五月六日 海に行こう!
五月六日。
夕食に舌鼓を打ち、夜は五人で一緒に寝た。なぜか巨大な布団が一組あるだけだったけどな。まあ、五人で寝ても快適になれたんだけどな。
そして、今は朝食を食べている真っ最中。
ご飯に納豆、海苔。魚の塩焼き、味噌汁、卵焼き。後はこの山で採れる山菜を活かした小鉢。
どれもこれも本当に美味しくて夕食同様舌鼓を打っている。
加えて朝食を食べている所からも外の景色が一望できるので、優雅な朝食って感じがする。
――食べている食事は和食だけどな。
皆もこの朝食には満足しているようだ。特にふうの食べ方が可愛い。見た目が小動物っぽいのもあって、もさもさと米を噛む仕草は愛らしい。
口には出さないが、俺だけじゃなくて琥鈴も凛も亜理紗も同じ事を思っているに違いない。
「仲良いね、昨日はお楽しみだったかな?」
「「「「「おはようございます」」」」」
「おはよう」
「まあ、それなりって感じですね」
と肝心な事は言わずにさらっと流しておく。
この人に下手な事を言えば、何を言われるか分かったものじゃないからな。
「詩乃花先輩、聞いてくださいよー。龍ってば、軽くイチャついただけで寝ちゃったんですよ? 私はもっと激しくして欲しかったのに」
琥鈴がまさかのカミングアウト。他の三人もうんうんと首を大きく振っている。昨日は気を抜きすぎたせいか、眠気がすぐ来ちゃったんだよな。
彼女たちが側にいたってのも大きいんだけどさ。やっぱり近くにいるとすごく安心するから。
「ほほう……満足させられない男は女から捨てられるよ?」
にたにた、という言葉が似合いすぎる程の笑顔で剣崎先輩が言った。楽しんでいる事は言うまでもない。
しかし、剣崎先輩、それぐらいの事で彼女たちが俺の事捨てるなんてありえ……ないよな? そう言われると何だか不安に。
「き、昨日は想像以上にリラックスできたので寝てしまっただけですよ!」
動揺したせいで、変な言い方になってしまった。それをくすくすと笑っている琥鈴。してやったり、という顔だ。ほんと悪戯が好きな奴。
「ふふふ、初々しいね。まあ、頑張って彼女たちを満足させてあげなよ。それが男の甲斐性ってものだよ」
「分かってますよ。それより、何しに来たんですか? まさか、そんな事を言うためにわざわざこっちに来たんですか?」
仕返しとばかりに皮肉たっぷりに言ってみた。しかし、剣崎先輩に効いた様子は全くなく、
「ああ、そうそう。ご飯のおかわりいる?」
と言った。
***
「潮風が良い感じー」
風に吹かれ亜理紗の長い金髪が後ろにさあっと流れていく。その姿はとても綺麗で思わず見惚れてしまう程だ。
亜理紗ってお嬢様っぽい所があるんだよね。金髪だし綺麗だしな。
まあ、あくまで俺のイメージだけど。
そして、身に着けている白いワンピース型の水着も彼女に本当によく似合っている。
「あ、つめた! ふうちゃん、やったなー仕返し! それ!」
「すずちゃんも中々やる。こちらも反撃」
琥鈴とふうは海辺で水の掛け合いをやっている。
まあ、ただの掛け合いではない。お互い全力を尽くして水を掛け合っているから彼女たち周辺の水が荒れ狂っている。
ちなみに琥鈴は赤いホルターネックのビキニ、ふうは腰にパレオを巻いたビキニだ。ふうの場合、スクール水着じゃないのが残念ではあるけどな。
今の状況から分かるように俺たちは旅館を出発し山を下りて海にやってきていた。
まあ、ずっと部屋に籠っているのも楽しくないだろうし、海も近くにあるので遊びに来たって感じだ。
「う、ううーん。夏前の海も悪くないな、龍。砂は程よく温かく、海は冷たい。それに人もほとんどいないから随分と開放的な気分を味わえる」
凛が隣で大きく腕を伸ばして伸びをしていた。
彼女は今、黒いビキニを着ている。清廉なイメージの強い凛とのギャップもあって、とても綺麗だ。
さらに言えば、無造作に後ろでまとめた青い長髪との組み合わせで凛の魅力がぐっと上がっている。
「開放的になるのはいいけど、ここで全裸にはなるなよ」
「ぬあっ! ぜ、全裸って龍! 私がそんな事をすると思う!?」
「いや、思ってないけどさ。一応確認だよ、確認」
凛って暴走すると何するか分からない所があるんだよね。
分別はしっかりあるはずなんだけど、真面目ゆえの欠点とでも言えばいいだろうか。色々溜め込んでいる時があるので、しっかりと発散させてやらないといけない。
「確認という事はそう思っているという事ではないか!」
「そういう訳じゃないって、凛が何か心のうちに溜め込んでいないか心配しているだけだ」
「そ、そうなのか? え、えと……すまない。私は君の事の邪推してしまったようだ」
「ごめん、俺も回りくどい言い方しなければ良かったよ」
「ふふ、龍が私を想っての行動だから何も問題はない。……私は龍が側にいてくれるから幸せだ」
最後、優しく息を吹きかけるように俺の耳に口を寄せて凛がささやいた。正直、びびっと来てしまった。
凄く艶めかしく彼女の声音が耳朶に響く。
俺は自然と凛の顔を見た。恥ずかしそうに俺を見つめている凛。しかし、その顔は明らかに何かを欲しがっている。その何かが分からない程、俺は鈍感ではない。
だから、静かに唇を彼女のものに近付け――
「「――ぶううっ!」」
海水を同時に吐き出した。
キスしようと凛に近付いた所を邪魔するように大量の海水が降ってきたのだ。
そして、海の方を見ると怒った顔をした琥鈴にふうと亜理紗もいた。
「りーん! 抜け駆けは禁止だから! ほら、二人も海に入っておいでよ!」
「りっくん、りんちゃん、勝負」
「と言う訳だから、イチャイチャするのは遊んだ後だね」
これは続きをするとまた海水を容赦なく掛けてくるな。
「凛、俺たちも行くか」
「うむ。後でちゃんとして欲しい」
「分かってるよ。まあ二人きりじゃないとは思うけどな」
「それは構わない」
二人で頷き合って三人が待っている海に入った。突っ込むように海に入り、その冷たさに驚く。初夏でも海は思っていたよりも冷たく気持ち良かった。
海に入った瞬間、琥鈴、ふう、亜理紗からの集中攻撃を受ける。
俺たちも負けじと反撃した。
そうして、しばらく海で戯れていた訳だけど、気が付けば標的は俺だけになっていて――、
「龍、覚悟ー」
「悪く思うな、龍」
「りっくん、諦めて」
「龍君、楽しいね」
四人が笑いながら俺に向けて一斉に水を掛けてきた。
もちろん、避ける。
避けながら反撃するけど、相手もさる者。
そう簡単には当たらない。
俺たちは体が疲れ切るまでずっと本気の水の掛け合いをしていた。
***
「はあはあ……もう一歩も動けないかも」
「そう、だな。海を移動するだけでも力を使っていたから余計だな」
「りっくん、ぎゅっとしてー」
「あー分かったよ」
「ふふ、流石に私も疲れちゃった」
ビーチパラソルを立てた下に敷いたシートに疲労困憊の状態で俺たちは、ぐったりと休憩していた。
ふうに言われたので、その小さな体を抱きしめる。海で体が冷えていたのだろう、ひんやりとした感じが体に気持ちよく伝わる。
そして、この餅のような弾力を持つ胸。軽く腕に乗るように腕を回しているので、程よい重量感だ。
「ん、気持ちいい、りっくん」
「そうか、それは良かった」
俺も疲れているのであまり動きたくなかった。
ふうを抱き枕のようにして俺も寝転がっている。
気付けば亜理紗が俺の背中に体を寄せていた。
「ああ、やっぱり男の子の背中は大きいね」
「亜理紗?」
「ふふ、こういう私も嫌いじゃないよね?」
すりすりと背中を触ってくる亜理紗。
優しすぎず、激しすぎずの絶妙なボディタッチ。
何だか悪い事をしている気分になってくるんだけど、なぜだろう。
「りっくん?」
「なんだ?」
「おっきくなってる?」
「え!」
そう言われて確認した。
びっくりしたけど、全然だった。
まあ、これぐらいの状況は慣れたものだからな。もちろん、反応していない訳じゃない。
「いや、大きくなってなかったけど?」
「そお? 最近、また重くなった気がする」
ぷるん、と胸を震わせるふう。って、そっちかい。
「りゅうー私も構ってよー、一緒にだらだらしよ?」
「うん、分かったよ。ふう、交代だ」
「分かった」
俺が腕を離すとふうがごろごろと転がっていった。
そうして、琥鈴が滑り込んできて抱き合う形に。
琥鈴の体は熱を持っていて、冷たい体に丁度良かった。
「さっきまで太陽の光を一杯浴びてたからね」
「なるほど」
さりげなく俺の心を読んでいるけど、琥鈴だから気にしない。
というか、気にしたら負けだ。
琥鈴は猫のように俺の体にすり寄ってくる。
その時、亜理紗も同じようにさらに密着してくる。
「私と亜理紗のサンドイッチー、贅沢だね龍」
「ほんと、そうだなー」
「ふふふ、龍君。言葉が適当になってるよ」
「しょうがないだろ、気持ち良すぎるんだからさ」
この包まれている感じは本当に眠気を誘う。
昨日の夜、眠くなったのは彼女たちに包まれたからってのは嘘じゃなくて本当の事だ。
側にいる安心感が俺の心と体を揺さぶる訳だよ。
だから、このまま眠りたい衝動に駆られるな。
「龍、眠い?」
「うん、ごめん、眠い」
「なら、ぐっすり寝て。今日はのんびりするんだからさ」
「ああ、悪い。埋め合わせはちゃんとする……」
そのまま意識は途絶した。
ただ、最後の一瞬。
「うん、夜を楽しみにしてるね」
――と聞こえた気がするのは気のせいだろうか…………。




