最速の四天王 【前編】
「ここが剣武練成館高校か……」
目の前の階段を見上げた先に、大きな山門が見える。
厳格な雰囲気が漂う場所。
ここが今日から私の鍛練の場となるのだと思うと、自然と身が引き締まる思いだ。
階段に視線を戻せば、続々と私と同じく剣武練成館の制服である道着を着用した生徒たちが歩いているのが見える。
おそらく新入生だろう。あの中に私の良き好敵手となる人物がいる事を願う。
さて、階段の前で突っ立っていても仕方がないので、私も行くとしよう。
階段を上り始めると、ちらちらと視線を感じるようになった。
見られる事には、それなりに慣れているつもりだが、この視線はあまり気持ちの良いものではないな。
それに私の事を見て、何が楽しいというのだろうか。
青い髪は長いので、後ろでまとめて適当に縛ってあるだけ。容姿も人並みであるし、何より剣の事しか頭にないような人間だ。
女らしさなど、一欠片もない。だから、注目される理由もないはずだがな。
視線は気になるが、これも修行だと思えばいい。
最終的には、≪ホーリーフェスタ≫出場を目指している。
≪ホーリーフェスタ≫出場ともなれば、注目を集めるのは必定。
様々な人間に見られる事になる。だから、一々気にしてはやっていられないな。
そう思えば、周りの視線は大して気にならなくなった。
もちろん、視線を無視している訳ではない。
いつ襲われても対処できるように、神経は尖らせている。
まあ、私を襲うような物好きがいるとは思えんがな。
ともかく、改めて自分の目標を確認する。
第一は神藤流を広めるため。門下はそれなりにいるが、隆盛とは言い難いからな。
練気という力が当たり前となっている時代、剣術の価値は上がってきている。
だからこそ、練気剣術である神藤流の名を高めるのは大切な事だと思う。
私としても、父上が始めたこの流派を守っていきたいと思っている。
次に“陰陽の対”を得るためだ。“陰陽の対”――それは父上が考える神藤流の極意や極致のようなもの。
『対なるものを得た時、新たなる高みへと至る』という。
ずっと考えているのだが、未だにその答えは見つからない。
“陰陽の対”を得る事ができれば、父上が編み出した神藤流奥義“双連”に至る事もできるだろう。
これは個人的な目標だな。
今の所は、この二つを目標にやっていくべきだ。
他の事に時間を割いている余裕はない。
それに……剣の道を進んで行けば、きっとあの人に会えるはずだ。
私の憧れの人、私に剣の素晴らしさを改めて教えてくれた人。
名前は知らないが、確か年は近いはずだ。
あの時で、あれ程の実力者なのだから、この白桜市に来ているかもしれない。
考え始めると、あの人の事で、頭も心も占められてしまう。
はあ、ダメダメだ。雑念に囚われては真の剣士とは言えない。
そう言えば、どうして私は剣の道を志したのだろうか。
父上が神藤流の創始者、だと言うのもあるが……
それ以上にもっと大切な――
「――っ! 何だ、この頭を走る痛みは……」
想像以上の痛みに、声が出てしまった。
すぐに収まったようだが、今の痛みは何だったのだ?
そして、私は今何を考えていたのだろうか。
ふむ、完全に忘れてしまっているな。しかし、忘れるぐらいであれば、大して重要な事でもないのだろう。
もうじき山門前だ。
階段を上りきると、目の前に大きな門が見えた。
剣武練成館は山の上にある訳ではないのだが、その門構えは有名な寺院のそれと遜色ないのではないか。
剣武練成館から送られてきた案内には、入学式はこの山門先の大きな広場で行うと書いてあったはず。
他の生徒に続いて、私もこの門を潜った。
「これは……」
目の前に広がる建物群に、広大な景色を見た時のような感動を覚えてしまう。
剣武練成館は建物を渡り廊下で繋ぎ、空から見れば扇形の形をしていると聞いている。
そのせいか、正面から見ると放射線状に建物が広がっているように見える。
そんな建物群を目にしつつ、大きな広場にやってくる。
なるほど、広い。
今は百人ほどだが、二、三百人は余裕で入るぐらいの広さだ。
最初から分かっていたことだが、剣武練成館自体が相当な敷地を持っているな。
「ね、君可愛いね。どう、入学式終わったらお茶でもさ?」
「いえ、結構です!」
「それは残念。じゃ、君はどうかな?」
「す、すみません!」
「つれないなー。ねね、君も可愛いね。折角知り合ったんだから、是非是非」
「え、あ……その……」
何だ、あれは? 金髪の男が女子生徒を見境なしに声を掛けている。
金髪の男も見れば、道着を身に付けている。あの男も剣武練成館高校の生徒か。
どちらにせよ、嫌がっている少女を無理矢理誘うような行為は感心しない。
誰も止める様子がないのなら、私が止める。
だから、金髪の男の誘いを断り切れないでいる女子生徒の前に、割り込むように立った。
「そこまでにしてもらおうか」
「ん? 何だお前は……っと、すげえ上玉だな。名前教えてよ!」
「――神藤凛だ」
名前を尋ねられたので、反射的に答えてしまった。
しかし、興味は私に移ったようだ。後ろの女子生徒には早く行くように合図をした。
「へえ、凛ちゃんって言うのか。俺は二年の速水だよ」
「先輩でしたか。先程は失礼いたしました。しかし、あまり良い事だとも思えません」
まさか上級生だったとは。
それでも嫌がる女子に無理矢理迫る行為は同性として、あまり気持ちの良いものではない。
「ふーん。凛ちゃんは先輩である俺に盾突く訳ね」
速水先輩は軽薄な笑みを浮かべ、私を見ている。
嫌な目だ。私の体をねっとりした視線で見る。
体をまさぐられているような、気持ちの悪さ。
「盾突く訳ではありません。ただ、間違っている事は正すべきだと思うだけです」
私は気持ちの悪い視線に負けないように、きっ、と速水先輩を見つめる。
「それを盾突くって言うんだよ!」
「――っ!」
速水先輩から大きく距離を取った。
その後、空気の塊が顔に当たった。
今のは拳圧か?
「すごいねー。寸止めのつもりだったけど、反応できるんだ。増々気に入ったよ。凛ちゃん、君を俺のものにしたい」
「……」
男に対してあまり興味のない私ですら分かる、この男の最低な気質。
正直、もう話したいとも思わなかった。ただただ、感情の籠らない目で見つめる。
しかし、こうなってしまっては、向こうもただでは下がらないだろう。
「だんまりか。なら、こうしよう。君も≪ホーリーフェスタ≫を目指してここに来たのだろう。俺が君の実力を試してやるよ。それで、もし凛ちゃんが俺に勝てば、金輪際こういう行為はやめるよ。凛ちゃんが負けた場合は一つだけお願いを聞いてもらおうかな。どうする?」
へらへらと嫌な笑みを浮かべて、提案してくる速水先輩。
条件も私に不利だと考えるのが妥当だ。
相手は二年生、やってみないと分からないが実力者である事は先程の一撃で分かっている。
こんな勝負、受ける必要はない。
しかし、ここで背中を見せる事が正しいとも思えない。
この男はどんな条件であれ、私が断らないと見越して持ち掛けているのだと自覚する。
こんな男に負けたくない。
それにこの男の言う事も一理ある。
≪ホーリーフェスタ≫で勝ち抜こうと思えば、相手は上級生ばかりに違いない。
ここで逃げても何も変わらない。
であれば、立ち向かおう。
「分かりました。その勝負、受けます」
「へっ。じゃあ、始めようか」
口角を上げ、下品に笑う。もう勝ったような顔だ。
負けるつもりはない。
あの人に追い付くためにも、こんな所で負ける訳にはいかない。




