五月五日 温泉に浸かろう!
「いらっしゃいませー」
古風な旅館の入り口を入り出迎えてくれたのは、和服を着た妙齢な女性。ちなみに電話を受けたのも彼女だった。
「予約していた立花です」
「はい、立花様ですね。本日はお越しくださりありがとうございます。当旅館の女将である剣崎詩乃花がご案内させていただきます。――って、ちょっと硬いかな?」
最初は真面目な受け答えだったけど、すぐに地が顔を出してきた。
「ご無沙汰しています。剣崎先輩」
「詩乃花先輩、お久しぶりです」
と、俺と凛が改めて挨拶を返す。
「うん、久しぶり。元気そうで良かった」
剣崎先輩は、にこにこと俺たちを歓迎してくれる。
「詩乃花先輩、お世話になります!」
「よろしくお願いします!」
琥鈴と亜理紗は続けて、元気よく挨拶。ふうは二人の声に合わせて、頭を下げている。
「それじゃ、部屋に案内するよ。ふふ、今日から三日間は貸し切り状態だから、存分に楽しめるね」
俺に向かって話す剣崎先輩。この人が言わんとしている事は伝わっている。
「ええ、まあ。そのための小旅行ですし」
「それもそうだよね。あー、ごめんね。荷物は持ってきてくれるかな。うちは家族で経営しているから、従業員が少ないからね」
申し訳なさそうに言うと、先頭に立って歩き出した。俺たちは荷物を持ってそのまま女将――剣崎先輩の後に続いた。
内装を見るのも初めてではないけど、外観に負けないぐらい趣がある。それに従業員が少ないと言っていたけど、しっかりと掃除もされているし、傷んでいるような所は全く見られない。
歩いていると仄かに木の香りが鼻に入ってくる。新築ではなく、時間が経たからこそ醸し出される重厚な雰囲気。まさに秘境の温泉旅館って感じだ。
「やはり良い旅館ですよね。剣崎先輩」
「そう言ってもらえると嬉しいな。お客様には気持ち良く過ごしてもらいたいからね」
剣崎先輩が旅館の主の顔になって言う。自分の仕事に誇りを持っている事がその表情からうかがえる。
「剣崎先輩、カッコいい」
「ふふ、ありがとう、風華」
「うむ、相変わらず隙もない所も流石だと思います」
「まあ、そこは昔取った杵柄、という奴だよ。それを言うなら、皆もまた腕を上げたでしょう」
「それはもう、私たちの愛する人のためにも力を付ける必要がありますから」
凛が代表して答えると、他の三人も大きく頷く。
「愛されているね、龍」
「ええ、本当に」
俺も大きく頷いて見せる。皆、俺のために努力してくれているんだからな。その気持ちは本当に嬉しい。
そうして、剣崎先輩と話しているうちに俺たちが泊まる部屋に着いた。
彼女が引戸を動かすと、引っかかる事なく滑ってこつん、と軽快な音を鳴らした。そして、引戸の前に立ったまま軽く頭を下げて動かない。
つまり、先に俺たちに入れって事だろう。親しき中にも礼儀ありって所だろう。それに気が付いた琥鈴とふうが先にぱたぱたと部屋の中に入っていった。
「「おおー!」」
中から二人の感嘆する声がすぐに聞こえてくる。俺と凛、亜理紗もその声に誘われるように中に入った。
「「「おおー!」」」
琥鈴、ふうと同じように俺たち三人も声を上げていた。部屋に入って見えたのは、山と海が渾然一体となっているかのような景色だ。近くの温泉で見た景色に似ているから、きっと方向的に同じなんだろう。
でも、温泉に入りながら見るのと部屋の中から窓越しに見る景色は何か別物のように感じる。
言い知れぬ感動って奴だ。言葉に表現できないとでも言えばいいだろうか。
「気に入ってもらえたかな? うちで一番の部屋を用意させてもらったよ。料金は前電話で伝えた通りで大丈夫だから心配しなくてもいいよ」
「ありがとうございます。景色も最高です」
一番良い部屋と聞いて、びくっと反応してしまった。それに気付かれたから、剣崎先輩が先に話してくれたのだろう。
反応こそしたけど、どんなに高くても払えない訳じゃない。俺もそれなりに持っているし、皆も色々と活躍しているから学校側から報奨金という形でそれなりにもらっている。
≪ホーリーフェスタ≫で活躍するって事は意外と恩恵があるからさ。それでも、安くしてくれる事には素直に感謝しておきたい。
「うん、素直でよろしい。夕食にはまだ時間があるから温泉でも入ってくるといいよ」
そう言って綺麗なお辞儀を見せて、部屋から退出していった。今回は本当にゆっくりするためだけに来たので、早速温泉に入ろうかと思う。景色も温泉から見えるしな。
ただ、貸し切りとは言っても他の人が入っている可能性は否定できないんだよな。温泉だけに入ってくる人も女性ならともかく男に彼女たちの肌を晒すのは正直嫌だ。
「りっくん、温泉いこ?」
彼女たちの事を考えていると、ふうが袖を引っ張るので、そちらを向くとすでに浴衣を持ったふうが立っていた。
緑髪の両サイドに羽のようにはねているくせっ毛――はねっ毛もひょこひょこしている。
早く行きたくてしょうがないって感じだ。
「じゃあ、行こうか。皆もそれでいいか?」
景色を見ていた三人も大きく頷いてくれたので、持ってきた荷物の整理もそこそこに俺たちは温泉に向かった。
***
温泉の入り口とも言える木造の建物の中に入った。やっぱり、入り口は一つしかなくて五人揃ってそこの暖簾を潜る。
一応、気配を探ってみたけど、温泉の中には誰もいなさそうだ。念のため、ふうにもお願いしたけど、大丈夫だと言っていた。
「うーん、皆で温泉は久しぶりだねー」
服を脱ぎながら琥鈴が楽しげに言う。うーん、全く恥じらいというものがないよな。
「そうだな。私にとって温泉は龍との絆を育んできた場所でもあるから、また龍と一緒に入れて嬉しい」
「俺も凛と一緒に入れて嬉しいよ。凛が横にいてくれるとすごく落ち着くからな」
「龍……」
凛が俺の顔を熱っぽい瞳で見つめてくる。彼女は生真面目な性格をしているし、纏う雰囲気も気持ちが良くさっぱりしている。
だから、凛との時間は本当に心休まる時間だ。
「はい、そこ! 二人きりの世界に入らない!」
琥鈴がすでに一糸纏わぬ姿で人差し指を突きつける。
隠す気がないのはそれだけ俺を信頼してくれているって事だ。それは嬉しいけど、全く恥じらいがないのもどうかとやっぱり思う。
って、ふうも亜理紗も隠す気がないし、凛も全く気にした様子がない。
「龍君、私たちの仲だから遠慮する事ないと思うよ」
「そうは言うけど、恥じらいってものを持った方がいいんじゃないかって思う訳だよ、俺は」
「りっくんには、恥ずかしい所いっぱい見られているからいい……」
頬を赤くして目線を逸らすふう。
可愛すぎるし、癒される。
確かに色々見ている事は否定できないし、現在進行形で見ているものな。皆、ほんといい体している。吸い寄せられるように見てしまう。
「龍、じろじろ見てないで入ろうよ」
「わ、ちょっと待てよ!」
琥鈴に手首を一瞬で掴まれて俺も何もつけないまま、温泉へと繋がる扉を抜けた。
突如として目の前に広がる大自然の風景。青い空に青い海、そして青々とした山。
そんな心が洗われるような光景に琥鈴も俺も立ち止まって魅入っている。
後ろからやってきた三人の足音も止まった。
それからしばらく俺がその光景に魅入っていると――、
ぴた、ぴた、ぴた、ぴた。
四人の少女が俺にくっついてきた。
さっきとは違い、布を介さずに肌と肌で触れ合う。山の上という事もあって、肌に触れる風は初夏とは思えない程に寒い。
でも、それ以上に彼女たちが温かった。俺にとって、絶対に守りたい大切な少女たち。
四人の鼓動がまるで俺の鼓動と重なるように感じられる。その音が鼓膜に響くかのように、はっきりと聞こえてくる。
どくん、どくん、どくん、どくん。
体が熱い。
心が熱い。
全てが熱い。
狂おしい程に、どうしようもない程に、堪らない程に、俺は彼女たちを愛しているのだと思う。
「琥鈴、凛、ふう、亜理紗、皆の事を愛しているよ。これまでもこれからもずっとずっと」
だから、口に出した言葉。
いつも彼女たちに伝えているけれど、今日はいつも以上に愛おしく大切に感じられた。もう彼女たちを絶対に離したくないと思った。ずっとこの手で捕まえておきたい。
「私も愛してるよー、龍。ほんと幸せだよ、私」
「言葉にせずとも龍の想いは体を通じて伝わっている。でも、敢えて言おう、私も愛している」
「りっくん、ずっと側で寄り添っているから、だいだいだあい好き」
「貴方がいたから、今の私がある。出逢えて本当に良かった。龍君、愛しています」
四人の言葉が体に心に染み渡る。
これ以上の幸せはないってぐらいに幸せだと思う。
俺たちはその後も五人で触れ合ったままだったけど、流石に体も冷えてきたので体を洗って(四人に誠心誠意洗ってもらって)から温泉に入った。
「うわー、やっぱりここの温泉、すっごいねー。体がふにゃふにゃになりそう」
「本当にその通りだ。体の芯から温まる感覚は言葉にできない程の癒しを与えてくれる」
琥鈴と凛は二人寄り添って、湯を堪能していた。
二人は本当に気持ちよさそうで、特に凛は普段のきりっとした表情がこれ以上ないってぐらいにとろけていた。
――永久保存版だな、脳内に焼き付けておこう。
対して俺の近くにはふうと亜理紗がいた。
ふうはその湯に浮かぶ程の豊満な胸を惜しげもなく、俺の胸に押し付けていた。
しかも、押し付けるだけでなく何度も緩急を付けて押し付けている。ふうなりに俺を癒そうとしてくれているのが伝わってくる。
亜理紗は、こてんと俺の腕に頭を乗せて、幸せそうに微笑んでいる。
彼女に対して色々な思いがあったけど、真実を知った今ではもう関係がないし。第一、そんな事は彼女の顔を見れば吹き飛んでしまう。
「ふう、気持ちいいか?」
「うん、肩が大分楽になった」
「それって……」
ふうの言葉に亜理紗が反応して彼女の二つの浮島に視線を動かした。
彼女の小さな身長には不似合いの巨大な果実。それを亜理紗が羨ましく見ている。
「あーちゃん、重いだけだよ?」
「あはは……一度いいからその言葉を言ってみたいよ」
ふうの無邪気な一言は亜理紗の心にぐさっと突き刺さったみたいだ。俺としては亜理紗の胸は形も大きさも申し分ないから好きなんだけどな。
ふうと亜理紗の二人とイチャついた後は選手交代ではないけど、琥鈴と凛と場所を変わってもらった。
だから、今俺の隣にいるのは琥鈴と凛だ。
「龍の隣はやっぱり落ち着く」
「凛の言う通りだねー」
二人とも俺の腕に頭を乗せてのんびりとしている。
三人で見ているのは、雄大な景色だ。
温泉に入りながら、美しい景色を見る。
中々贅沢をしていると思う。
でも、その贅沢も彼女たち四人がいるからこそ、最高だと感じるって事を忘れちゃダメだ。
静かに流れる時間。聞こえるのはふうと亜理紗の話し声と温泉が流れる音のみ。
「旅行って言う程、白桜市から離れてもないけど、悪くないなー」
「確かにそうかもな。でも、純粋に休むためだけに泊りがけで来たのは初めてだろ?」
「そうだねー、ほんと色々と忙しかったもんね」
とりとめのない会話。
でも、こうやってのんびりと話している時間は大事だろう。
身近過ぎて忘れがちだけどな。
「たまにはこういうのも悪くはない。龍と一緒であれば、私はどこでもいいのだが」
「俺も凛や他の三人と一緒ならどこでもいいかな」
「では、今度機会があればどこかに観光しにいこう。次は皆も連れて行けば、賑やかになると思う」
「皆って、全員か?」
「うむ、今回は私たちだけであったが、やはり機会は平等にあるべきだと私は思う」
今回はたまたまふうの提案だったから、こうなっただけだからな。
確かにクーの奴も怒ってたし、他の皆がこの事を知ったら怒られそうだ。
「もう凛ってば、次の話なんて今しなくていいじゃない。今は五人の時間を精一杯楽しもうよ。これまでの分、全部まとめてさ!」
「うむ、そうだな……」
そう言って、二人は腕ではなく体の方に自らの体を寄せてきた。
その後は、ふうと亜理紗も合流して五人で雑談しながら、空が茜色になるまで温泉を楽しんだ。




