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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第二章 大人と子どもの境界線
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第○○八話 『雨中の激突』

「今日は、帰らない方がいいってくらいに雨が降るわ。酷い土砂降りよ」

 雲ひとつ無い、まさに快晴。そんな青空の下で、大崎は呟いた。しかし、それを聞く者は一人しかいない。

 本来立ち入り禁止である屋上にいるのは、大崎と、そして、

「なるほど、それが俺が戦うためのステージか。雨も滴るいい男としては、願ったり叶ったりだ」

 教室では大崎の右後ろの席に着く、栗原だった。

「いやあ、姫さんが俺を頼るのも今日でおしまいかあ。それは少し、寂しくなるなあ」

「間延びした口調で言われても、全然残念って感じがしないわよ」

 いやいや、と首を振る。頼られなくなることが寂しい、というのは本当だ。一人ではこのオモチャを、持て余していただろうし。

「姫さんが使ってくれて助かったよ。たった一ヶ月だけど、それなりに楽しかったしね」

「あたしも、礼くらいは言ってあげる。ありがとう、栗原くん。おかげで、充足した日々を過ごせたもの」

 互いの利害の一致。それゆえに始まった奇妙な協力関係も、今日で終わる。

 大崎みぞれが、望みのオモチャを手に入れれば、それでおしまいだ。

「それじゃあ、始めましょう」

「ああ、始めよう」

 栗原が、右手に握ったそれを空へと向ける。

『Entertainment 〝――――〟』

 ……雨が、降り始める。


 ◆


 突如として降り始めた土砂降りが窓を叩きつける。その音はとどまるところを知らず、このままでは窓ガラスが割れてしまうのでは、と思うほどに強い雨だった。

 こんなものは予報になかった。それに、つい先ほどまで雲ひとつ無い青空が広がっていたのだ。やはりこんな雨はおかしい。誰かが意図的に雨を降らせているとしか思えない。

 普通ならばそんな考え、一蹴するところなのだが、それを可能にしてしまう力を聖は知っている。――オモチャだ。

「やっぱりこの雨、オモチャの……!」

「うわぁ、こりゃ酷い。通り雨だと良いんだけど……」

 聖と仲の良いクラスメイトも、窓の外すら眺められない窓ガラスを見て、苦々しく呟く。

 きっと、この雨を降らせているのは大崎みぞれだ。いったい何のためだろうか。大崎は、オモチャを求めているようだったが――ん?

「いや、おかしい。この雨を降らせてるのが大崎さんなら、それは絶対オモチャを使ってるはず。なのに、なんでオモチャを欲しがる?」

「……? 急にブツブツどうしたの、アンタ」

 思考が口から漏れ出てしまっていたらしい。危ない。

 考えをまとめよう。大崎はオモチャを欲しがっている。しかしこの雨は、どう考えてもオモチャを使ったものだ。そして、大崎がこの雨に関係しているのは間違いない。

 ――他に、協力者がいる?

「ねえ、大崎さんって何組?」

「え? あー、確か五組……あ、ちょ、どこ行くのアンタ!?」



「――いない?」

 二年五組の教室にて、大崎がいるかどうかを聞いてみたのだが、彼女の姿は見当たらないという。そして、どうやら栗原という男子生徒も見当たらないらしい。

 どういうことだろうか。その栗原とやらが、大崎の協力者なのか。

「……ヒジリさん、何をそんなに慌てているんですか」

 悩んでいると、イヴが聖の前に現れる。イヴの姿は他人に見られることがないため問題はないが、それでも驚いてしまう。

「んな、ちょ、いきなり出てこないでよ! びっくりしたぁ」

「失礼。たまにはドッキリを、と思いまして。話を戻しますが、この雨がオモチャによって引き起こされたとしても、可愛いもんじゃあありませんか。今まで貴女が戦ってきたのはどいつもこいつも、危険なオモチャの使い方をしていました。ですがこれは……」

「言われてみれば……うーん、私は何を焦ってるんだろう?」

 雨を降らせるオモチャ。なるほど、それだけだ。別に慌てるようなことでもない。確かに酷い降り方をしているが、雨は雨。

 だが妙に気になる。今日に限って、大崎はこの雨の予言をしていないらしい。いったい何のために、これまでにない雨を降らせているのか。協力者は栗原なのか。

「ねえイヴ、こう、他のオモチャの波動? みたいなの察知とかできないの? よくあるじゃん、怪人同士がテレパシーみたいなのでお互いの位置がわかるとか」

「イヴは怪人なのですか……無理です。イヴには、貴女の持つオモチャの知識はあっても、それ以外は空っぽなので。精々がベルトに寄生するくらいですよ」

「むぅ……困った。これじゃあ、この雨を降らせてる人がどこにいるのかわかんないや」

 ――ふと思い出す。

 以前、体が訛らないように動かそうとして、屋上へと行った。そこには先客がいて、さらに階段を下りれば大崎が上っていくところだった。

 ああ、十分だ。

「よしイヴ、屋上に行ってみよう」

「ええ? この雨の中、外に出ると言うのですか? 風邪引きますよ」

 変身した後の衣装を見てその言葉を投げかけてはくれないものか。

 イヴの言葉には応えず、聖は廊下を駆ける。

 一年生の階を経由し、五階、そしてさらにその上、屋上の扉の前まで辿り着く。

「なんだかヒジリさん、体力付きました?」

「あ、イヴもそう思う? 私も、なんだか妙に体が軽い気がする。変身の影響かな」

 変身していない状態でも、変身の影響が出ているのかもしれない。

 それはさておき。

 屋上と聖とを隔てる扉。そこにも当然、雨が叩きつけ、轟音が鳴っている。立ち入り禁止の張り紙が張られた扉には、鍵はかかっていなかった。ガチャリ、扉を開ける。

 途端、視界が雨粒に覆われた。

「うぉ!?」

「大丈夫ですかヒジリさん」

 仮想精霊であるところのイヴには雨の影響がないらしい。ズルい。

 うまく目を開けない。普段はヘリが発着できるほどのスペースを持つ屋上も、こうして見れば閉鎖的に思えてしまう。ここは、一種の牢獄か。


「――ようこそ、宮城聖さん。姫さんが命じ、俺が実行したこのステージへ」


 ふわり、と。雨が急に弱まり、そんな声が聞こえた。

 土砂降りがパラパラとした雨に。視界が開け、雨の牢獄が消えうせる。

「先手必勝、不意打ち上等。それでも良かったんだけどさ。実際、姫さんはそうしろって言ってたし。でもここから先は俺の戦いだし、俺の好きなようにしたい」

 饒舌に語るのは、あの日屋上で見た男子生徒。きれいな黒髪を雨に濡らし、右手を空に向かってあげている。その先に何かが握られているようだったが、霧のようなもので覆われていて見えなくなっている。

「初めまして、ではないか。一度会ってるもんね。久しぶり、というのも少し違う。難しいな、挨拶って。とりあえず自己紹介から。栗原晴之(ハルユキ)、十六歳。そしてネタバレ。この雨は姫さんが命じ、俺が降らせています。これが、占い師やら予言者やら言われる姫さんの正体」

 栗原……やはり、この男が大崎みぞれの協力者か。オモチャを持っているのは栗原の方で、大崎は持っていない。なるほど、これで納得がいった。

「そんで? キミは自己紹介、してくれないの? イーターさん」

「っ、当たり前のように、その名前を使わないでよ」

 一方的に知られているということが、こんなにも気持ちの悪いことだったとは。ウワサが一人歩きしているのとはまた違う、不思議な感覚があった。これは、そう、

「ストーカーに会った気分」

「んな……いきなりキッツい言葉投げかけてくれるなぁ」

 栗原は苦笑をこぼす。その間も、右手は空に向けられたままだ。

「その右手に持ってるのがオモチャ? 見えないけど」

「そう、これが俺のオモチャ。キミが持つベルトと同じ、クリスマスの朝に手に入れたものだ。これがどんなオモチャかバレると、ちょっと都合が悪いんだ。だから見えなくしてる」

 バレると都合が悪い? どういうことだろうか。

 というかそもそも、栗原の目的はなんだろうか。

「うん、そろそろお喋りも良いだろう。引き延ばし続けても意味が無い。少し盛り上がり始めたところから、一気にクライマックスまで行くのがデキる男ってものだし。それなら、もう始めないと」

 イマイチ意味のわからないことを言う栗原は、

『Entartainment 〝――――〟』

 ドゥンッ! と何かを右手から撃ちだし、それを下げた。

「さあ、制限時間は三○分。その間に俺がキミを倒せれば俺の目的達成。倒せなきゃ、俺の負けだ。わかりやすい勝負だろ? 心配しなくても、屋上以外は土砂降りのままだし音が漏れたり、誰かに見られることはない。さあ、変身しろよイーター。俺の目的は――、」

 まるで、銃口を向けるかのように右手を聖に差し出す栗原。


「――そのベルトなんだからよ!」


 もう一発、ドゥンッ! と何かが放たれる。それが聖に当たる前にベルトを装着、そして、

「変身!」

 考えることすら放棄し、変身した。

 放たれた何かは変身の余波に飲まれ掻き消える。全身が光に包まれ、セーラー服やパーカーがことごとく消え去り、別の何かへと変質していく。それは世間を騒がせる露出の高い衣装。黒を基調とし、ところどころに赤いラインの入ったホットパンツとタンクトップ。そして目元を覆い隠す包帯のような黒い布。

 川内市に双璧を為すウワサ、その一つが権限する。

『Entertainment 〝Eater〟』

 イーターが、現れた。

「このベルトを奪って何をする気か知らないけれど。何を企んでるのかわからないけれど。――その野望ユメ、喰らい尽くす!!」

 そう叫んだ瞬間、全身が重くなった。

 弱くなっていたはずの雨がまた土砂降りとなり、イーターの全身に降りかかっているのだ。

「はははッ! かっこいいなあ、おい! さあ、ようこそ俺のステージへ。その格好にこの雨は、相当堪えるんじゃねえかなあ!!」

 栗原の右手から再度、何かが放たれる。それが何かを見極めようとするが、しかしこの雨が視界を遮り、邪魔をする。

 バレットのように、特殊な銃弾であれば安易に触れるわけにもいかない。そう判断した聖はすんでのところで回避する。ギリギリではあったが、ダメージはないため広範囲に干渉するものではないらしい。ならば派手に避ける必要はないか。

 だがやはり、

「ねえ、イヴ! 寒い、この格好寒い!」

『貴女、クリスマス以降の寒い期間をその格好で過ごしてますけど』

 言われてみればそうなのだが、何か違う。これは、聖の全身に当たる雨がオモチャの力によるものだからなのだろうか。

「せめてパーカー頂戴、パーカー!」

『無理を言いますね……っと』

 ふわり、と。慣れた感覚が上半身を覆う。やはり黒を基調とし、赤いラインの入ったものではあるが、それはパーカーであった。さらに、おまけとばかりに首元をマフラーが覆う。

「おお、いいね、いいね、最高。これからはこっちをデフォにして」

「弾をかわしながらお着替えとか、余裕すぎやしねえか……!」

 攻撃が効かないとわかった栗原は、再度その右手を空に向ける。ドドドウンッ! と連続で何かが放たれる。

 また雨の激しさが増すのだろうか。そうやって身構えていたら、

「ッ、っづぅ!?」

「単なる雨じゃねえぞ、超圧縮した、いわば銃弾の雨だ」

 全身を貫くような痛みが聖を襲う。ベルトのおかげで痛覚はいくらか抑えられているはずだが、それでも骨が軋みをあげている気がする。

 ようやく銃弾の雨が止んだと思えば、栗原が接近してきていた。

「ほら、喰らい尽くすんだろ? これでも喰らっとけ!」

 その右手が振るわれる。

 マズい。そう直感し、聖は後ろへと逃げの跳躍をする。直後、聖がいた場所が切断された(ヽヽヽヽヽ)

「んな――」

「俺のオモチャが中距離専門だと思ったか? 残念、中距離も近距離も、もっと言えば遠距離すら網羅してるのさ!」

「ご丁寧に解説ありがとう!」

 返す言葉で蹴りを繰り出すが、栗原はとっとと距離をとってしまっている。また不用意に近づけば、見えない斬撃によって斬られてしまう。なんてやりづらい。今まで相手にしてきたオモチャの中で、一番厄介だ。

 それに、これだけ多彩な攻撃を見せているのに、そのオモチャの正体がまったく見えてこないのも恐ろしい。わかっているのは水を撃ちだし、見えない刃で斬り、雨を降らせるということ。どんなオモチャだそれは。

「おっと、警戒してるな? なら、ほい」

 また右手から何かが撃ち出される。しかしそれは今までのような銃声ではなく、空気が抜けるような音を出した。もしくは、シャワーの音が近いか。

「……これ、」

 ――霧だ。

 オモチャの姿を隠していた霧。それが広範囲に渡って展開される。

「見えないだろ? 俺の姿。どこにいるかわからないだろ? 音すら乱反射させて混乱させる、そんな霧の牢獄だ」

「アンタが喋りたがりなのはわかったけど、どうせなら対処法とか教えてほしいなあ、クソ!」

 足音がそこかしこから聞こえてくる。遮られた視界で頼りになるのは聴覚だけだというのに、それすらも奪う霧の牢獄。こんなの反則だ。どうやって勝てと。

 このままではわけもわからず負けてしまう。そうなれば、栗原の目的はこの変身ベルトなのだから、これを奪われてしまう。それはつまり、どういうことか。

 聖が、ヒーローではなくなる。

 それは嫌だ。せっかく憧れのヒーローになれたのに。

 ――ここで、『ようやく』ではなく『せっかく』という言葉を使うから、聖はいつまでもごっこ遊びの延長でしかあれないのだ。

 ドゥンッ! 音が聞こえる。どこからくる。

 キラリと、視界の端で何かが光った。

「こっちか――!」

 ズンッ。しかし、衝撃が走ったのはまったく違う方向だった。

「え、は……」

「音が乱反射するのはめちゃくちゃだと思っても、光が乱反射するのは当たり前だろ」

 それもそうだ、なんて変な納得をしながら、聖は倒れ付す。

「……終わり、か。やれやれ、これで忠義を尽くす騎士の役目もおしまいだな」

 どこから聞こえてくるのかもわからない声。意識の片隅でそれを聞きながら、嫌だと叫ぶ。声にならない声で、嫌だと叫ぶ。

 偶然にも、それは、コントローラーを持ったあの男の願いと同じであった。

 ――モデル〝Eater〟起動。



「私から、このベルトを奪わないで――!」



 ――咀嚼対象《濃霧》。再起動、準備。

 ベルトのバックル部分に存在する扉が、周囲の霧を喰らっていく。







五話以降の話、本来なら全四話で終わる予定でした。終わりませんでした。

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