光を求めて 【前編】
「森……?」
見渡す限りの大森林。
春だというのに、鬱蒼としている緑。
大都市と言ってもいい白桜市の一部に、こんな所があるなんてびっくり。
歴史の坩堝とは言い得て妙だね。
それにしても、ここが流箭の里……
聞かされていた通り、特殊な場所みたい。校舎らしいものは全く見当たらず、ここが学校なのかと首を傾げたくなる。
ただただ目に優しい緑があるだけで、学校らしさがまるで感じられない。
この都市にある七校はそれぞれが、特色ある学校だと聞いている。
流箭の里がこうだと、他の学校も相当なものだと想像できる。
周りに立っている人たち――たぶん、新入生――も戸惑っているように見える。
言うまでもなく、私もその一人ではあるけれど。
ただ、忍びの修行の一環で感情を面に出さないようにしているので、余裕があるように見えるかもしれない。
その修行も一段落したので、父様と母様に勧められたのがこの白桜市。
特にこの流箭の里は、隠形などの技術を持つ人たちが、多く在籍していると聞いている。
隠形とはいかずとも、気配を消す事に長けるなど――つまり、裏の仕事に向いている人が多い。
ここでなら良い修業になると言われたので、やってきた。
確かに気配が薄い人や意図的に薄くしている人が何人もいる。
そして、両親からはもう一つ言われている。
――光を見つけなさい、と。
意味が分からなかったので、何度か尋ねたけれど、教えてくれる気配はなかった。
でも、これも修行なのだと思うと、疑問に思う事もなくなっていた。
私は修行に対しては、疑問を挟まないようにしている。
いつからか、そういうものだと割り切るようになった。
そうした方が楽だから、と言った方が正しいかもしれない。それだけ厳しいものだったから、不必要な思考はいらないと思った。
でも、これからは私一人で色々と考える事になると思う。
父様と母様には、『高校を卒業するまでは自由にやりなさい』という言葉も受け取っている。
だから、光についてもしっかりと考えなければならない。
では、私にとって光とは何だろうか。
これは全く見当がつかない。そういう時は、別の事に置き換えて考えてみる。
私は最終的に忍びとなる。どんなに世界が変容しようとも水面下での戦いは必要不可欠。需要がなくなるとは思えない。
であれば、忍びにとっての光とは何を指すだろう。
きっと、それは仕えるべき主だと思う。
フリーランスで仕事をしている忍びも多いと聞いている。
しかし、古影家は昔から続く家系。そういう事には厳しいらしい。
父様も母様もどこかの家に仕えているらしいけど、それを教えてくれた事はなかった。
ただ、あまり仕事はなかったみたい。
必要とされない訳じゃなく、裏の仕事をあまり必要としない家だと考えている。
どちらにせよ、両親が仕えている家であれば、私もその家に仕えれば良いとは思うのだけど、違うのかな?
今、忍びに置き換えて考えてみた。
つまり、忍びの光は私のそれと同義だ。
つまり、私にとっての光とは……仕えるべき主という事になる。
では、私はどんな人に仕えたいだろう。
できれば、優しい人が良い。忍びは確かに道具ではあるけど、道具を大切にしてくれない人は嫌。その点、彼はきっと優しく使ってくれる。
それに黒髪の人がいいな。きっと彼は想像以上にカッコよくなっているだろうから。
後、強い人が良い。私も美化された忍者像には、多少の憧れがある。彼もきっと強くなっているはずだから。
あれ……彼って……?
私、仕えたい人を明確に想像できているの? それとも願望?
優しくて、強くて、黒髪の少年。
――そう、少年。
私の大切な――
「――あう! な、にこれ……」
頭が割れるような痛さ。
あまりの痛さに頭を抱え、うずくまってしまう。
周りがざわついたのを感じたけど、気にする余裕はない。
でも、それからすぐに痛みは引いた。
訳が分からない。一体、何があったの……思い出せない。あれ、何を考えていたのだろう私。
忘れた事はいい。とりあえず、流箭の里で技術を磨く事にしようかな。
父様も母様もそれを望んでいると思う。
『やあ、新入生諸君。私は、流箭の里の理事長を務めている炎城響だ。流箭の里にようこそ。早速ではあるが、君たちにはこの森のどこかにある校舎への入口を見つけてもらう。校舎への入口を見つけ、最も早く私の所にたどり着いた生徒には賞品も用意している。是非とも全力で臨んで欲しい。では、正面、蔦のアーチがある校門から中に入ってスタートしてくれ。ちなみに妨害をする事は可能だ。そして、私の所に最初の生徒がたどり着いた時点で、終了とする。では、健闘を祈る』
どこからか突然聞こえてきたアナウンスに、考え事は中断された。
校舎と言われて、気が付いた。
流箭の里から送られてきた案内には、校舎がどんなものか書いていなかった。
これのためだったのか、手の込んだ事をしていると思う。
それでも、やれと言われるならやる。
忍びに必要なのはそれだけ、ただそれだけだ。
言われた事を素直に達成する。
放送終了と共に、生徒たちが一斉に動き出す。
私はその様子を後ろで見つめている。
焦る必要はない。むしろ、今の状況で飛び出す事はないと思う。
「きゃああああ!」
「うおおおお!」
何人かの悲鳴に近い叫びが聞こえた。
思っていた通りこれほどの森、罠が何もないとは考えられない。
やはり、私たち新入生の力を試す意味があるのだろう。
「そろそろ……」
最後尾でのスタート。
軽く前へと体を倒すように移動。
胸がたゆん、と揺れる。正直、重い。
忍びにあるまじき胸の大きさ。
ここに来る途中もちらちらと視線が突き刺さっていた。
誰かは分からないけど、生徒たちの中にも凝視していた人がいたな。
すごく気持ち悪かった。
動くのに邪魔な肉の塊、これの何が嬉しいのか分からない。
蔦のアーチを抜け、その自然に溶け込むように気配を消す。
慎重に森の中を見渡すと、あちらこちらに木の枝に吊るされている生徒がいる。
随分と初歩的な罠に引っ掛かっていると思った。
自力で抜け出しているものもいるがけど、全員ではないな。
森は思っていた以上に広大。細かく探していては、ダメな気がする。
でも、罠に関してはあまり心配する必要はなさそうだ。
見た感じだと、簡易的なものしか設置されていない。
おそらく、即席で作ったのだろう。ただ、隠し方が巧妙だけど。
それに……罠はスタート地点に多く設置されている。
奥まで設置する時間はなかったって事かな。
他に森を見ていて、気になるのは、木々や地面に傷や抉られた跡が見られる事。
明らかにここで戦闘が行われた証。
ただ、時間が経っているように見える。
普段は鍛錬の場として、使われているのかもしれない。
それからもよく観察しながら歩くけど、校舎の入口らしきものは見つからない。
その代わりに、生い茂る草木を抜けた先に、開いた空間を見つける。
何かあるかもしれない。
広場に出て気が付く、その場に倒れている数名の生徒に。
罠……という訳ではなさそうだ。
おそらく、誰かにやられたと思う。
「次の獲物はお前か」
気配は消していたはず。流石にこの何もない広場であれば、分かってしまうか。
ゆっくりと後ろを見ると、流箭の里の制服である忍び装束を身に纏った男が立っていた。
「何してるの?」
「ああ? 見れば分かるだろう、俺の実力を知らしめているのさ。これは俺たちの実力を示すゲームだろうからな。それに妨害もありだろ?」
「なるほど」
彼の言う事は正しいと思う。
実力の示し方はそれぞれ、一早くゴールに辿り着く力も必要、相手を倒す強さも必要だと思う。
おそらく、何かしらの方法で監視しているとは思う。視線らしいものは感じるから。
「それにしてもお前、背は小さいくせにすげえ胸だよな。始まる前もずっと見ていたぜ」
「そう」
嫌な視線の正体は、この男か。
視線と同じように下品な顔をしていると思う。
話しているのも嫌になってくる。
「さて、話は終わりだ。さっさと終わらせて、その体を堪――」
相手の目の前に踏み込む。
反応できていないみたいだけど、自信がある割にはこの程度なんだ。
「さようなら」
体を捻って練気を纏った蹴りを叩き込んだ。
面白いように吹っ飛び、木の幹に激突。衝撃で、枝に付いていた木の葉を数枚散らした。
念のため、動かないのを確認する。
手応えがなさすぎる。
さ、次にいかないと。




