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ハロー、ハロウィン

続きかきたい。

 籠いっぱいに菓子を詰め、シェスは空を見上げる。彼女の薄い金色の髪に、陽の光が反射した。

「シェス」

 名前を呼ばれ、返事をしながら振り向く。背の高い男が、ゆっくりと歩いてくるところだった。

「どこへ?」

「私、街の子どもたちにお菓子を配ろうと思って……今日はハロウィンですから」

 男は、何か可笑しそうに笑って、「では君の手作りのブディングを持って行ってあげなさい」と穏やかに言う。シェスは頬を膨らませ、「無責任なことを。神父さまはアレを食べて『ゴムで作ったのか』と仰ったのではないですか」と抗議した。

「すまない、嘘がつけないもので」

「もう……いつかジーンさまに『美味しい』って言わせてみせますからね」

 神父――――ことジーンは、微かに笑って「楽しみにしているよ」と言った。彼も街の方の式典に出るらしく、出かける準備をしている。シェスは膨れ面のまま、「お気をつけて」だけは丁寧に言い残した。走り去っていこうとするシェスに、ジーンが「君も気を付けて、森に入らないよう」と声をかける。シェスは一瞬だけ振り向いて手を振った。




 空がかぼちゃ色になり始めたころ、シェスは空の籠を持って家路を歩いていた。ハロウィンは良い祭りですね、と心の中で歌いながら、足取りも軽やかに行く。神父はまだ帰っていないだろう。式典は長い。

 空を見ていたシェスが、ふと道を横切る猫の姿を見た。「あら猫ちゃん」と声をかけて、たまらずその愛らしい動物を追いかける。路地裏の行き止まりまで来て、シェスははたと気づいた。

「あら……あら、ここは?」

 まるで見たことのない道だ。何とか引き返して路地裏を出ても、見覚えはない。不安になって歩いていると、建物の影に少年がいた。道を聞こうかと近づいてみたが、その少年がどこか寂しそうに見えて息をのむ。ふてくされたように膝を抱えて、地面を見ている少年だ。シェスは自分の頬に手をあてて、足を止めた。少年は、ただ寒そうに膝を抱えている。

「あの、ぼく?」と、シェスは少年に声をかけた。少年は驚いたように顔を上げる。

「どうしたの? 今日はハロウィンですよ、街に行かないの」

 ムッとした顔で、少年はそっぽを向いた。「行ったよ」と、綺麗なボーイソプラノで返答がある。でも、とその声は言った。

「おれ、目がさ、黄色くて他とちがうから。ダメなんだよ、仲間に入れてもらえなかった」

 そう残念そうに言う。あら、とシェスは少年の目を覗き込んだ。

「綺麗なのに。月とおんなじ色だわ」

 少年は目を丸くして、シェスの目を見る。いきなり「お姉さん」と呼ばれ、シェスは背筋を伸ばした。

「お姉さんも、綺麗だ。太陽と似ているね」

 思わず赤面して、シェスは顔を隠す。「そんなこと」ともごもご言った。少年は立ち上がって、シェスに手を伸ばす。

「おれ、シャンティ。ねえお姉さん、よかったらおれの家に来ない? 今日はハロウィンパーティなんだ」

「嬉しい……でも、私でいいの?」

「お姉さんがいいよ! お姉さんとパーティがしたい!」

「でも私……帰り道が」

 黙ったシェスを見て、シャンティは寂しそうな顔をした。「それとも、もう一緒にパーティする相手いるの?」と、尋ねられる。シェスは首を横に振った。ジーンはまだ帰らないだろう。帰らない人を待っているよりも、この少年をいま笑顔にする方がいいかもしれない。少し笑って、シェスはうなづく。

「よければ、参加させてください、パーティ」

 そうこなくっちゃ、とシャンティは笑った。

 ずんずんと暗いほう暗いほうへと歩いていくシャンティについていきながら、シェスは少しずつ不安を覚える。

「シャンティ、こっちは森じゃないですか?」

「そうだよ」

「わたし、森のほうへは」

「家があるぐらいのところなら、だいじょうぶだよ」

 そうかも、と言いながらシェスは歩いた。時間のせいか、場所のせいか、ひどく暗い。やっぱりこわい、と思いながら、周りをきょときょと見た。不意に、シャンティが立ち止まる。「おねえさん」とどこか甘えた声を出した。

「あのさあ、トリックオアトリートって知ってる?」

「し、知っています。でも、」

「じゃあさ」

 シャンティは振り向いて、明るい笑顔を見せる。「トリックオアトリート」と軽やかに言った。シェスは籠の中を見て、それから自分の衣服を上から叩いてみせる。「やっぱり、お菓子持ってない……」と呟いた。それなら、とシャンティが近づいてくる。「お嬢さん(・・・・)」と言って、シャンティは手を伸ばした。そっと顔を寄せられ、シェスは驚く。気づけば、シャンティの方が背は高い。思わず「どうして」と呟けば、シャンティは大人の表情で笑った。

「悪戯、してもいいよな?」

 じわじわと追い詰められて、シェスは顔を背ける。

「い、」

「い?」

「いや、です」

 シャンティが彼女の肩に触れたその時――――、何か電流が走ったような動きでシャンティが飛びのいた。シェスの胸元で、十字架が青白く光る。シャンティが舌打ちをした。

「くそ、本物か」

 そう言った次の瞬間に、シャンティが素早く頭を下げる。何か小さなものが音を立てて横切っていき、シェスも驚いて尻餅をついた。きょろきょろと見渡せば、見慣れた姿が泡のように浮かび上がる。

「ジーン……さま」

 ジーンは鬱陶しげに前髪を後ろになでつけ、ゆっくりとシャンティに銃をつきつけた。「まったく、式典の途中だったというのに」と困ったように笑う。それを見たシャンティも不敵に笑ってみせた。

「ほお、神に仕える青二才も、女のストーカーなどするわけだ?」

「バンパイアはいつから、少女を誘惑するような淫魔になったのかなぁ」

 シェスは驚いて、「ばんぱいあ?」と惚けた声を出してしまう。ジーンとシャンティが、舌打ちをしたと同時に、前へ踏み込んだ。何か爆発音が聞こえて、シェスは耳をふさぐ。ジーンの足元がぽっかりと開いた。まるで小さな落とし穴のようだったが、覗いても終わりが見えない。ジーンはそれを避けて右足に体重をかけながら、笑って銃を構える。

「よければ僕の血でもどうぞ?」

「ハッ、男の血など餓鬼でも吸わんわ。汚らわしい」

「選り好みをする余裕があるのならここは去りなさい」

「絶対に嫌だね、そいつは上等な獲物だ」

 間髪入れずに、ジーンは引き金を引いた。シャンティが手をかざすと、銀色の弾が何かにぶつかったように地面へ落ちていく。「銀とは……小賢しい」とシャンティは苦い顔をした。もう一度、ジーンが銃を構える。シャンティも懐からナイフを出して、投げる素振りを見せた。思わず、シェスは立ち上がる。

「あのっ」

 目を細めて、ジーンが「君は退いていなさい」と言った。「どいていません!」とシェスは叫ぶ。

「ジーンさまもシャンティも、理由なく喧嘩するのはやめてください!」

「理由なくやりあってると思ってんのかい、お嬢さん」

 呆れたようにシャンティは言って、ナイフを懐にしまった。「いいだろう、今宵は素晴らしき収穫祭。また会いに来よう、もう少し夜が長くなってから」と、ため息まじりに言う。踵を返したシャンティは、段々とその姿を幼い少年のものに変えていく。彼は振り向いて、明るい笑顔を見せた。

「それじゃあね、お姉さん。クソ神父様は大好きな神さまのところへでもいち早く行っていろ!」

 ぽかんとするシェスを尻目に、シャンティは歩いて行ってしまう。「死の加護を」とジーンが笑顔で毒づいた。それから、ジーンはシェスに手を伸ばした。さあ、と疲れたように誘う。

「帰ろう、シェス」

 うなづいて、シェスはその手を取った。ジーンが「森へ行ってはいけないと言ったはずだよ」と軽やかに責める。ごめんなさい、とシェスは肩を落とした。

「猫を……追いかけて」

 下手な言い訳だと思ったのだろうか、ジーンはくすくすと笑って振り向く。それから、シェスの顔を覗き込んで言った。

「では」

 吐息が鼻にかかるほどの距離だ。シェスは顔を真っ赤にして、次の言葉を待つ。

「首輪をつけてやらなきゃいけないね?」

 そう囁いて、ジーンはやはり笑った。なんだかわからないまま、シェスはうなづく。ジーンが満足そうに、また歩き出した。来た道を戻っていくと、まだ街はハロウィンの喧騒を抱いたままだ。

 この心臓が高鳴っているのは、街の活気にあてられたからだろうか。それとも――――

 そっとジーンの体に身を寄せながら、シェスは呟いた。

「ごめんなさい、神父さま」

 ジーンは少し首をひねって、「いい」と答える。「遅くなってしまった僕も悪かった。よく考えれば今宵はハロウィンだ。式典などよりも、いいこと(・・・・)をするべきなんだ」と。その言葉の真意がわからないまま、シェスは「はい!」と元気よく答える。この正装の神父が、格好に似合わぬほど悪戯っ子の顔をしていることにも気づかずに。

 ハロウィンはまだ、始まったばかりである。


次回、

シスター「あなたはバンパイアなのでしょう!?」

吸血鬼「違うぞ」

シスター「そっかあ(´▽`)」

をお送りします。

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