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七恋パラレルワールド  作者: 堀塚 刀夜
『ハッピーバレンタインデーストーリー!』
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衝撃! チョコ争奪戦! 【前編】

 ――二月十四日。


 今までの私であれば、全くと言っていい程、魅力を感じなかった日――バレンタインデー。ただ、チョコレートを女性が男性に渡すという日。正直、意味が分からなかった。鍛錬ばかりしてきた私にとっては、無価値でしかなかった。


 実家にいた頃もこの日が近づくにつれて、男性の門下生の挙動が不審になっていたのを良く覚えている。実家の道場には、女性の門下生――練気剣術の道場であるから、男女比は偏ってはいない――も当然いる。いつも以上に彼女たちを凝視したり、話しかけてアピールしていた。


 私にもそのような態度であったが、当時の私はその意図を理解していなかったので、鍛錬に明け暮れた。後に分かった事だが、門下生の中でどれだけチョコレートをもらえるかを競い合っていたのだという。ちなみに、個数もそうだが誰からもらうかでポイントも付けていたらしい。


 あの普通そうな女性からもらえれば、一ポイント。あの真面目そうな女性からは五ポイント、あの可愛い女性からなら十ポイントといった風にだ。そもそも、女性に対してポイントを付けるのはいかがなものかと思う。


 今までの私ならそう言うだろうが、今なら多少は理解できる。決して良い気分ではないがな。


 そして、私からもらえれば百ポイント。


 ――って、おい。


 桁がおかしくないか? 他の者でも、最大十ポイントだったのにもかかわらず私だけ百? 何の冗談だ! ふざけるのもいい加減にしろ!


 と言いたくなるものだが、あの頃の私は色恋沙汰に関した内容に全く興味はなく、鍛錬一筋の女だった。そんな私からもらえるとなれば、百ポイントも付けたくなるものだろう。その話を龍にすれば、納得されてしまったからな。


 全く、龍は……あんなにも笑わなくてもいいものを……。でも、そういう素直な所も大好きではあるのだが。


「――凛せんぱーい、チョコの様子はどうっすか?」

「うむ、丁度溶けてきた所だ。これから、どうすればいいのだ?」


 今は鍋の中に張った湯の上にボウルを乗せて、市販の板チョコを湯せんしている所だ。


 今年の私は、鍛錬ばかりをしていた訳ではない。初めて人を好きになり、その人と結ばれた。いわゆるリア充……という奴か。詳しくは良く分からんのだがな。ともかく、今年の私にはチョコを上げたいと思う、愛おしい恋人がいる。


「へらでゆっくりと溶かしていってくださいっす。固形のものが完全になくなったら、湯せんは終わりっすよ」

「分かった」


 とは言え、私は今まで料理をした事がない。いつも母上に任せっきりだったからな。母上は、神藤流宗家である父上の妻。住み込みで修行する門下生もいるので、毎日大量の料理を用意してくれた。だから、私が料理をする状況は皆無だった。


 しかし、今回私は龍に手作りのチョコをあげたかった。日頃の感謝もあるが、その一番の理由は彼がぼそっとこぼした言葉である。


『凛のチョコが欲しいな』


 である。恋人が欲しがっているのだから、作らぬ訳にはいくまい。だが、私は料理未経験者。


 だから、今日は剣武練成館高校の調理室で、後輩である青海波(せいがいは)望海の指導の下、チョコ作りの真っ最中である。望海は少年っぽい容姿ではあるが、家事全般ができるなど、多才だ。どうすればいいか、分からなかった私は、彼女を頼ったという訳だ。


 さらに望海は轟木先輩から調理室の使用許可ももらってきてくれた。望海曰く、色々な道具が揃っているから教えやすいとの事だ。


 普通、一生徒に教室使用の許可など出せるはずはないのだが、我ら四天王の筆頭である轟木先輩には、かなりの権限が学校側から与えられている。


 望海に言われた通りに、ゴムべらでチョコを溶かしていく。固形物がずぶずぶと消えていく様子には、言い知れぬ感動を覚える。初めてゆえの感覚だろう。そして、完全に液体状になる。これで、市販のチョコを溶かす作業は終了だ。


 望海の指示通りにチョコの入ったボウルを鍋から取り出しておく。


「じゃ、次は生クリームを火にかけてくださいっす。沸騰したら、軽く冷ましているチョコと合わせるっすよ」

「うむ」


 チョコの入ったボウルは軽く粗熱を取る意味もあって、放置だそうだ。次の指示に従って、行動する。並行してやった方が早いのは分かるが、初めての料理という事もあって、望海が一つずつ丁寧にやっていこうと言ってくれたのだ。


 そして、生クリームが沸騰すると火を止め、チョコの入ったボウルに流し込んで混ぜ合わせる。斬るようにゴムべらを動かすのがコツだそうだ。


「はい、バターっす。これも溶かしちゃってください。後はこのバットにペーパーを敷いて、凛先輩が作ったチョコを流し込んで平らにして冷蔵庫にゴーっす」

「わ、分かった」


 望海からバターを手渡され、ちょっとドキドキしつつも言われた通りに作業を進め、冷蔵庫に入れる所までやり切る。


「お疲れ様っす。後は一時間以上冷やせば終わりっす」

「ありがとう、望海。意外と簡単にできるものだな」

「どういたしまして。そうっすねー、これはかなり簡単な部類に入ります。もっと手の込んだものを作ろうと思えば、それ相応の苦労を強いられっすよ」

「なるほど、料理とは奥が深いものだ。しかし、龍は喜んでくれるだろうか」


 初めて作ったのだから、拒絶されないだろうか。少し不安になってしまう。龍なら、そんな事はしないと分かっていても、な。


「大丈夫っすよ。そもそも、凛先輩大好きの龍先輩が喜ばないってのがおかしいっすよ。だから、自信持ってくださいっす」

「そうだな、ありがとう」


 後輩に励まされているようでは、私もまだまだという事かな。


「ところで、たまにちらちらとこの部屋をのぞく者がいるのだが?」


 チョコ作りに集中していたので、そこまで気にはしなかったがこの調理室を外から見つめる者がいる。一人ではなく、多くの者がな。


「たぶん、凛先輩が何を作っているのが気になるんじゃないっすか? 龍先輩と付き合っていても、先輩の人気は凄まじいっすからね」

「なるほど……」


 望海にそう言われたので、特にこれ以上気にする事はなく雑談に興じる。望海は私たちがどういう事をしているのか、気になっているようだ。


 まあ、望海には色々とお世話になっているし、龍も本当の妹のように可愛がっているからな。恥ずかしいが少し教えてやろうと思う。


「…………という事をしている」

「あわわ……そこまで関係が進んでいたっすか」

「私たちも来年度からは、三年生だからな。色々と考えている訳だ」

「ほへー、大人っすね。っと、そろそろ出来上がったと思うっすよ」


 本当に色々と暴露してしまった。自分の顔が真っ赤に染まっている自身があるな。人に話すのはとても恥ずかしい。龍、すまん。もし、望海にいじられたら、私を恨んでくれていいから。


 冷蔵庫からチョコを取り出して、軽く温めておいた包丁で一口サイズに切っていく。そして、ココアパウダーを振りかけて完成だ。


「最後に、このチョコペンで龍先輩への想いを書いちゃうといいっすよ」


 と言われて渡されたチョコペン。これで文字が書けるのか、すごいな。そう思いながら、龍への想いを書く。それからチョコペンで書いた字を固めるために、もう一度冷蔵庫へ。今の内に片付けだ。


「――よし、後は箱に詰めるだけだな」


 片付けを終え、完成したチョコを六個、箱に詰める。詰めた後は、望海の助言通りに一個に一文字ずつ書いた。箱を開けた時、龍が喜んでくれれば良いが……。


 そして、余った分は私と望海で試食を兼ねて味わう。口の中でとろっと溶けるチョコは、本当に甘くて美味しい。


 ――龍とのキスを思い出してしまった……。


 また、顔が赤くなってしまう。龍とキスがしたくなってしまうではないか! 


 そんな気持ちを振り払うかのように頭を振る。ゆさゆさと無造作に後ろで結んである髪が揺れる。気を取り直して、箱にリボンをきゅっと結べば龍へのバレンタインデーチョコの完成だ。


「ようやく完成したっすね。それなら、報告しないと」

「報告?」


 望海がスマホを取り出して、操作している。


「轟木先輩に凛先輩のチョコが完成したら報告するように、と調理室の使用の許可をもらいに行く時に言われたっすよ」


 なるほど。なぜ、轟木先輩がそんな報告を欲しがるのかは不明だが、気にする事はないだろう。おそらく、それを以て部屋の使用終了を判断するだけかもしれないからな。


 そして、望海と共に調理室を出た瞬間――それは始まった。


 校舎に鳴り響く機械音。けたたましい警報のような音ではなく、ほのぼのするような音。校内放送が始まる合図だ。このタイミングは少し違和感。珍しい訳ではないのだがな。


『諸君、轟木一徹だ。知っている者が多いと思うが、今日はバレンタインデーだ。ゆえに、儂から一つイベント提供しよう』


 轟木先輩がこんな事を言うのは珍しい。あの人は基本、私よりも堅物だからな。と言っても、たまに想像の斜め上をいく事があるのだが。龍も少し苦労していたのは懐かしい思い出だ。


 イベントと聞いて、廊下にいる生徒たちもざわつき始めている。


『今、四天王の一人、神藤凛がバレンタインデーのチョコを作り終えた。彼女の愛がたっぷりと詰まったチョコだ。彼女からこれを奪った者は男女に関わらず、そのチョコを得る権利を与える。これは四天王筆頭としての命令だ。神藤に拒否権はない』

「「「「「「「「「「おおおおおおおおーっ!」」」」」」」」」」


「ぬあっ! 何を言っているのですか、轟木先輩。これは龍へのチョコなのですよ!」


 聞こえぬと分かっていても叫んでしまう。冗談ではない、これは龍への想いが詰まったチョコなのだ。渡せるものではない。轟木先輩はこれを見越して、望海に報告をさせたのか。


 私はにらみつけるように望海を見た。


「ち、違うっす! 知らなかったっす! まさか、轟木先輩がこんな事をするなんて、信じてくださいっす」

「そうか。ならば、構わない」


 ふっ、と息を吐いて、気持ちを静める。


『さて、それではルールを説明しよう。今回に限り、戦闘エリア外での戦闘を許可する。まさに校風でもある常在戦場と言えよう。しかし、本人が諦めない限りは何度撃退されても復帰可能とする。次に神藤に関してのルールだが、神藤には調理室から四天王の間まで来てもらう。その際に、戦闘エリアは最低でも五つは越えてもらう。儂が言いたい事は分かるな、つまり――立ち塞がる者は全て倒せという事だ。ルールに関してはこれぐらいではあるが、この内容では全ての生徒が参戦する気にはならないだろう。さらに報酬を用意しよう。チョコを奪ったものには、一ヵ月食堂無料または相応の賞金を用意しよう。協力するもよし、一人で奪うもよしだ』

「「「「「おおおおーっ」」」」」


「うわー、結構えげつないっすね」

「えげつないどころではないぞ、これは」


 どうしてこのような事になった。今回は、斜め上は上でも傾斜が急な斜め上だぞ。だが、やるしかないだろう。龍へのチョコを誰かに渡すつもりはないのだから。


「やるつもりっすね、凛先輩」

「仕方あるまい。これも四天王としての務め。だが、チョコを渡すつもりはない」


 体に練気(ソウル)を纏う。流石に『神楽』を抜く訳にはいかない。私も穏やかではいられない状況が来るかもしれないからな。となると、木刀か……


「はい、木刀っす」

「ああ、良く気が付いてくれた」


 望海から木刀を受け取って、片手で振るう。もう一方の手はチョコで塞がっているからな。


『では、諸君。準備は良いだろうか? では、始めええええ!』


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