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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第七章 悪の脈動
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第○三九話 『はじめましてのあいさつ』



「当日まで時間が無いのは承知の上。いいや、だからこその交流会ッス。二校間で軋轢があったりしたらそれだけで作業効率落ちるッスから」

 にこにこと笑顔を絶やさぬ恭士郎に、聖は不信感を募らせていく。経験からして、いつでも笑顔でいることと、いつでも笑顔を浮かべるのでは天と地ほどの差がある。恭士郎のそれは浮かべる笑顔だ。無意識のうちに笑顔になるのではなく、笑顔を装っている。そういった作り笑顔は、どうしても好きになれない。

 聖もまた、作り笑顔を浮かべるタイプの人間だからだろうか。


 ◆


 特筆することのない交流会は終わり、次の合同ミーティングの日程を定める。その日までに決めなければいけないことを話し合い、では解散という時、

「あ、すみません。ちょっと良いッスか?」

 恭士郎が右手を挙げ、解散ムードを断ち切った。交流会で打ち解けた生徒たちのブーイングが飛び交う中、苦笑しつつ続ける。

「大したことじゃないんスけどね。やっぱり二校間……というか、代表生徒間でのやり取りが円滑であるべきなのはわかってもらえると思うッス。そこでッスね、そちらの生徒の誰か、連絡先を交換してくれないかなと」

 その視線が生徒の間を行き来し――留まる。

「あ、じゃあそこの、」

「嫌です」

 ぴしり。

 思い切り聖と目を合わせながら言う恭士郎に、聖は思わず即答してしまった。ブリーフィング室に流れる気まずい空気に、しばらく沈黙が保たれる。やがて、硬直からいち早く再起した恭士郎がポツリと呟いた。

「ジェインさん……オレ、フられたッス」

「愛の告白をしたわけでなし。連絡先を聞いて断られたくらいでフられたなど、宮城さんに失礼にもほどがあります。それとも何か、貴方にとって連絡先を尋ねることは愛の告白と同じなんですか? であればあなたはこれまでどれだけの数、愛の告白をしてきたんでしょうか。それも老若男女分け隔てなく」

「オーケーッス。オレが悪かった」

 大分傷ついたのだろう。優しくしてもらえなかった恭四郎は口元をヒク付かせながら両手を挙げて降参のポーズ。

「んじゃ無難に、そちらの実行委員長さんと交換しましょうか」

 明らかに乗り気ではない提案。聖側の実行委員長はなんとも言えない顔をしながら連絡先を交換した。

「……はい、それじゃ本当におしまいッス。お疲れ様でした」

 ああ、ようやく解放される。ブリーフィング室から出ようと欠伸を噛み殺す聖。目元に涙を浮かべつつ、その足取りは確実に軽やかで「宮城さん」いきなり重くなった。

「……は、い。なんでしょうか」

「すげえ嫌な顔されると流石に傷付くんスけど……」

 懲りずに話しかけてきたのはやはり恭士郎。なんだろうか、聖が何かしたのだろうか。そう問い詰めたいところだが、それを言ってしまえば聖こそ、何もしていない恭士郎に勝手に苦手意識を抱いているわけで。

「連絡先の件ならお断りです」

「ああ、それはもう良いんス。いや、気が向いてくれればこっちはいつでも大歓迎なんスけど。――でも、そうじゃなくて」

 ざわ……。それまでの茶化した雰囲気が掻き消える。心なしか、恭士郎の顔に浮かぶ表情もまた冗談の色が見えない。

「改めて、挨拶しようかと思って。どうも、多賀城恭士郎ッス。好きなものは仮面ヒーロー、趣味と特技は秘密。仲良くしてください」

 自己紹介再び。真面目な顔でするものでもないと、身構えていた聖は拍子抜けする。いいや、真面目な雰囲気にそぐわなくとも、聖が彼を好かないのは変わらないのだが。だから聖も、その自己紹介に対しては「……どうも」の一言で済ませた。

 恭士郎はすげない態度におどけて見せるでもなく、ただ淡々と続ける。

「宮城さんは、仮面ヒーローって好きッスか?」

「まったく……そもそも、私、女なんですけど」

「あっはは、女子でも仮面ヒーローが好きっていう人は結構いるッスよ。でもまあ、そうッスか……残念ッス」

 恭士郎の声は低くくぐもり、もはや独り言に近い。その異様な雰囲気が気味悪く、思わず後ろに一歩足を下げる。

「聖ぃー? もう行くってさー」

 奇妙な空気を打ち砕いたのは、聖の友人――彩音の声だった。いつの間にか、聖を除く下町側の生徒は退室しており、残すは聖一人のみとなっていた。これは好機、と聖はそそくさと退散しようとする。

 それを恭士郎は止めるでもなく、明るく見送るでもなくただ呆然と立ち尽くしている。不気味だが、それを言葉にはするまいと口を閉じ、聖は彩音と合流する。

「どったの。捕まってたみたいだけど。また口説かれてた?」

「口説くって……私なんか口説いて何になるの」

 否定しながらも、もしかしたら恭士郎は口説いていたつもりかもしれないという可能性を拭い切れず、聖の語尾が小さくなっていく。

 ああ、実行委員なんてさっさと降りてしまいたい。これからも度々顔を合わせることになるのかと思えば憂鬱になる気分を、友人のくだらない話に耳を傾けることで晴らそうと試みた。


 ◆


 ある日の晩。少女は文化祭実行委員としての仕事を追え、帰路に着いていた。夏は移ろい、秋が目前に迫っている。街灯以外に明かりは無く、されどそんな道を怖がるほど子どもでもない。では帰り道を急ぐ理由は何か。特別なことはない、ただ柔らかいソファ、もしくはベッドに飛び込み、体を休めたいだけだ。

 半強制的に実行委員にされたものの、割とそんな日常を楽しんでいる。他の委員はどうだか知らないが、少なくとも少女はそうだった。非日常的とでも言うのだろうか。ルーチンと化した日々に訪れる小さな変化。複数人での作業や、一つの目標へと邁進する心地のよい疲労感に遅い帰宅時間。

 もしかしたら、それは特別でも何でもないことなのかもしれない。それでも少女は、それを特別だと思っていた。なぜか。その方が楽しいからに決まっている。昔、誰かが言っていた。日々を楽しむコツは、日常の中に小さな特別を見出すことだと。キッカケは外から得たものだが、少女は今、小さな特別を楽しめているのだ。それに伴う高揚感は、夜道でスキップをすることすら躊躇わせない。

 ――だから、少女に原因があったとすれば、その高揚感であろう。周囲への注意が散漫になり、安易に危険へと足を踏み入れる。

 そこは街灯すらも無くなり、己の視界のみが頼りとなる暗い道。うっすらと動く何かを見た時にはもう遅い。口元を何かで覆われ、呼吸を遮られる。空気を求めて大きく息を吸えば、途端鈍い衝撃が頭を襲った。ゆっくり、ゆっくりと意識が刈り取られていくのを感じる。闇が沼のように、少女を引きずりこんでいく。

 少女が望んだ非日常は、あっさりと現れ、そして日常を侵していく。沈み行く意識で少女は最後に何を見たのか。

 その瞳に何かを映した少女は、表情を驚愕に染めた。


 ◆


「んー? 何人か足りないなー。同じクラスの奴で、ここにいない実行委員がなんでいないのか知ってる奴いる?」

 いつものように作業を始めようとした聖は、佐知子の言葉を耳にする。

「え、なんだって? サボり? っはー、そう。じゃあ他のみんなもサボりかな、こりゃ。いやはや、しゃーないとは思うけどさ。なんたってテキトーに決めたわけだし」

 怒っているようには聞こえないが、少なくともこの状況を歓迎してはいない。誰かがサボれば当然、他の誰かもサボろうとする。実行委員全体の人数を考えればたった数人程度、という見方もできるが、その小さな不和が作業の効率を悪くしてしまう。それは聖にとっても好ましくない。サボった人の数だけ聖が請け負う仕事が増えるからだ。

 なんで自分だけ。そういった思考はどんどん悪い方向へと流れて行く。

「……聖、聖」

「ん?」

 作業をする聖の傍らに寄ってきたのは例によって彩音である。

「今日来ていない人はさ、そりゃサボりもいるだろうけど……聖は聞いた?」

 主語やら述語やらが抜けまくった問いに聖は首を傾げる。はて、この友人は何の話をしているのだろうか。

「あー、ごめん。あたしもちょっと慌ててるのかも。……えっとさ、名取なとりさんいるじゃん? あの人がサボるように見える?」

 名取、というのは、委員会活動に積極的な女子生徒の名だ。暑苦しい、と思わなくも無かったが、少なくともそれを他人に強要するような人ではなかったため、聖の中では割と好印象。言われてみれば確かに、彼女がサボるなんて考えられない。しかし今日この場に、彼女の姿はない。風邪だろうか、と思えば、

「――行方不明なんだと」

「……は?」

 不穏な単語に間抜けな声が漏れ出た。作業の手は止まり、話半分に聞き流していた聖は彩音の顔を見る。そこに冗談の色はなく。

「家に帰ってないらしいんだよね。それで親があちこちに聞いて回って、そこから噂が流れた。たぶん学校側も把握してると思う。さっき佐知子先生がわざとらしく大声で言ったのは、それを悟られないようにするため」

「……へ、ぇー」

 行方不明? 家出か、はたまた誘拐か。前者は彼女の性格からして考えられない……というわけでもないが、可能性としては低い方だろう。後者であればそれはもはや事件だ。こんな身近で起きるなんて最悪だ。聖の日常は平穏無事でなければならない。それがたとえ聖自身に降りかかったものでなくても、火の粉がかかるかもしれないことを考えれば十分に憂慮する案件だ。

「嫌なことになってなければ良いね」

 しかし、聖にはどうこうする力はない。その力とは純粋な馬力であり、行動力であり、洞察力であり、胆力であり、そして何より気力である。本物の事件かもしれない。だとしたらそれは警察の管轄であり、単なる女子高生の身で手を出せばむしろ邪魔でしかないのだ。

 そういった思考を経て口にした言葉だ。必然、他人事の色が大きく出る。聖にはそのつもりはなくとも、それこそ人が聞けばなんて薄情な、という感想を抱くかもしれない。

 でも、仕方ないのだ。聖には、誰かを助ける力なんてないのだから。

 そう自らに言い聞かせ(ヽヽヽヽヽ)、止めていた作業の手を動かし始める。その心は、何かが燻っているかのように靄が晴れない。


 ――誰かを助ける力なんてない。


「…………っ」

 単なる事実のはずなのに、その単なる事実は、ただ陰鬱に、聖の弱い心をささくれさせた。


 ◆


「……流石に、サボりが多すぎやしないかい?」

 冗談めかすのも苦しくなってきたのか、ため息成分の色濃い呟きが委員会室に反響する。当初は二〇〇人もいた実行委員は既に一五〇人にまで減り、現在姿を確認できているのはその内数人程度だ。では残りの大半はと言えば、連日学校に姿を見せず、体調不良による欠席という言い訳が言い訳として機能しなくなっている。一人や二人であればまだマシだった。しかしそれが十人単位となると、もはやただ事ではない。

 集団誘拐。

 もしかしたらそれは単なる妄想で、実はどこか遠くへ遊びに行っているだけかもしれない。存外ぴんぴんとしていて、ふとした瞬間にこの委員会室に姿を現すかもしれない。

 しかし人間と言うのは、一度最悪を想像すればそれに固執してしまう。どれだけ最良を描いても、最後には最悪の結果に侵食される。

 行方不明になった生徒数十人が生きていればいい。攫われた先で、今も助けを待っていればいい。だがそれすらできなくなっていたら。――物言わぬ、亡骸になっていたとしたら。

「ううん、大丈夫、大丈夫だって……きっとこの世界のどこかには、そういうのを全部まとめて解決してくれる、ヒーローがいるんだから」

 聖が気を揉む必要なんて――無いんだから。

 なのになぜだろう。心が苦しい。誰かが聖を責めている。何もしようとせず、流れに身を任せるままの聖を、誰かが、責めている。

 ――どうして、自分では何もしないの? 人任せにして、自分だけは楽をして。危険からは遠ざかり、誰かしらを置いていく。そうした先にいるのは自分一人だけ。当然だ、置いてきたのだから。そうしたら誰かと歩むなんてことは許されない。一人だ。ずっと一人だ。どこへ続くかもわからぬ道を、ただ一人で歩んでいくことになるのだ。それを望むことになるのだ。本当に? 後悔はしないの? するはずがないよね。だってそれが望みだもの。誰とも関わらず、当然面倒ごとには首を突っ込まず。他人との距離は付かず離れず、火の粉が飛んで来ればお構い無しに距離を取る。自分だけが助かれば良いやって、いろんなことを面倒臭がって、一人だ。なぜ自ら危ない場所へと足を踏み入れる。そんなことをするのは馬鹿だけで、自分は馬鹿ではない。そうだ、賢いだけだ。他の誰よりも賢くて、さかしくて、愚かしくて、独り善がりで、見ていられなくて、勝手に手が出て足が出て、手を差し伸べて、掴んで――引き上げて救ってしまってカッコよくて相容れなくて憧れて届かなくて諦めたくなくて挫けそうになってまた憧れて遠ざかって現実を知って伸ばした手を引っ込めて背を向けて逃げ出して逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃







 もう、戦わなくて良いの?







 そうして聖は、逃げ出したのだ。

「ち、がう」

 逃げ出したなんて、そんなこと。そもそも聖は戦うことすら選んでいない。力のない聖が、どうして戦場へと足を踏み入れられようか。だからこの後悔はただの勘違い、思い違いだ。誰かを救おうと足掻くヒーローだなんて、聖の器ではない。

 だから、違う。

 この後悔は、違うものだ。

「――い丈夫ッスか?」

「っ」

 かけられた声は大きなものではなく、むしろ小さかったように思える。聖の耳に届くか届かないか。恐らくミーティングの最中ということもあってだろう。恭士郎だけではない、顔を上げれば、ミーティングに参加している生徒全員が聖に注目していた。

 通算五度目の合同ミーティング。一度目に比べ、様々な事項が定まり、作業自体に滞りはない。下町側はもう何人も人手が消えているというのに、不気味なほど順調だ。これも新都側の手腕によるものか。どちらにせよ、この状況でボーっとしていたのは相当に罰が悪い。一つ謝罪を入れ、聖は再度顔を俯かせる。隣の彩音は、何か声をかけようとしている気配だが、結局はその口を開くことはなかった。

「以上で第五回合同ミーティングを終了したいと思います。それでは双方、今回浮上した、準備進行段階での問題とその改善に当たってください」

 進行役のジェインの音頭により解散と相成ったが、その内容をほとんど覚えていない。最近、どうにも調子が悪い。サボりではないが、しばらく委員会活動の方は休ませてもらおうか。

「宮城さん、顔色悪いけど、大丈夫ッスか?」

 いつの間に近くに寄ってきていたのか、恭士郎の声を聞いた。大丈夫と答えるのすら億劫で、ただ頷くだけに留める。もちろん、それが大丈夫に見えるはずもなく、

「疲れてるなら休んだ方が良いッスよ。最初から結構キツいスケジュールだし、だからこそ人数も多く集めてるんだし。もっと自愛してくださいッスね」

「……はい」

 一言発するのが精一杯だ。そんな聖を見ていられない、と言わんばかりに、恭士郎は少し考える素振りを見せた。そして、

「宮城さんに一つ、良いことを教えてあげるッス」

 人差し指を立て、中性的な顔に笑みをたたえ、

「逃げることは、時に立ち向かうよりも辛い」

「――――」

「休むことから逃げないで。何事も健康あってこそッスよ」

 肩に触れる手は優しく、しかし同時に恐ろしくもあった。

 逃げることが、辛い?

 そんなはずがない。そんな、まさか。もしそうであれば、いったい聖は何のために――。


 何のために、逃げ出したというのか。


 ――――。ああ、いったい。いったい何から逃げ出したのだろう。

 そうやってまた顔色を悪くする聖に、恭士郎はそれ以上何も言わない。




 何も、言ってはくれなかった。





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