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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第二章 大人と子どもの境界線
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第○○七話 『夢のオモチャ』



「なんなんだよ、なんなんだよお前ぇ!」

「名乗るとすれば……そうだな、バレットだ」

 照準を定めたまま、サングラスの奥から敵を射抜く。

「ぶ、ブラッド・バレット……!? なんだよ、俺まだ何もしてねえだろォ!」

 確かに、この男はまだ何もしていない。だが、伊達は聞いたのだ。この男が、クラスメイトと話しているのを。その内容を。盗み聞きだと糾弾するならすればいい。

「『市民を意のままに操る』……か。どんなオモチャを手にしたのか知らないが、市民に害を及ぼす者を僕は許さない」

 言って、弾丸を一発撃ち出す。それは男には当たらず、足元に着弾する。

 日はまだ沈んでおらず、伊達と男とを取り巻く野次馬も目に付く。有名になるのもやはり困りもので、下手に暴れるわけにもいかない。ここは殺さず、この男を無力化するのが一番だろう。

 ――そんなところに、


「止まれ、そこの暴走癖不審者ぁああああ!」


 ブラッド・バレットと双璧を為す噂、――イーターが現れた。

 伊達と男の間に割って入るように飛び込んできたのは、黒を基調とした、露出の激しい衣装に身を包む馬鹿。その少女は伊達を指差し、

「いきなり何をしやがってるかこのすっとこどっこい!」

「……アンタの方が何をしてんだこのボケ」

 うんざりとした声を投げかける。いったい誰が暴走癖不審者か。確かに伊達の格好は不審者のソレだが、痴女にどうこう言われたくはない。

「こんな明るいうちから人殺し? ニュース見てビビったんだけど」

「ヒーローとは思えない庶民的な方法だな、その情報収集」

 もっとこう、市民の危機を察知するヒーローとか、そういう体を守ったりしないものか。

 というかそもそも、今回は殺す気はない。今のところは。

 実行犯というわけでもなし。伊達に銃口を向けられるこの男も、二人のウワサの出現により完全に萎縮してしまっている。これからどうこうできるわけでもないだろう。その程度の子どもだったというわけだ。

「じゃあ、今回はもうアンタに任せる。いつも通りとっととオモチャ壊して無力化でもしなよ」

「……え? 何、急に。そんな物分りのいいバレットなんて気持ち悪い」

 譲ってやればこの野郎。

「喧嘩売ってるなら買うぞ。……別に、ソイツが今回何かしたってわけじゃない。オモチャを使って何かしようとしていたのは確実だけど、今さらだろ。無力化専門のアンタが来たなら、任せるよ。めんどくさい」

 この四ヶ月で伊達も随分落ち着いたものだ。最初こそ、市民を守るのだと躍起になって冷静さを欠いていたこともあった。クリスマスに派手に街を壊しやがったイーターと対立することも何度もあった。

 しかし今、伊達が彼女に真っ先に抱く感想は、

「めんどくさい」

 それはどことなく、カップルの倦怠期のようであった。

「お、おおう、そう? なら遠慮なくいただきます」

 妙に挙動不審な態度を取りながら、イーターは男に向き直った。その野獣の如き眼光を真正面から受ける男の哀れさよ。

 伊達はモデルガンを下げ、ため息を一つつく。

「さあ、オモチャを差し出して。壊してあげるから」

「い、嫌だ……これは、俺の……」

 声を震わせ、言葉では抵抗する男も、頭では理解しているのだろう。イーターが本当に殺す気はないのだということが。オモチャを差し出せばそれで終わり。差し出さなくても、多少痛い目を見るだけで済むということが。

 イーターは脅しには向かない。それで今まで、よく一人も殺さずこれたものだ。

 伊達には関係のないことだが、ここで男を取り逃がしでもしたら万一のことがある。イーターがオモチャを壊す、その瞬間を見るまではここにいよう。

 そう思って、

「来るなよ、奪わないでくれよ……これは、俺の、力なんだよ――ッ!!」

 ――油断した。

「っ!?」

 下げていたはずの右手が持ち上がる。それは伊達の意思ではない。何者かに操られるように、その腕に握られたモデルガンが照準をイーターに定める。

 抵抗しようとして、しかしできないことを知る。引き金にかけられた指が徐々に絞られる。

 そして確信する。操られるように、ではなく、操られているのだ。

「おい! 避けろ!!」

 引き金を絞る指を止められない。そう判断した伊達は叫んでいた。

 その声の直後、銃声が鳴り響く。

「――ッ!」

 咄嗟に振り向いたイーターは、間一髪のところでその銃弾を頬に掠める。かわされた弾丸は軌道を変えることなく直進し――、

「……あ」

 ――バレットとイーター、その直線上にいた男の額に、着弾した。


 ◆


「――な」

 何が、起こって。

 聖は振り向き、バレットの右手にオモチャの拳銃が握られているのを確認する。撃ったのか? バレットが?

 確かに、バレットは今までにも人を殺している。どうしようもないクズばかりだけれど、それはどうしようもなく事実である。

 しかし、バレットはつい今しがた、聖に譲ると言ったのだ。バレットはそんな嘘をつくような男だったか。仮にもこの街を守る一つの正義だ。そんな彼が、こんな嘘を。

「……僕じゃない。撃ったのは、僕じゃない」

「何言ってんの……それじゃあ、その右手のそれは――!」

 言及しようとすると、バレットに撃たれた男の左手から、カチャリ、と何かが零れ落ちた。それはどうやら、コントローラーのようで。

「ラジコンの、コントローラー?」

「……そういうことか」

 バレットがこぼす。その声は、普段の彼以上に怒りに満ちている。

 ここに来て、聖にも事の顛末が見えてきた。おそらくこのコントローラーが『オモチャ』なのだろう。その力を想像するのは容易い。きっと人間を、もしくはもっと様々なものをラジコンに見立てて、操作することができるのだ。

 その力によって、バレットは撃たされた。その狙いはこの男ではなく、聖であったはずだ。

 なるほど、だから「避けろ」と。

「クソ……この僕に、人殺しなんかさせやがって」

 何を言うか。人殺しならば、いつもしているだろう。

 そんな言葉をかける勇気は、聖にはなかった。たぶん、そういう意味ではない。彼はこれまで、犯罪者を裁いていたのだろう。しかし今回のは、ソレとは違う。事故とはいえ、断罪ではなく人を殺してしまった。

 こんな力、長く存在してはならない。今すぐにでも壊さないと――、

「……あれ? どこ行った?」

「ああ?」

 再度見てみれば、コントローラーはすっかり姿を消してしまっていた。一瞬目を離した隙に、どこに行ってしまったのだろうか。

「消えた?」

「んなわけがあるか。そこら辺にあるはずだ。もっとよく探せよ」

 バレットの語気が荒い。相当苛立っているのだろう。しかし気持ちがささくれ立っているのは聖も同じだ。何度見ても、人が死ぬのは気持ちのいいことではない。

 その後もよくよく探してみたが、やはりコントローラーはどこかへと消えてしまった。

 ざわざわと騒ぐ野次馬。……もしかして。

「あのー! もしかして、コントローラー、拾って持ってるって人いませんかー!?」

 聖が問いかけ、野次馬の騒ぎはさらに大きくなる。

「誰かが盗んだってのか……おい! 持ってる奴がいるならさっさと出せ!」

 目を離したのは一瞬だ。誰かが持っているのだとしたら、この中にいる。

 だが名乗り出る者はいない。

 最後の一人がその場を去るまで声をかけたが、結局、見つからないまま、野次馬は散ってしまった。

「最悪だ……あんなの、とっとと壊さないと」

 毒づくバレットに、聖は心の中で同意する。使い方次第では本当に最悪なオモチャだというのに。

「ああ、クソ! クソ! もういい、帰る!」

 言って、バレットは苛立ちも隠さず去る。

 その瞬間、聖は聞いた気がした。


 ――やはり子どもだな。


 嘲り、笑う、そんな声を。

「……不気味」

 どこかムカムカとする胸を押さえつけ、人通りの少ない路地裏へと隠れ、変身を解く。

 こうして、何もかもが釈然としないまま、一つの事件が終わった。現場には、死体が一つ残されるのみだった。


 ◆


「やっぱり、貴女だった」

「…………」

 翌日、唐突に声をかけられ、聖は微妙な顔をする。声をかけてきたのは大崎みぞれだった。

 その口元には含み笑いが浮かべられ、細められた目は聖を射抜く。やはり、苦手だ。

「えと、何が、」

 聖は昨日のことを引きずり、いまいち気分が乗らない状態である。授業にも身が入らず、ただでさえ危ない成績がさらに危なくなりそうで、それも追い討ちとなっている。

 そこに大崎が現れた。率直に言って最悪である。

 だが、それも大崎の言葉を聞くまでだ。その言葉を聞いた聖は、最悪ではなく、

「聖さん、貴女――イーター、でしょう」

 ……超最悪となった。

「……イーター?」

「知らないなんて言わせないわ。最近、川内市を騒がせている二つのウワサ……昨日貴女が見ていたニュースにも載っていたブラッド・バレット。そして、イーター。それが貴女でしょう、って言ってるの」

「はあ、何を根拠に――」

「ん」

 ずい、と差し出されたのはスマートフォン。その画面には、聖が変身を解く、その瞬間が写っていた。嘘だろ。

「昨日、貴女がニュースを見ているのを覗いて、あたしも後からその記事を読んで、場所を知った。そしてその場所に行ったら、バレットとイーターがいて、しかもバレットが人を殺してた。本当だったのね、バレットが人殺しって話」

 咄嗟に否定しようとする。バレットは人殺しではないと。だが、と踏みとどまる。思い返すまでもなく、彼は幾度も人を殺している。否定なんてできない。

「まあ、バレットのことは置いといて。何か面白いものが見れないかと思ってカメラを構えてたら、こんなのが撮れちゃった。おかげで確信できたわ、貴女がイーターだって」

「確信ってことは、私がイーターだって、前から疑ってたってこと?」

「ええ」

 なぜ、どうして。そんな疑問が浮かぶが、投げかけたところで流されるだろう。

「別にバラそうだなんて思ってないわ。ただ知りたいの。『オモチャ』のこと」

「――――」

「ねえ。貴女はそのオモチャ……ベルトかしら? ソレはどうやって手に入れたの? 誰かに貰った? だとしたら誰から? クリスマス以降変な事件が増えたのは、オモチャが原因よね。そのオモチャは、どこに行けば手に入れられるの?」

 大崎みぞれの目的はオモチャか。

 しかし、どうやって手に入れたのだと聞かれても、聖には答えようがない。だって、

「……クリスマスの朝、起きたら枕元にあった」

 としか言えないのだから。ふざけているにもほどがある回答である。

 予想通り、大崎の端正な眉が歪められる。

「……はい?」

「嘘なんて言ってないよ。本当のことだもん。だから、欲しいと思っても、手に入らないんじゃない?」

 言い捨て、聖はその場を後にする。昨日の今日だ。まだ気分は悪い。対応がぞんざいになってしまったが、大崎相手にはこれくらいでちょうどいいだろう。

 子どもが楽しむための、夢のあるオモチャ。なんでそれが、気分を害するモノになるのだろう。

 聖はただ、楽しく遊びたいだけなのに。



 そう、聖の根底にあるのはやはり、『ごっこ遊びの延長』なのだ。



 ◆


「――はて、いいのかい?」

「ええ、いいわ。存分にやって」

 彼女の言葉に嘘偽りがないのであれば、オモチャを手にするためには他人から奪う他ない。ならば、彼女から、力づくで。

「俺のはいらないんだ」

「だって、あたしが欲しいのはそういうのじゃないもの」

 欲しいのはアレだ。ベルトだ。彼女をヒーローたらしめている、あのベルトが欲しいのだ。

 変身して、戦って、街を守って、そういうことをしたいのだ。

 そうして、あたしは人気者に――。


 目立ちたがり屋、大崎みぞれ。ここに極まれり。



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