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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第二章 大人と子どもの境界線
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第○○六話 『小さな規模の計画』



「――ひぃ」

 伊達が銃口を向ける。ただそれだけで萎縮し、怯え、逆らう気力が失せてしまう。

 なんだ、コイツもただのヘタレか。

「……もういい。失せろ」

 この程度の奴に、人殺しなぞできるはずもない。相手をするだけ時間の無駄だ。

「放っておかれるのですか、ヨル様」

「うん。これは僕じゃなくて、あっちの手合いだろ」

 言って、思い浮かべるのは少女にあるまじき格好をした、イーターを名乗るヒーロー。幾度となく伊達の邪魔をし、その度にお子様理論をぶつけてくる忌々しい存在。いっそのことアイツから倒してやろうかと思い、何度かこの銃口を向けたこともある。一度も捉えることはできなかったが。

 最近になってようやく、オモチャによる事件が沈静化してきた。イーターの活動も消極的に、同時に伊達も静かな行動を心がけるようになった。

 バイト先にまで噂が流れてくるようになったとあれば、さすがに伊達も自重する。

「あの痴女と同レベルの存在で噂されるなんて耐えられない……マジで」

「同レベル、とも少々違うようですが。世間では、ヨル様の評価は二分しておりますし」

 そうだったか。確か、バレットは犯罪者か否か、といったものだったはずだ。

 いくら犯罪を犯した者だろうが、人を殺せばそれだって犯罪だ。伊達も同類に過ぎない。そう評する声と、救世主、ヒーローと呼ぶ声。その二つは、伊達も耳にしていた。

 伊達にとって世間体などどうだっていいことではある。そんな伊達が黒ずくめの格好をしているのは、一応の自衛策だ。どこの誰が見ているかわからない。万一知り合いに見つかったら、こんなことは続けられなくなってしまうだろう。

 それは困る。父の遺志を継ぎ、この街を守る。そのために伊達は戦っているのだから。

 ――果たして、本当にそうだろうか。

「……?」

 伊達は、本当に父の遺志を継げているのだろうか。父は、犯罪者を殺すなどしたことがあっただろうか。

「違う、そうじゃない。……親父の遺志を継ぐだけじゃ駄目だ。継いで、進化させなきゃ」

 その遺志を。

 親父の真似をしていては、いつか親父のように死んでしまう。ただ背中を追うだけでなく、死を活かさなくてはならない。

 だから伊達は、犯罪者に対し非情を徹底する。

 ……そういえば、父はどのようにして死んだのだったか。殉職と記憶している通り、当然、職務に当たっていたのだろうが。

「僕は、死なない。ずっとこの街を守り続けるんだ」

 人はいつか死ぬ。そんな当たり前をも、いつかは克服できたら。そうしたら永遠に、親父が守りたかった街を守れるのに。

 そんなことを考えながら、今日も伊達は、夜闇に姿を消す。


 ◆


「――そうね、ええ、今日は雨が降るわ」

 その日、久々に大崎みぞれが雨の予言をした。もはや占いなど生ぬるい、予報にない雨だけをピタリと当ててしまうそれは、予言とまで呼ばれていた。かなり限定的ではあるが、予言と称して過言ではない的中率に、大崎のクラスに疑う者はいない。

「マジかよ……傘持ってきてねえや」

「なんなら俺の傘に入ってくか?」

「美少女になって出直しやがれ」

 そうして湧き上がるクラスを見て、大崎は冷めた目をする。

 簡単なものね。少しでも不思議なことがあると、それを神秘としたがる。なんて単純な年代なのかしら、思春期って。

 思春期に限らず、不可思議なことがあれば、それが神聖なものであると考えてしまうのが人間だ。もしくは邪悪なもの、か。

 大崎は美人だ。それゆえ、邪悪なものになどなりえない。本当に、単純。

「……それじゃあ、よろしくね」

 大崎が小さな声で呟く。すると、大崎の右後ろに座る男子が立ち上がった。

「はいはい」

 一言だけ、それを応答とし、学ランのボタンを一番上まで閉めた男子生徒は、教室を出て行った。しばらくして、大崎もそれを追うように教室を出る。

「帰りは気をつけてね、みんな」

 そう言い残すのを忘れずに。



「おっと」

「うわっ」

 大崎が教室を出て、階段を上ろうとしたところで、逆に降りてきた生徒とぶつかりそうになる。その相手は何の因果か、宮城聖であった。

「……うわ」

 聖が、今度は驚きとは別の意味で言う。ああ、これは避けられているな、と思いながら、しかし笑みは絶やさない。

「あら、宮城さん。四階には一年生の教室しかないはずだけど……どうかしたの?」

「え? いや、別に」

 見れば、聖の髪が、まるで風に煽られでもしたかのように乱れている。そんな強風が吹く場所なぞ、この上には屋上くらいしかないはずだが。

「ふぅん。まあいいわ。……そうそう、これから雨が降るから気をつけてね。傘、持ってきてないでしょう?」

「……持ってくるはずないじゃん。だって、予報では、」

「晴れ――そんなこと知ってるわ。あたしも朝は天気予報、見るもの」

 今だって、外を見れば雲ひとつ無い快晴だ。夏にはまだ早いが、清々しさを感じることができる。今年の夏はあまり暑くならなければいいが。

「なんだったら帰り、傘、入れてあげましょうか?」

「え、遠慮しとく」

 引きつった笑みを浮かべ、聖は去っていく。

 あらら、フられちゃった。仕方ないわね。

 見れば、聖は今日もお気に入りのパーカーを着ていた。季節はすでに春。暖かさも慣れ始め、上に羽織るモノなど必要ないくらいに過ごしやすい陽気なのに。

 ため息をつき、大崎は上へと続く階段を上っていく。一年生の教室がある四階に辿り着くと、「あ、大崎先輩! こんにちは!」「今日は雨、降りますか?」なんて声をかけられる。それらを適当にあしらいながら、五階、そして屋上へと辿り着く。

 そこでは、先に教室を出ていた男子生徒が待っていた。

「遅かったね、誰かに捕まってた?」

「ええ、聖さんと、一年生に、ちょっと」

「はは、みぞれさんは相変わらず人気者だ」

 思っても無いことを。

 心の中で思いつつも、表には出さない。

「で、今日はどれくらい降らせる?」

「そうねえ……三〇分程度のにわか雨でいいわ。止んだらすぐ渇くくらいの」

「あれまあ、随分注文つけるようになっちゃって。人使いの荒い姫さんだ」

「使ってやってるのよ。感謝しなさい」

「普段のおしとやかな大崎みぞれとは思えない発言いただきました、っと……んじゃ、放課後に降ってくるよう調節しとく。午後の授業頑張れー」

 ひらひらと手を振る男子生徒を確かめ、大崎は屋上を去る。上ってきた階段を今度は降り、教室に戻ると、ちょうど始業のチャイムが鳴った。右後ろの席は空白のままだ。

「あー……栗原はまたサボりか? まだ五月だってのに、先が思いやられるな……」

 そう呆れ声を出す教師も、いささかウンザリしているようだった。


 ◆


「うぇ、本当に降ってきた……」

 放課後、今日もニュースを漁ってみたが、オモチャの事件らしいものは見当たらず。まっすぐ帰ろうと思ったらこれだ。

 不思議なものだ。予言なんて、本当にできるものなのだろうか。それとも、そういう体質だとか? 雨が降りそうな空気を肌で感じることができるとか……だとすれば、予報にある雨もわからなければおかしいだろう。いやまあ、予報にある雨を予言したところで、そんなん知ってるわ、ってなるけれど。

 ――もしかして、大崎みぞれの不可解な力には、『オモチャ』が関係しているのでは?

「はは、なんて」

 最近オモチャによる事件が起きないから、そんなことを考えるのかもしれない。事件が起きないから、起きて欲しいなんて、

「まったく、不謹慎――」

「何をぶつぶつと喋ってるの? 独り言?」

「っっっ!?」

 いつの間に背後にいたのか、そこには大崎みぞれの姿があった。思わず後ずさってしまう。さすがに失礼すぎたろうか。

「言ったでしょう? ……そのパーカー、濡らしたくないんじゃない? あたしの傘に入っていけば?」

「だから、遠慮すると――」

「これからこの雨、局所的に激しくなるわよ」

 ぞくり、と。

 大崎が目を細め、笑みを浮かべる。それだけで、何かに縛られたかのように動けなくなる。そんな威圧感が彼女から発せられ、思わず言葉に詰まってしまう。

 大崎が纏っているのは自信だ。どうしようもなく傲慢で、高慢な。

「ほら、入っていくことをオススメするわ」

 見れば、彼女の手の中には比較的大きそうな傘があった。女子二人ならば余裕で入れそうな、大きな傘だ。

「ど、どうしてそこまで……」

「強情ねえ……――入って。貴女と話がしたいの。いいでしょう?」

 そう強く言い寄られ、聖は不気味なものを感じ、断ることができなかった。



「それでね、貴女と話したい、そう言ったことに嘘はないわ」

 大崎の言うとおり、激しくなってきた雨に傘が打たれる。雨音にかき消されないようにと、大崎は耳元でも大きな声で話し続けた。

「貴女、ずっと制服の上にパーカー着てるわよね。あたしが転校してきた時にはもう着てたから、そう、四月より前なのは確か。いつからなの?」

「……ずっと、だけど。パーカー自体は、子どもの頃からずっと」

 幼少の頃にハマった仮面ヒーロー。一番最初に見たヒーローが、学ランの上にパーカーを着るという、高校生ヒーローだったことに由来する。

 以来、ことある毎にパーカーを着ては変身ポーズを取っていた。聖は、この頃から恥じらいというものを知っていて、両親に知られるのは極力避けていたけれど。両親共に日曜日は仕事があって助かった。でなければきっと、見ることも叶わなかったから。

 その中でも、今日着ているこのパーカーはお気に入りだ。似ているのだ、配色が、高校生ヒーローの着ていたパーカーに。

「そのファッションが目に付いて、気になっちゃったのよね。貴女のこと。以来、見つけては姿を追うようになった。それで気づいたんだけど、」

 思わせぶりに言葉を切り、その視線を聖に向けたのを感じた。しかし聖は大崎の方を見ず、視線は前方に向けたまま。

「貴女、時々授業をサボってどこかに行ってるわよね。それも、学校外に」

「――――」

 不意を突かれた。まさか、パーカーからそんな話に繋がるとは。

「どこに行ってるの?」

「……どこだっていいでしょ」

 ニュースを見て、何か事件が起これば聖はそれに駆けつける。その際に授業をサボることも何度かあったのだが、大抵は立ち入り禁止の屋上で変身して、そのまま屋上伝いに駆けるのだ。

 大崎とぶつかった日は、どうしようもなく体を動かしたくなり屋上に出向いたのだが、いざ変身しようとしたら男子生徒が来たので中止。急いで教室へと戻った。

 もしや、今までに見られたことがあるのか。

「気になるじゃない。お昼休みはそんなに長くないし、なら、その短時間でどこに行ってるのか。人間だもの、知的好奇心が働いたとしても何の不思議もないわ」

 めんどくせえ。

 適当にあしらうことすらさせてくれない。厄介な相手に捕まったものだ。ふと、気分転換にスマートフォンを除いてみる。いつものクセでニュースアプリを起動し、川内市の事件などを検索する。

「あら、ニュースなんて見るのね」

「高校生だもん、おかしくない」

「ううん、女子高生ならもっとこう、コスメとかの情報をチェックしたりとか、オシャレ? に関することとか……」

「あー、最低限でいいよ、そんなの」

 特に目立った事件なし、今日も今日とて川内市は平和――、

「――あれ?」

 一番最後の記事に、『バレット出現!』の文字を見つけた。

「えっと、ブラッド・バレットさん、だったかしら。ここ最近あまり見なかったけど。彼も有名よねえ」

 何勝手に人の携帯を覗いてやがる、なんて悪態を付くことすらせず、聖はその記事を読み進める。

 そして、

「傘、入れてくれてありがとう。それじゃあ私、こっちだから」

 言って、聖は雨の降る中一人で駆け出した。

「……あらあら、ヤキモチ焼いちゃうわね、バレットに」

 口元に笑みを浮かべ、聖を見送る。

 いつの間にか雨は上がり、空には虹がかかっていた。





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