Love Holiday 【前編】
白桜市中央エリア。
白桜市にある八つのエリアの中央に位置するこのエリアは、流行に敏感な場所として有名であり、大型ショッピングモールや数多くの専門店が軒を連ねている事も特徴の一つである。
多くの学生が休日にはこの場所を訪れ、思い思いの時間を過ごす。
今、中央エリアを歩きながら周囲の注目の的になっている少年少女たちも、この中央エリアで休日を過ごそうとしている学生たちだ。
彼らが、注目を浴びている理由は二つある。
一つ目は、少女たちの容姿だ。
全員がとびきりの美少女たちで、周囲の人々を男女の区別なしに魅了する。
それは彼女たちの容姿が、女性らしい美しさよりも少女のような愛らしさの方が強いからに他ならない。
つまり、可愛いさ、というのは男女共通で注目の対象になるという事だ。
二つ目は、その男女比にある。
男女比は1:5、つまり少年一人と少女が五人である。
これだけならば、そこまで注目されないかもしれない。
女子の中に男子が混じっているという事を違和感なく、人々は受け入れられるからだ。
だから、問題はこの六人の距離感にある。彼らを見た人々は一瞬にして、六人の関係性を理解するだろう。
なぜなら、少女たちは全員、共に歩く少年に熱っぽい視線を送り、媚びるような仕草を見せている。
もちろん、そこに淫靡な気配はなく、純粋な愛情が感じられる訳だが。
つまり、少年は五人の美少女を従えたハーレム状態という事になる。
これは主に男の視線を釘付けにしてしまうだろう。――嫉妬と羨望によって。
「お兄ちゃん、どこ行きますかー?」
黒髪の少年にそう聞いたのは、元気の良い鮮やかな赤髪のツインテール少女――雨宮朱莉。にこにこっとした笑顔は道行く人々を掴んで離さないだろう。
「そうだな……」
そして、少し考えるような仕草を見せる黒髪の少年――立花龍。彼は嫉妬の籠った大量の視線を受けているにもかかわらず、涼しい顔をしている。おそらく、慣れているのだろう。
「お兄さん、うち行きたい所があるんすけどー」
そこで、提案してきたのは黒いショートで前髪に青いメッシュが入っている少女――青海波望海。ノリが良い雰囲気を感じさせるボーイッシュな彼女は、人懐っこい笑みを浮かべていた。
「どこに行きたいんだ?」
「ホテルっす!」
「「「「「はあっ!?」」」」」
望海のとんでもない発言に、龍だけではなく彼女を除く四人も声を上げる。
不幸中の幸いと言えば、望海の発言が六人以外の誰にも聞かれていない事か。
「望海、何を考えているのかしら?」
青筋を立てながら望海ににらみつけるのは、朝日奈葵――鮮やかな青い長髪に、前髪を中央で分けている少女だ。清廉なイメージを感じさせる彼女が、怒りを露わにすると怖さが際立つ。
「望海が直感で動くなんていつもの事だよ、葵。そんなにぴりぴりしてると疲れちゃうよ」
そうやって、葵を諌めるのは桃髪をボブカットにしている少女――九条桃花。明るい笑顔で彼女にそう言われて、葵は毒気を抜かれたように表情を緩める。
「わ、分かっているわよ、桃花。でも、兄上とホテルと言われると……」
「お兄様とホテル……改めて言われると、恥ずかしいなー」
『ホテル』という言葉から葵と桃花は何かを想像し体をくねらせる。二人のスレンダーな肢体がゆらゆらと揺れる様は、男たちに扇情的な気持ちを与えるだろう。
――たとえ、ある部分が育っていないとしても。
現にちらちら、と彼女たちを見ている周囲の男たちは悶々とした気分になっていた。ただ一人、龍だけが平然な顔をしている。
これは先程の嫉妬の視線を気にしない事と同じく、単純に慣れているからだ。彼は常にこの美少女五人に囲まれた生活を送っているのだから。
「貴方たち、何をしているの? 望海、私も貴方が言った言葉は問題があると思うよ。兄さんも困っていますから」
やや呆れ気味に言うのは、黒髪長髪の少女――立花薫流だ。眉をひそめてはいるが、その姿すら絵になっている。
「そうだな……俺はお前たちの事を大切に思っているけど、流石にホテルはまずいと思う」
龍も四人と同じ意見だ。しかし、当の望海は彼らの言い分に首を傾げていた。
「お兄さんも皆も何を想像しているんすか? うちが行きたいのは、ホテルのランチっすよー」
と両肘を曲げ、首を大げさに振る望海。その態度はそこはかとなく、彼らの気持ちを逆撫で――
「「「「「紛らわしいわっ!」」」」」
と、五人の声が重なった。
***
「美味しかったですね、お兄ちゃん!」
「そうだなー、望海にしてはいい所を知っていたよな」
「むう、悪意を感じるっすよーお兄さん」
「仕方ないでしょう、貴方が紛らわしい事を言うのだから」
「そうだよー、お兄様を困らせてさ。私たちも変な想像しちゃったし」
「彼女が適当なのはいつも事だから、気にしても仕方ないよ」
「皆のうちに対する扱いがひどいっすー!」
望海が拗ねた声を出すと、どっと笑いが起こる。この六人の関係がいたって良好である事は言うまでもないだろう。
「次はどこに行きますか? 兄さん」
「そうだな……とりあえず、ぶらぶらと散策でもしようかな。皆は行きたい所あるか?」
五人の少女たちは首を横に振った。結果、龍の案が採用という事になった。
ぶらぶらと当てもなく六人は歩いていく。専門店も多い中央エリアは、ウインドウショッピングをしていても全く飽きがこない。
現に少女たちはそれぞれが違う店をのぞいている。そして、良い物を見つければ龍を呼び、見てもらうという事を繰り返している。
全員が同じ店を見ているなら、龍もそこまで苦労はしなかっただろう。しかし、そう簡単には行かずに龍は色々な店を行ったり来たり。
挙句の果てには、ランジェリーショップで五人のランジェリーを選ぶ羽目に。龍は周りの痛い視線に耐えながらも乗り切ったのだった。
――そして、現在。
ほくほく顔で歩いている少女たちの手にはビニールの袋が提げてある。対して、龍は憔悴しきった顔だ。
「すみません、兄さん、悪ノリし過ぎました」
「私もです。止めるべき立場であったのに」
薫流と葵が龍を気遣う。
疲れ切った顔の龍を見て、流石にランジェリーショップに連れ込んだのは良くなかったと実感している二人。
「い、いや……精神的ダメージは大きかったけど、お前たちの喜んでいる顔が見られて満足だよ」
しかし、龍が恥ずかしがらずに、そのような事を言うので薫流と葵は顔を真っ赤にする。そして、自分たちの事を一番に考えてくれている実感し、幸せな気持ちになる。
「……兄さん、好きです」「……兄上、好きです」
二人は龍に気付かれない小さな声でつぶやく。同時に声が重なったので、二人はお互いに顔を見合わせて、微笑み合う。
龍からすれば、急に二人が笑みを浮かべたように見えるだろう。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
朱莉が突然、龍の腕を引っ張る。それに逆らうはずもなく、龍はある店の前まで連れてこられた。
そこにはすでに、望海と桃花が店外に並べられている色彩豊かなアクセサリーを物色している姿があった。
「ここか……」
龍は店を見ながら、懐かしむようにつぶやく。彼にとっては思い出深い場所なのだろう。
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「まあ、少しな。ここは本当に色々とあるから、見たいなら中に入ろう。中の方がきっと驚くよ」
「ほんと? やったー! 望海、桃花、中に入っていいって!」
子どものようにはしゃぎようで、二人の元に駆けていく朱莉。
望海と桃花は一度、龍を見た。それは本当にいいのか、と許可を求めているようだった。葵や薫流のように、彼女たちも龍を言葉にはしないものの気遣っていたのだろう。
だから、龍は軽く頷いた。すると、二人はぱあっと笑顔の花を咲かせ、朱莉と共に店に入っていった。
「甘いですね、兄上は」
遅れて葵と薫流がやってくる。その顔はやや呆れているようにも見える。
「いいんだよ、お前たちの笑顔が見れればそれでさ、行こうぜ」
さも当然のように龍が口にすると二人を促して歩き出し、葵と薫流は自然と彼に寄り添った。




