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七恋パラレルワールド  作者: 堀塚 刀夜
『愛情のレイニージューン!』
27/34

雨に投影する心

 ぽつぽつ、ぽつぽつ、とうちの傘に静かに雨が落ちていく。どこか寂しげなその音は、今のうちの心情を的確に表しているようだ。

 周りには見ず知らずの人々が歩いていて、知り合いは誰もいない。

 そういう意味では、うちは独りぼっち。


 そう、独り寂しく雨の音を聞いている。一人きりでいる事は、今までも珍しい事ではなかったので、そこまで寂しいとは思えない。

 でも、今は違う。この場に立っているうちは一抹以上の寂しさを抱えていた。

 それは隣にあの人がいないから。うちの心を照らしてくれる太陽のようなあの人が。


 まだか、まだか、と待つ心持(こころもち)は、ぽつぽつ、ぽつぽつ、と傘を鳴らす雨音と似ている気がする。

 それはうちの感性。他の人にはそう聞こえないかもしれない。なぜなら、うちはどこか他人とは浮いた存在だと思うから。

 気が付けば、黒い前髪に一筋入っている青い髪を(いじ)っている。


 この一筋の髪はうちそのものだ。見渡す限りの黒髪の中で、明らかに異質な青い髪。まさに異端と言っていい。

 ――そうそれは、昔のうちのようだ。

 でも……この都市に来てからのうちは異端ではなかった。それを真っ先に教えてくれたのは、うちの大好きなあの人。



 ――ああ、早く来てくれないっすかねー。



 あの人を待ちきれない心。きゅっと締め付けられる感触は意外と癖になる心地良さだ。

 そして、静かに雨音に耳を傾ける。やはり、ぽつぽつ、ぽつぽつ、と寂しい。




「――ねえ、そこのかーのじょ」


 そこに雑音が混じる。いやらしく卑しく聞こえるその類の声は本当に大嫌いだった。女を物としか見ていないような気がするから。

 そして、うちの視界を遮るように黒い傘が目の前に現れた。うちが答えなかったからだろう。


「あれれ、無視してる? まあ、いいや。こんな所で一人雨に打たれているなんて、もったいない! 俺と一緒にどこかで雨宿りしにいこうぜ!」


 顔をのぞき込むように、黒い傘を持った男が腰を低くした。一瞬見えたのは金髪だ。ますます嫌になる。

 さらに、いやらしい三日月の目と自分の目が合ってしまい、無言で顔を背けた。

 人の良さそうな笑顔ではあったが、その内面が透けて見えて気持ちが悪い。


「もしかして、誰かを待ってる? 君みたいな可愛い子を待たせるなんて、最低な奴だねー。男かな? 男だったら最悪だよねー」


 その言葉にぴくり、と肩を震わせる。うちの事はともかく、あの人の事を侮辱するなんて許せない。

 しかし、ここで手を出したら負けだ。それに相手の実力も分からない。

 あの人もうちに勝てる人はそうはいないと言っていたけど、油断はするな、とも言われている。


 そんな時、ざあざあざあー、と雨音が強くなった。それはまさにうちの今の心情を表すようだ。

 内側から怒りが湧いてきて、暴れ回っている、そんな感じだ。

 うちってあの人の事になると感情的になってしまうんだよね。


「雨も強くなってきたし、そろそろ行こうよ」


 と言いつつ、うちの腕を掴もうと金髪の男が手を伸ばす。

 ――速い。目視できない程ではないにしろ、普通の学生よりは速い。どうやら、練気で強化しているみたいだ。

 まあ、無駄だけど……


「うわっ」


 びちゃん、と水が跳ねる音が、一瞬、雨音を消すぐらいに盛大に響いた。周りの視線を一身に集め、濡れた金髪の男の顔が羞恥に染まる。

 そこで初めて金髪の男の全身を見た。金髪は濡れ、体全身も濡れてはいるが、それでも見栄えがするだけのルックスは、持ち合わせているようだ。


 しかし、この金髪の男を見れば、人は容姿ではないと断言できる。ただ、うちが言ってもあまり説得力はないかもしれない。

 あの人は目の前で、顔を真っ赤にしている金髪の男よりも断然カッコいいから。

 本当にカッコ良くて、ついつい甘えしてしまう。


「――てめえ、今何をしやがった」


 黒い傘を投げ捨てドスの効いた声。少し足が後ろに動く。本能的に自分の女の部分が、その怒声に恐怖する。

 でも、そこを意志の力で()じ伏せる。にらみつけるように、うちは相手の金髪の男を見た。


「うちは何もしていないっすよ。お兄さんが勝手にこけて、水たまりに突っ込んだだけっすよ?」

「ふざけてんじゃねえぞ!」


 ――また、水が跳ねる音。

 その時には、目の前に拳が迫っていた。速いけど、うちには無意味。あの人と鍛練している、うちには普通の一撃にしか見えない。

 そして、うちに当たると思われた拳は、急にその軌道を変えて、うちから逸れた。男はたたらを踏むようにうちの横に流れる。


「ああ、くそッ! 調子に乗ってんじゃねえぞ、この尼ァァッ!」


 怒りを吐き出しながら男はすぐに態勢を立て直して、再度うちに拳を突き出してきた。


 ――しかし、その拳はうちの目の前で止まる。目の前に真紅のブレスレットが見える。



――ああ、やっと来てくれたっす。



「そこまでだ。俺の女に手を出してるんじゃねえよ」


 きゅん、と心が波打った。さらっとこういう事が言えるのが、この人の凄い所。

 好きな人に、こういう風に宣言されるのは本当に幸せを感じてしまう。これは女子の特権じゃないだろうか。

 それが、物のように扱われたような言い方だったとしても、そこに籠められた意味はしっかりと伝わっている。


「君がその子の彼氏って訳。ふーん、冴えない顔をしているね」


 金髪の男の小馬鹿にしたような声には青筋が立った。お前なんかが、この人の事を好き勝手言って良い訳がない!

 感情が上手く制御できない。そのせいか、一歩足が前に出た。

 

 ――しかし、彼に制される。


「望海、お前があんな下種(げす)に怒る事なんてないさ」

「龍先輩……」

「下がっていろ」


 こくりと頷いてうちは後ろへ下がる。

 ざあざあざあー、と雨の勢いが変わらない中、あの人――龍先輩は持っていた青い傘を下に置く。


「さあ、かかってこいよ!」


 くいくいって、手の平で金髪の男を挑発する。それは余裕の表れでもある。

 龍先輩の考え方からすれば、そんな事しないはずだけど、きっとうちのために怒ってくれているのだと思う。

 そう思うと、本当に嬉しく感じる。


「覚悟しろよ、糞野郎!」


 男が地面を練気の纏った足で蹴った。水たまりでもないのに、その反動で地面に薄っすらと流れている水が大きくはねる。

 飛び出した拳は、高速とは言わないものの早い。その速さは、うちが捉えきれるかどうか。

 さっきまで相手が手加減していた事がよく分かる。思っていた以上に金髪の男は強い。あのまま、続けていたら負けたかもしれない。


 でも――


「ぐはあっ!」


 ――うちと同じ程度では、龍先輩には届かない。


 カウンターを受け、金髪の男は雨に濡れた地面に倒れ伏す。男はぴくりとも動かない。完全に落とされたのだと分かる。

 やっぱり相手にもならなかった。先輩は強いよね。


「さ、行こうか、望海」


 倒れた金髪の男には目もくれずに、龍先輩が地面に置いた傘を拾って、こちらに話しかけてくる。


「はいっす!」


 龍先輩の横に並んで歩く。傘のせいで先輩のすぐ側で歩く事が出来ないのがちょっと残念。

 そして、しとしと、しとしと、といつの間にか静かな雨へと変わっていた。


「悪かったな、待たせてしまって」

「そんな事ないっすよ! うちもさっき来た所っすから。その、助けてくれてありがとうっす」

「いや、俺がもっと早く来ていればこんな事にはならなかったよ」

「でも、30分前には来てくれたじゃないっすか」

「まあ、雨も降ってたしな」

「それだけで十分っすよ!」


 今回はうちが早く来過ぎていただけだから、先輩が謝る事じゃない。でも、そうやって、うちの事を心配してくれるのは本当に嬉しい。


「そっか。ともかく望海が無事で良かったよ」

「先輩……。それよりも、寒く……ないっすか?」


 下からのぞき込むように先輩を見る。あの金髪男を倒すために傘を一度手放してくれたっすからね。

 うちのためだって思うと、少し罪悪感。


「ああ、これぐらい何ともないさ」


 先輩は軽く肩に乗っている水滴を払った。

 ――ううー、かっこいいー……軽く濡れている先輩、なんとも言えない色気がある。

 水も滴るいい男っていうのは、こういう人を言うんだよね。


「龍先輩、これからどうするっすか?」

「そうだなー、あんまり考えていないんだよね。雨だけど、少し歩かないか?」

「了解っす!」


 こうして意味もなく歩く事は意外と好きだ。空想を膨らませられるから。と言っても、最近は龍先輩の事ばっかり考えているけどね。

 だから、大好きな先輩と一緒に歩けて本当に幸せなんだ。

 ただ……欲を言わせてもらえば先輩と腕を組みたいなーっと思う。


 静かに傘を打つ雨の中、うちはちらちらと先輩を見ている。たまに目が合うと、恥ずかしくて顔を背けてしまった。


「望海、何か言いたい事があるのか?」

「い、いや、何でもないっすよー」


 先輩から視線を外しながら答える。

 うー、これは何か言いたい事があるって言っているようなものだよね。


「悩みとかだったら遠慮なく聞くぞ? 望海の浮かない顔なんて、見たくないからさ」

「もう、ほんと先輩って優しいっすよねー……ますます好きになっちゃうっす」

「ん、何か言ったか?」

「なーんもないっすよ! 先輩、相合傘しないっすか?」


 先輩の言葉で吹っ切れたうちは、そのまま相合傘をお願いしてみる。悩みじゃなくて、お願いだけどね。


「相合傘かー、いいよ。おいで」


 先輩から許可が出たので、傘を閉じて先輩の大きな傘の中へ。

 そして、どきどきしながら、自分の腕を細身にもかかわらず、たくましい先輩の腕に組ませる。


「えへへ……」

「落ち着くな、隣に誰かいると」

「そうっすね。ほんと、落ち着くっす……」


 ――とくとく、とくとく。


 うちの心臓とリンクしているかのように、雨が傘に打ち付ける。


 ――どくどく、どくどく。

 ――とくとく、とくとく。


「ふふ……」

「望海?」

「先輩、うちは今とっても幸せっすよ!」


 自分なりの満面の笑みを先輩に浮かべて見せる。

 そうしたら、はっとしたような顔をした先輩がうちの頭を撫でてくれた。


 ――さあさあー。


 様々な音を響かせる雨、それはうちの心を写す鏡のように。


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