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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第二章 大人と子どもの境界線
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第○○五話 『川内市のウワサ』



 名を川内市とする街は、都市開発が進んだ新都と、昭和の雰囲気漂う古都、あるいは下町とに分かれる。そこに明確な境界は存在しないが、川内市の中心にある大型複合商業施設によって東西に分断されることがほとんどだ。

 そんな新都と古都に、ある噂が流れ始めたのはいつのことだったか。

「昨日もまた現れたらしいよ、バレットさん」

「ホント? 下町の方にはイーターが現れたってね」

 新都を中心に活動する〝断罪者〟ブラッド・バレット。

 古都を中心に活動する〝ヒーロー〟イーター。

 バレットは、特徴として全身黒ずくめ、黒い帽子を被り、とどめのサングラス。どこからどう見ても不審者にしか見えない出で立ちだが、それをより強調するのが一丁の拳銃だ。

 噂によれば、それはモデルガン――『オモチャ』らしい。

 で、そのバレットが何をして噂になっているかというと、曰く、犯罪者殺しだ。

 なんでもかんでも殺すわけではない。彼が殺すのは犯罪を犯したどうしようもないクズばかり。生かしておいても更正の余地無しと断じられて申し分ない者だけだった。

 しかし殺人は殺人である。世間では、彼のことを同じく犯罪者と呼ぶ声もあれば、ヒーローと祭り上げる声もある。その正体は不明で、活動期間はすでに四ヶ月にもなるらしい。

 さて、バレットに関しての噂はここまでにしよう。

 川内市に流れる噂はもう一つある。それが〝ヒーロー〟イーターだ。

 少女、あるいは痴女と称されるイーターは、犯罪者を殺すことはしない。というか、基本無力化して放置だ。

 彼女が本領を発揮するのは、昨年のクリスマス以降、比例的に増していた不可解な事件。いわゆる『オモチャ』という兵器が引き起こす事件だ。このオモチャは、前述のバレットが用いているものと同質で、一見するとただの子どものおもちゃ。しかしその性能は軍一個に匹敵する兵器である。

 そんなものが起こす事件だ。並大抵の者が一人で片付けられるものではない。警察ですら手を焼くそんな事件を、犯人を無力化することにより解決するのがイーターである。

 ちなみに、イーターが現れると、犯人が使用していたオモチャは必ず壊されているため、無力化とはオモチャを使えなくすることだと言われている。

 どちらかと言えば、好かれているのはイーターだ。しかし、バレットにもコアなファンは存在する。現状、この二人のおかげで、川内市は比較的安寧を保っているとされている――。


 ◆


「んなわけあるかぁー!!」

 一人、自室にこもってネットサーフィンをしていた宮城ミヤシロヒジリは、まとめサイトの記事に憤慨していた。

 憤慨というには可愛らしく、また子どもらしい猛りだったが。

「どうしました、ヒジリさん? 貴女のことが面白おかしく、ついでにカッコよく書かれているじゃあありませんか。もっと喜びましょうよ」

「ねえイヴ、遠まわしに馬鹿にするのやめて」

「では率直に、馬鹿野郎と」

「イヴのアホ!」

 言い返し、机に突っ伏す。右手に握られていたスマートフォンは机の上に投げ出された。

「なーにが安寧よ。クリスマス以降、加速度的に増えてんじゃん」

 事件が。

「ヒジリさん、この記事、それについても言及していますし、比較的、とも――」

「人の揚げ足取るな、もう。私が言いたいのはそういうんじゃなくて……」

 聖は聖なりに、現状を深刻に受け止めているのだ。確かに、聖が活躍できる場が増えるのは嬉しい。それだけ聖が憧れのヒーローに近づけるのだから。

 しかし、それは同時に、オモチャの力に溺れる子どもが多いという意味でもある。この四ヶ月で聖が壊したオモチャの数は三〇。四日に一回のペースで事件が起きているのだ。

「普通じゃないって……最近、ようやく落ち着いてきた感じするけどさ」

 さらに言えば、事件を解決しているのは聖だけではない。イーター/聖だけではなく、バレットだって悪人裁きに奔走しているのだ。

「ああ、思い出したら腹が立つ……バレットめ」

「何度も煮え湯を飲まされてますもんね」

 イーターとバレットは何度か対立している。クリスマスの出来事をきっかけに、顔を合わせればすぐ喧嘩だ。主に喧嘩を売るのはバレットなのだが。

 オモチャの犯罪を前に相対したときは、共闘の真似事もするのだが、どうしたって最後には手柄の奪い合いみたいになってしまう。イーターが犯罪者を無力化するか、バレットが犯罪者を殺すか。そんな不毛な争いも四ヶ月になる。

「最後に殺さなきゃ、まだマシなんだけど」

「そうは言っても、彼、殺さない場合もありましたよね?」

「そうね、誰も殺してない、何も壊してないっていう未遂の時には、私に任せて帰るね」

 バレットはことあるごとに「市民をぉおおおお! 守るんだぁああああ!」などと言って力を振るう。

「あれ、彼、そんなキャラでしたっけ。もう少しクールだと思うんですけど」

「私にはこう見えてるの」

 ともあれ、彼があそこまで殺す殺さないにこだわるのは、それが原因だと思う。のだが、

「……わかったところで、どうしようもないよねえ。アレ、話聞かないタイプだ」

 本来、どんな理由があれ、人を殺すのは悪いことのはずだ。たとえそれが、市民を守るためだとしても。そんなこともわからないのだろうか、あの石頭は。

「わからないから、殺すんでしょうね」

「ままならない……」

 川内市を守るヒーロー、イーターの悩みなど、ちっぽけなものだ。


 ◆


 宮城聖は、ヒーロー以外にも、当然ではあるが高校生としての側面も持つ。むしろこちらが本業だ。ヒーローなど、力があるゆえ、趣味でやっているに過ぎない。責任は多少、感じているけれど。

 そして、学校とは噂の温床である。耳を澄ませばあっちからこっちから、噂が止め処なく溢れてくる。

「最近はめっきり平和だよね。バレットさんも現れないし」

「だよねー、つまんなーい」

 何がつまんないだ。戦う方の気も知らないで。

 そうやって口を尖らせるのはバレット、ではなく、イーターだ。

 というか殺人者のバレットの何がいいのか。格好一つとっても不審者だろうに、憧れる意味がわからん。

「ははっ、どうしたの宮城。ほっぺた膨らませて」

「わきゃっ! ……え、今の私、ハムスターみたいだった?」

「ハムスターなんて可愛らしいもんじゃないけどさ。どっちかってーとカバ?」

 カバ。

「舐めてんの?」

「そう怒るなよ。で、なに、宮城はバレットさんのこと、否定派?」

 聖に話しかけてきたのは、学校内でも比較的仲の良い女子生徒。一年の時に同じクラスで、二年に繰り上がった今もこうして、同じクラスで仲良くさせてもらっている。

「否定派っていうかさぁ、なんかおかしくない? バレットって、結局は殺人者だよ。格好も不審者だし、どうしてああキャーキャー言うかね女子は」

「アンタも女子だけどな。まあ、なんていうかさ、ああいうミステリアスなのが好きなんでしょ、ジョシコーセーって奴は」

「……その気持ちはわからなくもない」

 ミステリアス。なるほど、良い響きだ。これからは聖もミステリアス・ヒーローを演じよう。

「――あーあ、イーたん、俺の目の前に現れてくんないかなー」

「それな。目の前に出てきたら俺、襲う自信しかない」

「だべー? あの格好、襲ってくれって誘ってるようなもんだし。案外押し切れば一発くらいヤらせてくれそうな――」

 ふと、そんな声が耳に入った。

「……どうした、今度は顔真っ赤にして」

「……なんでもない」

 変身後の姿、もう少しなんとかならないものかと本気で思った。



「うーん、今日も平和平和……腕がなまりそうだ」

 聖は、イーターとして活動を始めてから毎日スマートフォンでニュースをチェックしている。主に川内市周辺のものだ。そこに、何かしら不可解な現象、事件があれば、すぐさま駆けつける。そんなことを繰り返してきたため、今年度も始まったばかりだというのに授業の出席数の雲行きが怪しい。

 そのことを踏まえれば、最近の平和具合はちょうど良かった。

「さて、帰ろう」

「あら、帰るの?」

「っ?」

 下駄箱にて、靴を履き替え、さあ学校を出ようとしたところで、その声はかかった。

 振り返っても見知った顔はなく、いたのは一度も話したことのない女子生徒。長髪の先の方を、リボンで緩く縛った美人と称するべき存在。胸元のセーラー服のリボンは、二年生を示す赤色。はて、同学年にこんな美人なぞいたか。

「えっと……」

「あたし? あたしは大崎みぞれ。あはは、おかしいわね。あたしは貴女を知っているのに、割と有名なあたしのことを、貴女は知らない」

 美しく微笑む大崎。確信した、苦手なタイプだ。

 大崎が聖を知っている、とはどういうことだろうか。

「帰るなら気をつけてね。これから雨が降るから、そのお気に入りのパーカー、濡れちゃうかも」

「……あ、はあ。ども」

 男子はこういう女子が好きなのだろうか。そして大崎は、それを知っててこういうキャラを演じているのだろうか。同じ女子である聖からすれば、大崎の口調や仕草は違和感が半端ない。

 話していても調子が狂うだけだと判断し、聖はその場を後にする。

 それにしても、聖がセーラー服の上に着ているこのパーカー。なぜお気に入りだとわかったのだろうか。確かに聖はパーカーが好きで、今日着ているこれは特にお気に入りだ。

 ……なんだか恐くなってきた。今後関わることのないように、と祈り、帰路に着く。


「――残念。一緒に帰るのなら、雨は降らなかったのに」


 そんな声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 その十数分後、予報にはなかった雨が降り出した。


 ◆


「大崎みぞれ? ああ、占い師ね」

「……占い師?」

 翌日、気になってクラスメイトに尋ねてみると、予想だにしない答えが返ってきた。

「最近じゃ二年だけじゃなくて、一年の間でも有名だってさ。大崎みぞれが『今日は雨が降る』って言ったら、予報に無くても本当に降るんだと」

「はぁー……で、他には?」

「ん? いや、何も」

 聞けば、大崎みぞれが占えるのは雨が降るかどうか、だけらしい。しかも、降らない場合に関しては確実性が無いとのこと。大崎が占えるのは、『予報にない雨』だけらしい。

「……それ、占い師って言えんの?」

「誇張表現だろうさ。あまりにもピタリと当てるもんだから、みんな凄い凄いってもてはやすの。それがどんなに些細なことでもね」

 そんなものか、と一応納得はしてみる。しかし、それほど有名ならばなぜ聖の耳には入ってこなかったのだろう。

「単に興味なかったか、それとも、バレットとかイーターの噂ばかり追っかけてたから、とか?」

「んな」

「なんだかんだ言って、アンタもバレットが好きだったりして?」

「それはない」

「……そ、そう。アンタ今、能面みたいな顔してる」

 で、聖が大崎のことを知らなかった事実を確認したところで、改めて、なぜ大崎は聖のことを知っていたのだろう。もやもやとして気持ち悪い。イーターとして一方的に知られるのは平気なのに、宮城聖個人として知られているとどうにも居心地が悪い。

「大崎みぞれ、その存在だけで私を悩ませるとは……恐るべし」

 やはり、関わらないようにしようと思った。







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