五月七日 山へ行こう!
五月七日。
まさか本当に朝まで掛かるとは思わなかった。時々休憩は挟んだものの数は途中で忘れた。
「うーん、朝ご飯美味しいね!」
「うむ、まるで頑張って鍛練した後に食べるような感じだ」
「美味しい」
「本当にそうだね。あれ、龍君食べないの?」
四人は今日もすこぶる元気だった。明らかに昨日より元気だ。こっちは体の節々が痛いっていうのにさ。
「いや、食べるよ。ちょっと皆の元気の良さに圧倒されているんだよね」
俺がそう言うと四人の少女は顔を見合わせて、くすりと笑う。
「それはりっくんに一杯愛を注いでもらったから」
「今までで一番良かったかもねー。私たちも欲しがってたから余計にさ」
「確かに熱烈だったな。すっげえ興奮したのは間違いない」
「えへへ、龍の顔、すっごくエロかったもんね!」
「う゛、それを言うなって」
とろん、とした顔で笑う琥鈴。
可愛らしい表情ではあるけど、同時に昨夜の蕩けた顔を思い出して体が熱くなるのが分かる。昨日の皆の顔は本当にまずかった。絶対、他の男には見せられない顔だったからな。
「昨日は本当にお楽しみだったみたいだね」
「剣崎先輩」
タイミングを見計らっていたかのようにやってくる剣崎先輩。お櫃を持ってきている事からご飯のおかわりがあるか聞きに来たのだろう。
俺はまだ食べているけど、他の四人はすでに茶碗を空にしていた。だから、せっせとしゃもじでご飯を入れていた。
「昨日、精のつく料理を作った成果が出たみたいだね」
「はい、本当にありがとうございました!」
大袈裟とも言える感じで俺は大きく頭を下げた。顔を上げると目を丸くしている剣崎先輩が見えた。
どうやら、この反応は想定外だったみたいだ。
でも、すぐにその目は優しさを帯びて鷹揚に頷いた。それは剣崎先輩なりの祝福なんだろうな。まあ、実際子作りはしてないんだけどな。
「おかわりはもう大丈夫かな?」
「あ、お願いします」
茶碗に残っていた米を一気に口の中に頬張って、茶碗を剣崎先輩に差し出す。彼女はふんわりと笑ってそれを受け取り、ご飯をよそってくれた。
お櫃の中のご飯は全てなくなり、色々な意味で満足そうな顔をした剣崎先輩はそのまま戻っていった。
「龍、今日は帰るだけか?」
「そうだな……山を少し散策するか? 昨日は海だったし、今日は山でいいんじゃないか。山をのんびりと下りながら帰るのも悪くないだろ?」
「そうだな。私は賛成だ」
「私も問題ないよ」
「異議なーし」
「いいよ」
そうして、全員が山を散策する事で一致した。
***
朝食後、ささっと荷物をまとめて剣崎先輩にチェックアウトする旨を伝えた。彼女は当然ではあるけど、それを快く受け入れてくれた。
だから、俺たちはしっかりと感謝の言葉を告げて旅館を出た。今度はまた皆で泊まりに来ようと思う。
それから旅館の入口とも言える獣道を抜け、俺たちは一度山頂まで歩いてきた。
「やはり空気が澄んでいるな。白桜市はどうしても色々なものが混ざった感じがする」
「そうだねー。歴史の坩堝とはよく言ったよね。あの都市は本当に独特な雰囲気を持ち合わせている」
「私は好きだよ。ああいう雑多な感じ。それに色々な甘いスイーツが楽しめるから大好き!」
山頂からの絶景を楽しみながら雑談している三人の声が聞こえる。
そして、俺とふうは二人寄り添ってただただ景色を眺めていた。
「りっくん、怒ってる?」
「どうして?」
唐突にふうがそんな事を聞いてきた。
全く身に覚えのない事なのでその意味を聞き返した。
「その、今回の小旅行の事……」
「ああ、それね。別に何とも思ってないよ。というより、感謝しているかな」
「ほん……と?」
「ああ、もちろん。幼馴染でゆっくり過ごす事が出来たからな」
「それなら、良かった。昨日、りっくんが怒ったかもしれないと思って……少し不安で……」
そんな事考えていたのか。やっぱり全てを理解するのは難しいな。
特にふうは無表情だし、心の奥底に気持ちを封じ込められると完全に分からない。
「俺がふうの事嫌いになるとでも思ったのか?」
「思わないけど……」
「なら、いいじゃん。それに昨日、あんなに愛し合っただろ?」
「そうだね。一杯愛してもらった」
俺の方を向いて目を細め、ふにゃっとした表情を見せるふう。途轍もなく可愛かったので頭をわしゃわしゃと撫でる。
それに反応して彼女のはねっ毛が上下にぶんぶんと揺れた。
「龍、ふうちゃん、そろそろ山を下りよ!」
ふうの頭を撫でていると琥鈴の声が聞こえたので撫でるのをやめ、ふうと手を繋いで彼女たちの所へ行った。
琥鈴たちの所にやってきた俺たちだけど、三人の目は俺とふうが手を繋いでいる部分に向けられた。
そして、無言のうちに三人がじゃんけんを始める。
結果、勝ったのは凛。
勝者である凛は俺の空いている方の手を握り満足顔だ。
まあ、交代すればいいだろうな。
立ち位置も決まった所で山頂から下り始める。
山の中にも気持ちの良い風が吹いていて、木々や俺たちの髪を揺らす。
緑を通ってやってくる風は山頂で感じた風よりも優しく感じられた。
「山を歩いていると昔を思い出すね、龍」
「そうだな。懐かしい思い出、とでも言えばいいかな」
そこで俺たちの会話は突然ぷつりと途切れた。
深い意味はない。
俺たちはすでに乗り越えている話だからな。
気まずくなった訳じゃない事はここにいる全員が理解している。
ただ、何となくこの静かな時間を静かに過ごしたいと思っただけだ。
いや、昔を思い出しているのかもしれない。
大切な皆との思い出。
それがあったからこそ、俺たちは今こうして歩いているのだと思う。
そんな事を考えていると無性に皆を抱きしめたくなってしまった。
「皆、抱きしめていいか?」
我慢する事なく率直に言った。
すると、待ってましたと言わんばかりに皆が一斉に俺に抱きついてきた。
だから、俺は皆を包み込むように腕を回した。
「皆、気持ちは一緒だよ、龍。私たちはもう二度と離れ離れなんかにならないから、ずっと一緒だから」
的確に俺の心の中を言い当てる琥鈴。
全く敵わないな、琥鈴には。
凛、ふう、亜理紗は無言だけど腕に籠められる力加減で言いたい事は伝わってくる。
――離さない。
それは俺だって同じ気持ちだよ。
絶対にこの先彼女たちを離す事はないし、忘れる事もしない。
「そろそろ行くか?」
皆が俺の胸から離れて頷いたので歩き始める。
自然と俺の両手を握っているのは琥鈴と亜理紗に変わっていた。
今日も綺麗に晴れているから、太陽光が枝葉の隙間を縫って地面に降り注いでいる。
今回の小旅行は本当に楽しかったと思う。
皆で一緒に濃密な時間を過ごせたんじゃないかって思うよ、昨日の夜の事も含めてさ。
皆の期待には応えられなかったけど、そこは納得してもらった。
でも、今回の小旅行で琥鈴、凛、ふう、亜理紗は俺の事を強く求めてくれている事が改めて分かった。
だったら俺も彼女たちに応えたい。
だから、なおさらこれからの事を考えたいと思う。
「龍君、どうかした?」
「いや、良い天気だなーってさ」
「ふふふ、そうだね。本当に良い天気。私たちを祝福してくれているみたい」
「亜理紗」
俺は彼女の手を強く痛くない程度に握る。
そうすると彼女も同じ力で握り返してくれた。
「龍、亜理紗、二人だけで通じ合わないで欲しいものだな!」
「ごめん、凛」
「分かればいいのだ。――なんて冗談だ、そういう事はあった方が良いと私は思う。全員が全員同じように通じ合っていては、私たちがそれぞれいる意味がないだろ?」
「何だか凛らしいな」
「これが私なりの龍との在り方だからな」
凛が軽く握ってくる。
だから、俺は軽く握り返した。
「りっくん、綺麗だね」
「そうだな、綺麗だ」
ふうが俺の方へ振り返りながら言う。
彼女が言っているのは俺たちを囲む、この緑色の景色だ。
さらさらと葉が擦れ合う音はとても心地良く、日の光に反射する葉たちは生命力に溢れ美しい。
他愛のない会話だけど、それだけで胸が一杯になる。
「龍、また旅行しようね! 今度は近場じゃなくてさ。遠くにいこ?」
「そうだな。また五人でまったりと過ごしたいな」
「だよね。私もこの五人がいいなー」
屈託のない琥鈴の笑顔は、山の鮮やかさにも負けない輝きを放っている。
その後もゆっくり、まったり、のんびりと歩きながら山を歩き、白桜市に帰っていった。
本当に楽しい小旅行だった。
そして、とても大切なものを得た小旅行でもあった。
これで小旅行は終了です。




