているのが分かる。
「ランジェリーショップじゃないんだから、遠慮するなよ。別に下着はってだけで、嫌に疲れたって訳じゃないから」
「兄さん、ありがとうございます」
龍の言葉を受けて二人はそれぞれが見たいアクセサリーを見回り始めた。店内にいるのは、龍たちのみで彼女たちはじっくりと見る事ができた。
店内にある豊富な品揃えは見ていて飽きる事はなく、龍もひまになる事はなかった。
ただ気になる事と言えば、綺麗に陳列されているアクセサリーのほとんどが一つしか置いていないという事だ。
ずらっと並べてられているために量を置く事が出来ないと考える事も出来るが、これらのアクセサリーの数々はこの店の主が手作りしているようだ。
だから、一点物という事で間違いないだろう。必ずしも一つしかない、という訳ではなく、二つ置いてあるものもある。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! こっち来て!」
店内に朱莉の溌剌とした声が響く。龍だけでなく、四人の少女たちもきになったので朱莉の所へやってくる。
「何か良い物があったか?」
「うん! これ良くない? すっごい綺麗なの!」
朱莉が両手に乗せて見せてきたのは、二つの指輪――光沢を放つ黒と白のガラスの勾玉をそれぞれあしらい、細やかな装飾まで施してあった。
それは宝石をあしらった高級な指輪にも負けないと断言できる程のもので、それを見た少女たちはうっとりと声を漏らした。
龍も純粋にその指輪の美しさに魅せられる。
「お客さん、それに目をつけるとはお目が高いですねー」
六人が黒と白の指輪を見ていると、後ろから声をかけられる。龍はその人物を見て声を漏らした。
なぜなら、その人物はこの店の女主人だったからだ。彼女はすらりとした手足に、メリハリのある体、そして頭にはバンダナを巻いている。
龍はそのバンダナ店主に目を奪われるが、それも一瞬の事。しかし、少女たちにとっては大きな事のようで、龍はじとーっとした視線を向けられる。
「あ、あの、この指輪って何か特別なものなんですか?」
五人の美少女からの視線から逃れるために、バンダナ店主に尋ねている。
「そうですねー、これはマリッジリングなんですよー」
「マリッジリング?」
龍はバンダナ店主の言葉に首を傾げる。彼は『マリッジリング』を知らないようだが、少女五人は一斉に顔を赤くしている所を見ると、それがどういうものか知っているのだろう。
「結婚指輪の事ですよー」
「結婚指輪ですか」
初めて知ったという感じで頷いているが、それ以上の驚きは龍にはなかった。
「やっぱり男の子だからですかねー、その反応は。さて、それは私の自信作の一つでして……失礼しますね」
龍の反応はバンダナ店主が求めていたものではなかったようだが、彼女は気にせずに、朱莉の両手に乗っている黒と白の結婚指輪を手に取った。
それから、左右の手にそれぞれ、黒と白の結婚指輪を持ち勾玉の部分を合わせる。すると、黒と白の勾玉は綺麗に重なり円となった。
「男と女が重なり紡ぐ縁。それを現したのが、この黒と白のマリッジリングなんですねー。もし、誰かと婚約する予定がありましたら、是非」
バンダナ店主はにこっと絶妙な営業スマイルで、龍、ではなくて五人の少女たちを見た。
それの意味する所は明白で、少女たちはさらに顔を赤くするのだった。
***
バンダナ店主からマリッジリングの話を聞いた後、すぐに店を出てきた六人。
しかし、彼女たちの心はあらず、という感じでぼうーっとしながら歩いている。
「お前たち、大丈夫か?」
龍が少し心配になって尋ねるが、彼女たちは生返事をするばかり。
少女たちの顔はほんのりと赤く染まっており、何かに想いを馳せているようにも見える。
原因は言うまでもなく、先程の話。マリッジリングについて、聞いてからだ。
彼女たちはそれぞれ自身の未来について考えているのだろう。つまり、誰の妻となるのか。
そんな中、桃花の視線にあるものが飛び込んできた。
彼女の足は自然とそちらに向き、他の五人を置いて歩き出してしまう。
それに一番早く気が付いたのは龍。だから、彼は残りの四人を促して、桃花を追った。
しかし、桃花の足は少し歩くと止まり、目の前のガラスの先にある物を見ていた。
「……ウェディングドレス?」
誰かがそうつぶやき、少女たちは自然とその展示されている純白のドレスに釘付けになる。花のレースをあしらっているそれは、凛とした中にも可愛らしさをのぞかせる。
彼女たちはしばらくの間、そのウェディングドレスを見つめていた。
龍はそんな彼女たちを見守る事にした。なぜなら、ウェディングドレスを見つめる彼女たちは本当にきらきらとした瞳で見つめていたからだ。
そこへその建物の扉が開く。
龍だけでなく、ウェディングドレスを見つめていた少女たちもびくりと反応する。
出てきたのは優しそうな目をした老人。彼は少女たちを一人ずつ見つめて、大きく頷いていた。
それに対して首を傾げる少女たち。
「こほん、君たち、ウェディングドレスを来てみるつもりはないかね?」
「「「「「えっ!」」」」」
それはまさかの提案であり、魅力的な提案だった。だから、彼女たちが二つ返事で了承をしようとした所で、龍が彼女たちの前に立つ。
「それはどういうつもりで言っているんですか?」
龍の目に一瞬、強い光を帯びる。その気迫に老人はたじろいでしまうも、負けじと龍を見つめる。
「彼女たちの写真を撮らせて欲しいのだよ。ほれ、ここに写真も飾ってあるじゃろう」
そう言って指差した所には、ウェディングドレスを着た女性の写真があった。
「本当であれば、今日か明日には今年分の写真を撮ってここに飾るつもりじゃったのだが、頼んでいた女性の都合が悪くなってな。今月中には無理そうなのじゃ」
「それで彼女たちに戻るをやって欲しいと?」
「まあ、そういう所じゃな。もちろん、それだけではないぞ、彼女たちも興味を示していたようだし、被写体としても申し分ない愛らしさじゃ。そろそろイメージを変えたいと思っておった所だったので、丁度良いと思うのだがどうじゃ? もちろん、変な事をするつもりはないから安心して欲しい」
老人からの説明を受けて、龍は後ろの少女たちを見る。全員、ウェディングドレスを着てみたいという意志があった。
ここで駄目と言う事はできないだろう。
「分かりました。お願いします」
「「「「「やったー」」」」」
少女たちの喜びようを見て、龍はふっと頬を緩めた。
この店は冠婚葬祭の記念写真を主に撮っている店のようで、飾ってあったウェディングドレスも貸し衣装の一つだったようだ。
化粧や着付けという作業を取り除いたので、ウェディングドレスを着るだけの作業のため、想像以上に早く進んだ。
老人――カメラマンであり、店主――はすでに撮影の準備をしており、龍はもうすぐ出てくるであろう少女たちを待っていた。
ちなみに彼もスーツ姿だ。ウェディングドレスの撮影であるためにどうしても新郎役がいる。そこで当然の流れで龍に白羽の矢が立った。
「お兄ちゃん!」
最初に出てきたのは朱莉だった。至る所にレースをあしらった純白のドレスは、朱莉の清純さをぐっと引き上げているように感じられる。
さらに彼女の鮮やかな赤髪と純白のドレスのコントラストが見事で、店員たちもはあっと声を漏らした。
「すごく綺麗だよ、朱莉」
「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんもすごくカッコいいよ!」
にこっと笑った朱莉はその衣装もあって、絶世の美少女に見える。
しかし、彼女で終わりではない。
次に出てきたのは――
「似合っていますか、兄上?」
「ああ、すごくすっきりとして綺麗だよ」
顔を赤くするのは葵。彼女のウェディングドレスはレースのような装飾が何もないすっきりとしたもの。その代わり、葵の清らかな雰囲気が洗練されている。彼女の青髪もそれに一役買っていて、芸術品のような美しさはある。
三番目に出てくるのは――
「お兄さん! どうっすかー?」
くるりと一回転する望海。ぶわっとスカートが広がり、下が見えそうになるもぎりぎり見えなくて、龍はほっと安堵する。
「何ていうか望海だな?」
「どういう意味っすか、それー?」
「綺麗って意味だよ」
「うう……」
さらっとそう言われて望海の顔がぼっと赤く染まった。
望海のそれは、足元が見えすっきりとしたもので、望海の元気の良さを活かしたものと言えよう。
一見ウェディングドレスのようには、見えないがカジュアルな式を挙げる場合には適したものだろう。
四番目に出てくるのは――
「どう、ですか……お兄様?」
静かに歩いてきたのは桃花だ。丈の長いウェディングドレスは店員の人が後ろ持たなければ引きずってしまう程。
花のレースや花が所々に散りばめられ、その桃髪によって華やかさもプラスされ、どこかの国の姫のような印象を龍に持たせた。
「綺麗だ、文句のつけようがない」
「えへへ、嬉しいです」
そして、最後は――
「いかがですか、兄さん?」
両手を前に揃え出てきたのは薫流。
スカートのひだを寄せる事でボリュームを出したスカートが印象的で、他の四人がすっきりしたスカートだったせいか、余計に華やかに見える。
「薫流らしさが出ていて綺麗だよ」
「ありがとうございます」
こうして、五人のウェディングドレス姿が披露された。
その華やかさは店員たちも息を呑む程で、本当に圧巻の光景と言えるだろう。
「よし! すぐに撮影を始めるのじゃ! まずは君たち一人一人の姿を取らせてもらうぞー!」
と、老人は彼女たちの艶姿に興奮したのか、テキパキと指示をし始めた。
それから撮影が始まった。少女たちは言われるがままにポーズを取っていく。時には二人で、時には五人で、と。
それから、龍を交えての撮影となる。最初に誰が彼と一緒に写るか、という一悶着はあったものの、撮影はトラブルなく進んだ。
――それから約三時間後、そこにはぐったりとした少女たちの姿があった。
彼女たちは永遠と続くかに見えた撮影を終え、休憩中だ。休憩は挟んだものの、老人のリビドーの赴くままに撮影は続けられたのでかなり大変であった事は想像に難くない。
「お疲れ様だったな、皆」
声を出す元気もないのか、龍にこくりと頷くのみに止まった。
そんな彼女たちの頭を龍は優しく撫でていく。彼女たちのウェディングドレス姿は本当に綺麗で愛おしく思った。
だから、彼はその想いを籠めるように撫でる。
店員たちは、その光景を見てしまい多くは顔を赤くしてしまった。
「立花君、ちょっといいかな」
「はい、何ですか?」
老人に呼ばれた龍は彼の下へ行く。
「今日は色々と付き合わせてしまってすまなかったね」
「いえ、彼女たちも楽しんでいましたから」
「そうか。それなれば、良かった。それで今日のお礼という訳ではないが、これを」
そうして差し出されたのは、ノートぐらいの大きさの冊子だ。
すぐに中身を確認すると、そこには龍や少女たちの写真が並べてあった。
「加工などをしていると、時間が掛かってしまうが、アルバムのようにするだけならば、然程の時間はかからないものじゃ。六人分、用意させてもらうので、もう少し待ってもらっていいだろうか。これは見本じゃ、もし何か要望があれば行ってくれい」
「はい、分かりました」
「では、作業に戻るぞ。皆、手伝ってくれ!」
そう言って、店員たちを引き連れていく老人。それから龍は少女たちの下に戻っていった。
――こうして、この日は五人の少女にとって愛しく大切な日となったのだった。




